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2002年10月掲載

米国の通信産業の危機から何を学ぶか

  FCCのパウエル委員長によると、米国の通信産業(通信機器メーカーを含む)はこの2年間で2兆ドルの企業価値(株価総額)を減少させ、50万人の従業員の職を奪ったという。「全てを競争に」を目指した1,996年通信法に刺激されて参入した多くの新興企業が破綻した(この2年間における通信産業の破綻は63社にのぼる)だけでなく、ワールドコムやグローバル・クロッシングなどの、いわば業界を代表する企業まで破綻に追い込まれた。しかも、その過程で不正経理が発覚した。まさにバブルの破裂であるが、その後遺症は現在も続き、一層深刻化している。米国通信産業の危機から我々は何を学んだらよいのか。

■見えない業績の回復

(表)米国の通信産業主要企業の株価(単位ドル)

(注)The Wall Street Journal : Quotes & Research
区分 2002年9月末 2002年初 値下がり率
(%)
備考
ノーテル 0.54 7.75 93.0 通信機器製造
ルーセント 0.76 6.58 88.4
コーニング 1.60 9.18 82.6
シスコ・システムズ 10.48 19.23 45.5
AT&T 12.01 18.70 35.8 長距離通信
スプリント(FON) 9.12 19.95 54.3
ベライゾン 27.44 48.49 43.4 地域通信
SBC 20.10 39.90 49.6
ベルサウス 18.36 39.30 53.3
スプリント(PCS) 1.96 24.75 92.1 移動通信
AT&Tワイヤレス 4.12 14.44 71.5
ネクステル 7.55 11.35 33.5

 通信産業の株価が下落を続けている(表参照)。なかでも、電話会社の経営悪化で発注が極度に減少(2000年の3分の1)した通信機器メーカーの株価低落が目立つ。世界の先端的な通信機器メーカーとして先頭を走ってきたルーセント、ノーテル、コーニングなどは巨額の赤字に陥り、人員削減、事業の分割、売却など会社の生き残りを賭けて苦闘中だ。シスコ・システムズも業績見通しの下方修正を繰り返し、大きく株価を下げている。ルーセントの最近の株価は77セント、ノーテルは45セントにまで下がり、今後もこのような株価が続けば、ニューヨーク証券取引所から上場廃止を宣告される可能性が高いという。

(注)例えばノーテルは、2000年末の従業員94,000人から現在は35,000人までの削減を目標としている。

 成長市場と見られていた移動体通信市場でも、料金競争が激しく収益の悪化が続き、株価の値下がりが止まらない。業界3位のAT&Tワイヤレスの最近の株価は4.15ドル、4位のスプリントPCSは1.89ドルまで下げている。全国事業者6社による競争の激化で料金の値下がりが激しい(11セント/分,J.D.Powersの調査)だけでなく、新規加入の伸び率が低下し、成長性に疑問を持たれていることが理由と思われる。

 ワールドコムやグローバル・クロッシングなどの破綻が続く長距離市場でも株価の値下がりに歯止めが掛らない。根本的な問題は設備の過剰と過大な債務にある。90年代の中頃に、インターネットのトラフィックは3ヶ月で倍増する(この計算では1年間で10倍以上となる)という予測がまかり通った(注1)。設備をどんなに増設しても需要に追いつけないとという前提で、光ファイバーへの投資が促進された。そのうえ、DWDMのような光ファイバーを多重化する技術が急激に進歩した。その結果、米国の地域および長距離光ファイバーの利用率は現時点で35%(適正水準の半分以下)に過ぎないという。また、国際通信においても同様で、例えばニューヨーク−ロンドン間の高速回線料金は3年間で95%下がった。今年の冬に、C&Wとアルカテルが運用を開始する大西洋横断海底ケーブルは、4対の光ファイバーで3.2テラbpsの伝送が可能で、これは現在の総伝送容量の1.3倍に相当するという(注2)。設備過剰による料金値下げ圧力は今後も残り、そのうえ破綻した通信会社が債務を軽減されて戦列に復帰し、料金戦争はさらに深刻さを増すという見方も根強い。

(注1)インターネットのトラフィックが3ヶ月で倍増するという説は、ワールドコムの子会社のUUNetの幹部による「100日で倍増する」とした97年の発言が端緒だった。商務省やFCCの報告書に何度も引用され、いつのまにか定説化した。ITバブルの根拠となった「3ヶ月で倍増」の唯一の根拠は、このUUNetの幹部の発言だったという。現在では、ワールドコムの幹部も、このデータは当時の同社のバックボーン・ネットワーク容量の伸び率を引用したものであり、意図的ではないにしてもミスリードだったことを認め、2000年10月以降はこの表現を使わないことにしたという。インターネットの父といわれ現在は同社の幹部であるヴィント・サーフ氏は2003年のインターネットのトラフィック増加率を40%と予測している。
(Wildly optimistic data drove telecoms to build fiber glut,WSJ.com:September 26,2002)



(注2)The telecom depression when will it end?(BusinessWeek/October 7,2002)

 これまで安定した経営を続けてきた地域ベル電話会社の業績も、ここにきて悪化の傾向がはっきりしてきた。株価も今年頭初から4〜5割安くなった。米国経済の低迷の影響を受けただけでなく、携帯電話、インターネット(e-メール)や新規参入事業者からの競争によって収益を悪化させている。インターネットのダイヤルアップ接続や2,3台目の電話として増加してきた加入電話も、ケーブル・モデムやADSL、それに携帯電話などへの移行が相次ぎ、昨年後半から減少に転じた。一方、AT&Tなどの長距離通信会社による地域市場参入がようやく軌道に乗りはじめ(注)、事業所市場を中心にシェアを奪われている。

(注)過去2年間でAT&Tは8州で地域市場に進出し、150万の顧客を獲得した。ベル電話会社の回線リース料が下がり、利益が見込めるようになったことが大きい。ミシガン州ではSBCがAT&Tの進出に対抗して、地域料金をこの2月から33%引き下げた。AT&Tは4年以内に全米に拡大する計画である。(The decision that could reshape telecom:BusinessWeek / September 30,2002)

 去る9月27日に、SBCは11,000人の従業員削減を発表した。今年当初から通算すれば全従業員の10%にあたる20,000人を削減する計画となる。同社によると、競争相手に提供する卸売サービスの価格が一番安い中西部において、重点的に人員削減を計画しているという。同社の第2四半期の収入は前年同期比5.5%の減収、純利益は11%の減少となった。設備投資も2002年当初計画の90億ドルに対し50〜60億ドルに削減し、2003年度はこれをさらに15%削減する見通しである。べライゾン、ベルサウスなども人員と投資の削減を加速させることになるだろう(注)

(注)SBC cuts 11,000 more jobs as local phone use decline(WSJ.com:September 27,2002)

相談役 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
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