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1997年9月掲載

IT(情報技術)を軸にした生産性向上はこれからが本番

 日本の非製造業は生産性が低い。日本的な規制や商慣行に縛られているからだと言われているが、他にも原因がある。日本が経済的先進段階に入って後、大掛かりな産業構造の変換が進行してきた。製造業から非製造業へのシフト的移行である。その間、非製造業は業容拡大期ともいうべき幸せな時代を過ごしてきた。しかし、それもそろそろ終り近い。今後は、IT(情報技術)を軸にした生産性向上に必死に取り組まざるを得ない時代に突入する。この分野はこれまではいわば手付かずの状態に近かったのだから、劇的で相乗的な効果が上がるに違いない。日本の産業の生産性向上はこれからが本番なのである。

1.日本の非製造業の生産性は低い

 8月13日に通産省が生産コストの国際比較に関する1996年度調査結果を発表した。これは各業種で産出される中間投入財の内外価格差を調査したものである。中間投入財の価格が、これを購入して生産活動する企業にとっての生産コストに対応すると見なしたのであろう。調査によると、全産業平均では日本はアメリカに比べ約4割も割高であった。製造業・非製造業別に見ると、製造業産出の中間投入財で19%弱、非製造業産出の中間投入財では実に75%もの割高となっている。これが日本産業の生産性を低めている、というのである。

 内外価格差を的確に把握するのは意外にむずかしい。類似の商品やサービスの価格を比較するのだが、一つ一つを具体的に見比べれば性能・品質・耐用年数・相性など全てが異なっている。今回の調査のような機械的な価格比較だけで実相がつかめるとも思えない。生産性比較の実相は市場に聞くのが一番である。常識的な為替レートの下では、日本の貿易収支は大幅な黒字基調である。貿易収支が黒字を維持できるのは国際市場において競争力が強いためであり、これはとりもなおさず生産性が高いことを意味している。輸出の中心が製造業であることを考えれば、少なくとも製造業に関しては日本の生産性がかなり高いと判断して差しつかえないことになる。

 問題なのは非製造業の方である。今回の調査でも上記のように平均75%割高だと指摘されている。非製造業は国内産業的な要素が多く、国際競争力の実相はなかなかつかめない。もちろん、業種によってははっきりと入超を示しているものもある。入超は国際市場において競争力が弱いことの結果であるし、生産性が相対的に低いことを示唆してもいる。その他いろいろな資料を調べてみても、日本の非製造業の生産性がアメリカに比べて低いことはほぼ間違いないように思われる。

2.これからの日本の非製造業は大きく変わる

 日本の非製造業の生産性が低いのは、政府の規制や日本独特の商慣行に縛られてきたからだ、という意見が多い。このために日本の非製造業は国際競争力を失ってしまったという訳である。これが現在流行の規制撤廃論や産業構造改革論につながっていることは云うまでもない。これらの論調に特に反対する理由は見当たらない。しかし、更にもう一つ別な原因もあったのではないか、という思いがある。以下、この指摘から始めたい。

 日本開発銀行は昔から企業の設備投資動機に関する調査を行なっている。その結果を長期経年的に追っていくと面白いことが分かった。製造業における設備投資の動機は、時代によってはっきり変わってきている。高度成長時代には「能力増大」投資が最も多かった。しかし、石油危機(1973年)からプラザ合意(1985年)までは「コスト削減」投資と「維持・補修」投資が代わって多くなり、プラザ合意以降は「高付加価値化」投資が急増している。それに対し、非製造業の方はどうか。実は、高度成長時代から現在まで一貫して「能力増大」投資が最も多く、60〜70%もの比重を占めてきたのである。「コスト削減」投資や「維持・補修」投資あるいは「高付加価値化」投資などは極めて低率で推移している。投資動機に関する製造業と非製造業とのこの大きな違いはどこから来ているのであろうか。

 日本経済は1973年の石油危機以降、経済成長率(=付加価値増加率)を3〜6%あるいは0〜3%と段階的に落してきた。しかし、それは日本経済全体の話であって、製造業はそれよりも更に低成長を強いられたのである。反面、非製造業は逆に全体平均以上の成長を遂げてきた。第2次産業(ほぼ製造業に対応)と第3次産業(ほぼ非製造業に対応)という区分立てで見ると、石油危機直前には民間生産額(=付加価値額)に占めるシェアが両者とも50%弱でほぼ同一であったものが、1995年現在では第2次産業が37.5%に縮小したのに対し第3次産業は60.5%に拡大している。これは、日本経済が石油危機以降、経済的先進段階において急速に産業的成熟化へのプロセスを辿ったことを意味している。つまり、製造業から非製造業へのシフトという大掛かりな産業構造の変換である。そのプロセスで相対的な業容縮小段階にあった製造業は必死になって「コスト削減」や「高付加価値化」を図り、生産性の向上に努めざるを得なかった。他方、非製造業はこの間ずっと相対的な業容拡大期にあったため、もっぱら「能力増大」を行なっていればよかったのである。

 しかし、非製造業の業容拡大期もそろそろ終りの段階にある。製造業対非製造業の比率が米欧の経済先進諸国の水準に近づいてきたのである。また、情報通信の発達などによって、従来は国内産業と見なされてきた分野が国際産業に転化したり、従来の規制に守られてきた分野が規制緩和の対象になったりして、容赦のない国際競争に曝される事態になってきた。非製造業もいよいよ生き残りをかけたゼロサム的な競争時代に突入しかけているのである。今後急速に、非製造業は(かっての製造業のように)必死になって「コスト削減」や「高付加価値化」を図り、生産性の向上に努めざるを得なくなっていくであろう。

3.ITを軸にした日本の生産性向上はこれからが本番

 製造業と違い、非製造業における「コスト削減」や「高付加価値化」の方法はある意味で単純である。敢えて言えば、非製造業における「コスト削減」や「高付加価値化」の本筋は"経営の高度化"という一言に尽きるようにも思われる。そして、今後の"経営の高度化"に不可欠と思われる決定的なツールがIT(情報技術)なのである。
 "経営の高度化"におけるITの役回りとはいかなるものか。まず、経営に必要な情報を感得するためのセンサーとしての情報端末を企業内に張り巡らす。そしてその経営情報をリアルタイムで収集する。収集した経営情報を実際の経営判断に役立つように実践的に整理・分析して経営者や現場の実戦部隊に適時適確にフィードバックする。さらに、ユーザーとのコミュニケーションをITを駆使して豊富化し、的確化する。つまり、ITを軸にした"経営の高度化"の本質は経営体内外における「人と人とのコミュニケーションの拡充」というところにある。

 このITを軸とした"経営の高度化"を通して、商品・サービスの「コスト削減」や「高付加価値化」を図る。これが今後の非製造業における生産性向上の本筋である。今までこの分野はいわば手付かずの状態に近かったのだから、その効果は恐らく劇的なものがあるに違いない。日本の非製造業界が本気で取り組めば、生産性をアメリカ並に引き上げることはそう困難ではないように思われる。そして、その効果によって、製造業の方もさらに生産性を向上させることが期待できる。日本産業全体の劇的で相乗的な生産性の向上である。その意味で「日本の生産性向上はこれからが本番だ」と言えるであろう。

 ただし、この道のりは決して平坦ではない。石油危機以降今日まで、日本の就業者数は約1,000万人増加した。そしてその1,000万人の就業者増を吸収したのはもっぱら非製造業分野であった。今後、非製造業が急速に「コスト削減」や「高付加価値化」を図るとすれば、そのプロセスにおいてかなりの数の人的リストラが行なわれる恐れがある。そればかりではない。現在の日本経済は一種の閉塞状況に落ち込んでいる。この閉塞状況はかなり重症であり、安直な景気対策や組織いじり的な行政改革などで打破できる程軽症ではない。財政的・貿易収支的・国内需給市場的な経済不均衡という三重苦が累積しており、事態はかなり深刻なのである。そのような経済的閉塞状況の最中において、非製造業は大きな曲がり角を迎え、「コスト削減」や「高付加価値化」を図って生産性を向上させなければならない。いわば、体力の落ちている最中に大手術を行うのと同じで、かなり厳しい事態に遭遇することも覚悟しておかなければならない。そして、こういう時代だからこそ、長期的な視点と戦略に立脚して、本気になって着実に取り組んでいくことが求められているのである。

調査部長 東 百道 [ひがし ももじ]
e-mail:higasi@icr.co.jp
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