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InfoComアイ
1998年5月掲載

巨大電話会社がグローバル企業になれない理由

   巨大電話会社の強みは何であるか。顧客へのアクセス、信頼されるブランド、永年にわたって築き上げたビジネス関係、独占的に供給されるネットワーク、政治的な影響力、豊富な資金調達力、業界で培われた経験、などがあげられるだろう。しかし、グローバルビジネスで生かせるのは、そのうちの2つ、資金調達力と経験だけである。
 巨大電話会社の欠点は何か。意思決定が遅い、リスクを嫌う、うわっつらの企業家精神、市場よりも社内と政治を意識する風土があげられるだろう。
 競争と民営化によるショック療法で莫大な収益源と技術力をもつ怪物が、グローバル市場の巨人に変身できるというのは思い込みにすぎない。海外の新しい市場に参入するというのは理論としては素晴らしい。だが独占事業者であった巨人が動きの早いデータコミュニケーションとコンピュータを扱う「次世代」ネットワークオペレータのなかに入っていくことの難しさは、ロバが馬に変身するとまでは言わないが(この部分は原文にはない)尋常ではない。

 以上は「電気通信業界で生き残るには」と題する The Economist(April 4TH.1998)のなかの「BTの例に学ぶ」からの抜粋である(BTを巨大電話会社と置き換えてはあるが)。
 それでは情報通信の世界でグローバルな競争事業者に求められる条件は何か。そのヒントを電気通信業界関係者の注目する2大イベント、COMDEX/Spring’98とNetworld+Interop’98での2人の業界リーダのメッセージのなかに探してみよう。
 グローバルな競争事業者に求められる条件とは、即ち、巨大電話会社がグローバル企業になれないのはなぜかの問いに対するEconomistの回答であることに気付かれることだろう。

「電気通信事業者にとっての挑戦と好機」
MCI会長 Bert Roberts氏
COMDEX/Spring’98(Chicago,April)

 情報革命には、通信業界の競争の進展とネットワークの融合によるシームレスなネットワークの提供が不可欠である。 インターネットはグローバルな競争を進展させネットワークの融合を引き起こしているだけでなく、産業界全体をIP化の大きなうねりのなかにのみこもうとしている。
 ネットワークの融合に伴い音声かデータか、回線交換かパケット交換かの区別はなくなり、顧客の望むシームレスなサービスの提供が可能になる。MCIがWorldComとの合併に踏み切ったのもシームレスなネットワークをグローバルに展開していくためである。

「ネットワークの未来」
WorldCom副社長兼CEO John Sidgmore氏
Networld+Interop’98(Las Vegas,May)

 インターネットの帯域需要は3〜4ヵ月で倍増しており、この成長の前にはCPUのパフォーマンスが18ヵ月ごとに倍増するという「ムーアの法則」もかすんでしまう。こうしたより広い帯域に対する需要の増大は、コンピュータ通信、電子メールが普及した頃から顕著になり、Webの普及、グラフィックス利用の増加に伴い拡大の一途をたどっている。今後は音声、ビデオの普及によりさらに帯域需要が拡大するだろう。
 帯域需要の拡大への対応のみならず、伝送速度、トランザクション速度、新製品開発・導入期間、新しいネットワークを構築する期間、すべてにスピードが要求される時代になっている。インターネットの世界におけるこうしたスピードに対応できないでいる電話会社は、独占時代を懐かしむことだろう。
 1998年は、インターネットのアプリケーション開発が一層進むとともにxDSLの登場によりアクセス速度も向上するだろう。変化のスピードに対応できる企業だけが、新しいチャンスを手に入れることができるだろう。

「電気通信業界で生き残るには」
April 4TH.1998 「The Economist」

 これからはデータ、音声、ビデオの区別のない単一市場になり、国内では、コストが4〜5分の1の新興ライバルに、ビジネスの大部分をもっていかれるのを目の当たりにすることになるだろう。国外では、例え提携関係があり、ネットワーク運営の専門知識があり、また競争事業者の戦略が把握できていたとしても、企業としての機敏さがなく、意思決定のスピードを欠いていれば何にもならない。
 電気通信の世界がよりコンピュータの世界に近くなり、イノベーションと新サービスを次々に市場に出していくことが求められている今、巨大電話会社が音声とデータ通信のブームによってもたらされる利益の恩恵に与かることはあまり期待できそうにない。「これまでの常識では考えられないくらいすばやく、完璧に変わること」が巨大電話会社にできるだろうか。それは1980年代に「現状を拒否しても未来は開けてこない」と悟ったコンピュータ企業の巨人たち、IBM、HP、DECから学ぶことでもある。
 コンピュータ業界同様、電気通信業界も独占からオープンスタンダードの時代へとシフトしている。市場の論理にかなったオープンスタンダードは、たとえ自らの収益を減らすことになっても積極的に取り入れていくべきである。時代遅れになった「文化財的」ネットワークは打ち捨て、10〜15年かけてでなく、2〜3年のうちに新しいものと取り替えなければならない。エンジニア優位の元独占企業には特に難しいことだが、徹底して消費者に目を向けることを学ばなくてはならない。

筆者あとがき

 Economistの記事は、電気通信業界関係者によって書かれたものではない。しかし物事の核心はしばしば冷静な局外者によって語られるという箴言を思い出させはしないだろうか。またEconomistの記事はBTについて書かれたものである。MCIとグローバルキャリアのConcertを設立、失敗したとはいえMCI買収を計画し、Yankee Groupから「国営だった他の電話会社よりは、いいポジションについている」と評価されているBTにして然り、まして他の巨大電話会社においては如何。
 世界規模の電話会社というのは公益事業ではない、リスクのあるビジネスなのである。

グローバルシステム研究部長 平川 照英
e-mail:hirakawa@icr.co.jp
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