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2002年1月掲載

通信事業の卸・小売分離でIT革命を推進できるか

「競争の在り方についての第二次答申(草案)」の概要

 総務省の情報通信審議会IT競争政策特別部会が昨年12月に、「IT革命を推進するための電気通信事業における競争政策の在り方についての第二次答申(草案)」を公表した。

 「競争の在り方についての第二次答申(草案)」の第1章「競争政策」関連部分は、競争政策の第1ステージで実施された非構造的な競争促進措置が実効を挙げず、2年を経過してもなお、地域通信市場における十分な競争の進展が見られない場合は、速やかに第2ステージの競争政策として想定するNTTの経営形態の抜本的見直しといった構造的競争促進政策を検討することが必要になる、と意見を提起している。

 「第二次答申(草案)」が、第1ステージの非構造的競争促進策として特に重視するのは、基本料部分まで含めた料金設定権の委譲を伴う公衆網の再販とOSS(業務支援システム)の開放等に見られるネットワークのオープン化である。この場合、電話系のネットワークのオープン化にとどまらず、今後急速な普及が予想されるデータ系の分野で多様なサービスの展開を推進する意味から、光ファイバー等のアクセス網のオープン化を促すことが重要である、と指摘している。

 第2ステージの構造的競争促進政策として「第二次答申(草案)」が想定しているのは、現在東西NTTが一体的に保有しているボトルネック設備管理部門とそれを利用してユーザーサービスを提供する部門を別会社化(資本分離)する構造分離案である。卸部門と小売部門を分離することによって、ボトルネックとしてのネットワークへの公正なアクセスや独占的業務と競争的業務の間のファイアウォールを非構造的競争政策の場合よりも、より徹底した形で達成できる、というのがその理由である。また、これによって、現在、東西NTTに課されている規制の多くが適用除外となり、分離後の小売会社は大きな経営の自由を獲得できるメリットがあり、卸・小売一体経営のもとでの利益相反の問題も解消されるとしている。

「第二次答申(草案)」に対する疑問

 第1の疑問は、「第二次答申(草案)」は第一次答申(平成12年12月)以後の電気通信市場の競争状況に大きな変化があったことを、十分認識しているのかという点である。市場の変化の第1は、マイライン(事業者事前登録制)の導入の結果、NTT東西会社の市内電話の登録率は74%(2001年10月末)まで下がった。(市内電話にマイライン制度を導入しているのは世界中で日本だけである。)それに市内通話料金が値下がりした。これは地域通信市場に競争が存在するということではないか。

 第2の変化は、ネットワークのオープン化が進みインターネットの接続料金が急激に低下し、世界で最も安いレベル(ヤフーBBの8Mbpsタイプは月額2,280円)となったことである。これで、ADSLなどの高速インターネットの普及に弾みがつき、2001年11月末のADSL加入数は120万となったが、東西NTTが提供するアクセス回線(フレッツADSL)の比率は45%に低下した。競争の激しい大都市ほど東西NTTのシェアは低い。

 第3の変化は、東西NTTを始めとする固定網通信事業者の財務状況が、競争の激化による料金の値下がりにより極度に悪化したことである。東西NTTと日本テレコムは2001年度中間決算で経常損失を計上し、抜本的なリストラに取り組んでいる。

 電話加入数の比率だけをメルクマールにして、東西NTTがすべての地域通信市場を事実上独占しているという見方は、市場の実態を見誤っていないだろうか。

 第2の疑問は、非構造的競争促進策として「第二次答申(草案)」が重視する公衆網再販とOSS(業務支援システム)の開放についてである。

 「基本料部分までを含めた料金の設定権の委譲を伴う公衆網の再販」を実施するのであれば、級局別、事務住宅別の料金格差を撤廃し、コストを反映した地域別基本料に移行することが前提になる。このような時間と労力を要する措置を、固定電話の縮小傾向がはっきりしてきたこの時期に実施することは、現実的でないだけでなくメリットも少ない。現行制度でも、アンバンドルされた市内アクセス回線を自社の通信センターに直接接続して、高速データ通信を含む各種サービスの一括提供し、自由な料金設定を行うことは可能だ。

 OSSの開放についても同様の問題がある。縮小する固定電話市場に膨大なコストをかけて(このコストは利用する事業者の負担となる)OSSの全面開放を実施してもメリットがあるのだろうか。むしろ、これから市場が拡大するADSLや光ファイバー・アクセスに限ってOSSの開放を推進するのが現実的ではないか。

 問題はこれらの措置が、構造的競争促進策、つまり東西NTTの卸・小売事業への分離についてのリトマス試験紙の役割りを担わされていることだ。米国では1996年通信法によって地域電話会社が長距離市場に参入する場合の条件として、市内再販およびOSSの開放など14のチェックリストをクリアすることを義務付け、競争地域事業者(CLECs)が市内市場に参入しやすいよう配慮しているが、現実には地域会社とCLECsの双方にインセンティブが働かず、新通信法制定から5年後の2000年末においても、CLECsの加入数は1640万(8.5%)に過ぎない。また、その中で再販回線を利用している比率は4割程度である。固定電話市場が縮小に向かった現在では、基本料再販が地域市場の競争促進に果たす効果は小さく、デメリットの方が大きいのではないか。

 第3の疑問は、「競争政策」の中心はもっぱら事業者規制であり、なぜ新規参入促進策ではないのかという点である。確かに、電話の時代には新規事業者が参入して競争するためには、既存の事業者が所有するアクセス網(メタリック)への公正で無差別な相互接続を保証することが不可欠で、規制当局はアクセス規制を整備して対処してきた。しかし、加入者回線に光ファイバーが導入されるようになってから状況は変わった。光ファイバーで利用者と事業者の通信センターを直接接続して、高速データ伝送を含む各種通信サービスの一括提供が可能になるなど、自前設備でも採算がとれるようになった。問題は、インフラ・コストの高さと煩瑣な手続きで時間がかかることである。この問題を解決し、設備ベースでの競争を促進することをブロードバンド時代の「競争政策」の中心に据えるべきだ。

 それでもリスクをとりたくない新規参入事業者は、既存事業者(東西NTT)や電力会社などが設置した光ファイバーのアクセス回線を利用することになるが、リスクを避けるならコストを負担しなければならない。加入者回線への光ファイバーの設置は、すべてNTTの民営化以降であり、換言すればNTTの利用者と株主の負担において先行投資されたものであり、しかも、光ファイバー敷設は競争状況下にあり、NCCの比率の方が高い位である。したがって、光回線の提供(接続)料金は原則として市場ベースで決められるべきだ。

 第4の疑問は、「第二次答申(草案)」の提起する卸・小売への分離は、規模や範囲の経済性の喪失、取引費用の増大、分離に伴う膨大な費用の発生と混乱を考えると、利用者にメリットがあるのか、という点だ。また、卸売会社はいわば独占事業でコスト削減のインセンティブが働かず、かつての公社時代に逆戻りする懸念もある。エンドユーザを持たない独占企業では、市場のニーズを技術開発に的確に反映させるのも困難ではないか。さらに、ユニバーサル・サービス義務との関連で、小売会社に完全な経営の自主性が与えられるかも疑わしい。事業者に反競争的行為があれば、独禁法などで事後的に対処すればよい。諸外国にも先例がなく、その実効性には多大の疑問がある。

「第二次答申(草案)」においても縮小する電話市場、拡大する移動体通信市場、ようやく立ち上がるブロードバンド市場などそれぞれの市場の状況にあわせた「競争政策」を提起してほしかった。特に、創成期のブロードバンド市場に、電話事業の規制の網を被せることのないようにして欲しい。電話と違ってブロードバンド市場には高いリスクがある。市場がどう動くか分からない状況では、極力プレーヤーの創意と工夫が生かせる環境を整えて貰いたいものである。

相談役 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
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