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InfoComアイ
1997年10月掲載

電話会社に未来はあるか

 6,000万、103%に対し7億4,100万、5.8%、1997年初頭のインターネットの全世界ユーザ数、過去10年間のユーザ数の年平均伸び率と対比される電話回線数、その年平均伸び率である。
 発展途上国における通信インフラの整備という問題が残されてはいるが、世界的にみても明らかに電話市場は成熟段階を迎えている。市場の成熟に加え、競争の導入と進展、技術革新による伝送コストの急激な低下といった世界的な潮流は、電話市場からより多くの利益を消費者にもたらし、通信事業者にとっての魅力を失わせる方向に向かっている。
 世界の電気通信市場は、1996年の6,000億ドルから2000年には1兆ドルへと急激な拡大が見込まれているが、成長著しいのは電話ではなくデータ通信でありインターネットの分野である。
 ネットワークの観点からは、階層構成による回線交換網をインフラストラクチャーとして独占供給し、広帯域ISDN、ATM網への発展を志向してきた各国電気通信事業者へのアンチテーゼが提起されようとしていることにも注意が向けられるべきであろう。ISPと称されるネットワークバイパス事業者の広範な出現と企業におけるイントラネットの急速な普及はIPネットワークによるインフラストラクチャーが着実に形成されつつあることを予感させている。

 以上を背景に、ITU(国際通信連合)から発表された2000年に向けた電話会社の将来展望シナリオを導入として、BT/MCI、WorldCom/MCIの合併劇とITUレポートの将来展望との関連についての私見を述べ、最後に表題に関するインターネットの世界からのメッセージを紹介することとしたい。

1.「既存ネットワークへの挑戦」(1997年9月 ITUレポート)

 インターネット利用の国際回線料金の不均衡是正の提唱、インターネットドメイン名の新システムに関する覚書の承認等インターネット分野での最近の積極的な動きが注目されるITUだが、1997年9月8日から14日までの7日間にわたりジュネーブで開催されたTELECOM INTERACTIVE 97に合わせて発表された本レポート(原題「CHALLENGE TO THE NETWORKーTelecoms and the Internetー」)は、インターネットの現状についての詳細な分析と将来に向けた考察を行い、インターネットの急成長に手をこまねいている通信事業者に積極的な対応を促している。

 インターネットが網構成、伝送形態、課金体系等、従来の回線交換網とは対称的な概念である(後述、NOVELL社CEOのEric Schmidt氏の"inversions")との考え方に立ち、インターネットの発展要因、インターネットと回線交換網との経済性比較、インターネット電話の可能性、EC(電子商取引)のプラットフォームとしての発展、インターネットの管理運営機構のフレームワークについて各章で詳述し、最後の第7章でインターネットの限界について触れたうえで、その将来展望について次の5つのシナリオを提示している。

  1. 帯域幅ニーズへの対応、品質向上が図られながら着実に拡大
  2. ISPによって最低限のアベイラビリティの保証されるプロプライエタリーなインターネットの偏在
  3. インターネットの機能不全
  4. 共通のサービスが共通の課金体系により提供される、インターネットと既存網の融合形態
  5. PCよりはインテリジェントTV視聴者をターゲットとし、IPプロトコルのパケット交換よりはATM等のセル交換方式を採用した新し いインフラストラクチャーの出現

 以上5つのうちのいづれのシナリオが選択されようと、インターネットを既存網に対する挑戦であり好機として、敢然受けて立たないかぎり通信事業者に未来は開かれないと警鐘を鳴らしている。
 1949年国連の専門機関として設立されて以来、電気通信に関する国際調整を主たる任務としてきたITUが本レポートを発表したことは通信の世界が新しい時代に入ったとの認識が明確に示されたことでもある。

2.BT/MCI、WorldCom/MCI合併劇の意味するもの

「BTとMCIの合併が意味するもの」( InfoComアイ, 1996.11)において述べたように、巨大通信会社の合併の引き金となっているのは、電話の時代からインターネット/イントラネットの時代への移行期にあるとの認識に立ち、音声、データ、インターネットアクセスをグローバルワンパッケージサービスとして提供していこうとする動きである。

 そこには単に規模の経済メリットを追及するのではなく、1998年1月のEU通信市場自由化を控え、欧州インターネット戦略を強化したいとする願望とMicrosoftと提携し顕在化するグローバルイントラネット市場で優位に立とうとするBTの意図がうかがえる。一方にC&W PLC、IBM Global Network、Infonet Servicesといった先行グローバルイントラネットプロバイダーを追うGlobal OneとConcertの争い、もう一方にはAT&T、IBM、Netscape連合に対するBT、Microsoft、MCI、DEC連合のイントラネットソリューションの分野での覇権争いをみることができる。

 BT/MCI合併の動きに関し、Financial TimesのAlan Cane氏は「BT/MCI合併の背後には、電気通信産業を根底から変革する可能性をもつインターネット技術を取り込み、優位に立とうとする通信会社の意図と手をこまねいていては電気通信事業がMicrosoftやNetscapeのようなソフトウェア会社に乗っ取られてしまうのではという通信事業者の危機感が潜んでいる。」と述べ、さらに「電気通信事業者は、そうした動きに対応していかなければ、英国のColt、フランスのEsprit、米国のWorldCom等の新興ライバルに技術とコストの両面で水をあけられることになるだろう。」との見方を示している(8.27 1997)。

 果たせるかな、そのひと月後、WorldComがMCI買収を表明、インターネットの世界から伝統的なキャリアの世界への殴り込みとして話題を集めている。WorldComは1983年にLDDSとして設立されて以来、1996年8月、世界の金融センターに光ファイバー網を提供していたMFS Communicationsを買収するとともにインターネットアクセスポイントのリーディングサプライヤーのUUNETをコントロール下におき、さらに1997年8月には1,350万人のユーザを抱える米国第1位のオンラインサービス事業者のAmerica Onlineと同社のネットワーク運用契約を締結、10月1日には広帯域通信の地域通信事業者であるBrooks Fiberの買収、と一貫してデータ伝送、インターネット分野での合併を推進してきており、今回のMCI買収もその延長線上にある。

 WorldComとMCIの合併が実現すれば、既存通信事業者のネットワークをバイパスして世界のインターネットトラヒックの60%を運用するバックボーンネットワークとインターネット技術を併せもつ業界でも抜きんでた会社が誕生することになる。
ISP市場への影響力を行使してインターネットアクセス料金を定額制から従量制に移行させていくのでは、といったISP業界関係者の観測も伝えられている。(「INTERNET WEEK」 10.6 1997)そうなれば、電気通信業界のみならず情報通信産業全体がITUの将来展望シナリオの4.に向けて大きく動きだすことになるだろう。

3.インターネットの世界
(InternetWorld'97 Summer Chicago)からのメッセージ

 毎年北米各都市で年4回開催されるInternetWorldはインターネットの将来を探るうえで見逃せないイベントとして関係者の間で注目を集めている。7月21日から25日まで5日間にわたりシカゴで開催されたInternetWorld'97 SummerにおいてAT&T WorldNet Servicesの副社長Tom Evslin氏の行った基調講演での第一声は次の問いかけであった。

 「InternetWorldの参加者のなかで、まだ電話会社に未来があると本気で信じておられる方がいるだろうか?」
300人以上の聴衆のなかで手を挙げる者は一人もなく、いかにもわかりきったことといった聴衆の反応を当然のこととして、Evslin氏はみずからの予言として次のように語った。
 「これから5年以内に電話、インターネット、ワイヤレス、CATV等の個別網は単一のIPネットワーク(one single seamless IP Network)に移行し、音声はパケット化され、交換機はルータに替えられデータ網にアクセスするのにもはや電話網が使われることはないだろう。」
 Evslin氏の予言もITUの将来展望シナリオの4.に分類されるであろう。
 同じく基調講演を行ったNOVELL社CEOのEric Schmidt氏は、これまで独占的にネットワークを提供してきた通信事業者の世界にISPを初めとする第二のネットワーク事業者(second-tier players)が出現し、電気通信産業が大きく変革される可能性を示唆するのに、反対、転倒という意味の"inversions"という聞き慣れない単語を使ったが、そのSchmidt氏の"inversions"についてのインタビュー記事がWIRED(August 1997)に掲載された。その記事の次の一節は最初に紹介したITUレポートの冒頭部分に引用されている。「我々のネットワークは電話網にのっかかることから始まり、我々のネットワークに電話をのせることで終わろうとしている。高度に規制されてきた既存ネットワークの世界を全く規制されないインターネットがひっくり返そうとしている。なんと驚くべきこととか。」
 Telephone IndustryはSingle Communication Industryに吸収されていくだろうと予言したAT&T WorldNetのEvslin氏だが、それではAT&Tに未来はあるのかと聞きたくなるだろう。
 Evslin氏はAT&Tの提供する機器、サービスは電話ベースからIPベースへの戦略転換を推進中であると述べ、次のように結んでいる。

「従来の回線交換網が時代遅れになろうとしている時代にあって電話会社が生き延びていくためにはAT&T同様新しいIPネットワーク市場に事業者自らが適合していく以外ないだろう。」

グローバルシステム研究部 平川 照英
e-mail:hirakawa@icr.co.jp
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