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2003年7月掲載
 

光ファイバーの開放問題を考える

 

 ブロードバンドの規制緩和を背景に、米国のベル電話会社がファイバー・ツ−・ザ・ホーム(FTTH)の統一規格を共同で開発して、ケーブルテレビ陣営から主導権を奪還すべく動き始めた。そこでの課題はコストの削減であり、メタル回線のコストを目標にしている。一方、世界で一番安い料金を実現したわが国のブロードバンド・ビジネスは、膨大な赤字に喘いでおり展望が開けない。そのような閉塞状況の中で、参議院総務委員会が通信事業法改正に関連して「付帯決議」を行い、市場構造や競争状況の変化に適切に対応して通信政策の見直し、検討を政府に迫ったもので話題を呼んだ。その内容がNTT寄りだという批判もあるが、検討課題としては当を得ており、さらに議論が深まることを期待したい。本稿では、そのなかで特に関心が集中した光ファイバーの開放問題について検討する。

■統一規格でFTTHに本格参入するベル電話会社

 去る5月末、べライゾン・コミュニケーションズ、SBCコミュニケーションズ、およびベル・サウスの米国大手地域電話3社(ベル電話会社)は、フィバー・ツー・ザ・ホーム(FTTH)の統一規格を共同で開発することで同意したと発表した。これが実現すれば、FTTHのコストを「劇的に」引き下げることが期待できる。FTTHの実現には膨大な費用(各社毎年10億ドル)と10年以上の歳月を要する大プロジェクトであるが、今回の協定は歴史の里程標となるだろうという(注)

(注)The Bells gang up to combat cable:BusinessWeek / June 30, 2003

 ブロードバンドと電話市場で競争関係にあるケーブルテレビ事業との競争が激しくなる中で、FTTHのコスト低下はベル電話会社に有利に働くのではないかと見られている。しかし、ブロードバンド市場で先行するケーブルテレビ側も対抗策を検討中である。前掲のビジネスウイーク誌によると、去る6月13日にデジタル・テレビの機器メーカーであるPace Micro Technology社は、加入者のセットトップ・ボックスに接続し、アナログのケーブル信号をデジタルに変換するタバコ2箱位の大きさの機器を80ドルで販売すると発表した。通常300ドル以上で売られているこの機器の低価格化で、ケーブル会社は低廉な高精細テレビ、ビデオ電話および高速インターネット接続などのサービスの普及を加速できる。このことは、FTTHが広く普及するまでは、ケーブル会社がブロードバンド市場でなお先行できるかもしれないことを意味している。

 しかし、ベル電話会社がFTTHを促進する動機は、ライバルに対抗することだけではない。伝統的な音声ビジネスでは、もはや利益をあげられなくなったことが大きい。2002年は4.2%の減収だったし、2003年も3.5%の減収が見込まれ、収入は942億ドルになるだろうという。この趨勢を反転させたいとベル電話会社は望んでいるが、今回のFTTHの規格統一が特効薬にならないことも理解している。それでも、統一規格協定の締結で事態は動き出した。規格統一によって設備メーカーは、光スイッチやルーターなどの関連機器の開発と製造に注力できるようになり、コストの大幅な低下が見込まれる。1加入あたりFTTHのコストは、現在の1,500〜3,000ドルから1,000ドル以下になるだろうという。

 FTTHの本格的展開の前に、地域電話会社はFCCに対して、設置した光ファイバーによる接続を、競争相手に大幅な割引価格で提供することを義務づける(現在の地域音声サービスではその義務がある)ことのないよう確約を求めている、と前掲のビジネスウイーク誌は書いている。FCCは去る2月にこれを大枠で認め、それに沿った規則を近く制定する予定だ。規格統一は1990年代にもDSLについて行なわれたが、機器の価格は期待通りに下がり、現在では760万世帯で利用されている。ビデオ、ゲームや音楽などでの利用を促進するアプリケーションの開発が必要なことはもちろんだが、規制緩和と規格統一によってFTTHの価格低下が進めば、ブロードバンド市場で電話会社が主導権を獲得出来るかもしれない。

 しかし、ベル電話会社によるFTTHの推進プランはリスクが大きい、という見方もある。(注1)ウオール・ストリート・ジャーナル紙によれば、米国の世帯の大部分に光ファイバーを敷設するためには、25年の歳月と数百億ドルもの投資が必要となるという。このような大胆な設備建設は、ベル電話会社の資金繰りを極度に悪化させるかもしれない。かくして、FTTHの成功は、ベル電話会社が光ファイバー設備と敷設工事のコストを下げられるかにかかっている、と同紙は書いている(注2)

(注1)Local Bells look to fiber to stem some losses:The Wall Street Journal online / June 19 2003
(注2)ベル電話会社によるFTTHに対する挑戦の真の意図について疑念を持つ人々もいる、と前掲のWSJ紙は書いている。FTTH計画は、競争者に光ファイバーの接続を制限するというベル電話会社にとって望ましいFCC規則を揺るがないものにするためのウインドウズ・ドレッシングに過ぎない。地域電話会社はコスト高を口実にして、これまでFTTHの大規模な展開にまともに取り組んで来なかったと批判している。

 前掲のウオール・ストリート・ジャーナル紙によれば、現時点におけるFTTHの1加入あたりコストは2,000ドル未満だが、規格の統一による規模の利益によって2004年までには1,200ドルまで下がるだろうという。レーマン・ブラザーズのアナリストによれば、700ドルに下がればベル電話会社にとってはお誂え向きだという。1加入あたり銅線プラスDSLの設備の合計とFTTHのそれとがほぼ同額となるからだ。そうなれば、ベル電話会社は従来と同じコストで、充実した多様なサービスを顧客に提供できる好機に恵まれることになる。多くのアナリストは700ドルを達成可能と見ているようだ。

■参議院総務委員会における「付帯決議」

 去る5月22日に、参議院総務委員会で審議中の電気通信事業法とNTT改正法案を可決するに当って、「付帯決議」を行なった。この「付帯決議」は8項目で構成されているが、「光ファイバーに関する指定電気通信設備規制の在り方」、「ブロードバンド・インターネット・サービスなどに関する指定電気通信役務規制の在り方」、「料金に対するプライス・キャップ規制の見直し」、「ユニバーサルサービス基金の運用方法の見直し」、「県内・県間の区分が馴染まないインターネット・サービスに関するNTT東西会社の業務範囲拡大についての手続きの簡素化」、「長期増分費用方式の見直し」など、通信政策の根幹にかかわる課題を指摘し、最近における市場構造および競争状況の変化に適切に対応できていない、として検討もしくは見直しを求めたものだ。

 「付帯決議」は喫緊に検討もしくは見直すべき課題が網羅されており、アジェンダとしは当を得ていると思われるが、これらの項目にはNTTグループがこれまで主張してきた規制緩和要求が含まれていて、NTT寄りだとしてマスコミの話題になった。現在衆議院において通信事業法改正法案が審議中で在り、参議院と同様な「付帯決議」を行なうか微妙な情勢だという。この5月末でブロードバンド利用者が1,000万世帯を超え、世界中で最も安い料金(1Mbps当り)を実現できたのは、NTTにドミナント規制を課してきた競争政策が適切だったからで、規制緩和はNTTの独占支配力を強めることになりかねない、という危惧が背景にあるようだ。以下に「光ファイバーに関する指定電気通信設備規制(ドミナント規制)」が適切かどうかを検討してみたい。

 第1に、光ファイバーは新たに建設が必要なインフラだという点である。確かに欧米諸国よりは整備が先行しているが、今後長い期間にわたって多額の投資が必要である。ADSLのように既設加入者回線の未利用の高周波部分を使うのとは基本的に異なる。光ファイバーに関する政策も既設設備の開放ではなく、新規設備の整備促進とそれを実現するインセンティブに重点が置かれるべきだ。このレポートで紹介したように、米国の地域電話会社は本格的に光ファイバーの建設に踏み出す前に、規制当局に対して「電話のような規制(競争相手に回線を開放する)を課さない」という保証を求めたのは当然である。わが国ではこの議論を先送りしてe-Japan計画を推進してきた。光ファイバーの建設も地方都市レベルが対象となる段階にあるが、光ファイバーのさらなる展開を期待するのであれば、「規制」では実現できないことは明らかだで、この問題の検討は避けて通れないはずだ。

 第2に、市場をどのように捉えるべきかという問題である。光ファイバーを一つの市場と見て、「従来のメタルと同様に」都道府県別のシェアが50%を超えているから、NTT東西に指定電気通信設備規制を行うのは正しいのか。光ファイバーは明らかにADSLやケーブル・モデムなどと代替性がある。これらを含むブロードバンド・アクセス市場を対象として考えるべきではないか。そう考えればFTTHのシェアは4%(全国平均、5月末)でしかない。光ファイバーを「従来のメタルと同様に」規制して,その広範な供給を期待できるのか。揺籃期にあるサービスを規制する必要があるのか。光アクセスのシェアを都道府県単位で把握し、50%を超えればドミナント規制を課すのは妥当なのか、例えば東京では丸の内地区、新宿副都心地域などでは競争の実態を反映できるようにすべきではないか。そもそも競争の実態をシェアで把握するのがよいのか、といった疑問がわく。

 第3に、投資のリスクを誰が負うのかという問題である。光ファイバーは競争環境の中で整備が進んでいる。一つは通信事業者(電力会社や地方公共団体などを含む)の設置する光ファイバーとの競争であり、他はケーブルテレビ、通信衛星、無線LANを含むワイヤレス、デジタル放送などのブロードバンド・サービスとの競争である。どのメディア、技術が将来優位かは分からないし、地域別に異なるかもしれない。光ファイバー・ビジネスがリスキーであることは紛れもない事実だ。リスクを取る者には成功すれば先行者利得が認められるべきであり、リスクを取らない者はそれを負担しなければなない。これは当然のことだ。競争相手でもあるNTT東西の株主および利用者にのみリスクを負担させるのはフェアではない。例えば、NTTの光ファイバーの使用料を市場価格で決める、あるいはリスク部分を料金に含めることを容認する、さらにNTT東西の光ファイバーに対する投資資金の一部を負担して利用権を取得する、などインフラを利用する側のリスク負担の在り方を検討すべきではないか。

 第4に、広帯域インターネット時代を迎え、その定額料金制が利用者の支持を得て定着し他の電気通信サービスにも拡大している。さらに、サービスのバンドル化を求める傾向も強まっており、これらの利用者の要望に柔軟に対応できるよう規制改革が必要だ。広域インターネット・サービスに県内・県外区分が馴染まないのは明らかだ。サービスのバンドル化を制約する規制も見直しが必要ではないか。

■メタル回線時代の規制の転換急務

 総務大臣がテレビのインタビューで、「NTTも設備に余裕があれば貸したらよい、NTT以外の電話会社も全部をNTTに頼るのではなく、自前の光ファイバーの設置に努力すべきだ。」という趣旨のコメントをしていた。その通りではないか。指定通信設備規制が無くなれば、NTTから設備を借りられなくなると書いている月刊誌もあったが、そうではないだろう。NTTも多額の設備投資を早期に回収する必要があり、適正な料金による設備の利用であればむしろ歓迎するのではないか。借りる側もリスクをシェアすべきだと主張しているのであり、そうしなければいずれ光ファイバーの着実な整備は困難になるだろう。日本は世界一低廉なブロードバンド料金だと評価されているが、それを提供する企業のブロードバンド事業は軒並み大赤字に陥っている今日の状況は、このシステムは維持可能でも合理的でもないことを示している。

 総務省の事務当局はどうか。「従来のメタルと同様に、光も都道府県別シェアが50%を超えている事業者を指定する。」今50%を超えているのは東西NTTだけ(2003年3月末65%)で、光はまだ競争状態には無い、という認識のようだ。(注)すでに述べたように、光ファイバーは独占時代に構築された「従来のメタル(のネットワーク)と同様に」規制されたのでは、その整備促進は望むべくもない。例えばKDDIは5月に、インターネット接続、IP電話、映像配信をパッケージ化して提供するサービスを、今年の10月に月額1万円以下で開始すると発表したが、アクセス回線はNTTの光設備を利用することを前提にしている。「自社で光ファイバーを設置していたのでは、大規模な展開は難しい。」からだ(注)。自社で展開するよりも迅速にしかも安い料金で設備が確実に確保できるなら、誰もが(日本第2位のKDDIでさえ)リスキーな光のアクセス回線に対する投資を敬遠するのは当然だ。

(注)光ファイバーは借りられなくなる?(日経コミュニケーション 2003年6月23日号)

 参議院総務委員会の「付帯決議」は、審議対象となった法律改正と直接関連しない項目も含まれているが、当面の通信政策における避けて通れない課題を列挙し、行政府とは違った視点からの問題提起を行ったことは評価すべきだ。「付帯決議」が契機になってブロードバンド時代における通信政策の在り方について、一層議論が深まることを期待したい。議会側も「付帯決議」で政府に実現を求めるだけでなく、自らの立法権限を行使して政策の実現を目指すべきではないか。

特別研究員 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
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