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2003年8月掲載

新電電による「NTT接続料」に対する行政訴訟の意義

 去る7月17日にKDDIなど新電電5社は、NTTの接続料の引き上げを認めた総務省を相手取って、認可の取消を求める行政訴訟を提起した。マスコミなどの報道によれば、政治の強い圧力を受けて、同省の政策がNTTに有利な方向に進んでいるとの疑念が背景にあるという。監督官庁の決定に対して取消を求める訴訟を起したことが「監督官庁に反旗を翻した」として関心が集まった。さらに、新電電の幹部からは具体的な訴訟の争点よりも、総務省の姿勢を問う発言や、両者間のコミュニケーション不足の反省、接続料の値上げによる負担増とそれにもかかわらず利用料金に転嫁できない窮状を訴えるなど、訴訟の当事者としては異例とも思える発言が相次いだ。以下に新電電による「NTT接続料」に対する行政訴訟について考えてみたい。(注)

(注) NTT接続料問題の本質 本間 雅雄 Infocomアイ 2003年3月掲載参照

■何を提訴したのか

KDDIのニュースリリース「接続約款認可処分取消訴訟の提起について」(2003年7月17日)によると訴訟の「共通認識」と「争点」は以下の通りである。

 共通認識 電気通信分野では、従来競争政策により、料金の低廉化や新サービスの導入など利用者利益の向上が図られてきた。ところが、この度のNTT東西の接続料改定は接続料の値上げなど、従来の競争政策とは異なり、利用者料金の値上げを招きかねない重大な政策転換がなされたと考えられる。また、この政策転換が、不透明と思われる手続きのもとで、充分な議論が尽くされずに行なわれたことは見過ごすことができない。

争点

  1. NTT東西の接続料を均一料金としたこと、接続約款認可の際に意見募集をしなかったことなど、行政処分に必要な適正手続きに違反があり、また、判断の方法・過程に誤りがあった。
  2. NTSコスト(注)が接続料に含まれていること、NTT東西の経営効率化が適正に反映されていないこと、NTT東西の接続料原価の合算など適正な原価に基づかない接続料を設定したことは電気通信事業法に違反する。
  3. 電気通信事業法に規定されていない事後精算制度を導入したことは、電気通信事業法に違反する。
  4. NTT東西の接続料を均一にしていることは、独禁法によって禁止されている不当な取引制限であるとともに、電気通信市場の公正な競争を妨げるものであり、電気通信事業法に違反する。
  5. NTT東西の接続約款の効力を認可日(4月22日)から省令施行日(4月11日)に朔及したことは電気通信事業法に違反する

(注)NTS(Non Traffic Sensitive)コスト:通信量に依存しないコスト

 このニュースリリースを読んだ限りでは、新電電グループの危惧は接続料の値上げや事後精算制度の導入など、利用者料金の値上げを招きかねない重大な決定(新電電によれば従来の「競争政策」の変更)が、不透明と思われ手続きと充分な議論が尽くさずに行なわれたことにあるようだ。しかし、「競争政策」が変更されたか否かを訴訟の争点にするわけにはいかないので、具体的争点を別に用意し、間接的に「競争政策」に変更の無いことの確認を求めているのではないかと思われる。(注)

(注)「競争政策」の定義ははっきりしないが、市場支配力を有する既存の事業者に対して、回線の相互接続などを義務づけることによって新規参入を容易にし(既存事業者の回線を利用することで膨大な設備投資負担を回避できる)、事業者間の競争を促進することによって消費者の利益を増進させようとする政策を指す。

■電話市場の急激な構造変化こそ本質的問題

 過去一貫して低下してきた接続料(NTTの市内回線を借りる際の料金)が何故今回の算定で値上がりすることになったのか。現在接続料の算定の基礎となっているのは2000年度から採用された「長期増分費用方式(LRIC)」で、現時点における最新の設備と技術によってアクセス網を構築したと仮定して算定したコストの合計を総通話量で割って接続料を算定する。その主たる狙いは、市内電話サービスを独占的に運営してきたNTT東西の経営上の非効率を排除することにある。LRICはいわば仮定の計算であり、現実との間に乖離が生ずる。NTTは過去の投資(現実)が回収不足に陥るとしてLRICに一貫して反対している。

 このような現実にはありえない想定(最新の設備と技術に基づく接続コストの算定)が何故容認されるのだろうか。一つには、支配的事業者であるNTT東西の非効率を排除する合理的方法が他に見出せないからである。もう一つの理由は、新規参入事業者が自ら設備を設置して市内通信事業に参入する場合は、最新の設備と技術を利用するはずだから、これに対抗する既存事業者にも、同様に最新の設備と技術によってコストを削減するインセンティブが働くと考えるからだ。

 現実はどうだったか。NTT東西の区域内通話の通信量(加入電話、時間、ISDNを含む)は2000年度をピークに、2001年度はマイナス23.5%、2002年度はマイナス30.5%と急激な減少に転じた。インターネット接続がADSLやCATVモデムなどの高速常時接続方式に移行し、携帯電話の普及が進み、eメールの利用が拡大し、IP電話が急増し、固定電話の契約数が減少するなど市場の構造変化が急激に進んだことが原因だ。市場が縮小するなかで銅線ケーブルによる新規参入が実現するはずもない。一方、LRICモデルによる算定では、コスト削減率よりも通信量の減少率が大きければ、接続料は値上げになることは予見できたはずだ。

 加入電話の通信量が急激に減少するこのような情況の変化に対応してコスト削減するため、NTT東西は銅線アクセス網に対する新規投資を中止するとともに、様々な合理化施策によって設備維持のコスト削減に努めている。将来はNTT東西が整備を急いでいる光アクセス網に吸収されていくだろう。しかし、LRICモデルにこのような市場の変化を織り込むことは困難で、現実との乖離が益々大きくなっていた。市場の構造変化に伴う通信量の急激な減少によって、長期増分費用方式(LRIC)の合理性はすでに失われているのに、それを無視し続けた規制当局と、結果を予見できたにもかかわらず機能不全の算定方式(LRIC)に異議を申し立てなかった新電電側にこそ問題があるのではないか。新電電側の訴訟提起理由に、市場の構造変化とLRICモデルの適応能力にまったく言及がないのは理解に苦しむ。

■NTT東西の均一接続料とユニバーサル・サービス

 NTT東西別の接続料を適当とした電気通信審議会の答申が出されてから、地方公共団体や経済団体を中心にNTT東西均一の接続料を求める多くの要望書がだされ、国会でも「電話サービスが全国民に対して公平に提供されるべきユニバーサル・サービスであることを踏まえ、接続料を東西均一にすること」という決議が行なわれた。総務省の試算によると、NTT東西がそれぞれに接続料を算定すると、GC接続、ZC接続ともに東に対し西が約30%高くなる。このような大きな格差が生じた場合は、東西エリアで利用者料金に相当程度格差が生じる可能性が高いという。結局、利用料金の格差が生じないようNTT東西の接続料を同一料金とし、コストの低い東会社からコストの高いNTT西会社へ、総務省令によって定める期間に限って、無税で資金援助を行なうことができるスキームが先の国会で法制化された。

 NTT東西はNTTの100%出資子会社であるが、別々の会社である。そうであれば、接続料も別々に決めてよいというのは正論である。その結果ユニバーサル・サービスである電話料金に東西で格差が生じる可能性があり、それを許容できるかが問題となる。総務省は衆参両院の付帯決議を尊重しなければならず、格差料金を回避したいと考えるのは当然だ。新電電の主張も東西接続料原価の合算による算定を通信事業法違反としているが、その結果利用者料金に格差が生じることの是非については何も触れていない。

 しかも、接続料の東西格差は利用者料金の格差に直接結びつくのかということ自体も明らかでない。 NTT東西の接続料を両社別々に算定すればその差は大きく、利用者料金に格差が生じる可能性が高いと、総務省は示唆しているが、ユニバーサル・サービス・ファンドの活用又は見直しについては何も言及していない。 今後、ユニバーサル・サービスの料金とファンドのあり方について論議が必要であろう。

■基礎となる通信量の確定を巡る問題

 今回の接続料算定(2003/2004年度に適用)の基礎となっている通信量は、2001年度下半期と2002年度上半期の実績値を通年化したものである。電話サービスの通信量は毎年度かなりのスピード(20〜30%)で減少しており、この傾向は構造的な変化に基づくもので今後も続く可能性が高い以上、過去の実績を基礎の通信量とするのであれば、実績値による清算はやむを得ないのではないか。

 2003/2004年度の通信量を確定するにあたって考えられる手法は、過去のトレンドからの予測値を使うか、実績値が確定してから精算するかである。予測値で算定しておいて実績値が確定した段階で精算するという方式も考えられる。いずれにしても、これは手法の選択の問題ではないか。

 新電電側の「争点」では、事後精算方式は電気通信事業法に規定されておらず違法、とだけ主張している。この問題の議論の過程で新電電側は、事後精算方式では通信量の減少が大きい程精算額が大きくなり、NTT東西に負のインセンティブを与えかねない、と主張していたように記憶しているが、いささか合理性を欠く主張だったのではないか。

■NTSコストを含む接続料は違法か

 新電電側は、本来接続料に含まれるべきでないNTSコスト(通信量に比例するコスト)が接続料に含まれているなど、適正な原価に基づかない接続料の設定は電気通信事業法違反であると主張している。ここでいうNTSコストは具体的にはRT(リモート・ターミナル)の関連費用を指しているものと思われるが、概念的にはNTSコストは基本料で、それ以外は通話料や接続料で回収するのが望ましいというのはその通りである。

 NTSコストを接続料に含めないことにすれば、その分基本料を値上げする必要がある。しかし、基本料は通話の利用の多寡と関係なく、電話の利用契約をすれば定額で支払う必要のある料金である。これに対し、通話料や接続料は通話の利用回数や時間に応じて支払う料金であり、消費者は通話の回数や時間でコントロール可能である。従来から基本料の負担が大きくならないように、NTSコストの一部を通話料や接続料に含めて回収することが続いており、違法とはいえないのではないか。総務省もこの問題を本格的に研究する委員会を発足させている。

■行政訴訟の積極的な役割に期待

 「なぜ新電電が勝ち目の薄い訴訟まで起こして監督官庁に反旗を翻すのか。総務省の通信行政の軸足が接続料の引き上げをきっかけにNTT寄りに移るのではないかとの懸念があり、これをけん制する目的がある。」(「NTT接続料」提訴 日本経済新聞 2003年7月22日)と新聞が書いている。訴訟の帰趨はこれからだが、率直に言って新電電側の提起する「共通認識」と訴訟上の「争点」の間にズレを感ずるのは筆者だけだろうか。問題の本質は、接続料算定の基礎となるLRICモデルが、最近の市場の構造変化(固定電話サービスの通信量の急激な減少)によって機能不全をきたしていることにあり、「通信政策」の問題ではない。現状ではLRICモデルによる仮定の計算と現実との乖離は、その溝は埋めようがないほど拡大している。また、今起きている通信市場の構造変化は世界に先駆けて日本で起きているもので、外国の例を引き合いに出しても役に立たない。

 たとえ今回の訴訟が規制当局をけん制することが目的であったとしても、重要な政策転換が「不透明と思われる手続きの下で、充分な議論が尽くされずに行なわれた」と新電電側が受け止めている以上、この決着をオープンな訴訟の場で争うという新しいスタイルは積極的に評価できるかもしれない。欧米では規制当局と事業者間の訴訟は間々あることで、これを「監督官庁に反旗を翻す」と感情的に受け止めることはない。市場が急激に変化するなかで法律がすべてを律することができないのは当然で、その隙間を埋めるため訴訟の判決は有効に機能している。わが国で通信関係の行政訴訟は今回が初のケースだが、そこから規制当局と事業者の間の新しい関係が形成されることを期待したい。

特別研究員 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
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