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2001年3月掲載

「Lモード」事件が教えるもの

 通信サービスを「県内」「県間」に区分する考え方は、通信トラフィックのほとんどが電話だった時代の名残りであり、電話とネットワーク構成が全く異なるインターネットで「県内」「県間」を議論するのは無意味である。「県内」「県間」の区分は当面電話サービスに限定し(インターネット上で音声通信が提供されるようになれば、いずれこの区分も無意味になる)、インターネットは市場の自由な競争に委ねるべきだ。競争で進化してきたインターネットが市内電話のように特定の者が市場支配力を持つ状況は考えにくい。ましてや「Lモード」はニッチ市場であり、リスクも小さくない。ここで何ヶ月間か店晒しになることがあれば、市場機会が失われるかもしれない。

■社会的事件に発展した「Lモード」

 ベストセラーにもなった松永真理さんの「iモード事件」は、NTTドコモの携帯電話情報サービス「iモード」が日の目を見るまでの3年間の経過を、自分にとっての日々新たに起きた「事件」として体験記風にまとめたものだ。通信業界に全く馴染みがなかった著者が、NTTドコモにヘッド・ハンティングされ、組織風土の違いと専門用語に戸惑いながら、一般利用者としての自分の感覚と視点を貫き通して、「iモード」のサービス開始にこぎつけるまでの奮戦記は、読物として面白いだけでなく、マーケティングの教科書としても出色の出来ではないかと思う。その後「iモード」は社会的現象といわれるまでに普及した。

 これに対し、NTT東西会社が計画している「Lモード」は今や社会的事件である。「iモード」の固定電話版で、アイデアとしては二番煎じの感を免れない「Lモード」が、何故か連日の新聞紙面を賑わしている。「Lモード」は、簡単なボタン操作で電子メールの交換やインターネットのホームページにアクセスして情報の検索,電子商取引などができる仕組みを提供しようというものだ。大きめの液晶画面を備えた専用電話機を使い、画面のメニューから様々な情報にアクセスできる。天気予報やニュースなど約1,000件の公式サイト(ホームページ)から情報を流す計画である。電話番号がメールアドレスになり、パソコンに不慣れな主婦や高齢者も利用しやすいという。情報の提供は提携する第3者に任せ、NTTの東西会社はメニュー作りと顧客管理を担当する予定であった。

 この計画に異議を唱えたのが新電電側で、「Lモード」は県外の人たちにメールを配信し、県外のホームページにアクセスして情報を入手できるなど、NTT東西会社の業務範囲を「県内通信」とすることを定めたNTT法に違反すると主張した。これに対してNTT東西会社は、「Lモード」は県間の通信を他社(2社)に委託し、料金の設定も県間通信料や情報料を別立てにしており、県間通信にはあたらないと主張し対立していた。

 料金設定を県内と県間通信とに区分し、接続する他社の県間通信の料金を、委託を受けてNTT東西会社が請求書で合算請求すれば、「Lモード」は県間通信にあたらないとする法律解釈の当否はともかくとして(注1)、この問題の本質は、NTT東西会社がその地域(電話)市場における支配的地位を自由に利用して、関連市場(インターネット)における競争を極端に制約することが可能になってしまう(注2)、と競争相手(特に通信事業者)が強い警戒感を抱いているところにある。

(注1) 料金設定の議論は問題を矮小化している(奥山KDDI社長 日経新聞 2001.3.7)

(注2)日本BT ニュースレター(2001.3)

■インターネットに電話時代の規制を持ち込む愚を避けよ

 NTT東西会社の地域市場における支配力は、現在のところ電話や専用線のサービスに限られている。通信トラフィックの大半を距離と時間で課金する電話サービスが占めた時代には、県内に終始する通話や他社の通話を相互接続するウエイトが高く、通信市場を県内(独占)と県間(競争)に区分する意味があったかも知れない。しかし、インターネットの世界では利用者は「県内」「県間」はもちろん「国内」「国際」を意識することもなく、これらを区分して議論するのは無意味である。ネットワークの構成も全く異なっている。あと5年もすれば通信トラフィックの大半を定額料金のインターネットが占め、電話もインターネットのアプリケーションの一つに過ぎなくなろうとしている時に、自由な競争で発展してきたインターネットの市場を、電話に対する規制の延長で規律しようというのは、時代錯誤というものだ。

 日本におけるインターネットの競争を加速し、ネット利用者のすそ野拡大を促進するためにも、NTT東西会社の「Lモード」によるインターネット市場参入(注3)は歓迎すべきだ。総務省が主張するNTTグループ内企業相互の競争促進にも寄与する。NTT東西会社の業務範囲を「県内」に限るとする規制は、電気通信といえば電話サービスを意味する時代の残滓である。この規制は、電話サービスに限るべきで、インターネットは市場の自由な競争に委ねるべきではないか。問題は、NTT東西会社がその地域電話市場における支配的地位(一部の設備を電話サービスとインターネットで共用している)を利用して、競争相手との間の公正な競争を阻害することがないよう、セーフガードをどう整えるかである。

(注3) NTT東西会社はインターネットについては他社へ接続サービス(ダイヤルアップ、ISDN、ADSL,専用線など)を提供しているだけで、自らはインターネット・サービス・プロバイダー(ISP)業務には現在のところ参入していない。

 インターネット市場でNTT東西会社と競争相手が公正な競争を行うには、NTT東西会社が他社に提供しているインターネットの接続サービスの提供条件と自社が利用する条件が同等でなければならない。この条件は現在の相互接続ルールによって満たされているのではないか(注4)。次に、「Lモード」のようなインターネット・サービスを他社でも提供可能かという点については、すでに日本テレコムが同種のサービスの提供を計画しており、NTT東西会社による独占はありえない。「Lモード」(その本質はポータルで差別化はメニュー画面)もいずれ競争になるだろうが、ネット時代はアイデアが勝負で、先行者が競争優位に立つのは容認されるべきだ。(「iモード」にしても「Lモード」にしても、その発想がNTTグループ以外からは出てこなかったのはどうしたことか。)

(注4) 新電電側は、「(市内)開放が先で、その後に新分野への参入となるのが筋」と主張している(読売ウイークリー,01.3.18)が、市内(固定)電話のシェアを開放の尺度として主張しているのであれば、インターネット市場の特性を無視した議論だ。

 NTT東西会社が提供を予定している「Lモード」そのものを開放すべきだという議論がある。両社のゲートウェイ(ポータル)に他社のアクセスを認めること、希望するコンテンツ提供者をすべて受け入れること、「Lモード」電話機から他社のポータルへ接続できるようにすること、などである。しかし、これはネット戦略を他社とどう差別化して展開するかの根幹にかかわる問題であり、NTT東西会社の判断に委るべきだ(注5)。同種のサービスが他社でも提供可能であり、アイデアを競って自ら参入して競争を挑むことができるからだ(注6)

(注5)NTT東西両社に競争優位があるとすれば、サービスの開発に先行したことである。ネット時代に開発先行は大きな優位であるが、市内電話市場の支配力とは無関係である。「Lモード」への接続要求が出されること自体、電話時代の規制に安住する「甘えの構造」を示すものではないか。

(注6)「利用者がNTT東西以外のポータルサイトを利用できる仕組みを設けるべきだ」 会田雄一テレコムサービス協会政策委員長(日経産業新聞 2001.3.7)

 情報通信審議会(総務相の諮問機関)は3月16日にNTT東西会社が計画している「Lモード」について、現在の申請内容ではサービス開始を認めるべきでないと答申した。「県間通信を含むサービス全体を事実上、NTT東西が手掛ける内容になっている」として、メールの送受信などを処理するシステムを他社に開放し、NTT東西会社は地域通信に特化することが不可欠との考え方を示し、近く両社に事業計画の変更を要請するという(日経新聞 2001.3.17)。

 情報通信審議会がインターネットを電話時代の遺物である「県内」「県間」で区分することの無意味さとそれがもたらす弊害に気づかないい筈はないから、今回の答申はNTT東西会社の業務範囲を定めた現行の「NTT法」は「悪法であっても法である」、との判断によるものであろう。そうであれば、必用な法律改正を早急に実施することを提起し、民間の創意を萎縮させることのないようにして欲しかった。何しろネット時代はスピードが生命なのだから。

相談役 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
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