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2001年9月掲載

ビジネスウイーク誌が提案する米国テレコム産業の大改革案

 米国の有力経済誌のビジネスウイーク(BW)(注)が「テレコム産業の大混乱から学ぶ8っの教訓」と銘打った特集記事を掲載した。米国のテレコム産業の混乱は、通信市場に境界なき競争(free for all)を導入することを目指した1996年通信法が、政治的妥協の産物に過ぎなかったことにそもそもの原因がある、という主張である。その反省に立って具体的な改革案を提起している。以下にその概要を紹介する。(注)8 Lessons from the Telecom Mess(BusinessWeek / August 13,2001)

■米国テレコム産業の大混乱

 当時(1996年2月)、クリントン大統領は、1996年通信法に署名するにあたって「政府は、競争と技術革新が光と同様のスピードで早く動くような開かれた市場(marketplace)を作ることに協力を惜しまない。」と約束した。しかし、この法律が大混乱の原因となることを疑っていた政府高官もいた。ある有力上院議員は大統領の署名式が終わった直後に、当時のハントFCC委員長に「我々は一方に彼らが欲するすべてを与え、それから、片方にも彼らが欲するすべてを与えた。幸運を祈る。」と囁いたという。

 5年後にテレコム産業は大混乱に陥った。まず、テレコム産業全体の収入が減少している。価格の急激な値下がりで、利益が出なくなりつつある。去る7月26日に光部品メーカーのJDSユニフェーズは、直近の会計年度で史上最大の506億ドルの損失を計上した。投資家はこのような恐ろしい状況から逃げ出そうとしている。PSINetから360ネットワークスまで、少なくとも12の新興通信会社が破産法の申請した。1月からの従業員の一時解雇は17万人にのぼり、産業セクター中トップである。企業業績と株価の低迷によって、AT&T、ワールドコムやルーセント・テクノロジーズのような巨大会社までが、資産の分離・売却を余儀なくされる状況に追い込まれている。テレコムのこんな騒ぎは初めての経験だ。

 テレコムの一般利用者は、依然としてクリントン大統領が約束した競争促進を待っている状況だ。地域通信市場は完全な独占状態が続いており、ベビー・ベルのライバルが運営している電話回線は8.5%に過ぎない。最も競争が進んでいるニューヨークですら競争相手のシェアは20%で、競争で得をしているのは企業であり住宅用顧客ではない。ブロードバンド・インターネットに至っては、米国の全世帯の5%が利用しているに過ぎず、多くの米国人には遠い夢でしかない。「テレコム産業の現状は、考えられる可能性の中で最悪の状況」とクリントン政権のチーフ通信アドバイザーのラリー・アービングはBW誌で語っている。

 状況は悪いが、ここから抜け出す手だてはあるはずだ。過去の混乱から、何が間違っていて何が正しかったのを学ぶことが出来る、とBW誌は産業人、テレコム・エコノミストおよびワシントンの政策担当者など多くの頭脳を集めて意見を集約し、テレコム産業を安定させるだけでなく再び成長させるために、8っの教訓とその解決策を提案している。この提案はまた、住宅用利用者がより早くブロードバンド・インターネット接続、より革新的な無線サービスおよびより良い地域サービスを利用できるようにするために役立つだろう、とBW誌は強調している。

 しかし、大事なことは設備投資に拍車を掛け、技術革新を促進することだ、とBW誌は書いている。例えば、地域住宅市場においては、新規参入企業が顧客獲得のために既存通信会社と闘うインセンティブを持てるよう、規制当局は(ユニバーサル・サービスのための)補助金を減らし、まずベル電話会社が基本サービスのコストを賄える水準まで値上げを認めるべきだ。一方地方では、ブロードバンド・インターネット接続の展開に関して、ベル電話会社、ケーブル・テレビ会社およびネットワークの拡大に投資しよとするその他の事業者が利益をあげられるよう、政府は補助金を出すべきだと主張している。

 この提案には異論もあるだろう。現在約5,000万の住宅用加入者が補助を受けており、その歴史は60年に及ぶ。政治家は有権者の半分の電話料金を引き上げることになるかもしれない。レッセ・フェールを標榜するブッシュ政権が、ブロードバンド・サービスの全国展開に補助金を出すことに積極的だとは思えない。したがって、この提案のすべてが実行される可能性は多分ないだろう。しかし、この改革の青写真のいくつかが実現するだけで、状況は大きく変わるかもしれない、とBW誌は期待している。以下はBW誌の提案である。

1. 大きな変革なしには、住宅用利用者は地域電話サービスの競争で恩恵を得られない。

(解決策)真に必要なものを除き補助を廃止し、ベル電話会社の基本電話料金の値上げを認めよ。これが競争相手の市場参入を促進し、電話サービスの改善と料金の低下を実現する。

 FCCの統計によると、住宅電話加入者の96%をベル電話会社が支配している。理由は単純で、現在のビジネスの経済が競争を促進する構造になっていないからだ。この真の理由は、時代遅れになりつつある60年来の補助システムにある。このシステムは、1940年代に40%だった住宅用電話の普及率を引き上げるため、AT&Tが全米どこでも安い料金でサービスを提供すことに合意したことから始まった。AT&Tはこの「ユニバーサル・サービス」に補助する金額を、長距離通話、ビジネス加入者および新サービスの料金に上乗せしして賄った。このシステムはそれ以来ほとんど変わらず、70%の住宅用加入者が依然として補助を受け、その金額は1加入月額3〜15ドルにのぼる。

 既存の通信会社だけが代表してこの補助を受け取ることになっていたため、新規に参入した電話会社はもっぱら利益率の高いビジネス市場に特化し、住宅用市場をほとんど無視した。例えばニューヨークでは、住宅用地域サービス(基本料)月額6.11ドルに対し、ビジネス用は同一サービスで15.74ドルである。住宅用地域サービス市場に参入しようとする電話会社(AT&Tやワールドコムを含む)は、住宅用顧客に原価よりも低い料金しか課さないベル電話会社に挑戦しても、利益をあげることはほとんど不可能なことに気がついた。合理的な料金決定の仕組みなしに、厳しい競争市場はありえない。

 この問題の解決は、補助の大部分を廃止し、地域電話会社がその基本サービスの料金を値上げできるようにすることである。高コスト地域の1,000万世帯と州政府が低所得と認める700万世帯などに対する補助の継続は必要かもしれないが、これらは米国の全世帯の20%未満である。補助を住宅用電話の20%に抑えることができれば、現在年間250〜300億ドルの補助を半分もしくはそれ以下に削減できる。

 政治家と補助を受けている半分の世帯は強く反対するかもしれない。しかし、値上げ後の料金は投資する資本を持つ多くの起業家を惹きつけるだろう。数年以内に、住宅用電話利用者はより多くの選択肢を持ち、料金も補助のあった当時に戻り、さらに、利用者は競争で促進される革新的なサービスで、より多くの利益を享受すべきだ。規制当局は、競争を欲しつつも電話の基本料金を引き上げたくない、という二律背反に取り付かれている。利用者は我慢が必要だ。NERA(National Economic Research Institute)の推定によれば、

 コストを下回っている地域電話料金を10%値上げすれば、競争的電話会社が9〜13%の市場シェアを獲得するだろう、という。

 マサチューセッツ州にすばらしい実例がある。州の規制当局は、ベライゾン・コミュニケーションズの住宅用基本料金を徐々に引き上げ、1990年の月8ドルに対し現在は21ドルで、コストを2ドル上回る。これが刺激になって161の競争者がこの市場に参入し、2年前の2倍になった。現在では全米で一番競争の激しい市場の一つであり、AT&TやRCNなどのライバルが20%のシェアを握っている。今やマサチューセッツ州の住人は、競争から利益を得ている。同州の地域サービスの平均料金は月32ドルであり、他州の平均および同州の1990年当時の料金と同額である。しかし、利用者はより多くの域内市外通話、コーラーIDやボイスメールを利用し、利用者の20%が2台目の電話を持っている。基本料金は3倍になったが、競争によって域内市外通話やコーラーIDなどの料金が75%も下がった。利益率の改善によって、より多くの資本が地域電話市場に投入され、競争が促進されたのである。

2. ベル電話会社は、地域市場の競争を踏み潰すのに、誰が考えるよりも効果的である。

(解決策)規制当局に、ベル電話会社が彼らの市場を競争に開放せざるをえなくするよな規制ツールを与えよ。

 新規参入企業はしばしばベル電話会社のネットワークの一部を利用するので、彼らが顧客に販売するサービスの提供にあたって、地域電話会社の巨人に依存するところが 大きい。一方、ベル電話会社は競争が起きないようにするためなら何でもやる。ベル電話会社によるサービスの遅れや品質の問題は、ライバルとの競争という問題を反映している。例えば、カルフォニア州ではAT&Tが、パシフィック・ベルのエラーで毎月4〜6%の顧客を失っていると主張し、インターネット・サービス・プロバイダーは、ベル電話会社が彼らの顧客の回線を切断し、その後自社の顧客として獲得しようとしているとして争っている。しかし、ベル電話会社は反競争的行為への関与を否定している。

 テレコム関係者以外の人々は、規制当局がベル電話に対して如何に無力であるかに気づいていない。州の規制当局の多くは、地域電話会社に対し罰金を課す権限を持たず、財務的ペナルティを課すことができる州でも、多くはその罰金に低い限度額を設けている。例えばメリーランド州では、違反行為1件ごとにベライゾンに課す罰金額の最高額は1万ドルである。州は規制当局に、ベル電話会社に対しかなりの額の罰金を課す手段を与える必要がある、そうしなければベル電話会社はそのやりかたを変えないだろう。

 僅かだが罰金の額を引き上げようとしている州もある。ニューヨーク州はべライゾンの反競争的行為に対し年間2億7000万ドルまで罰金を課すことができる。イリノイ州では共和党の知事が罰金の額を引き上げ、反競争的行為1件につき25万ドルの罰金を課す法律に署名したばかりだ。

 財務的なペナルティの引き上げによっても反競争的行為が減らなければ、規制当局はより急進的な選択肢への転換を図る必要がある。規制当局は、ベル電話会社を小売と卸売りの二つの事業に分割することが出来るかもしれない。これは「構造的分離」として知られているが、小売会社はベル電話会社の顧客を保有し、卸売り会社は全てのライバルにネットワーク・アクセスを公平に提供する役割を担う。メリ-ランド州は来年にもベライゾンを「構造的分離」する法律を整備すべく計画している。

 「構造的分離」はこれまでは、政治的に見込みのない考え方だったし、ベライゾンはペンシルバニア州の規制当局がベライゾンを「構造分離」しようとする努力を打ち砕いた。べライゾンは、「構造分離」は分離のために膨大なコスト(10億ドル)が必要で、効果が期待できないと主張し、ライバル達は過大見積りだと反論している。しかし、「構造分離」は競争促進のために必要と考えられるし、政治的にも2〜3年のうちに実現可能となるだろう。もしベル電話会社がM&Aでより巨大になり、地域市場での競争実現に失敗すれば、大衆の感情はベル電話会社の「構造分離」に傾くだろう。

3. ブロードバンド・ネット接続の展開は、遅く、高価で、不完全なものになるだろう。

(解決策)住宅用電話への補助を廃止し、その節約額をブロードバンドの展開の費用に充てよ。

 現状のままではかなりの地域で接続料が高すぎて、多くの米国人はブロードバンド・インターネット・サービスを利用できる機会を持てないだろう。人口の20〜30%は、ほとんどのプロバイダーに接続出来ない地域に居住している。我々は何故この問題を心配しなければならないのか。それは高速ネット接続が普及すれば、経済に良い影響を与えるからだ。在宅勤務やホーム・ショッピングは生産性を向上させる。コンサルタント会社のEastern Management Groupによれば、通勤時間および店舗へのドライブの時間の減少によって、ブロードバンドは年間延べ37億労働時間を米国経済に追加できるという。米国経済にとってこの利益は巨大である。

 国は、利益率の低い地域にネットワーク建設のためのファンドを設けることによって、消費者向けブロードバンドの展開を促進すべきだ。地域電話への補助を削減することで、これらの地域におけるブロードバンド・ネットワークの需要を充たすのに十分な補助金が得られる。この補助金を巡って地域電話、ケーブルテレビ、衛星通信などの各会社に競争させるべきだ。補助対象地域の決定後に、政府はオークションによって最も効率的に需要を充たす事業者を決定すべきだ。

政府主導のブロードバンドの展開でうまくいった例が他にある。それは韓国で、ブロードバンドのインフラ構築に5年間で75億ドルを投じたが、現在では42%の世帯がDSLサービスに加入しており、これによる経済成長への寄与は1%だという。米国政府は過去に基本的地域電話サービスの普及に重大な役割を果たした。ブロードバンドの展開にも同様の役割りを果たすべきである。

4. ワイヤレス産業は周波数の不足によってハンディキャップをつけられている。

(解決策)聖域をなくせ。国防省、テレビ放送局、衛星会社から周波数を取り上げよ。

 米国のワイヤレス会社は、新たな音声およびインターネット・サービスの展開に必要な無線周波数を入手出来ないでいる。今年の始めに、ベライゾン・ワイヤレスなどの携帯電話会社は、FCCに170億ドルも支払い新周波数を入手することで合意したが、6月になってFCCにその周波数を競売で売却する権限がないことが判明し、現在係争中である。「周波数の不足が深刻化している。このため我々は、他国に比べ競争不利の状況にある。」と業界団体のCTIAの会長が語っている。

 これは、お粗末な公共政策である。解決策は、ワシントンにおいて利害が最も政治的に結びついている幾つかのところから、政治家が周波数を取り上げることしかない。まず、国防省は170MHzの周波数を保有しており、これは平均的な携帯電話会社の周波数の7倍にあたるが、利用しているのはその半分である。しかし、国防省は国の安全保障の観点から、もっと周波数が必要だと主張している。その一方で、他に移行可能な周波数帯があれば、現在使用中の周波数を明渡して妥協する余地があることも示唆している。

 テレビ放送局は、彼らの最初の周波数を無料で入手した後、高精細テレビ放送の展開のために議会に2番目の周波数を無料で割当てるよう要請した。長期的には両方は要らないにもかかわらず、現在、彼らは最初と新しい周波数の両方を、利用したい十分な期間だけ抱えておくことができる。議会は、選挙の時に無料で放送時間を提供してくれる放送会社からお金をとる気になれなかったのだ。業界団体のNABは、高精細テレビの導入が遅れており、移行に長い時間が必要で止むを得ない、と主張している。

 周波数がなければ、ワイヤレス事業者は手をこまねいているしかない。音声サービスでさえ潜在加入者に十分な周波数容量を確保出来ていないのに、ワイヤレス・インターネットへ進出すれば、間違いなく挫折するだろう。新サービスに積極的に投資する意欲のあるテレコム産業の一つのセクターが、公共政策のミスガイドで中止させられようとしている。

5. テレコム企業は、チャンスがあれば際限なく訴訟を起こすだろう。

(解決策)規制当局や裁判所による決定のプロセスを能率化し、1996年通信法を台無しにしている「遅れ」を解消するべきだ。

 1996年通信法にクリントン大統領が署名する式典があった1996年2月8日に、通信法の本質を考えさせられような出来事があった。式典の数時間後に長距離通信大手3社は、地域通信市場から競争相手を排除すための障害を設けているとして、アメリテック(現在のSBC コミュニケーションズの一部)を相手に訴訟を起した。それ以来訴訟が止まったことはない。ベル電話会社は、料金算定の問題、通信網の相互接続それに通信法それ自体の基本的ルールにすら反対した。際限のない訴訟の結果は、不確実さと遅れである。

 小さな紛争には、より有効な仲裁手順で対処すべきだ。現在、FCCはベル電話会社とそのライバル間の仲介を、連邦レベルの問題を含めて行なうことになっている。しかし、FCCの法執行局は要員不足で、多くの問題について調停が出来ず、やむなく訴訟になっているものもある。FCCは仲裁のスペシャリストを増員して、訴訟になる前に解決を図るべきだ。

 また、より重要な法律上の問題については、特定の裁判所に担当させるべきだ。1984年のAT&T分割の際は、ワシントンD.C.連邦地裁のグリーン判事が分割問題とそれに関する訴訟を一元的に扱った。このことによって一貫性があり、スピーディな意思決定が実現した。これと同様の手法を導入することで、エンドレスな法的紛争に終止符を打ち、信頼できる法的フレームワークを通信産業に与えることが出来れば、競争も促進されるだろう。

6. 通信に関する規制機関は、合併や買収を時代遅れの基準で審査している。

(解決策)規制機関は、合併後の企業がニッチ市場で支配力を持っているかではなく、通信市場全体の中でのシェアを問題にすべきだ。

 反トラスト法違反を審査する規制機関は、提起された合併や買収の案件を時代遅れの尺度で審査している。例えば、ワールドコムがスプリントを買収しようとした際、これが実現すれば長距離通信市場の80%は2社(AT&Tとワールドコム‐スプリント)の手に握られてしまう、と規制当局は警告した。結局、この合併は規制当局が認めなかった。しかも、この決定は長距離通信市場がまさに崩壊しようとしていた時に行なわれた。この合併が認められておれば、新ワールドコムは料金と収入の低下に見合ったコストの削減が可能だったかもしれない。

 この決定は、長距離通信市場においてAT&Tに対する最も大きな競争的脅威は、最早ワールドコムやスプリントではない、という事実を無視した。競争的脅威はむしろ、べライゾン、SBCそしてワイヤレス産業である。この2社の合併を司法省が認めなかったことは間違いだった。今や、この2社は生き残りに必死だが、2〜3年以内に他社に買収されるだろう。かつての強力なライバル達は市場から消えてしまうのではないか。

 どうすべきか。反トラスト法違反を審査する規制機関(司法省)は、合併後の企業の市場支配力を通信市場全体のシェアで評価すべきだ。例えば、ワールドコムとスプリントが合併した場合、米国通信市場の22%を支配するだけである。規制機関は、ベライゾンとSBC、ベライゾンとAT&Tの合併のような、市場シェアが30%を超える合併を阻止するにしても、ワールドコムとスプリント、ベルサウスとスプリントのような小規模の競争者同士の合併は、ヘビーウエイトに対抗するための規模を獲得するために認められるべきだ。

7. ブランド・ネームと「ワンストップ・ショッピング」はマーケティングの神話である。

(解決策)テレコム企業は顧客にプレミアム料金を支払って貰いたければ、プレミアムに値する製品・サービスを開発しなければならない。

AT&Tが犯した最大の誤りは、消費者はどんな技術を選んだらよいか混乱するだろう、だからデジタル時代の案内役である信頼できる企業のサービスにプレミアムを払うはずだ、と思い込んだことだ。AT&Tのような強いブランドでも、新製品とサービスの投入によって、常に活性化を図らねばならない、というのが教訓である。数年前、ドイツ・テレコムは国内住宅用電話市場で激烈な競争に直面した時、料金値下げに踏み切った。利益は減少したが、何とかシェアを維持することが出来た。その後、例えば高速ISDNのようなより魅力的なサービスを展開した。現在、同社のISDNサービスの加入数は1,930万、普及率38%で世界最高レベルにある。

 長距離通信からISDNまで、ほとんどの通信サービスは結局コモディティ(日用品)化した。これは、企業は常に高く売れるユニークな製品を開発しなければならない、ということを意味する。もしこのことが十分なスピードで実現出来なければ、収入の全面的な減少は避けられない。規制緩和の目標は、毎月の平均料金請求額を減らすことよりも、むしろ利用者が革新的サービスを確実に入手できるようにすることである。先に紹介したマサチューセッツ州の競争の事例では、新サービスで利用者に受益効果がもたらされた。政治は他の何よりも料金に関心を集中させる。しかし、これは完全な間違いだ、と同州の通信コミッショナーは指摘している。

 今日のトラブルは、通信会社は革新的サービスの提供を約束しても、それを実現できないことだ。シングル・ナンバー・サービスやシングル・メールボックス・サービスで何が起きたか。テレコム産業が強い成長を望むなら、ブランドの強さに依存することを止め、プレミアム料金に値するサービスの導入を始めなければならない。

8. オープン・インターネット標準こそがイノベーションを促進し、安い料金を実現する。

(解決策)通信設備メーカーと通信会社は、インターネット・プロトコルおよびその他のオープン・スタンダードに準拠した新技術の展開を加速させなければならない。

 定評のあるテレコムの巨人が革新的製品の開発を早める方法の一つは、古いその企業特有の技術を捨てることだ。ベル電話会社とその他の既存電話会社によって運用される地域通信網(全米通信トラヒィックの91.5%を扱う)は、インターネット時代に遅れをとった技術をベースにしている。試しにベル電話会社にビジネス向け高速データ回線を申し込んでみなさい。開通まで何ヶ月も待たされるし、45Mbps回線の月額平均料金は6,400ドルで、中小企業では手が届かない。しかも、通常45から1.5Mbpsの間の回線サービスがない。

 地域電話網は、ネットワーキングのオープン・スタンダードを使って再設計すれば、大いに改善されるだろう。例えば、新興通信会社のヤイプス(注)の45Mbps回線の料金は月額4,500ドルで、さらに50%を超える割引が行なわれている。しかも、1Mbpsから1Gbpsまで顧客のニーズに応じた容量に変更でき、それに必要な時間も何ヶ月ではなく何時間である。重要なことは、ヤイプスはデータ通信のネットワーキング標準であるイーサネットをベースとした光設備を使っているということだ。ベル電話会社の使っている古い光技術よりも設備数が少ないので、より早く経済的に運用が開始できる。ベル電話会社は毎年多額の資金を新技術に投資していのに、全体として新しい光技術へのシフトがかなり遅れている。

(注) Yipes Communications,Inc.メトロポリタン・エリア・ネットワーク事業者(都市部を中心にイーサネット・インターフェースで通信サービスを提供する)。

■競争促進よりテレコム産業再生を優先

 米国のテレコム産業は、年間収入約7,000億ドルにのぼる巨大産業であり、米国の経済に与える影響も大きい。テレコム産業は1996年から2000年にかけて、投資を前年比25%伸ばした。その額は1,240億ドルにのぼり、この間の経済成長に寄与した。さらに、テレコムは技術の「食物連鎖」に決定的役割りを果たしている。すなわち、通信会社が膨大な額のハイテク製品とサービスを購入するだけでなく、その通信網はウェブ・ホスティングやオンライン・ビデオを含む新しい産業に基盤を提供しており、テレコムはハイテク・セクターの再生に重要な役割りを果たす。またこのことは、米国経済全体に極めて大事なことだ、というのがBW誌の認識である。

 例え、上記のBW誌の提案がすべて実行に移されても、米国のテレコム産業の成長が、過去数年のレベルに戻ることはないだろう。しかし、投資が対前年比15%も減少する現在の「収縮」を、今後も無期限に続けることはない。適切なインセンティブがあれば、通信会社は地域住宅市場、ブロードバンド・サービスおよびワイヤレス・サービスに投資を再開するだろう。そうなれば、2003年には投資の2桁成長が期待でき、病める通信機器メーカーも少しは救われるかもしれない。

 結局、テレコム産業がこのような混乱に陥ったのには理由があったのだ。1996年通信法は政治的妥協から生まれた。ある上院議員が当時のハントFCC委員長に認めたように、すべてのものをすべての人に与えることによって、議員は彼らの支持者達を失望させるのを避けたのだ。このことは、通信の長い独占時代にはうまく機能したかもしれない。しかし、米国がかつて約束した、通信における競争的市場の実現を本当に期待するのであれば、今いくつかの難しい決断をしなければならない、とBW誌は主張している。

 しかし、とBW誌は最後にこう書いている。「このプランが取り入れられれば、テレコム産業の状況は今日のそれとは大きく変わる可能性がある。米国は最先端の通信サービスを提供できるようになるだろうが、それを提供する企業の方は期待したようには変わりそうもない。新興通信会社はベル電話会社に力を奪われ、小さな役割りしか果たせないだろう。ベル電話会社などが、ケーブルテレビ会社とともにテレコム産業を支配し、長距離通信のビッグ・ブランド・ネーム(AT&T、ワールドコムとスプリント)は、多分ベル電話会社に買収されるだろう。(1,996年通信法が期待した)夢の世界は実現しそうもない。それでも、今日のテレコム産業の状況よりはまだましだ。」

 米国経済におけるテレコム産業の影響の大きさを考えると、適切なインセンティブを与えて市場に投資家が戻り、米国のテレコム産業が最先端の通信サービスを提供できるようにすることを最優先すべきだが、それでも、そのことは結果として将来における市場の競争を失わせることになかもしれない。テレコム産業の深刻な状況を考えれば他に選択の余地はないというのがBW誌のテレコム大改革の真意ではなかろうか。

相談役 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
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