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1997年5月掲載

固定電話と移動電話の競合を考える

 公正取引委員会はNTTに対し、NTT移動通信網(NTTドコモ)への出資比率を現在の95%から10%前後まで引き下げるよう求めるなどの行政指導にのりだしたことを明らかにした(日経新聞 '97.4.11 )。市内電話網を親会社のNTTが独占していることが、「携帯電話などでの公正な競争条件の障害になる可能性がある」と判断、独占禁止法10条に基づき資本関係の緩和を求めている。

 公取委が問題にしているのはNTT、NTTドコモと、NTTグル-プのPHS事業会社であるNTTパ-ソナル通信網の株式保有関係である。NTTドコモの株式保有率の引下げ要請に加え、NTTとNTTドコモがそれぞれ28%、48%所有するパ-ソナルの持ち株比率についても、競争促進の観点から下げることが望ましい、としている。

 公取委がこのように判断した理由は、最近の携帯電話やPHSの急増の一方で加入電話が純減に転ずるなど、固定網電話と移動体通信が競合する状況になってきたことである。 このような状況のもとでは、(1)市内通信網で圧倒的地位にあるNTTとNTTの携帯電話子会社であるドコモとの資本結合が携帯電話市場の競争を阻害する可能性がある、(2)相互に競争状態にある固定、携帯、PHSの間に強い資本関係があるのは望ましくない、などと指摘している。

 これに対して当事者であるNTTは、ドコモはもともとNTT内部の携帯電話部門であったが、公正競争条件を明確にするためなどの理由から子会社として分離したものであり、ドコモの株式公開などを機に出資比率は引き下げるものの、50%以下にすることは考えていない。現状では公正競争上、問題が起きているとも認識していない、と反論している。
 公取委が提起した固定電話と移動電話の競合の問題について考えてみたい。

1.市内通信網での圧倒的地位が携帯電話市場での競争を阻害するか

 市内通信網での圧倒的地位が携帯電話市場での競争を阻害するとすれば、同様の状況はPHS市場でも起きるはずである。しかし、'97.3 末のNTTパ-ソナルのシェアは31%で、DDIポケットの48%に大きく水をあけられている。
 携帯電話についても、地域別のシェアをみると一様ではない。中央ドコモのように63%のシェアを占めるところもあれば、関西ドコモのように43%のシェアのところもある。

携帯電話・PHSのNTTの地域別シェア(97/3末)
区分 携帯電話 NTTドコモ PHS NTTパーソナル
北海道 821(千台) 62.4% 291(千台) 29.2%
東北 990 50.9 476 33.0
中央 7,509 63.3 2,399 28.8
東海 2,959 43.9 140 40.0
北陸 465 49.2 473 36.2
関西 4,554 43.3 866 33.8
中国 976 42.6 435 28.5
四国 552 62.9 201 28.4
九州 2,052 46.6 749 28.8
合計 20,878 52.5 6,030 30.7

 地域別にNTTの地域通信網の圧倒的地位に差はないのだから、このようなサ-ビスや地域によるシェアの差は、別の理由から生じている可能性が高い。考えられる要因としては、料金(ドコモの方が概して高い)、通信の品質、サ-ビス・エリアの広さ、災害時の対策、端末機の能力やデザイン、無線デ-タ通信などへのサ-ビスの拡張性などのいわゆる商品力や販売力の差などがある。
 最近、NTTドコモがシェアを高めている(この1年間で4ポイントもシェアを高め、52.5%となった)のは事実だが、これが親会社であるNTTの市内通信網の圧倒的地位による、という因果関係は説明困難だ。商品力と販売力の差、それに競争相手の力不足としか言いようがない。親会社の地域通信網の圧倒的地位を利用した、具体的な競争阻害行為があったという指摘も聞かない。
 それよりも、現在のデジタル携帯電話の日本標準であるPDC方式が、実質的にドコモの開発によるもので、新サ-ビスの開発力などでドコモが優位に立っていることが、より本質的な問題のようだ。ドコモと同じ技術を使っていては将来がないと考えて、IDOやセルラ-・グル-プは次世代携帯電話を米国標準の狭帯域CDMAを早期に採用し、ドコモの技術の影響から離脱したい、という強い期待を持っている。

2.固定電話と携帯電話・PHSは競合関係か

 確かに最近の独身生活者のなかには、加入電話を解約して携帯電話やPHSしか持っていない人達がいる。したがって、固定網電話と携帯電話は補完関係だけでなく、一部競合関係にあることは事実だ。携帯電話事業はNTTが圧倒的地位を占める地域通信網のなかで、実質的に競争状態にあると見てよい。しかし、現状では料金の差も大きく、状況に応じて使い分けている人(補完関係)の方が圧倒的に多い。
 親会社と子会社が類似した商品を販売している例は少なくない。バタ-を作っている会社がマ-ガリンを売り出すような例だ。競合関係にあるから構造規制が必要だというのは短絡的だ。ドコモの親会社であるNTTの地域通信網の圧倒的地位が、携帯電話市場の競争を阻害している具体的事実を明らかにする必要がある。その上で、構造規制以外に解決の方法がない、ということをはっきりさせるべきだ。
 とくに、NTTは公正競争促進という観点から92年にNTTドコモの子会社化(競争政策としては一歩前進である)に踏み切った。また、NTTは市内網を競争相手に開放することを進めてきたし、「NTT再編」もこの延長線上で行われた。だから、ドコモとNTTの相互接続も、他の競争各社と全く同じ条件で行われている。

3.携帯電話とPHSは競争関係

 米、英、独、仏などでも市内通信網で圧倒的地位を占める電話会社が、子会社を通じて携帯電話事業を行っている。独占ではなく、ほかに競争会社が存在するが、携帯電話の開発を推進したのは電話会社であったし、初期の携帯電話は自動車電話として利用されるのがほとんどで、コストも高かった。そこで、電話局の局舎、設備、人材を共用して経済化をはかる必要があったからだ。
 その後、携帯電話が登場すると需要が急増し、電話会社系の携帯電話会社が必ずしもシェアで上位を占める状況にはない。すでに説明したように、マ-ケティング優位の時代に入ったからだ。それよりも、利用できる周波数の制約から、2社の参入しか認められず競争が十分進展しない、という問題を抱えている(日本では3〜4社の競争)。
 そこで、94年に米国でPCS(1900MHz帯のセルラ-・システム)の免許を付与する際、このサ-ビスが携帯電話と競争関係にあるのは明らかであったため、携帯電話会社(子会社を含む)に免許を認めるかどうかで議論があった。
 米国の例では、すでに携帯電話サ-ビスを提供している地域(全国493地域が単位)では、そこでサ-ビスを提供している会社には10MHzしか免許(競売参加)を認めない、という制約を課した。しかし96年にはこの規制を緩和し、20MHzまではよい(周波数の購入などで)ことにしたので、携帯電話会社は携帯電話の周波数25MHzとあわせ45MHzまでの利用が可能になった。これは、携帯電話会社に競争を阻害しない範囲でPCSを兼営することを認め、将来は両方のサ-ビスを一体的に利用できる新サ-ビスの開発を期待してのことである。

 このように、新しい技術やサ-ビスは自由な競争の中から生み出されることが多いことから、それを制約するのは慎重に行うべきだ。競争阻害の因果関係と具体的な競争阻害の状況をはっきりさせたうえで、構造規制以外の方法がない場合に限って、必要最小限に行うべきではないか。

弊社社長 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
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