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InfoComアイ
2003年6月掲載

ブロードバンド時代における通信会社の新戦略
フラット・レート&バンドル・プラン

 去る4月のインフォコム・アイで「米国におけるブロードバンド政策の転換とその波紋」を紹介した。その際、新「UNE(アンバンドル網要素)規則」の採択による市場への影響は限定的だろうという趣旨の見通しを述べたが、予想に反し新「規則」の細部が確定する以前に、米国地域電話会社トップのベライゾンがDSL料金の大幅値下げに踏み切り、一気にブロードバンド市場に緊張が高まっている。一方、市場が縮小を続ける固定電話市場に定額制料金を導入し、DSLやワイヤレスまでバンドルするサービスを提供して、顧客のロイヤリティを高める戦略に電話会社はその将来を賭けている。米国のIT産業復活の期待を担う「ブロードバンド」の行方とフラット・レート&バンドル・プラン戦略を考える。

■ブロードバンドで攻勢にでたベライゾン

 去る5月2日にべライゾン・コミュニケーションズは、DSLによる同社の高速インターネット・サービスの料金を「静かに」(注)30%値下げし、CATV業界やAOLなどのISPとブロードバンド市場を巡って、新たな価格戦争に突入した。報道によれば、べライゾンは去る3月28日以降、同社のサービス・センターにDSLサービスについて問い合わせてきた顧客には、現在の料金より15ドル安い月額34.95ドルで提供すると案内していた。今回その割引料金をすべての顧客に拡大して、5月13日の週から適用することにしたものだという。

(注)Verizon quietly slashes DSL prices(Totaltele.com/Reuters 02 May 2003)

 べライゾンは従来月額49.95ドルだったDSL料金を、15ドル引き下げて34.95ドル(モデム使用料を含む)にするほか、同社の固定電話および/または携帯電話サービスを一括して契約する(バンドル)場合には、最大29.95ドルまで割引く。従来、ケーブル・モデムでは月額45ドル(放送を契約しない場合は5〜10ドル高い)、DSLでは50ドル程度というのが米国のブロードバンド料金の相場と見られていたが、最近では両者の料金差がかなり縮まった(別表参照)。べライゾンは値下げに加え、DSLの最高速度を従来の2倍の1.5Mbpsに引き上げ、マイクロソフトのMSNの最新バージョンMSN 8に無料でアクセスでき、eメールのアカウントも9個まで無料で利用できるようにした。

 2002年末における米国のケーブル・モデムの利用者数1,060万に対しDSLは510万で、消費者向けブロードバンドではCATV会社が圧倒的に優勢である。最近は、CATVのデジタル化も進み、放送、高速インターネット接続(ケーブル・モデム)、電話サービスをバンドルしたサービスで攻勢を強めていた。そのうえCATV会社の提供するケーブル・モデムと電話サービスは規制を受けないこともあって、地域電話会社側は危機感を強めていた。電話会社は将来市場に対するこのようなジリ貧状態を何とか打開すべく、まずべライゾンが一歩踏みだした。しかし、地域電話会社第2位のSBCは、ケーブル・モデムと競合する地域におけるDSL料金を、他のサービスとバンドルする場合には、すでに29.95〜24.95ドルまで下げて対抗しており、ベライゾンのような一律値下げはしない方針だ。ベルサウスがどうするかは現時点で不明である。因みに、CATV会社は営業区域の90%で高速データ・サービスの提供が可能だが、地域電話会社のADSLのサービス提供可能地域は60%にとどまっている(注)

(注)Verizon’s‘hotspots’raise wireless stakes(Financial Times online / May 13 2003)

 地域電話会社はすでにDSLによる高速データ・サービスの展開に数十万ドルの投資を行なっているが、ほとんど利益をもたらしていない。電話会社が顧客をDSLに接続するために必要なコストは、CATV会社が顧客にブロードバンドを提供するコストよりも高い。CATVの場合は、全てのデータが同一のパイプを通して伝送されるので、システムはシンプルであるのに対し、米国には多くの異なる電話システムが存在し、電話会社ではデータ伝送のためにより多くの作業を必要とするからだという(注1)。また、一般にはCATV会社の高速データ・サービスの方が技術的に優れていると見られているが、ベライゾンの今回の攻勢はそのギャップを埋めることを意図したものだと受け止められている(注2)

(注1)前掲 The Wall Street Journal online / May 5, 2003
(注2)Verizon initiates deals on high-speed Internet(washingtonpost.com / May 14, 2003)

 料金での優位性を失うCATV会社側は、現在までのところ事態の推移を見守る構えのようだ。バンドル・サービスを含め顧客にベストな価値を提供していると確信しており、技術およびサービス上の問題を多く抱えているDSLサービスに、数ドル安いからといって顧客が移るようなことはないと見ている。CATV事業最大手のコムキャストは強気で、2003年末には30%増の500万加入達成を目標としている。しかし、べライゾンの値下げ発表でCATV大手の株価は弱含みで推移している。AOLはDSL加入者に対するコンテント・サービス(月額14.95ドル)の需要拡大につながるとして歓迎の意向を表明している(注)

(注)前掲The Wall Street Journal online / May 5, 2003

 ベライゾンはブロードバンドでCATV会社に大差をつけられているだけでなく、SBCにも遅れをとっている。電話会社は電話事業が売上を減らすなかで新たな収益源の確保を迫られており、何とかSBCを追い越したいというのが当面の目標で、値下げもその戦略の一環である。メリル・リンチによると、SBCのDSL加入者は2003年第1四半期に27万増加し250万となった。これに対しべライゾンは2003年第1四半期に16万増加し総加入数183万であるが、2003年におけるDSLの増加数は当初予測の60万を上回り100万になるだろうという(注)

(注)べライゾン、SBC、ベルサウスは、高速アクセスを可能にする光ファイバーを家庭に引き込むための3社共通の技術仕様を制定したと5月29日に発表した。3社は機器メーカーに対してこの仕様に基づいた製品の提供を求めていく。2004年からFTTHの建設が本格的にスタートすると見られる。なお、現時点における米国のFTTH利用者数は37,000。(Phone giants set standards for broadband construction :The Wall Street Journal online / May 29、2003)

 べライゾンはDSL料金の大幅値下げ発表に合せて、ニューヨーク市マンハッタン地区の公衆電話ボックス150ヶ所をWi-Fiのホットスポット化し、同社のDSL契約者は無料で利用できるようにしたと発表した。これも同社のブロードバンド戦略の一環で、年末までには同地区で1,000ヶ所まで増やし、利用者が多ければ全営業区域に拡大する意向だという(注)

(注)Verizon sets up phone booth to give access to the Internet(nytimes.com / May 14, 2003)

■フラット・レート&バンドル・プラン戦略

 米国の固定電話会社のもう一つの巻き返し戦略は、フラット・レート(定額料金制)とサービスのバンドル化である。しかも、フラット・レートは利用制限のない完全定額制が特徴で、バンドルするサービスも電話だけでなくブロードバンドや携帯電話など自社で提供するすべてのサービスを網羅し、将来は放送やビデオ・サービスを含むコンテンツ分野まで対象とすることを考えている。バンドルすることで個別に契約する場合より有利な料金割引が受けられ、一つの料金請求書にまとめられるので、チェックの手間も省け便利である。以下にべライゾン社の「べライゾン・フリーダム・パッケージ」を紹介する。

 電話のフラット・レート・プランは、1996年通信法が地域市場の開放を条件に、地域ベル電話会社の長距離市場参入を容認した(現時点で41州およびワシントンD.C.でFCCの承認を得ている)ことから始った。長距離電話会社の地域市場参入は以前から制度としては認められていたが、地域網の開放が進まず、実効があがらなかった。一方、ケーブルテレビ業界が、放送、高速ネット接続、ケーブル電話を一括して提供する動きにでて、電話会社もこれに対抗する必要に迫られていた。口火を切ったのはMCIで、2002年4月に モNeighborhood planモを導入した。結果は「予想を上回る成果(MCIの市内サービス加入者350万のうち200万が契約)」(注)だった。現在では、AT&T、べライゾン、SBC、ベルサウス、クエストもフラット・レート&バンドル・プランを提供している。

(注)Phone companies see their future in flat-rate plans(The New York Times online/May 23,2003)
同紙によると、ベル電話会社が現時点で獲得した住宅用長距離電話市場のシェアは16%で、長距離電話 会社による地域電話市場のシェアは9%である。同紙は携帯電話の定額無制限利用料金プランの効果とし て、利用が倍以上に増加したとするヤンキー・グループの報告を紹介している。

 前掲のニューヨーク・タイムズ紙は、長距離電話会社と地域ベル電話会社はともに、今後このフラット・レート&バンドル・プランが伸びると期待しており、その理由を以下のように説明している。一つは技術の進歩で、通話コストの距離に比例する要素は極めて小さくなったと指摘している。もう一つは顧客の習性の変化である。ケーブルテレビは1日何時間視聴しても定額料金である。携帯電話も通話料金はほとんど距離と無関係で、夜間・週末の無制限利用がバンドルされている場合が多い。顧客がこのような定額料金制に慣れて、距離と時間によって料金が決まるシステムを煩わしく思うようになったという。さらに、電話会社にとってもメリットがある。収入の予測可能性(predictable)が高まり、料金システムを簡素化できる。それに顧客の会社に対するロイヤリティ向上が期待できる。「顧客が欲しいサービスを全部提供できれば、顧客は我々から離れたいと思うことは少なくなる。」と同紙はAT&Tの幹部の発言を引用している。

 そのAT&Tは、4,000万顧客の家庭向けバンドル・サービスの品揃えのため、リセール方式による携帯電話事業再参入、DSLプロバイダーのCovad グループやコンテント・プロバイダーのディズニーやソニーなどとの提携交渉を進めている。スプリントは携帯電話のフラット・レートを取り込んだパッケージ・プランを近く発表する予定だ。SBCは衛星放送のディレクTVの買収に失敗したが、CATV会社からの攻勢に対抗するためにはビデオ・サービスのバンドル化は不可欠と考えている。顧客の望むサービスをすべてバンドル化するところまでこの競争は果てしなく続くのではないか(注)

(注) Telecoms to escalate battle with discount packeges(Totaltele.com / Reuters 19 May 2003)

 わが国の場合はどうか。ブロードバンドの低価格競争には熱心で、ITUの調査によれば1Mbps当りの料金では世界で最安値を実現している。しかし、ADSLのシェア競争の背後では膨大な赤字を垂れ流している。トップのソフトバンクは前年の890億円の赤字に続く約1,000億円の損失を計上した(注1)。同社の他にこの競争に耐えられる企業はNTTと一部のCATV会社しかなく、FTTHの電力会社を含めて、ブロードバンド(インフラ部分)は事実上3グループに限られるだろう。ブロードバンドの付加価値はパイプにではなく、コンテントやサービスに宿ると信じて、ソフトバンクは膨大な赤字の重圧に耐え、顧客数400万(2004年3月末の目標)の達成した以降の事業の展開に将来を賭けているのではないか(注2)

(注1) DSLサービス「ヤフーBB」が大半を占めるソフトバンク・グループのブロードバンド・インフラ事業部門は、1,365億円の営業費用をかけたが、売上は400億円どまりで、営業赤字は962億円に拡大した。原因は多額の販促費用(契約1件あたり37,000円)にある。(日経産業新聞 2003年5月10日)
(注2) Softbank struggles on(The Economist / 2003 May,17)はソフトバンクの苦悩を詠んだ英語の 俳句を披露している。“The bandwidth broadens,Users sign up in millions;Where are the profits ?“ (ブロードバンド 会員増えても 利益なし 日経ビジネス訳) 同誌によるとソフトバンクの 資産は、あおぞら銀行(49%)1,000億円,米ヤフー(4%)830億円、UTスターコム(20%)440億円、ヤ フー・ジャパン(42%)5,220億円。なお、ソフトバンクの有利子負債は3,140億円である。

 対抗するNTTはどうか。例えばNTT東日本のホームページにはフレッツADSLの説明があるが、ISPと別途契約しなければ、インターネットは利用できない。(ISPへのリンクは可能)利用者はADSLにはISP契約が当然含まれると考えているはずだ。契約から、サービス、料金請求にいたるまで何故このように不便にしなければならないのか。地域市場で支配力を有するNTT東西会社には県内通信しか認めない(地域市場での支配力を濫用して他の市場で優位に立つ可能性を排除する)という規制のためだろう。インターネットは世界中何処にでも瞬時につながるのが特徴だ。それに制約を課して、利用者に不便を強い、減収に悩むNTT東西会社のビジネス・チャンスを奪っている。ソフトバンクが膨大な赤字を垂れ流すことが出来るのも、NTT東西が当分ISP市場に参入できないと読んで、高速接続とISPの一体型サービスを提供できる同社の優位性に確信をもっているからではないか。ADSLですらこの有様だから、フラット・レート&バンドル・プランの登場は期待薄だ。

 すでに述べたように米国のベル電話会社は、地域電話市場でのシェアは90%程度である。しかし、DSLサービスの提供に特段の制約(ISPの分離)を課していない。それだけでなく、すべてのサービスをバンドルして、しかも無制限定額料金で提供することも自由だ。競争相手の長距離電話会社やケーブルテレビ会社に対抗するためではあるが、戦略の自由度は極めて高い。一方、利用者は距離と時間の制約から開放され自由に利用できる。これは、規制当局が市場支配力を単純に当該市場におけるシェアだけで判断せず、実質的に競争可能な条件が整っているかどうかで判断しているからだ。ブロードバンド時代の通信会社の戦略は、フラット・レート&バンドル・サービスとなる可能性が高い。いつまでも規制の壁を高くしておくことで損をするのは利用者であることに思いを致すべきだ。

相談役 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
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