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1998年8月掲載

AT&TとBTのアライアンスの意味するもの

  米国通信業界No.1のAT&Tと英国の代表的電話会社であるBTが、国際通信分野で全面的な提携に踏み切った(7月26日公表 世界の国際通信市場ではAT&T 1位、BT 4位) 。両社の提携の内容は、1 年以内に合弁会社を共同で設立(出資は折半)し、両社の国際通信事業を移管する、という衝撃的なものであった。

■新会社は何をする会社か

 両社の発表によれば、新設する合弁企業の目標は、(1)ユーザーのグローバルでシームレスな通信ニーズに、最も広範かつ高度な内容のサービスにより、製品(ソフト/ハード)とサービスを統合して応える、(2)より広範かつ効率的に国際トラヒックを伝送する、(3)世界的規模の国際通信卸売事業者(キャリアズ・キャリア)を目指す、というものである。

 事業の内容としては、(1)両社の国際通信設備と事業を統合する(コンサートを含む)、(2)管理機能を持つIPベースのグローバル網を構築し、インターネット・ベース・ソリューションを提供する、(3)事業開始時(99 年) の売上は110 億ドル( 年率15% で成長) 、利益は10億ドル( 年率15ー20% で成長) 、資産は30億ドル、投資は10億ドル/年(初年度はベンチャー企業への投資10億ドルを含め20億ドル) 、 (4)世界の他のパートナーやアライアンスとも協力する、というものである。

 新会社の核となる事業は、(1)世界中の多国籍企業などにネットワーク・ソリューションを開発・提供する「グローバル音声/データ事業」(35億ドル)、 (2)多国籍企業ユーザー( 現在両社がサポートしている多国籍企業は250 社) の情報通信システム構築および運営などのニーズに応える「グローバル・セールスおよびサービス事業」(30 億ドル) 、(3)中継、ハブを含む通信キャリア向けサービスおよび国際通信卸売サービスなどの「国際キャリア・サービス事業」(45 億ドル) 、というものである。

 新会社の本社は米国の東海岸に設置される予定で、会長にはバランスBT会長が就任する。従業員は当初全世界で5000名の予定である。サービス提供地域は52カ国/地域、6000ノード、1000都市に及ぶ。

 新会社の今後の展開としては、(1)共通の網アーキテクチャーを開発し、世界の主要都市を結ぶグローバル・プラットフォームを展開する。当初は200Gbps のIP網で100 都市をリンクすることを目標にする。 (2)このプラットフォームにより、a.バーチャル・イントラネットおよび関連するIPベース・アプリケーション b.ポイント・ツー・ポイントおよびポイント・ツー・マルチポイントの音声/データ/ビデオの統合アプリケーション c.24時間、複数言語により顧客サーポートを行うグローバル・コールセンタ d.移動中の企業幹部に対し、どこでも、誰とでもバーチャル会議をサポートするなどである。

■新会社を設立する狙いは何か

 AT&TとBTが共同で設立する会社は多国籍企業を主たるターゲットにしている。企業活動のグローバル化が進んだ現在では、経営に必要な情報をリアルタイムで流通させ、スピード経営を実現しなければ、企業は競争力を維持できない。通信会社に対する期待も、全世界に広がる企業の拠点間に流通する膨大な量の情報を、それらの企業が必要とする情報の形態で、シームレスかつワンストップ・ショッピングで効率的に提供できるか、に集中している。

 多国籍企業に流通する情報の大部分は音声ではなくデータである。しかも、インターネット利用の急増でも明らかなように、この分野の技術革新も近年目覚ましものがある。さらに、この市場は現在の400 億ドル規模から、10年後には2000億ドルに急成長するものと見られている(注:NEWSWEEK 98.8.12/19 )。  巨大な通信事業者といえども独力で対応すのには、技術開発、販売、顧客サービス、資金などの面で限界がある。サービス提供地域の拡大、コストの低下、新サービスの開発や「品揃え」の競争に勝ち抜くためには、規模の拡大や新技術の取り込みを目指す必要があり、提携や合併に踏み切らざるを得ない理由がそこにある。

 このような一般的な理由の他に、AT&TとBTは互いに戦略上欠落している部分を補うために提携したと見られている。AT&Tは、昨年11月に新しい経営責任者のアームストロング氏が就任して以来、コア・ビジネス強化の方針を明確にして、改革を進めていた。彼がいうコア・ビジネスとは、(1)ローカル、 (2)ワイヤレス 、(3)インターネット、 (4)インターナショナルであり、インフラもしくはプラットフォーム重視の戦略である。

 この方針に沿って、コア・ビジネスへの資源の集中(競争的地域電話事業者のテレポート・グループの買収、CATV 1位のTCI の買収、セルラーとPCS の 3モードを統合した全国をカバーする無線サービスの開始など)とそれ以外の事業の整理(例えば、AT&Tユニバーサル・カードや、ページング事業、カスタマー・ケア事業の売却)が進行していた。

 AT&Tの国際戦略について、アームストロング氏は特に不満が強かったようだ。「ワールドパートナーズ」は緩やか連合体であり、それゆえ各社の意向調整に時間を要し、機動的な意思決定ができなかった。「ユニソース」は、スイス、スウエーデン、オランダの旧国営電話会社との連合体であるが、力不足は否めず赤字が続いていて、国際事業における戦略の見直しを急いでいた。「AT&Tは両連合からドロップ・アウトし、BTとの合弁事業に資源を集中させることにした」のだと見られている(注:NEWSWEEK 98.8.12/19 )。

 一方、BTはかなり強力な国際事業部門を持っており、MCI との提携(コンサート)によって、はずみがついていた。しかし昨年、MCI との合併を試みたが、より高値を付けたワールドコムに横取りされたたため、米国でのパートナーを失う羽目になり、AT&Tと提携する道を選んだ。BTは所有しているMCI 株の20% を75億ドルでワールドコムに売却する予定であるが、その投資先を探していた。また、今年から完全自由化した欧州市場に参入するため、BTは欧州大陸にある関連会社をリンクする光ファイバー網の構築に着手しているが、AT&Tと提携すれば、米国発着のトラヒックを伝送できる、というメリットもある。

次に、IPネットワークの構築である。今回の発表で両社は、トラヒックの急増とデータのウエイトが高まるという認識のもとに、今後の国際通信網をインターネットの技術と同じインタネット・プロトコル(IP)で構築することを明らかにした。しかも200Gbps の大容量である。このネットワーク基盤の上に「ソリューション」ビジネスを展開しようという構想だ。確かに技術はIP網の方向に動いており、新しい技術によるネットワークの構築と市場の獲得競争が一層激化するだろう。

 しかしAT&TとBTは、ワールドコムやスプリントに較べ、インターネットのバックボーン・ネットワークの分野では遅れていた。また、クエストやレベル 3などの新興通信企業が国内だけでなく国際通信でも設備ベースのIP網構築に意欲を燃やしている。巨大通信会社だから安泰だという保証は何もない(注)。提携によって一気に挽回しようという意図がうかがわれる。今後、コンピューター企業やインターネット・サービス・プロバイダー(ISP)の参加も考えられる。

(注)Financial Times(98.7.28)は、この合弁企業設立の背景には技術革新の問題があることを指摘し、以下の例を挙げている。

  1. 既存の大西洋横断ケーブルの合計の容量よりも、最近開通したC&Wとワールドコムの海底ケーブル「ジェミナイ」の容量の方が大きい。光ファイバーの容量は最近の数年で10倍になった。
  2. 新興通信会社クエストとワールドコムが構築したネットワークの容量は、AT&T、MCI 、スプリント( 米国長距離通信事業の1,2,3 位の会社) の合計の容量とほぼ等しい。しかし、投資の合計はおよそ十分の一である。

 3 番目に、投資やネットワーク運営に関する相乗効果の追求である。AT&Tはたて続けにテレポート・グループやTCI を合併した。合併それ自体は株式交換によっており現金の流出はないが、合併した会社の収益力の低さ、合併に伴うプレミアム部分の配当負担の増加、合併後の追加投資などの必要(TCI の合併後、AT&Tの株価が急落したのはこの理由からだ) が問題になっていた。
 さらに、国内の通信網のIPネットワーク化や携帯電話のデジタル化などの課題もあって、経営全体として新規市場への投資余力が乏しくなっていた。国際通信網のIPネットワーク化のための投資を合弁事業に移し、規模の利益によって投資負担の軽減と運営費用の削減し、コスト競争力の強化を狙ったのではないか。

 BT側から見ると、英国内の市場は余り大きくなく、事業の将来の成長を海外に求めざるを得ない状況にある。とくに、米国市場でMCI の後を埋めるパートナー探しが課題になっていた。また、国際通信網のIPネットワーク化や欧州、アジア、ラテン・アメリカでの事業展開も独力では限界があると判断したのだろう。そのような状況のもとでスタートする新会社の出資比率が折半( 既存の国際収入の比率はAT&T 2に対しBT 1の割合)というのは注目に値する。BT側の意思が強く働いた結果ではないか。

 しかし、この合弁事業が成功するかどうかは何とも言えない。米英のトップ通信企業による合弁事業は、過去の例から言って主導権争いなどでうまくいくか疑問もある。企業は大きくなるほど動きが鈍くなりがちだ。スケールと品揃えを重視する大手に対抗して、小回りの利く新興企業が市場での勝者になる可能性もある。合弁や合併は手段であって目的ではない。実際に二つの組織と技術を一体化して、機能させなければ意味がない。新会社の会長にBTのバランス会長の就任が予定されており、両社のこの合弁事業に賭ける意気込みが感じられるが、果してどうだろうか。

■新しいビジネス・モデルとなるか

 今回のAT&TとBTの提携には、従来の提携には見られない以下のような特徴がある。これが、世界の電気通信業界の新しいビジネス・モデルとなりうるのか、現時点で判断するのは難しい。この提携が実際に動きだすのは、合併審査の手続きもあり、2000年以降だろう。その頃には技術的な問題点も解決する可能性が強い。このアライアンスの行方に注目したい。

 第1に、両社の販売部門の統合だけでなく, 設備を含めた国際通信部門の全面的な統合に踏み切ったことである。国際通信部門に限っているものの、両国のトップ通信事業の統合はグローバル・カバレッジの点で圧倒的に優勢となる。しかも、米英間の国際通信トラヒックは世界市場で最大の規模( 米国とカナダ、メキシコ間を除く) である。初年度から10億ドルの利益が出る計画になっており、積極的な事業展開が期待できる。

 第2に、この提携を次世代公衆網の標準を確立し、普遍化するための好機と捉えていることである。従来の回線交換のネットワークと相互接続の協定の枠組みから脱却し、音声とデータを統合するインターネット・プロトコルによるパッケット・ネットワークに転換する。TCP/IPの上位に設定するよう設計されたソフトウエアを介して、ビジネスを強化するサービスと管理機能つきネットワークを提供する( おおむね2 年後を目途)。これが成功すれば、通信産業の技術も, 企業文化も、顧客・パートナー・資材供給業者などとのビジネス・リレーションも一変することになる。

 第3に、「国際キャリア・サービス」を新会社の重要な事業として位置づけたことである。通信回線のコストの低下と規制緩和によって、いずれ設備の保有は国際通信事業者の必須要件ではなくなる。インフラは規模の利益が働き寡占化が強まると思われるが、一方アプリケーションにおける付加価値を追求する競争が活発化するのではないか。国際通信網もハブとスポークによって構成され、必要な部分をプラットフォーム事業者から調達するといったことが一般化するかもしれない。

 第4に、この新IP網は共通の網アーキテクチャーを開発し、グローバル・オープン・プラットフォームとして形成を進め、ユーザー、パートナー、プロバイダーに対し、この網のAPI(Application Program Interfaces) を介して利用できるようにし、サービスのカスタマイズも可能とする、という構想である。従来の国際通信は、 2国間の共同事業としての性格が強く、新サービスの導入などに制約があるが、オープン・プラットフォームの活用によって、自社の顧客に高度なサービスを短期かつ効率的に提供できるようになる。

(注)Communications Week International (98.8.10)

■日本の通信事業者に対する影響

 AT&TとBTのジョイント・ベンチャーの業務内容が明らかにならない状況で、今後の見通しについて触れるのは問題もあるが、あえて私見を述べる。
 まず、ワールド・パートナーズが99年に解消することで、KDD への影響は避けられない。AT&TとBTは、世界中の他のパートナーやアライアンスとも協力する、と表明しているが、その条件が明らかになっていない。新会社の提供するサービスのディストリビュータの役割を担うということかもしれない。KDD とテレウエー連合はこれに満足できるのだろうか。

 NTT はこれまで、アジア重視と地域・サービス毎に提携する相手を選択する、という方針できたが、世界的規模でIPネットワークを構築する時代を迎えても、今後ともこの方針を貫けるのだろうか。世界で事業規模一位のNTT も国際通信分野での力量は未知数である。グローバル・アライアンスに参加することになれば、真価が問われることになる。しかし、再編がスタートする来年夏までは、動きが取れないだろうから、当面事態の推移を注視することになろうが、今後のNTT の動向が業界再々編の契機となるかもしれない。

 DDI と日本テレコムは、グローバル・キャリアを目指すのか、国内事業に重点をおいて国際サービスは顧客サービスとして損をしない範囲で続けらればよいと割り切るか、また国内市場でも「総合通信会社」を目指すか、得意分野に特化すべきか判断を迫られるのではないか。前者の道を選べばアライアンス( 主導権がとれるか?)は避けられないし、後者の道を選べばグローバル・ユーザーを顧客とすることは困難だ。いずれにしても、従来の横並び戦略から脱却しない限り生き残りは困難ではないか。

 ここで確実なのは、今まで日本の事業者がほぼ独占してきた日本発信の国際通信市場( 世界で 5位) に、外国キャリアを中心に新規参入が相次ぐことである。すでに、ワールドコムやBTが第一種事業の免許を国内で取得している。来年スタート予定のAT&TとBTの合弁新会社も、間違いなく参入するだろう。IPネットワークの構築によって、大幅な料金の値下がりと新サービスの提供が期待できる。ユーザーには吉報だが国内通信キャリアは戦略の見直しを迫られそうだ。

相談役 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
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