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2003年10月掲載

混迷続く欧州の第3世代携帯電話

 移動通信事業に携わるものは誰もが、欧州で唯一第3世代携帯電話(3G)サービスを提供しているハチソン・ワンポアの「3」の動向を気にしている。去る3月にサービスを開始した直後は販売不振に悩まされていた。しかし、6月に音声サービスの大幅値下げに踏み切り、なんとか態勢立て直しの手懸りを掴んだようにも思えるが、料金戦争の新たな引き金を引いた可能性もある。他方、3G導入に積極的だったボーダフォンが、導入時期を再三遅らすなど慎重な態度をとっている。ここにきて不透明さを増している欧州における3G事業の先行きについて考えてみたい。

■ハチソンの攻勢で携帯電話の料金戦争勃発か

 欧州で唯一第3世代携帯電話(3G)を商用化しているのが、香港のコングロマリット、ハチソン・ワンポア傘下の“ハチソン 3G”グループで、去る3月に英国およびイタリアを皮切りに、3Gサービス(ブランド名は「3」)を開始した。今年中に英国とイタリアでそれぞれ100万の顧客獲得が目標である。8月22日の同社の発表によれば、顧客数は英国で15.5万、イタリアで30万、オーストラリアで5万、スウェーデンとオーストリアで1.5万、合計52万である。これは、販売不振に危機感を抱いた“ハチソン 3G”グループが、6月以降思い切った料金値下げに踏み切るなどマーケティングを強化(注)した結果である。同社は目標の達成は可能と主張している(販売目標の未達成は主力のNEC製端末の不足によるというのが同社の認識)が、英国の調査会社のOvumは、今年末には英国で60万、イタリアで75万の顧客獲にとどまるだろうと予測している。

(注)6月に導入した3 UKの料金プラン:ビデオトーク750(他社への通話を含む英国内750分をバンドル、端末無料)は月額35ポンド(6,500円,1分8.6円)、ビデオトーク500(同じく500分をバンドル、端末を49ポンド(9,000円)で提供)は月額25ポンド(4,600円,1分9.3円)。第2世代(2G)他社の典型的な料金プランは400分の音声通話料をバンドルして月額45ポンド(8,300円、1分21円)。 3 UKは2G他社の50%以下の水準である。

 ハチソンの期待に反して、現状では欧州における同社の3Gが離陸したとは言えない状況だ。それでも、ハチソンは今年中にデンマークと香港、来年にはアイルランドで「3」のサービスを開始するとしている。(免許を取得したイスラエルでのサービス開始時期は不明)さらに、9月にはノールウエイの3G免許を取得し、300万の3G端末の発注を計画している。同社は、今後2年以内に3G事業の営業収支を均衡させることを公言するなど強気の姿勢を続けている。

 現時点における「3」のサービスは、第2世代の携帯電話システムであるGSMに比べ信頼性が低いと評価されているようだ。そのうえ、かさばった端末、短いバッテリー・ライフと狭いサービス・カバレッジなど、改善途上の問題を抱えている。3Gの強みは、値段が高くても、テレビ電話や音楽のダウンロードなどのクールなサ-ビスを高速配信できることにある。しかし、現時点で実現できたデータ・サービスはサッカーの試合とポルノだけだ。そのため、「3」は音声トラフィックの料金を大幅に値下げして第2世代携帯電話(2G)
事業と競争することを余儀なくされた。提供しているサービスが余りにもお粗末だったため、料金以外に競争できる手段がないことに「3」は気が付いたのだと言う。(注)

(注)3G teething pains:BusinessWeek / September 22,2003 NTTドコモは ハチソン3G UKの株式20%を所有しており、I-モードの導入を働きかけているが、「3」は乗り気でなく「3」ブランドのサービスを提供したい意向という。なお、欧州におけるI-モードは、テレフォニカ、KPN、ブイグなどが提供しており利用者数は約70万である。(I-mode getting through:FT.com / September 15,2003)

 ハチソンは3Gネットワークに対する投資を継続している。英国における「3」のサービス・カバー率(人口比)を3月の50%から年央までには70%へ、イタリアでも40%から50%へそれぞれ改善する。近く発売予定のモトローラとNEC製の新3G端末は、スマートで能力も改善されている。加入数が増えれば、テレビ電話などの3Gならではのサービスも実現するだろう。導入当初の問題点が概ね解決すれば、ハチソンは強力な競争者になる可能性がある。それに、ハチソンにはもう一つの大きな強み、豊富なキャッシュがある、と前掲のビジネスウイーク誌は書いている。

 「3」の親会社のハチソン・ワンポアは、2002年に18.31億ドル利益を計上している。最も利益に貢献した事業は金融業で、次いで港湾、インフラ、エネルギーの順序である。通信事業(香港の固定電話事業など)の利益は僅か1%程度に過ぎない。同社は最大のグローバル・ポート・オペレーターでパナマ、ロッテルダムから上海まで事業を展開しており、中国の最近における貿易の拡大にともない利益を伸ばしている。かつて英国で携帯電話事業のオレンジを経営して成功した同社は、通信事業を成長性のある不可欠な事業として位置付け、欧州における3G事業の営業収支が均衡すると期待している2005年まで、免許の取得、ネットワークの建設およびマーケティングの費用として170億ドル(オレンジをマンネスマンに200億ドルで売却)を支出する計画で、現在までの支出は110億ドルだという。(注)

(注)Hutchison sticks to target for 3G(The Wall Street Journal online / August 22,2003)

 「3」の攻勢には資金的な裏づけがあり、欧州の携帯電話市場でいずれそれなりの地歩を築くだろうという見方が多い。しかし、3Gの本来の利点である高速データではなく、「3」を音声の安売りで売り込まざるを得ない状況では、アナリストの多くは英国とイタリアで今年末までに夫々100万の顧客を獲得するという目標だけでなく、2005年までに営業損益を均衡させるという同社の目標達成を疑問視しているようだ。(注)

(注)Hutchison’s wireless foray into Europe makes stride(The Wall Street Journal online / September 18,2003)

 一方、2Gで対抗する既存勢力は、「3」の値下げ攻勢を当初は自暴自棄の兆候とみていたが、顧客を奪われるにしたがい音声トラフィックの対抗値下げに踏み切る動きが出てきた。
 オレンジ UKは、「3」の月額35ポンドで音声750分(英国内、他社網への通話を含む)をバンドルした料金プランに見合ったプランを、一定の条件の下で提供することにした。同社によれば、この料金プランの適用は極めて少数であるという。T-モバイル UKも追随し、同社の料金プランの音声バンドル分数を2倍にする。ただし、短期間の措置でありプロモーション期間も3ヶ月だけという。MMO2は、すべての料金プランにオフピーク500分の音声(英国内、他社網への通話を含む)を25ポンド(4,600円)で追加する。この料金競争が本格化するのは来年だろうという見方が強い。携帯電話の価格デフレーションは今後も続き、3Gによってさらに加速されるだろうという。それでも、今年は利用の増加よって1加入あたり平均収入(ARPU)は増加すると期待しているようだ。(注)

(注)Newcomer 3 sets off mobile price war(Financial Times online / September 19, 2003) なお、3 UKの7月のARPUは45ポンド(8,300円)、これに対し2GグループのARPUは20ポンド(3,700円)、3 イタリアのARPUは78ユーロ(10,000円)

■「3」をどう評価するか

 7月に就任したボーダフォンのサリン新CEOは、同社による欧州一円における3Gサービスの開始は、来年の9月か10月まで遅れることを明らかにした。それまでは、ボーダフォンは3Gのサービス開始時期を来年の3月とし、この11月からマーケティングを開始する予定だった。アナリスト達によると、この遅れは3Gの端末の品質が所定のレベルに達しないことに起因するという。新規参入のハチソンが現在投入している3G端末は、2G端末よりかなり大きく、バッテリー・ライフも短い。それに、2Gと3Gのネットワーク間を移動する時に起きる通話の途切れ(dropped calls)の問題が未解決である。

 サリンCEOは、来年末にかけて広範囲な3G端末の品揃えを行うとともに大々的な販売キャンペーンを打って、クリスマス・シーズンにかけて何百万台もの販売を行う、と説明した。3G端末の調達には何社かの先導的なアジアのメーカーが含まれるという。また彼は、3G技術はネットワークで運ぶことができる通信量を飛躍的に増大させるため、料金引き下げ圧力を加速する可能性があることを指摘した。しかしボーダフォンは、増加する通信量と画像メッセージングやワイヤレス・インターネットのようなデータ・サービスの利用拡大によって、収入の増加を達成できると語った。(注)

(注)Vodafone 3G launch delayed further(Financia Times online / September 26,2003)

 ボーダフォンの例でも分かるように、既存の2G事業者は3Gへの移行に慎重になっている。大方は2004年末かそれ以降を想定している。その中で3Gの早期導入に踏み切った「3」の評価はどんなものか。以下はエコノミスト誌の分析である。(注)まず、「3」はライバルを出し抜くため、技術的に充分な準備がなされる以前に3Gの導入を決定した、と指摘する。端末と基地局が別の会社で製造された場合はうまく動作しなかった。また、「3」はマーケティングにおいても、2G他社に対する競争的な優位としてその驚嘆すべき技術を強調した。だから、2Gとの差別化要素であるテレビ電話が実現しないことが明らかになった時、料金値下げ以外の方法がなくなったのだという。

(注)The shunning of 3G(The Economist / Sep 18th 2003)

 確かに、技術の進歩よって3Gのネットワークは2Gのそれよりも通話コストを下げることができるから、競争相手よりも料金を下げる「3」の決定には意味がある。成長が止まった市場では、2G他社の顧客を奪うことが「3」にとって唯一の策である。一方2G他社は、料金を下げるくらいなら若干の加入者を「3」にとられる方がましなのだ。

 その代わり、既存の携帯電話会社は3Gを別な方法で導入しようとしている。今年の夏に、最新ニュース、ゲームおよび写真を伝送する能力を含む移動データのバンドル・サービスを強力に販売促進した。このようなサービスは、高度化された2Gもしくは2.5Gのネットワークを経由して、カラー・スクリーン付きの新端末に伝送可能である。ボーダフォンのバンドル化データ・サービスは “ライブ!”と、T-モバイルは“t-ゾーン”、MMO2は“アクティブ”と呼ばれている。しかし、2.5Gのネットワークの容量には限界があり、より多くの加入者が利用するようになれば、携帯電話会社は2.5Gと3Gの両方のネットワーク上で動く新端末に静かに切替えていくだろう。別な言葉でいえば、3Gはこっそりと(by stealth)導入されるだろう、と前掲のエコノミスト誌は書いている。

 携帯電話会社は、技術ではなく彼らのブランドを売り込む計画である。利用者は、電話をしたり着信音をダウンロードしようとする時に、どんな技術を使っているかなど気にしない。3Gは「可能にする技術」であってサービスではない。だから、3Gそれ自体を売ろうとするのは間違っていると主張している。

 3Gの将来予想のより良いガイドとなるのは、2.5Gのネットワークにデータ・サービスが如何に早く取り入れられるかである。ボーダフォンの“ライブ!”は9ヶ月で200万の顧客が契約した。しかも、“ライブ!”の加入者は7〜10%多い料金を支払う。多くの利用者は明らかに、彼らの端末で音声通話とテキスト通信以上の利用をしたいと考えている。しかし、現在の3G端末は、2G端末と比べかさばり重い。携帯電話会社は2004年に導入される、より小型で軽いモデルに期待している。その時期になって3Gは本当のテストに直面する。すべてが計画通りに運べば、利用者は何が変わったのかに気が付かない。3Gの成功のしるしは、その採用が利用者に分からないことである、というのが前掲のエコノミスト誌の指摘である。

■EV-DO対WCDMA

 最近米国の調査会社アライド・ビジネス・インテリジェンス(ABI)がまとめたレポートが公開された。(注)その趣旨は、GSMとCDMAの世界のの加入者数を比較すると、8億5、000万対1億5,000万でGSMが優位に立っている。しかし、3G(このレポートでは1x-RTTは含まれない)の通信技術ではGSMファーミリーのWCDMAよりCDMA2000 1x EV-DOの方が現時点では優勢というものである。(注)

(注)CDMA EV-DO sees greater adoption than WCDMA(totaltele.com/19 September 2003)

 現在(レポートでは6月)WCDMAおよび1x EV-DOを使って3Gサービスを提供している携帯電話会社は約20社である。うち1x EV-DOを導入しているのは SKテレコム、KTF、LGテレコム(いずれも韓国)とVesper(ブラジル)およびMonet ネットワークの5社である。最初にWCDMAの導入に踏み切ったNTTドコモは、この6月までの20ヶ月間で53万の加入数となった(9月末で100万を越えた模様)が、SKテレコムは8〜10ヶ月で100万を超える顧客を獲得した。(6月末153万)

 ABIは現時点での1x EV-DOの優勢を、CDMA2000のキー・ファクターである“バックワーズ・コンパティビリティ”にあるとしている。CDMAからEV-DOへの移行は、通信事業者側が基地局のグレードアップを行うだけで済み投資負担が軽いだけでなく、2G端末とのインターオペラビリティもとれるので、顧客が高速データ・サービスを利用する場合、EV-DOを選ぶ率が高くなっている、と指摘している。

 しかし、EV-DOの優勢は現時点における状況にすぎず、欧州でWCDMAに関する端末やネットワークの技術的問題が解決して、WCDMAを導入する携帯電話会社が増加し加入数が急増すれば、状況が変わる可能性もある、とABIはみている。ABIは今年の第3四半期に10、第4四半期には16、2004年第1四半期には38、第2四半期では18件の3Gの導入を予測(導入件数ではWCDMAが優位)しているが、導入の遅れも予想されるとしている。ベライゾン・ワイヤレス、Telecsa(エクアドル)、PT Mobile-8(インドネシア)は今年末までにEV-DOのネットワークを立ち上げるという。

 注目されていた中国における3G免許の付与が、来年以降に延期されると伝えられる一方で、中国聯通は9月にクアルコム社と共同で、世界初のGSM1 x(GSMのインフラ上でCDMA2000 1xベースのサービス提供を実現する)技術実験を行った。中国聯通はGSMインフラを活用しつつ3Gサービスを展開する考えで、今年中にも商用サービスを提供する意欲をみせている。GSMを多く採用しているアジアで、3Gの新しい潮流になれるのか注目されるところだ。

特別研究員 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
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