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1997年12月掲載

ローカル/グローバル競争の現実的アプローチ
AT&TとSBCの合併交渉の意味するもの

 さる5月26日(米国時間)に、AT&Tと4月にPacific Telesis を合併したばかりのSBCコミュニケ-ションズが合併の可能性について交渉中、というビッグ・ニュ-スが流れてきた。
 もし実現すれば米国の企業合併史上最大の合併で、500 億ドルを超える規模になると見られている。しかし、昨年2月に成立した新通信法が目指した、すべての市場を開放し競争を促進するという考え方からすると、逆行しているという見方もあるが、遅々として進まない地域通信市場での競争の促進、 規模の経済が働くグロ-バル市場での競争力強化という視点からは、必然性があるとの評価もある。しかし、合併までには多くの障害が存在し予断を許さない。
 ここでは、両社の合併の意図とその背景および実現性について考えてみたい。

(参考)両社の事業規模(1996 年) 比較
AT&T SBCコミュニケ-ションズ
売上高 521.8 億ドル 234.9 億ドル
純利益額 59.1 億ドル 32.4 億ドル
時価総額 585.2 億ドル 518.7 億ドル
従業員数 130 千人 96 千人

1.AT&Tは何故地域電話会社との合併を進めようとしているのか

 今回の合併は、すべての市場の開放と競争促進が新通信法のもとで進められようとしている時期に、AT&T(注1)が昔のMa Bell の時代に戻ろうとしているようにみえる。しかし、そんな単純な話ではなさそうだ。以下、Business Week/June 9の意見を紹介しよう。

 AT&TのCEOのAllen は就任以来9年間も、MCI、スプリントから小規模なダイヤル・アラウンド会社に至るまで、AT&Tから市場シェアを奪っていく(注2)のを見続けてきた。価格戦争はAT&Tの利益を蝕み、株価を下げた。ここでAllen が得た結論は、競争になっていない地域通信市場に進出する以外に、AT&Tを元に戻す方法はない、というものだった。94年にはマッコウ・セルラ-の買収によって将来有望な無線技術を手に入れ、96年の通信法改革によって規制が緩和され、Allenは、 この結論を実行に移す手段を手に入れた。

 しかし、地域市場への参入は多額の投資を必要とし容易ではないことが分かってきた。97年だけでも90億ドルの投資(対前年50% 増)を必要とする。当初想定を金額、時間ともに大幅に上回る見込みだ。それに代わる方法としては再販売が考えられるが、報酬率が低すぎる。一方、AT&Tの長距離通信からの退潮を食い止めるための様々な試みは大部分が失敗した。投資家は昨年下がり続けた株価に悲鳴を上げている。

 これがAllen がSBCとの合併を推進している理由だ。新規参入の競争事業者として、地域通信市場で10年以上もキャンペ-ンを続けるかわりに、米国の地域通信市場の三分の一(この中には全米で最も魅力的なテキサスとカリフォルニアの市場が含まれる)と、より重要なことだが、独占を維持しているSBCから膨大な利益をそっくり手に入れることを考えているのだ。これがBusiness Week の見方である。

2.批判の多いAT&T/SBC合併計画

 AT&Tは結局、SBCを買収することで三分の一の市場で顧客獲得競争を避けながら、市内市場に参入することを選択しようとしているのだ。AT&Tの技術力や顧客サ-ビスを高く評価する専門家でさえ、今回の合併計画には顔をしかめている。「通信産業の経営者は、その将来像を描くのに、創造的なことは企業合併くらいしか思い付かなかったようだ。」と南カリフォルニア大学のノル教授は語っている(Los Angeles Times/May 28 )。

 大方の見方は、まずい経営と株価の低迷に対する批判にさらされているAT&Tの起死回生の戦略と見ているようだ。AT&Tは成熟市場である長距離電話でシェアを落とし、新しい成長分野のインタネット市場でも主導権を握れない。ライバルのMCI、Sprint、
MFS WorldCom が先行しており、 独立電話会社のGTEはインタ-ネット・サ-ビス提供事業者のBBNを買収したり、電子商取引に欠かせない認証事業に参入したり、ル-タ-の大手Cisco Systemsと合弁事業を開始するなど、 この分野で積極的である。AT&Tはこのような変化に遅れをとっている。

 しかし、この合併計画は時計の針を逆に回しているのではなく、時代を先取りし過ぎているのではないか、と言う意見もある(The Economist/May 31)。AT&TとSBCが合併する新会社は、断然米国1位の電気通信会社となる。しかし、規模の大きいことは悪いことなのか。規制当局は電気通信は「スピ-ドボ-ト」の競争であるべきだというが、実際には資金力、ブランド名、グロ-バル規模のアライアンス、強大な政治力など、すべて経営規模と関連していて、「軍艦」も必要な産業ではないのか。米国の電話会社がグロ-バルな競争を展開するためには、これらのすべてが必要である。仮に合併が認められても、NTTの規模には及ばない(注3)

3.合併は地域電話市場の競争を促進する

 AT&T/SBCの合併計画は2社が直接競争関係にあることで、Bell Atlantic/Nynex の合併とは基本的に異なっている。現在、実質独占の地域電話市場が完全に新たな競争者に開放されるまで、司法省やFCCがAT&TとBell電話会社の一つとが再合併することを支持するとは思えない。しかし、合併を実現するためには、SBCは地域市場の開放を促進させる可能性もある。

 AT&TはSBCとの合併計画の進行を正式に認めているわけではないが、CEOのAllen が6月11日にボストンで、地域電話会社との合併を色濃く滲ませた講演を行った(The Wall Street Journal Interactive Edition/June 11) 。新通信法成立以来16ヵ月の成果として、すでに4州で地域通信サ-ビスを開始(約10万の顧客、再販ベ-ス)したが、年末までには14州となる予定だ。また、45州で大口顧客を直接AT&Tのネットワ-クに接続するデジタル・リンク・サ-ビス(発信)を提供しているが、近く双方向に拡張する計画だ。しかし、全体としては予想外の遅れだ。

 しかも、これまでの経験で分かったことは地域市場での競争への道はぬかるみで、そこから抜け出すのは容易ではない、ということだった。全米に地域通信網を早急に構築(設備ベース)できる企業など存在しない。それは、極めて規模の大きい、多額の投資と長期間を要するビジネスである。しかし、急激に成長する通信産業では、地域市場での競争が鍵でありその促進は産業発展のためには欠かせない。AT&Tは地域市場参入を自社だけで進めてきたが、この体制のままでこれ以上加速させるのは限界だ。

 長距離電話会社は、既存の地域電話会社と提携して地域市場への参入の努力を加速できないのか。長距離電話会社が地域電話会社と組み、そのスキルを活用して全米のその他のすべての地域独占の市場に参入することはできないのか。適切な条件のもとでは、答えは両方ともイエスである、というのがAllen の主張である。

4.グロ-バル市場での競争力確保が防御ライン
 Allen の主張は、 AT&TとSBCの合併によって財務的、技術的な体力が強化され、残りの43州の地域通信市場への進出が可能となり、競争が促進される、というものである。この論理はさらにグロ-バル市場での競争に参加する米国の通信事業者も、独、仏、英、日本の事業者と同様に、より大規模のフラッグ・キャリアが必要となる、という主張に発展する。

 AT&Tは、仮に司法省などがこの合併を認めなければ、過去に国営で政府の保護のもとに運営されてきた海外の通信事業者が、米国市場に参入を認められ米国の事業者の資産を買い占めるだろうが、米国の事業者が逆に外国の事業者の資産を買うことが出来ない、という馬鹿げたことを暗黙のうちに裏書きすることになる、という議論を展開するのではないかと見られている(The wall Street Journal/May 28)。

 ビジネス・ウイ-ク(June 9) も、AT&Tの最もありそうな防御ラインは、海外での競争に向けられる、と見ている。合併は、巨大な海外の通信事業者に対抗できる力を持った企業を米国にも誕生させる。司法省は、この問題を規模が物を言うグロ-バル市場の問題として検討するのではないか、というのだ。

 米国のヤンキ-・グル-プの調査によれば、三分の二の一般利用者は、地域と長距離通信を一緒に提供する会社を利用したい意向だという。さらに、それが可能となった場合はAT&Tを利用すると答えた人が40%、以前からの地域電話会社を利用すると答えた人も40%だったという( Business Week/June 9) 。市場は明らかにサ-ビスの「統合」つまりシ-ムレス・サ-ビスとワンストップ・ショッピングの方向に動いている。さらに、通信、放送、コンピュ-タの融合も「加速」するだろう。そういう状況ではAT&TとSBCの合併は、シェア獲得に有利に働くのは間違いない。

 AT&TはSBCとの合併が成功しなくても、BellSouth 、Ameritech、GTEなどと相手を変えてトライする意向のようだ。Bell Atlantic/Nynex とSprintの合併も現実味を帯びて語られている。電気通信産業あげての結婚相手を求めるダンスは終わりそうにない。米国の通信市場は結局「残念だが、4〜5つのMini-Ma Bellが並立する方向に動くのではないか。」議会の意図とは異なるかも知れないが、それが現実なのだ、とBusiness Week は書いている。

弊社社長 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
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