ホーム > InfoComアイ2003 >
InfoComアイ
2003年5月掲載

Wi-Fiと携帯電話の融合に賭ける米国の無線通信産業

 独ハノーバで3月12日から8日間開催された世界最大の通信技術見本市「CeBIT」では、各社は第3世代携帯電話機の展示・実演を行なったものの、事業見通しを聞かれると途端に歯切れが悪くなり、代わりに当面の主力「GPRS」のデータ通信をアッピールするなど、過渡期にある欧州の携帯電話業界の現状を浮き彫りにしたと、報じられている(注1)。一方、恒例の米国CTIA(Cellular Telecommunications and Internet Association)の2003年大会が3月17日から3日間、ルイジアナ州ニュー・オルリーンズで開催され、イラクとの開戦を間近に控えた時期だったにもかかわらず、Wi-Fi(IEEE 802.11x 無線LAN)で最近になく盛り上ったという。フィナンシャル・タイムズ紙(注2)は「米国はあらゆる他のオプションをやり尽くしたあとに、ようやく正しいことを行なう。」というウインストン・チャーチルの言葉を引用して、これはもしかして米国の移動通信産業のことを語っているのではないか、書いている。

(注1)欧州勢、うせる第3世代熱 2.5世代こそ佳境 日経産業新聞(2003年3月14日)
(注2)US mobile industry sends global message(Financial Times online版/March 21,2003)

■米国CTIA年次大会で発信されたグローバル・メッセージ

 全米規模でサービスを提供する主要携帯電話会社6社は、米国民のほぼ半分が携帯電話を持つようになったにもかかわらず、この1年間料金戦争で業績を悪化させ、低成長(会社によっては加入数の減少)に悩まされてきた。これらの問題の多くは自らが招いたものだ。共通の無線標準の合意(他の国ならどこでもやっている)に失敗したこと、および料金競争の泥沼にはまりこんだことである。しかし、今年のCTIA年次大会の出席者(約4万人)には、無線産業の未来はとても明るく見えたようだ、と前掲のフィナンシャル・タイムズ(FT)紙は報じている。

 ネクステル(米携帯電話事業第5位)のティム・ドナヒューCEO(2002年にネクステルを黒字にし、ビジネスウイーク誌による「2003年の世界の経営者25人」にも選ばれた)は、「無線産業にとって、ほとんどの人達が考えているよりは、2003年は良い年になるだろう。」と語っている。このコメントは、この大会の盛況に驚いている多くの出席者の反響を呼んだという。

 これらの楽観論には十分根拠があると前掲のFT紙は書いている。米国における携帯電話の人口普及率は、欧州やアジアに比べ低いにもかかわらず、ほかの国の同業者が羨むような高いARPU(1加入当り平均収入)の1億4080万もの顧客(2002年末)を擁している。米国の携帯電話事業は、しばしば他の成熟した市場を持った国々の後塵を拝しているように見られているが、顧客数では中国(ARPUが低い)に次いで世界第2位である。携帯電話会社は価格競争を止めることを呼びかける一方、通信網の品質や携帯電話機の新しい利用などのサービスの競争を開始している。

 今次のCTIAの大会では、いくつかの無線分野の開発で米国が世界をリードしていることを示したかもしれない。例えば、CTIAで最も関心を集めた話題の一つは、携帯電話のデータ網と米国が現段階でリードしている無線LAN Wi-Fiとの融合だった。米携帯電話会社第6位のT-モバイルUSAは、無線インターネット・プロバイダーのボインゴ(カリフォルニア州サンタモニカ)(注)と提携して、カフェ、ホテルや空港などのホットスポットとT-モバイル USAのGPRSデータ網の間を、移動時にローミングできるようにするソフトの開発を行なう、と発表した。Wi-Fiは高速だが基地局数は限られている。携帯電話のカバレッジは広いが通信速度は劣る。両者の相互補完で幅広い顧客の獲得を狙う。ボインゴのスカイ・デートン創業者兼CEOは、「これらの二つの技術は完全に融合し、無線産業のモデルとしての役割を果たすだろう。」と語っている(注)。

(注)T-Mobile,Boingo link up for WiFi partnership(Totaltele.com/Reuters/ 19 March 2003)ボインゴは2001年に米国ISP3位のアースリンクの創業者兼CEOスカイ・デートン氏が設立。全米に800ヶ所以上のパブリック・ロケーションをアグリゲ−ターとして運営し、Wi-Fiによる無線ブロードバンド・アクセスを提供している。

 米国第1位の携帯電話会社のべライゾン・ワイヤレスも、CTIAの大会で携帯電話網によるブロードバンド・アクセスの提供計画を明らかにした。今年の夏に、ワシントンDCとカリフォルニア州サンディエゴで、CDMA 1x EV-DOの技術を利用して、最高2.4Mbpsのデータ通信を可能にする。この新サービスによって、ビジネス顧客を会社の通信網に接続し、現在使われているGPRSデータ網よりも遥かに高速で、オーディオやビデオのファイルのダウンロードを可能とする。これが成功すれば、同社は一気に全国展開を目指すとしている。さらに1x EV-DOサービスは、全米の空港やホテルなどに設置された何百ものWi-Fi標準に基づくべライゾンの無線ホットスポットによってサポートされる。べライゾンは、Wi-Fiサービスをウェイポート(テキサス州オースチン)と共同開発しており、新携帯電話網による高速接続によって補完できるだろう、と同社の最高技術責任者は語っている(注)

(注)Verizon to test broadband for mobile phones(Financial Times online/March 17,2003)ウェイポートは1996年に設立、ルーセント・ベンチャー・キャピタルなど複数の投資会社が出資している。全米5百カ所以上のホテルや空港でWi-Fiサービスを展開している。今年に入ってからAT&TワイヤレスのほかデルやインテルともWi-Fiサービスの普及で提携した。

 CTIAの大会ではプッシュ・ツー・トーク(PTT)も多くの話題を集めた。これは、予めリスト化した特定の相手にワンタッチで一斉に接続できるウォーキー・トーキーのアプリケーションである。ネクステルは同社のダイレクト・コネクト・サービスでこのPTTの分野をリードしている。同社のiDENネットワークの顧客1,000万は、その93%がPTTを利用している。他の米国の携帯電話会社(注)もPTTのバージョンを提供するよう開発を急いでおり、他国での利用(とくに建設労働者やトラック運転手向け)にも期待している。PTTは、家族間の通信や簡単と便利さを求める若者向けの通信手段として、米国発の流行になるかもしれない。

(注)べライゾン・ワイヤレス、スプリントPCSおよびAT&Tワイヤレスが今年末までにPTTバージョンを導入する計画を明らかにしている。(Why rivals want Nextel’s number:BusinessWeek / May 5,03)

 米国の無線産業は、ネットワーク標準など未解決の問題を依然として抱えたままだが、今次のCTIA大会では、欧州やアジアの同業者に、米国の携帯電話会社もいくつかの分野でその存在感を示すことができたのではないか。

■熾烈なWi-Fiの主導権争奪戦

 米国の携帯電話会社がビジネス市場にデータ・サービスを売り込むのに苦労している間に、Wi-Fiには大きな勢いがついたようだ。インテルは3月12日に、Wi-Fiに対応したラップトップPC用の半導体シリーズ「セントリーノ」を発表した。低電力消費のMPU「ペンティアムM」(電池の持続時間は5時間)と無線LAN接続チップなど3種類のチップを組み合わせたチップセットである。インテルはこのキャンペーンに3億ドルを注ぎ込むという。しかし、PCメーカーなどは「セントリーノ」を構成する全製品を使わないとそのブランド名を使えない。これに対しライバルのAMDは、ラップトップPCのMPU12種類を発表したが、無線チップなどはセットではなく、顧客が様々なメーカーの製品から選んで組み込めるようにする。一方画像処理の性能ではインテルを上回るという。

 音声データの圧縮・伸長など携帯電話機の基本機能を搭載したDSPチップのトップメーカーのテキサス・インスツルメンツ(TI)は、GSM/GPRS、Wi-Fi及びブルートゥースを統合した世界最初のチップセットを開発するとCTIAで発表した。ワンダ(WANDA)と命名されたこのデバイスは、TIのチップ及び無線技術とマイクロソフトのポケットPCのOSを組み合わせたもので、このデバイスを組み込んだ製品を2003年末までに発売する予定だ。

 AT&T、IBM及びインテルなどが設立したコメタ・ネットワークスは、高級ホテルからマクドナルドのハンバーグ店に至る顧客企業に、フル・ターンキーのWI-Fiネットワークを卸売りで提供する会社で、2万ヶ所にホットスポットを設置する予定だ。東芝とアクセンチュアは、コンビニエンス・ストアのサークルKの店舗とコノコ・フィリップスのガソリン・スタンドなど1万ヶ所にWi-Fiのネットワークを構築するために提携した。

 ノキア、Ensemble CommunicationsおよびOFDMフォーラムが2年前から開発を進めていた地域広帯域アクセス網を無線で実現する技術「IEEE 802.16」の開発を促進するため、インテル、富士通の米国子会社、米無線通信協会(WCA)などが加わり、推進団体「WiMAX(World Interoperability for Microwave Access)」を設立した、と4月8日に発表した。802.16は、一つの基地局で半径約50Km(可視区間でなくてよい)をカバーできる「無線MAN(Metropolitan Area Network)」と呼ばれる技術で、2〜11GHz帯の周波数を使い70Mbpsの帯域を利用者がシェアする。インターネットの基幹回線とオフィスビルやマンション、住宅の間をこの技術で結び、そこから端末までをWi-Fiで接続すれば、ブロードバンドのインターネット・アクセスが低コストで実現する。802.16技術は、有線固定網およびWi-Fi接続に次ぎラスト・マイル・ブロードバンド・アクセスを可能にする第3のパイプになると期待されている。有線方式だとインフラ整備にコストのかかる地方で効果を発揮するのではないか。802.16技術に準拠した設備の出荷は2004年下半期の予定である(注)

(注)Intel,others join Broadband wireless group(Totaltele.com/Reuters / 09 April 2003)

 Wi-Fiには大きな利点がある、とビジネスウイーク(BW)誌(注) は書いている。ホットスポットのアクセスポイント、ラップトップPCなどに組み込む無線チップセットなどの価格が安く、システムがシンプルなことだ。2003年末までには、新規に発売されるラップトップPCなどのほとんどにWi-Fiが組み込まれる見込みだ。マイクロソフトのウインドウズXPを、ネットワークに比較的簡単に接続できるようにする技術支援も予定されている。

(注)The cell-phone folks face a Wi-Fi world(BusinessWeek online / March 21,2003)

■Wi-Fiに動き出した携帯電話会社

 しかし依然としてWi-Fiは携帯電話網と比べて不利な点が多く、携帯電話会社はWi-Fiの脅威を過小評価している、と前掲のBW誌は問題点を指摘する。第1は、Wi-Fiは素晴らしい技術であるが、カバーする範囲が狭い。一方、携帯電話会社の「セル」は数平方マイルをカバーすることができ、ユーザーがその間を移動する際は、通信を中断することなく切り替えることができる。ほとんどの場合静止状態で利用するラップトップPCではこのことは余り問題にならないが、ハンドへルド・デバイスをWi-Fiで利用する場合には決定的に不利となる。現在の米国のセルラー・データ網は速度が遅く、大部分は固定電話のダイヤルアップ接続と同程度である。しかし、ベライゾンが第3四半期にサービス開始を予定しているCDMA 1x EV-DOは固定網のブロードバンドと同程度のスピードである。

 第2に、Wi-Fiは電池の消耗が激しいという点である。特にラップトップPCでは、電池の消耗が激しい。PDAなどのハンドヘルド・デバイスでも2〜3時間の利用で充電が必要になる。これに対して携帯電話は電力消費が極めて効率的で、特に待ち受けモードで著しい。今後Wi-Fiの省電力化も進むが、携帯電話の優位は崩れないだろう。

 第3は、潜在的ユーザーであるビジネスマンの仕事場にWi-Fiサービスを提供することが難しいという問題である。ビジネスマンは、公園のベンチやマクドナルドのテーブルで長時間仕事をすることはない。Wi-Fiサービスを提供するホテルが増えてきたが、利用できる場所は会議室やパブリック・スペースに限られており、客室でのWi-Fi利用は石材やコンクリートの防火壁にさえぎられて困難な場合が多い。ホテルの外に特殊なアンテナを立てこの問題を解決できると主張する新興企業(例えばVivato)もあるが、この技術はまだ確立されていない。

 最後に、Wi-Fiの商用化で最も大事だと思われることは、ネットワークが細切れであるため、料金収集システムの構築、ローミングの実現、Wi-Fiサービスに関する長期的取引などの点で、明確なビジネスのモデルがないという点である。現在一般的に行なわれているのは、Wi-Fiサービスを一回に1時間もしくは1日単位で利用するというもので、その都度ネットワーク・オペレーターのウェブ・ページにクレジット・カードの番号を知らせる必要がある。しかし、比較的規模の大きいネットワーク・オペレーターのウェイポートなどでは、「加入申し込み」によって月単位のサービス提供を受けられる。また、ボインゴ、iPassやGricコミュニケーションズなどは、アグレゲーターとして顧客に他社が設置した多くのWi-Fiネットワークへのアクセス(ローミング)を提供している。

 べライゾン・ワイヤレスはこの夏までに500ヶ所でWi-Fiサービスを提供する予定だ。T-モバイルUSAは書籍販売チェーンのボーダーズの145店で最近サービスを開始し、全米に展開するコピー・ショップのキンコーズでも近く始めると発表している。同社は今後数週間以内に、料金請求書にWi-Fiサービスを含める「ワンビル・プラン」に移行することも検討している。AT&Tワイヤレスの最高技術責任者は「Wi-Fiは、(携帯電話の)広域技術を補完する重要な技術である、といううのが我々の見方だ。」と語っている。今後5ないし10年間に、真の高速無線アクセスを求める人たちにとって、広範かつ十分に利用できるサービスは唯一Wi-Fiであり、この技術には明るい未来があるように思える、とトータル・テレコムは書いている(注)。

(注)U.S. mobile operators look more favourably on WiFi(totaltele.com / 14 April 2003)

 世界の携帯電話会社は、以前にはWi-Fiは第3世代携帯電話の事業基盤を侵蝕するとして心配していたが、現在では両者は共存あるいは補完の関係にあると考え、Wi-Fi進出に積極的になっている。しかし、その動きはゆっくりで慎重そのものである。携帯電話会社がWi-Fiを手掛けないなら、他の誰かがやるだけだから、携帯電話会社にはWi-Fiサービスの展開を早める以外に選択肢はない。草の根の新興企業ではビジネス・ユーザーの求めるセキュリティ・レベルを提供するのは困難だ。それにビリング・システムに対する深い知識と経験および現在の顧客との関係を考えると、Wi-Fiをビジネスとして成功させられるベスト・ポジションにいるのは恐らく携帯電話会社ではないか、とBW誌(注)は書いている。

(注)The cell-phone folks face a Wi-Fi world(BusinessWeek online / March 21,2003)

(参考)Wi-Fiが直面する技術的、経済的ハードルとその解決策
(1) 複数の技術規格 メーカーが全ての周波数と規格をカバーする機器を提供
(2) セキュリティに不安 IEEEが新しい暫定暗号方式(WPA)を提案
(3) 料金が高すぎる 現在の月額50ドルから10ドルまで下がりワンビル化が実現
(4) 利用可能範囲が狭い 信号増幅器が利用できる、新方式のアンテナを開発中
(5) 設置・保守費が高額 新機器の開発によりコストが下がる
(6) インターオペラビリティ  Wi-Fi相互および携帯電話とのローミングが可能になる

 Wi-Fiは扱いが簡単で価格が安いたことから、ブルートゥ−スに代わってホーム・ネットワーキング技術として急激に普及しており、現在米国では1,100万のWi-Fiハブがブロードバンド回線に接続されているという。今年期待されているWi-Fi製品は、PC上のファイルにアクセスするためのホーム・エンターティンメント・ユニットを備えた「メディア・アダプター」だろうという。54Mbpsの伝送が可能な802.11aや802.11gが市場に登場すれば、ビデオ・ストリーミングがWi-Fiの重要なアプリケーションとなると見られる。

・ 家庭で1台のデスクトップPCと1台以上のラップトップPCを接続するWi-Fi網を構築する費用(ケーブル・モデムかADSLのアクセス/月額約40ドルがある場合)
Wi-Fiアクセス・ポイント  100〜250ドル   PC用アンテナ 30〜40ドル/台
信号増幅器(必要な場合)  100ドル

(注)Wi-Fi means business (BusinessWeek / April 28, 2003)
Wi-Fi goes Hi-Fi (The Wall Street Journal online / April 25, 2003)

相談役 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
▲このページのトップへ
InfoComニューズレター
Copyright© 情報通信総合研究所. 当サイト内に掲載されたすべての内容について、無断転載、複製、複写、盗用を禁じます。
InfoComニューズレターを書籍・雑誌等でご紹介いただく場合は、あらかじめ編集室へご連絡ください。