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2003年3月掲載

NTT接続料問題の本質

 総務省は、NTT東西地域会社の固定電話の接続料を両社合算で算定し、平均5%の値上げする案を情報通信審議会に諮問した。固定電話は携帯電話、常時接続型のインターネットやIP電話などの普及によって通信量が急激に減少しており、今回はこれらの状況を反映して初の値上げの諮問となった。NTTの接続料の値上げは利用料金の値上げにつながり、新電電の経営を圧迫するとして反発も出ている。通信市場の構造変化が急激に進む中で、従来の接続料算定モデルが機能不全となったことが最大の問題であり、今回の諮問のような手直しでは混乱が深まるばかりだ。早急に新たな仕組みを検討すべきである。

■接続料問題の経緯

 総務省は去る2月14日、NTT東西地域会社の2003〜2004年の接続料を、市内交換機(GC)接続で3分4.37円(2000年度比2.9%減)、中継交換機(ZC)接続で3分5.36円(12.1%増)、加重平均すると約5%の値上げとなる省令案をまとめ情報通信審議会に諮問した。値上げとなる諮問は今回が初めてである。さらに、接続料算定の期間を従来の3年間から2年間に短縮し、基礎となる通信量(トラフィック)は2001年度下期と2002年度上期の過去の実績を通年化したものを用い、実際のトラフィックが15%以上減少した場合は、5%を超える減少分を精算するルールを新たに導入する提案をしている。

 しかし、昨年9月に情報通信審議会は、NTT東西会社間の競争を促す観点から、両社の接続料をそれぞれのコストに基づいて算定することなどを提言した「答申」を総務大臣に提出していた。今回の諮問は「答申」とは異なり、NTT東西の原価及び通信料を合算して算定し、両社の接続料に差を設けないというものだ。これは、昨年12月に衆参両院総務委員会で、東西会社別立ての接続料はユニバーサル・サービス等の利用者料金の地域格差を生む、として全国均一の接続料の継続を求める決議を行ったことも契機になったと見られる。また、全国均一の接続料を維持した場合に、NTT東西会社間で生じる収支のアンバランスを調整するために、東会社が西会社を支援する新たな制度の導入を検討していると伝えられている。

■合理性を欠く長期増分費用方式による接続料算定

 過去一貫して低下してきた接続料が何故今回の算定で値上がりすることになったのか。接続料は所要総コストを電話の総トラフィック量で割って算定する。ところが、NTT東西会社の固定電話区域内トラフィックは2000年度をピークに大幅な減少に転じた。これはインターネットのダイヤルアップ接続がADSLやCATVモデムなどの常時接続に移行し、携帯電話の普及が進み、eメールの利用が拡大し、IP電話が急増し、固定電話の契約数が減少するなど需要の構造的な変化によるものである。

 一方、接続料算定の基礎となっている長期増分費用方式(LRIC)は、現時点における最新の設備と技術を使ってアクセス網を構築した場合のコストによって接続料を算定するというものだ。その狙いは、市内電話サービスを独占的に運営するNTT東西会社の経営上の非効率を排除することにある。しかし、LRICはいわば架空の計算であり、現実との間に乖離が生じ、NTT東西会社は過去の投資の回収不足に陥っている。

 このような現実にはあり得ない想定に基づく通信網コスト(長期増分費用)によって接続料を算定することが容認されるのは、新規参入事業者が最新の設備と技術で市場に参入すれば、これに対抗する既存通信会社も同様に最新の設備と技術によってコストを最小限にしようとするはずだと考えるからだ。しかし現実には、設備ベースによる市内電話の競争はほとんど実現しなかった。むしろ、現実のコストより安い接続料によってサービス・ベースでの競争が促進され、そのことが設備ベースでの市内電話市場への新規参入を困難にしている。サービス・ベースでの競争促進のために、接続料を現実のコスト(歴史的コスト)よりも低い価格で設定し、消費者余剰を最大化することが政策課題であったとすれば、それをNTT(利用者と株主)にのみ負担させるべきではなかった(注)

(注)米国においては、接続料を長期増分費用によって算定しているのは市内電話に限られており、太宗を占める州内・州際通話の接続料は現実の費用(歴史的コスト)を基礎に算定している。日本の接続料が欧州諸国に比べて高いという指摘があるが、トラフィックに比例しない費用の一部が含まれているからで、それを除けば必ずしも高いとは言えない。

 長期増分費用方式は、今日のように電話トラフィックが大幅に減少する(注1)事態を想定していない。このような状況では、既存の通信会社はコスト削減のため、アクセス網への新規投資を中止し、設備維持に必要な最小限の投資にとどめ、過剰設備を撤去しようとするだろう。長期増分費用方式では、このような現実の変化を反映させることは困難である。また、既存通信会社の歴史的コストの回収不足分を、アクセス市場が拡大する中で吸収することも期待できなくなった。トラフィックの大幅減少によって現実との乖離がますます大きくなっており、長期増分費用方式の合理性はすでに失われたのではないか。納得できる費用算定方式の再構築を急ぐべきだ(注2)

(注1)2001年度におけるNTT東西の区域内電話トラフィック(通信時間)は20%(対前年度比)減少した。このようなトラフィックの急減傾向は現在も続いており、欧米諸国に先駆けた市場変化である。
(注2)その他に、GC接続とZC接続料の格差の問題がある。2002年度におけるGC接続に対するZC接続料金の比率は1.06倍である。2000年度の比率は1.55倍で、急激に格差が縮まった。それが、2003/4年度(案)では1.23倍に拡大している。このような「ふらつき」が、長期増分費用方式によるものかは分からないが、通信事業者の戦略策定(GC,ZC接続のいずれを選択するか)における規制の予測可能性を大きく損なうものだ。因みに、EU平均のGC接続に対する(ZC接続(シングル中継1分間、2001年、情報通信総合研究所調べ)料の倍率は1.45倍である。

■ユニバーサル・サービス料金に格差が生ずる問題

「答申」は「NTT東西がそれぞれのLRICベースのコストとするのが最善の方法」としているが、「答申」が出されて以降、地方公共団体及び経済団体を中心に東西均一の接続料を求める多くの要望書が出され、国会でも「電話サービスが全国民に対して公平に提供されるべきユニバーサル・サービスであることを踏まえ、接続料を東西均一とすること」の決議が行なわれた。ここで接続料の東西均一を求めているのは、接続料の格差が利用者料金の格差につながることを懸念してのことである。

 総務省の説明(接続料規則の一部を改正する省令について (別紙3)東西均一接続料について)によれば、NTTの再編による競争効果を考えれば、「答申」にあるとおり東西それぞれのLRICモデルによって算定された接続料を適用することが望ましいが、試算結果によるとGC接続、ZC機接続ともに東に対し西が約30%高くなる。このような大きな格差が生じた場合、(NTT東西を除く)電話会社の接続料支払いが電話サービスを提供する費用の4割程度(ユニバーサル・サービスである市内電話に限れば費用の7割程度)を占めていることから、東西エリアで利用者料金に相当程度の格差が生じる可能性が高いと考えられので、料金に格差を設けることがないよう接続料についても東西均一とする、と説明している。

 NTT東西会社は別々の会社である以上接続料も異なるというのも一つの考え方であろうが、その結果ユニバーサル・サービス料金に格差が生ずる可能性がある。それを回避するためには、2002年に法制化された競争中立的なユニバーサル・サービス基金を活用して解決をはかるという方法に思い当たる(注)。しかし、総務省の説明にはユニバーサル・サービス基金の活用には全く触れられておらず、どうも現在考えられているユニバーサル・サービス基金制度では、この問題(東西の電話料金格差)には対処できないようだ。このような問題が解決できないユニバーサル・サービス基金では、その名に値しないのではないか。

(注)この点は、「緊急声明 NTT再編の趣旨を踏まえ、東西会社間の競争を促進する接続料算定を」 呼びかけ人 伊東光晴京都大学名誉教授他(2003年2月12日)でも同様な指摘している。その中で、「総務省が検討中の新たなNTT東西会社間の支援制度は、地域会社間の競争を促すというNTT再編成の趣旨に反しかねません。」とその反対理由を述べている。しかし、ドミナント事業者であるNTT東西会社がなんとか赤字を出さないよう四苦八苦している今日の状況は、競争のない地域通信通信市場に擬似的な競争環境(ヤードスティック競争)を導入しようと考えた当時とはまさに様変わりである。NTT地域会社が市場の構造変化に直面し、新たなライバルの挑戦を受けていることは周知の事実だ。ヤードスティック競争への期待と幻想は捨てるべき時に来ているのではないか。それよりも、ブロードバンド時代に向けて信頼性の高い通信インフラの安定的供給者の役割を、誰がどのように担うべきかを真剣に考えるべきだ。

NTT東西のコストに差がある接続料を均一に維持するために、東会社が西会社を支援する新たな制度の導入を検討していると伝えられているが、前述のように、ユニバーサル・サービス基金制度で対応できないのであれば、現実的対応として止むを得ないのではないか。しかし、別会社である東西会社のコストとトラフィックを合算して接続料を算定し、東会社の「支援」によって料金格差を抑制しようというのは、一時的な解決策でしかない。いずれにしても、このような基本的な問題について、きちんと整理して行く必要があろう。

■やむを得ない「清算」方式の導入

 今回の諮問で議論を呼んでいるのが新たに導入される「清算」方式である。今回の接続料算定の基礎となるトラフィックは2001年度下半期と2002年上半期の実績値である。「清算」方式は、2003年の実績トラフィックが接続料算定データよりも15%以上減少した場合は、5%を超える減少分を清算するというものだ。現時点の予測では、2003年度のトラフィックは算定データよりも15%以上減少する可能性が高いと見られており、仮にそうなれば、今年度比の接続料はさらに上昇すると見られる。これでは接続料の値上がりを吸収できない事業者が出て来ることは必至で、特にZC接続では今年度比20%程度の値上りとなる可能性があり、ZC接続を主体とした通信会社に影響が大きい。しかし、長期増分費用方式そのものに前述の通りの問題はあるものの、この方式を採用しモデルを構築している以上、基礎となるトラフィック・データに過去の数値を使い、トラフィックの減少傾向の結果、実績値との乖離が生ずれば、実績値によって清算するのはやむを得ないのではないか。

相談役 本間 雅雄
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