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2001年5月掲載

広帯域インターネット時代への展望を欠いた電気通信事業改革法案

 電気通信事業法など通信関連5法の改正案が去る4月10日に閣議決定された。ここに至るまでの議論の中心は、市内回線を事実上独占するNTTグループへの規制を強めて他企業の参入や競争を促す、という点であった。この考えは、電話が電気通信の主役を占めた時代の発想である。今後整備される省令などに多くが委ねられているため、現時点で十分な評価はできないが、今回の改正案で競争が促進されるかについては疑問が残る。一方、首相が主催するIT戦略会議が策定した「e‐ジャパン重点計画」では、2005年までに超高速アクセス網および高速アクセス網への接続目標を,それぞれ1000万および3000万としており、日本の世帯数のほとんどが広帯域通信網を利用できるようになることを想定している。この状況は、電話はIP(インターネット・プロトコル)網のアプリケーションの一つに過ぎなくなることを意味しており、電話後の時代における通信事業の競争や規制の在り方こそ、今回の法案が追求すべき課題だったのではないか。

■電気通信審議会の答申から方向転換した改正法案

 今回の通信関連法案には、昨年末の電気通信審議会の答申を反映させるはずだった。答申のポイントは、依然として市場支配力を有するNTTグループへの規制を強める一方、業務区域が県内に限られているNTT東・西会社に、競争の進展に応じてインターネットなどの新分野に進出を認める「インセンティブ」規制と、携帯電話市場でシェア6割のNTTドコモに対し接続条件の認可制を導入する「支配的事業者」規制を導入することであった。さらに、2年後においてもなお、地域通信市場で十分な競争の進展見られない場合には、完全資本分離を含め、NTTの持株会社形態の抜本的な見直しを実施する、としていた。

 しかし法案化の段階で、「インセンティブ規制」におけるNTT東・西会社の業務範囲拡大の条件が「競争の促進」から「公正競争確保」に、「支配的事業者」は「市場支配力を有する事業者」に、またそれに基づく移動体事業者の接続条件の「認可」は「届出」に変わった。改正法案の附則で電気通信制度の包括的な見直し規定が明記されたものの、競争進展が不十分な場合にNTTの持株会社形態を抜本に見直すことは法案に盛り込まれなかった。(注1)

 この変更を「後退」と見るか、そもそも審議会の答申に合理性が欠けていた(NTTの持株会社形態がスタートしてからと2年も経過しない時点で、新たな経営形態を提起するなど)と見るか、評価の分かれるところだ。日本の通信市場における競争が十分でないとする見方も、日本の電気通信料金が国際水準から割高だとする見方も、NTTグループの市場支配力に原因があるとする「思い込み」があるようだ。

 NTTドコモの高いシェアは競争の結果であり、NTTコムは「支配的事業者」ではないとされた。問題はNTT東・西会社であるが、地域通信市場で競争が進展しないのは日本に限らない。(注2)「経済的機会」があれば、経営が非効率でコストが高いとされるNTT東・西会社に、効率的な経営の新興会社が競争を挑めば十分チャンスがあるはずだ。しかし現実には、大口ユーザーの密集する大都市の特定地域にしか設備ベースでの競争が進展しないのは、現状では地域通信市場に競争を促進する「経済的機会」が小さいからで、NTTの市場支配力の問題ではない、という見方もできる。

 しかし、最近の「マイライン」獲得競争を契機に、一気に(相互接続による)市内競争が進展しそうな情勢だ。これは利益率の高い長距離通話の契約を獲得するためには、市内は赤字でも仕方がない、と考えているからだ。対抗値下げを強いられたNTT東・西会社はコスト削減に努力せざるを得ないから、効率化が進み新興通信会社が設備ベースでの市内競争に挑戦する「経済的機会」はさらに小さくなるのではないか。

 今回の法案には、非対称規制の整備、卸電気通信役務制度の導入、電気通信事業紛争委員会の設置、ユニバーサル・サービスの提供の確保、NTT東・西会社の業務範囲の拡大、NTTの外資規制の緩和、線路設置の円滑化措置などが盛り込まれた(別紙)。以下で改正法案の問題点を検討したい。

(注1)「e‐ジャパン重点計画」(閣議決定、2001年3月29日)では「公正な競争を促進するための施策によっても十分な競争の進展が見られない場合には、通信主権の確保や国際競争の動向も視野に入れ、速やかに電気通信に係る制度、NTTの在り方等の抜本的な見直しを行う」とされている。また、政府の「規制改革推進3ヵ年計画」でも同様の趣旨で「NTTグループの経営形態を抜本的に見直す」ことが明記されている。

(注2)拙稿「米国の通信政策に変化の兆し」(InfoComニューズレター)

■加重される「市場支配力を有する事業者」規制

 今回の通信事業法改正案では、「市場支配力を有する事業者」規制が導入される。通信設備を保有する事業者を第一種通信事業者、非保有事業者を第二種通信事業者と区分し、前者を一律に規制対象としている従来からの仕組みをそのままにして、「市場支配力を有する事業者」規制を新設するのは規制の加重である。「市場支配力を有する事業者」に対する規制を導入するのであれば、設備保有を根拠とする第一種事業者規制は廃止すべきだった。

 「市場支配力を有する事業者」に対する規制は、固定通信事業では東・西NTTに限られる。 しかし、「市場支配力」は市場ごとに支配力の有無を検証する必要がある。市内電話については、その市場支配力はラスト・ワンマイルのアクセス回線(不可欠設備)の保有に根拠があると考えられるが、県内市外通話やインターネット市場などでNTT東・西は市場支配力を持っているのだろうか。「市場支配力」に基づき規制するというのであれば、市場毎に検証して市場支配力のない市場(競争市場)での規制は撤廃していくべきだ。県内における電話などの端末回線が50%を超えていれば、電話以外の市場にまで自動的に「市場支配力」規制が及ぶというのは合理性を欠いている。

 今回新設された移動体系の通信事業者を対象とする第二種指定電気通信事業者は、当初市場占有率50%超を対象とすることで検討されていたが、「国際的標準」を考慮して25%超に引き下げられると伝えられているが(これも理解し難い)、これは欧州でいう「市場に重大な影響を及ぼす」(SMP;Significant Market Power)事業者規制に近い。しかし、通常これは具体的な規制措置ではなく、政府が当該事業者の活動を監視し、反競争的行為などがあれば排除勧告などを行うというものだ。

 そうであれば、公正取引委員会と総務省は連携して適正な競争ルールを示すガイドラインを作成し、通信事業者の反競争的行為の防止に向け、市場の有効な監視体制を整備すれば十分ではなかったか。移動体通信事業にボトルネック設備はなく、独禁法の運用で対応可能であり、事業法と独禁法の二重基準による混乱も防止できる。電気通信サービスがコモディティ(普通の商品)化している状況を考えると、すべてを事業法で規律するという考え方を止め、可能な限り独禁法に委ねていくべきである。

■個別契約・届出を容認した「卸電気通信役務」制度

 卸電気通信役務の定義は「専ら電気通信事業者の電気通信事業の用に供する電気通信役務」(電気通信事業法改正案、第31条)である。総務省の作成した「電気通信事業法等の一部を改正する法律案の概要」(平成13年4月)によれば、「自治体、公益事業等の光ファイバー網の有効活用及び電気通信事業者のネットワーク構築の柔軟性の向上を図るため、事業者間の個別契約による柔軟な卸電気通信役務の提供を可能にする制度」で「卸売り契約は届出」とする、と説明されている。

 ここでいう「卸電気通信役務」には、既存の通信事業者が他の通信事業者向けに提供する卸売りサービスも当然含まれる。(従来から行われているダーク・ファイバーや帯域貸しなどのIRUベースによる自営設備の賃貸は電気通信事業法の枠外である。)既存事業者を含む「卸電気通信役務」の提供が個別契約(契約約款外)でよく、届出制で扱われるのであれば、「卸電気通信役務」の円滑な供給が進み、競争促進に寄与することが期待できる。

 しかし、「卸電気通信役務」が市場で活用されるためには、原則として第一種事業者が他の事業者からのサービスの購入や設備の賃借を禁じている第一種・第二種の事業者区分や第一種事業者の業務委託規制の廃止などが必要である。また、「卸電気通信役務」市場の発展のためには、その取引を仲介する「マーケット」の創設が必要となるが、柔軟かつ円滑な取引を推進するためには届出も不要にし、完全自由化すべきではないか。

■問題を矮小化した電気通信事業紛争処理委員会の設置

「ルール型行政への移行に伴い、今後増加する可能性がある電気通信事業者間の接続等に係る紛争の迅速、公正かつ効率的な処理はかるため」(電気通信事業法等の一部を改正する法律案の概要、平成13年4月、総務省)電気通信事業紛争処理委員会が設置される。「紛争処理委員会」は許認可部門から独立した組織で、国家行政組織法第8条に基づく機関である。5名の委員は両議院の同意を得て総務大臣が任命し、委員会は必要に応じて総務大臣に対する勧告が可能である。

 しかし、独立すべきは規制・監視・仲裁などの機能である。かつての大蔵省の金融行政で明らかなように、政策・振興の機能が優位になりがちで、公正、中立であるべき規制の機能が歪められる可能性があるからだ。ルール型の行政への移行を標榜するのであれば、他の先進諸国同様、独立規制機関を設置し規制機能の独立性を高めることが先決である。

 これに対して電気通信審議会の答申は、「規制監督の実施のプロセスを通じて得られる知見やノウハウを出来る限り規制に関する政策の企画・立案の過程に有効に反映させるなど、両者の連携が必要である。」として独立規制機関の設置に反論している。しかし、透明性の高いルール型の行政を実現するには、政策と規制の機能を分離して両者の間の癒着と馴れ合いを絶ち、相互に適度の緊張関係を保つことによって、裁量型規制の余地を狭めることが必要だ。規制の実施から得られる知見やノウハウを政策立案に反映するための両者の連携は、組織が異なっていても十分可能である。今回の紛争処理委員会の設置は、問題の本質を矮小化して捉えた結果ではないか。

■拙速だったユニバーサル・サービス基金の設置

 ユニバーサル・サービス(法案では基礎的電気通信役務)を提供するため、法案では各電気通信事業者が応分のコストを負担する基金方式を整備するとしている。また、その範囲は当面加入電話、公衆電話、緊急通報に限られる(前述の総務省による法律案の概要)。ユニバーサル・サービスを提供する事業者(現時点ではNTT東・西会社)の申請に基づき総務大臣が適格電気通信事業者を指定し、基金(公益法人)がそのコストを交付する。基金はそれに見合う負担金を、適格事業者に接続している通信会社などから徴収する、という仕組みである。

 電気通信審議会は、現行制度のもとでNTT東・西会社が、どのような費用をどれだけ「ユニバーサル・サービス」として負担しているかを明らかにしなかった。(注3)また、競争が進展するなかで、地域別に格差のある料金をどの程度容認すべきか、地域通信市場における競争がどの程度進んだら基金が活動を開始すべきか、そもそもユニバーサル・サービスのコストとは何か、などについて議論が煮詰まったとは思えない。この段階での法案化は行政の裁量の幅を大きくし過ぎる。負担がともなうだけに時機を待つべきだった。

 ユニバーサル・サービスの対象とされる電話は、早晩IP(インターネット・プロトコル)網に統合され、そのアプリケーションの一つに過ぎなくなるだろう。いずれ消滅するサービスを維持するために、基金を設置するというのには疑問が残る。NTT東・西会社にしても、インターネットや移動体通信のような将来発展するサービス分野に進出できれば、問題はおのずと別の次元に移るかもしれない。今議論すべきはデジタル・デバイドを克服するための「次世代ユニバーサル・サービス」であり、電話のそれではない。 (注3)英国の規制機関であるオフテルは、ユニバーサル・サービスの純費用を算出するためには、そのために要する追加的費用と、そのことから獲得する企業ブランドやネットの外部性などの追加的便益を比較考量しなければならない、と主張している。オフテルは、英国の場合は便益が費用を上回っていると試算している。

■東・西NTTの業務範囲の議論は「電話」に限定すべき

「NTT東・西会社は、地域電気通信業務のほか、保有する設備、技術、職員を活用して行う電気通信業務その他の業務(いわゆる「活用業務」)を営むことができる。総務大臣は、地域電気通信業務の円滑な遂行及び電気通信業務の公正な競争の確保に支障を及ぼすおそれがないと認めるときは、認可をしなければならない。」(NTT法2条)旨の規定が追加された。これは、NTT東・西会社に一定の条件のもとにインターネット関連サービスなどの新たな分野への進出に道を開くものである。

 しかし、ここでも電話とインターネットは分けて考えるべきだった。電話については、市内電話の市場支配力(ボトルネック設備である市内電話回線を実質的に独占していることに由来する)が電話の他市場(長距離電話)における公正競争を阻害する恐れがあることから、当面業務領域を規制する理由が存在する。しかし、インターネットには県内、県外はもちろん国内、国外の区分すらない。広帯域時代が到来すれば、確実に電話はIPのアプリケーションの一つになるだろうから、電話会社がインターネット分野に進出できなければ、存続できなくなるのは明らかだ。

 それに、インターネットはもともと競争的環境のもとで成長しており、一社が市場を支配することは考え難い。電話とインターネットが市内回線を共用するのが問題だというのであれば、NTT東・西会社が利用するのと同等の条件で他社も利用できるようセーフガードをきちんと整備すればよい。米国最大のインターネット・プロバイダーであるAOLは自社のネットワークを持たず、ワールドコム(UUNet)にアウトソースしている。ネットワーク設備の保有者が、インターネットでも圧倒的に有利であるとは限らない。市場もネットワーク構造も全く異なるインターネットに電話の規制原則を持ち込んで、そのパワーを削ぐ愚は避けるべきだ。

 もう一つ問題は、認可の条件となっている「公正な競争の確保」である。電気通信審議会の案であった「競争の進展」よりはましだが、細部は省令で定めるのだろうから、規制のバーを意図的に高く設定することも可能だ。法律上でも規制当局の裁量の幅を狭めておく工夫が必要だったのではないか。「神は細部に宿り給う」のだから。

■NTT法による規制は必要か

 NTT持株会社に対する外資規制を20%未満から3分の1未満にする、NTT持株会社の増資を一定の条件のもとに届出でできるようにする、NTT持株会社が保有するNTTコムの株式の売却を届出でできるようにする、などのNTT法による規制の緩和が法案に盛り込まれているが、「ツー・レート、ツー・リトル」の感を免れない。通信事業法に定める市場支配力に着目した規制のほかに、NTTに対して経営上の特別な規制が必要なのか、ゼロベースで検討する必要がある。例えば、NTT(持株、東・西会社)の役員を日本国籍を持った人に限る規定などは、時代錯誤の最たるものだ。

■評価すべき線路敷設の円滑化措置

 今回の電気通信事業改革促進法案で策定の過程で評価すべきことが二つある。第一は、電気通信事業法の目的に「公正な競争の促進」が明記されたことである。従来は、「電気通信事業の公共性にかんがみ、その運営を適正かつ合理的なもとする」ことであった。適正かつ合理的であれば、市場の独占も許されるとも解される。「競争促進」を明記したことは評価できる。第二は、線路敷設の円滑化措置である。光ファイバー網の整備促進のため,電柱・管路などの円滑な利用制度を整備しようというものだ。一定の条件のもとでNTTや電力会社などの設置した管路や電柱を他社が利用できれば、地域市場にける設備ベースでの競争が一気に促進される可能性がある。しかし、6割を占める私有地に設置された電柱をどう扱うかなどの問題も残されていおり、実効があがるか疑念も残る。今後に期待したい。

■残された課題

 電気通信サービスは今やコモディティ(日用品)化しつつある。特に長距離サービス市場は競争が激しく、料金などのサービス提供条件も届出に規制緩和されていた。しかし、「届出」であっても事後規制の対象であり、料金の変更命令を受ける可能性がある。そのための規制コストも少なくない。市場が完全な競争になっていれば非支配的事業者の届出も不要であり、独禁法による監視で十分ではないか。米国ではすでに国内長距離通信サービスのデタリフィング(個別契約、届出不要)を実施している。競争が進展した市場では、規制緩和ではなく規制撤廃を検討すべきだ。エンロンやBand-Xなどは通信会社の空き回線や専用線の空いた帯域を時間単位で売買する市場をインターネット上に作っている、そんな時代である。

 通信政策イコールNTTの在り方という構図から早く脱却すべきだ。1999年7月に発足したNTTの持株会社制のもとでのグループ内競争に限界があることは、その時点で予想されたことである。資源を集中して効率化をはかるか、グループ内で競争して市場の拡大を狙うかは、持株会社の経営判断に委ねられるべきだ。株主利益を損なってまで、グループ内競争を促進する理由はないからだ。競争政策の最大の課題は、地域市場での設備ベースでの競争が進まないことだが、その理由はNTT東・西会社の市場支配力ではなく、地域市場に投資する「経済的機会」が乏しいからだ。だから、NTT東・西会社を分離独立させても、NTTコムやNTTドコモが設備ベースで地域競争に参加することは期待できない。それよりも、電柱、管路などのいわゆる路線権の開放を進め、地域市場参入のコストとリスクを下げて、インフラで競争原理が機能するようにすることを優先すべきだ。

 最後に、通信事業法の通信法への転換である。事業法の趣旨は、その公共性にかんがみ、事業者の運営を適正に保つよう規制することであり、法律の目的に「競争の促進」を明記しても規制法の本質は変わらない。一方、通信と放送は融合する方向にある。現在メディア別になっている通信諸法を情報の伝送とコンテントの提供とに大別し、前者を通信法として統合し、融合時代に対処すべきではないか。

相談役 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
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