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1997年9月掲載

BTとMCIの合併から見えてくるもの

 さる8月21日に、最後になっていたFCCの承認が行われ、BTとMCIの合併が確定した。両社の合併が提起されてから9か月で決着したことになる。米英両国にまたがる合併としては最大の規模であり、合併の最終段階でMCIの経営悪化が表面化して、合併条件の見直しが行われるなど終始話題を集めた。
 FCCのハント委員長は7月2日に開催された経団連の講演会で、相次ぐ通信事業者の大型合併の趨勢について言及し、いずれ世界の通信市場が2〜3社の巨大な企業によって支配されると予測する向きもあるが、それでよいのか。巨大通信事業者のM&Aの在り方について、日米欧で議論をしてコンセンサスを得たい、と語っていた。

区分 BT MCI THE CONCERT
PARTNERS($100万)
事業収入 23.9 9.7 33.6
営業利益 5.2 1.1 6.3
株式時価総額 42.3 15.8 58.1

(注)BTは97年3 月末、MCIは97年6 月末
BUSINESS WEEK/97.9.8による

■FCCが付けた合併の条件

 BTとMCIの合併が提起されたのは96年11月であった。その前段として、94年6月にBTはMCIの株式の20%を43億ドルで取得し、グロ-バル企業向けの通信システムを構築、運営する子会社、コンサ-トを合弁で設立している。今回の合併は、両社のグロ-バル戦略をさらに徹底し、一体化することで市場での主導権を握ろうというものだが、BTとしては益々激化する世界の情報通信市場での競争に生き残っていくためには、どうしても米国市場に参入することが不可欠、とする固い決意によるものであろう。実質的にはBTによるMCIの買収と見てよい。

 合併の承認の際のFCCのニュ-ス・リリ-スによると、両国の通信市場における自由化と規制撤廃の進展の結果、米英間のル-トは世界で最も競争的であるという事実と、合併にあたってBTとMCIが行った約束と行動に照らし、MCIの免許と認可をBTに移転することは、米国市場における競争を促進し、公共の利益にかなっているとFCCは判断した、といっている。

 以下はBTとMCIが行った約束であるが、FCCはこの約束を両社の合併が競争を促進する効果を持ち、また米英間のル-トにおける競争が世界のモデルとなることが確実である、と結論づけている。

  1. BTは最近、米国発の通話を英国内に着信させるための清算料金を、7¢/分とすることを受け入れた。これは世界でも最も低額な清算料金であるとFCCは評価している。
  2. MCIはEUのイコ-ル・アクセス政策を支持することを約束した。イコ-ル・アクセスのもとでは、英国発の長距離および国際通話を行う際、顧客はBT以外の通信事業者に事前登録するオプションを与えられることになる、とFCCはコメントしている。
  3. BTとMCIはTAT-12/13 大西洋海底ケ-ブルのかなりの容量を、新規に免許を与えられた競争事業者に利用させることを約束した。
  4. BTと英国政府は最近、英国政府が所有するBTの「特別株(黄金株)」を英国政府が償還することを発表したが、FCCはこのことを評価している。

■国際清算料金のベンチマ-ク

 1. でFCCはBTによる国際清算料金の引下げを大歓迎している。米国発信の国際通話収入は150億ドル(96年)であるが、発信が多いため着信相手国に50億ドルを支払っている。このため、コストと乖離している国際清算料金(ITUの調査結果でもコストが25¢/ 分を上回る国はほとんど存在しないという)の適正化を求める新制度を制定した。新制度ではFCCが国別に国際接続料金の目標値(ベンチマ-ク)を定め、それを充たさない国の通信事業者には米国での事業を制限する可能性がある、という内容である。先進国の目標値は15¢/分で、日本の事業者がこの目標を達成するためには現在の清算料金(42¢/ 分) を一挙に三分の一に引き下げなければならない。

 各国の通信事業者の多くは、このFCC規則は極めて一方的で、最恵国待遇を定めたWTOの原則違反だと主張し、反対している。KDDはFCCを相手に、ベンチマ-ク規則の取消を求める訴訟を提起する意向だという(日経 97.9.3)。これに他地域の事業者が追随する動き(例えばC&Wなど)もある。それだけに、BTの約束は米国に大きな意味を持つていると言えよう。この問題は世界規模の通商問題に発展する可能性もあり、NTTの米国市場への本格参入の条件とされるかもしれない。

■イコ-ル・アクセス

 現在英国では、BTの競争相手を利用するためには、利用者は通話毎に特別なアクセス番号(マ-キュリ-の場合は132)をダイヤルしなければならず、新規参入事業者に不利になっている。最近、EU委員会はイコ-ル・アクセス(優先接続登録)に関する諮問文 書を閣僚理事会で決議したが、英国は必ずしも賛成ではなかった。

 そこで、2. の条件が生きてくる。もしもBTが英国で実施されるEUのイコ-ル・アクセス要件に従わない場合は、FCCがMCIに対して強制的措置をとる(英国から発信されるBTの呼をMCIに着信させてはならない)ことを認めさせている。英国市場に米国事業者が参入するに当たって、番号上の不利益を排除しよう、という意図であろう。

 現在、日本でもイコ-ル・アクセスは実現していない。NTTは市内網のオ-プン化を宣言した際、要望があれば実施する用意があることを明らかにしている。NCCの多くはすでにLCRに多額の投資を行い、事実上解決済みであるので今更必要ない、という考え方なのだろう。しかし、1社でも公正競争上優先接続登録が必要ということになれば、実施を検討せざるを得ないのではなかろうか。
 最近、TTNetがすべての距離段階で他社より安い料金で来年早々に市場参入する意向を明らかにしている。一番安い回線を選択できなくても、LCRを続けるのだろうか。

■黄金株

 最近、英国政府はBTの黄金株を償還することを明確にした。黄金株はBTの定款に特別株(Special Share )として明記されており、この株式(1株)の保有者は、役員を2名同社に派遣することができ、定款の重要な変更についても拒否権を有する。現在、英国政府がBTの黄金株の所有者となっている。
 FCCは「BTとのあらゆるオ-ナ-シップ関係を断ち切るという英国政府の決定は、他の事業者以上にBTが如何なる優遇措置を政府から受けることがない、ということを一層明確にした。」と歓迎している。
 なお、BTの定款はいかなる個人もしくは企業も議決権付株式の15%以上の保有を禁じている。しかし、外国の投資家を差別する規定はない。

■合併条件の見直し

 合併の最終段階と目される7月になってから、MCIの地域事業参入にともなう97年赤字見込みが、当初の4億ドルから8億ドルに拡大する(当初見込みの倍)という見通しが明らかになり、MCIの株価が急落する事態に直面して、急遽両社は合同調査委員会を 設置して検討することになった。当初、合併条件には影響がないと考えられていたが、第2四半期の利益が対前年同期比で6.7 %減と業績が悪化したほか、調査が進むにつれて地域通信事業だけでなく、コアビジネスの長距離通信、システム・インテグレ-ションの事 業にも問題があるとの見方が強くなった(The Wall Street Journal '97.8.21)。

 次第にBTの株主側から合併見直しの声が強くなり、8月21日(FCCが合併を承認した同じ日)に両社は合併条件の再交渉に入ったことを発表した。結論は合併条件を変更するが合併は当初の方針通り行うというものであった。新条件はMCIの1株を現金7.75ドルおよび新会社(コンサ-ト)のADS(Ameican Depository Share;普通株10株に相当)0.375 株と交換する、 というもので旧条件に比べて約20%の切下げとなった。

 11月もしくは12月初めに、改めてBTとMCIの両社の株主から合併条件の変更について承認を得て、98年初めには合併が実現する見込みである。

■FCCの付けた条件から見えてくるもの

 第1は、国際清算料金を引き下げ、米国の通信事業者の負担を軽減したい、ということである。FCCは、すでに「ベンチマ-ク制度」の導入を決めている。本来事業者間で協議すべき清算料金をFCC規則で一方的に目標値を定め、達成できなければ不利益に扱う というのは最恵国待遇などを定めたWTOの原則に反する、と反発する事業者も多い。しかし、すでに目標を達成している欧州の通信会社もあり、今回のBTの¢7/分は目標の半分以下の額で、FCCには心強い援軍となるだろう。KDDは米国で訴訟を提起して筋を通す一方、当面清算料金(米国発新日本着信)を現行の42¢/分から25¢/分に引き下げるという。効果覿面という見方もできる。

 第2は、米国の相互接続ル-ルを世界の標準にしたい、という考え方である。相互接続ル-ルは市場支配力を持つ既存通信会社と新規参入事業者の間の公正競争を担保する有効な手段で、(1)相互接続のシステムと料金 (2)イコ-ル・アクセス (3)番号ポ-タビリティ -などが含まれる。BTとMCIの合併では、英国では(1)と(3)は要件を満たしているので(2)だけが問題にされた。イコ-ル・アクセスの実現は米国の通信会社が外国で事業展開するのにプラスになるだろう。

 第3は、政府が株式の所有(黄金株)を通じてBTに影響力を行使するのは公正ではない、という考え方である。FCCは、政府は民営化した通信会社の株式を所有するべきでないし、ましてや外国人投資家を差別すべきでない、と考えている。

 市場支配力をもった外国の通信事業者が本格的に米国市場に参入する場合、どのような観点から審査を受けるか、BTとMCIの合併はそのテストケ-スとして、大変示唆に富んでいると思う。

 このよう経緯もあってFCCがこの合併に、どんな条件をつけるかに関心が集まっていた。この小論では、FCCの付けた条件を評価するとともに、それを通して見えてくる米国のグロ-バル通信市場についての戦略を考えてみたい。
弊社社長 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
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