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2002年7月掲載

総務省「IT特別部会 最終答申(草案)」の問題点

   去る6月4日、総務省の情報通信審議会IT特別部会は、2年に及ぶ審議の総括として最終答申(草案)を公表し、パブリック・コメントを求めている。IT特別部会の1次・2次答申は、電話時代の競争政策の延長線上にあるNTTの分割問題やドミナント規制の強化を提案するなど、市場動向の認識を疑いたくなるような内容だった。今回の「最終答申(草案)」は、ブロードバンド時代の到来を視野に入れ、原則自由、規制例外の方針に沿って「IT競争政策」のたたき台をまとめており評価できる。しかし、望ましい規制水準のレベルから見ると多くの問題が残されている。本稿では「最終答申(草案)」における規制改革の問題点を指摘する。

■「IT特別部会 最終答申〈草案〉」の特徴

「最終答申(草案)」のポイントは以下の通りである。1次・2次答申と大きく変わったのは1.の部分であり、規制緩和の目玉である。NTTに対する規制としては、公衆網再販は義務化を見送り当事者間の協議に委ねることとし、経営形態問題は結論を先送りした。これらの変化は、この2年間の市場の変化を反映したものだ。  市場支配力を持たないのに、一種事業であるという理由だけで規制される一方、一種事業者が料金規制を逃れるために、100%出資の二種子会社を運営するなど、一種・二種の事業区分は合理性を失っていた。大口ユーザーとの契約は、すでに相対取引が実態というのが業界の常識で、規制改革は現状追認に過ぎない。電話の時代が終わろうとしており、公衆網再販も魅力がなくなった。通信産業が世界的な不況に苦しんでいるなかで、NTTの構造分離を強行すれば、ITを推進する研究開発と設備投資の低迷は避けられない。

 「最終答申(草案)」には一種・二種の事業区分を廃止して、規制水準の全般的低下を図るなど評価すべき点も少なくない。しかし、電話時代の規制の残滓を多く残したままとなっている点や、行政が将来の市場構造を予見して新しい規制の枠組みを提起していると思われる点など問題も多い。

1. 市場の自由な競争を重視する制度改革

  • 一種/二種の事業区分を廃止し、参入・退出規制を緩和する(退出は事前通知が必要)
  • 競争市場における約款・料金規制を撤廃し、提供条件は相対取引で決める.
  • 適切なサブマーケットごとに市場を画定し「有効競争レビュー」を行う.
2.東西NTTに対する規制緩和
  • 公衆網再販の義務付けは行わず、再販を希望する事業者は個別に協議する.
  • 相互接続料と利用者料金の関係を接続料の認可時に検証し、NTTの営業費の付加が不当であると判断された場合は、必要に応じて是正を求める.
  • NTTの経営形態見直しは、資本分離および構造分離の両面で検討を継続する.
3.消費者保護行政の充実
  • 利用者への助言・コンサルティングを行う民間資格(通信プランナなど)を支援する.
  • ベストエフォート型サービスなどで、利用者への情報提供を指針化する.
  • 政府・事業者による横断的な苦情・相談窓口を検討.

■「最終答申(草案)」の問題点

1.支配的事業者に対する公衆網再販の義務付けは不要

 公衆網再販以外にも、相互接続およびアンバンドル・アクセスを活用して市内電話サービスへの参入が可能である。一方、公衆網再販が実現するためには、東西NTTのOSSへの接続(開放)が不可欠であるが、そのためのシステム構築費用と所要期間を考えると、これらを負担してまで市内電話サービスに新規参入を希望する事業者が存在するか疑問である。したがって、東西NTTに公衆網再販(基本料の再販を含む)提供を義務付けるのは適当でない。再販を希望する事業者と東西NTTの両当事者間の協議に委ねるべきであるとする「最終答申(草案)」に賛成である。

2.一種・二種の事業区分による規制は撤廃を

 通信事業に対する(経済的)規制は市場支配力を根拠とするものに限るべきである。回線設備の有無で一種・二種事業を区分し、一種事業には参入退出にあたって総務大臣の許可が必要なだけでなく、事業開始義務、役務提供義務、相互接続義務、利用約款および料金の認可もしくは届け出などの規制を一律に課しているが、このような規制は撤廃すべきだ。一方、二種事業者は自前の回線設備(ダーク・ファイバーの「帯域貸し」や「波長貸し」を含む)を保有できず、柔軟な事業展開が出来なかった。これらの観点から、「最終答申(草案)」の一種・二種の事業区分の廃止に賛成である。
 なお、一種事業の参入許可と一体化している公益事業特権の付与について、新たな認定制度を導入するのであれば、客観的な認定基準を定め公開すべきである。

3.デタリフ化実施後も料金表などの公表(事後)は必要

 全事業者のサービス提供条件は、市場支配力を有する事業者が当該市場において提供するサービスや適格電気通信事業者の提供するユニバーサル・サービスを除き、市場における相対取引に委ねることを原則とする「最終答申(草案)」に賛成である。ただし、大口料金を引き下げ住宅用および小口料金を値上げするなど、恣意的な料金決定を抑制する観点から、提供条件等を事後事業者のウェブ上やCD‐ROMなどで当分の間自主的に公表することを要請し、ユーザー、コンサルタント会社や規制機関などが検証できるようにすべきである。長距離料金についてデタリフ化を実施した米国でも、当面事後の公表義務を残している。
 「最終答申(草案)」は、不当な差別的取り扱いに対し業務改善命令や料金変更命令が必要な場合に備え、行政当局に事後または定期的報告を求めることを検討するとしているが(答申草案P84)、誰もが情報にアクセスできる「公表」が望ましい。

4.ブロードバンドを含むインターネット事業は非規制とすべき

 インターネットは完全な競争市場であり、電話とは市場構造が異なることを明確にすべきだ。米国(FCC)では、ブロードバンド・インターネット・アクセス・サービスは「電気通信サービス」でも「ケーブルサービス」でもない「情報サービス」(非規制)として再定義することを検討している。インターネットを電気通信サービスの延長で考えるべきではない。とくにブロードバンド市場は揺籃期にあり、規制によりその発展を阻害することのないよう配慮が必要である。
 規制は、電話と共用するボトルネック設備のオープン化(メタル市内回線のアンバンドルおよびADSLのライン・シェアリング提供)など必要最小限とすべきである。ブロードバンドに既存の電話サービスの規制を持ち込んだり、新たな規制を導入することは避け、自由な市場の競争に委ねるべきだ。
 ブロードバンドのインフラは、ADSLや光ファイバーだけでなくケーブルテレビ、衛星、次世代携帯電話、無線LAN、WLLと多様であり、これらのインフラ内の競争だけでなく、インフラ間の競争促進もブロードバンド政策の課題である。電気通信産業の世界的不況が進む中で、ブロードバンドのインフラとサービスに対する投資を促進するためのインセンティブが必要であり、このような観点からも規制は最小限とすべきである。(競争相手にダークファイバーの提供を義務付けられれば、光ファイバー回線に対する投資意欲は削がれるのは当然だ。)

5.インターネットの水平・垂直統合規制は不必要

 「最終答申(草案)」は、市場支配力を有する事業者が、利用者向けサービスと一体として提供するプラットフォーム機能のオープン化を図る観点から、統合サービスを規制の対象とすることを検討課題としている(答申草案P85〜86)。統合サービスの具体的な例としては,NTTドコモの提供する「iモード」が考えられる。「iモード」のポータルを経由しなければ他社のウェブに接続されない現状では、モバイル・インターネットがオープン化している(利用者がどこの携帯電話会社の顧客であっても、契約している任意のサービス・プロバイダのウェブに直接接続できる)とは云えない。携帯電話には市内電話回線のようなボトルネック設備は存在しないが、モバイル・インターネットのオープン化は必要である。現時点で急ぐべきは「iモード」の開放ではなく、「モバイル・インターネット・アクセス」の開放ではないか。
 「iモード」はモバイル・インタネット、プラットフォームとコンテントを垂直統合した新ビジネス・モデルであり、垂直統合規制によってこのオープン化を義務付けるべきでない。もちろん、ドコモが自社の経営戦略に基づきオープン化ポリシーを推進する場合は別である。一般のインターネットがそうであるように、アクセス網が開放されている限り、水平・垂直方向へのビジネスの積極的展開は自由な競争に委ねるべきである。

6.市場支配力の濫用を想定した事前規制は不必要

 「最終答申(答申)」は、「事業者の自由な事業展開を確保する仕組みを前提として、公正競争確保や利用者保護の観点から問題が生じた場合には、速やかにこれを排除しうる仕組みを構築していくことが適当と考えられる。」と指摘するだけでなく、「市場支配力が濫用される蓋然性が高いと認められる場合には、これを未然に防止することにより公正競争や利用者の利益の確保を実現し、利用者利益の最大化を図る必要」から「市場補完的な政策」(市場支配力の濫用を防止する事前規制)を説明している。(答申P95)
 ブロードバンドのような技術革新が激しくかつ揺籃期の市場では、規制のリスクと不確実性を最小とする必要がある。それに対し、あらかじめ市場支配力の濫用を想定して事前規制を行う、というのは過剰規制の恐れがある。問題が生じた場合、事後速やかに対応することでも十分に利用者の利益は守られる。その場合であっても、どんな状況を「問題」だと認識し、何を排除するのか、透明性の確保が不可欠である。

7.東西NTTのサービスに対する規制は最小限に

 ボトルネック設備を保有する通信事業者(東西NTT)に対しても、契約約款・料金の規制はユニバーサル・サービスに関する必要最小限とすべきである。具体的には、電話サービスに関する基本料と相互接続料金以外の料金ならびに新規サービスについては原則非規制とし、プライスキャップ規制も廃止すべきである。また、有効競争レビューについても、市場支配力の濫用を防止する事前規制を前提に行うことは適切でないと考える。
 東西NTTの設置する光ファイバーは、そのすべてがNTT民営化(通信自由化)以後に、NTT(利用者と株主を含む)がリスクを負って設置したものである。また、メタルの市内電話回線とは異なり、電力会社などからの参入もあり、ボトルネック性はない。さらに、IT立国における光ファイバーの戦略性を考えると、投資のインセンティブを阻害しないような配慮が必要であり、光ファイバーはメタル回線と区分し、規制の対象外とすべきである。

8.NTTの経営形態はNTTの自主的判断で決定を

 電気通信事業は技術革新などにより市場構造の変化が急速かつ継続的に進展している(高コストを指摘されていたわが国のADSL料金は今や世界最低水準である)分野であり、それぞれの経営主体が市場の変化に柔軟に対応できるよう、経営形態はNTTの自主的判断で決定できるようにすべきである。多大な時間とコストを要し、実現可能性が低いだけでなく、必要な投資を怠ったため事故が続発し経営が破綻した英国の鉄道設備保有会社の例に見られるように、構造分離(卸・小売分離など)には問題が多い。それよりも、完全民営化によるNTT法廃止の具体的プログラムを検討すること優先すべきではないか。

相談役 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
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