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2004年1月掲載

IP電話の衝撃に揺れる米国の通信産業

 米国の有力経済誌“BusinessWeek“は恒例によって新年に主要産業の年間展望(Industry Outlook 2004)を掲載している。今年のテレコム産業の展望(注)は、(1)米国のテレコム企業(サービス・プロバイダー)は2000年以降始めて投資を拡大する(前年比5%しかし1996年の水準)、売上げは前年比4.7%の増加(2003年は2.1%)と見込まれるが、そのほとんどはワイヤレス収入の増加による (2)IPベースのネットワーク技術に関する市場は販売が急拡大(2003年に20億ドル2004年は50%増)するだろう、というものだった。投資の拡大は沈滞したテレコム産業に朗報ではあるが、投資のほとんどがIP電話(VoIP)関連市場に向けられるとなれば、競争は激化し料金の低下は今後も続く可能性が大きく利益を圧迫するのではないか。IP電話の衝撃に揺れる米国の通信産業の今後を考えてみたい。

(注)Telecommunications:Strong signals the bad times are over(BusinessWeek / January 12, 2004)

■IP電話は通信事業の構造変化のシンボル

 前掲のBusinessWeek誌によると、2004年には通信におけるビジネスモデルの変化が明らかになる、と指摘している。通信会社は、音声とデータをネットワーク上で伝送するのに必要な時間(分数)で課金する旧来の仕組みから離れ、伝統的な音声からワイヤレスやブロードバンドに至るすべてのサービスについて定額料金制を受け入れようとしている。しかも、これらの定額制料金は値下りしつつある。ブロードバンド料金はすでに50%も値下りして月額30ドルとなったが、2004年はさらに値下りが続くだろうという。競争の激化と料金の低下は、設備メーカーからベンチャー・キャピタリストに至るすべての食物連鎖において、圧力として意識されるようになるだろう。このことは、通信会社の資金調達は依然として困難であり、絶えざるコスト削減を迫られることを意味する。

 コスト削減の必要性からもIP(現在のインターネットに使われている標準)ベースの通信設備の採用が早まっている。IP設備は音声トラフィックの伝送に使用する場合でも伝統的な電話設備よりかなり安い。また、音声サービス市場に参入したいと思っているケーブル会社でも簡単に採用できる。さらに、テレビ電話や2台目、3台目の電話の追加など新サービスの展開に柔軟に対処できるためコストを削減できる。

 ケーブル会社はIPベースの設備導入に熱心である。タイム・ワーナー・ケーブルは2003年12月に、同社の全米のケーブルテレビ加入者1,080万に対し、2004年末までにIPベースの電話が提供可能な設備を設置する、また、この計画を達成するため長距離通信事業者のMCIとスプリントと提携すると発表した。利用者は、従来の電話のプラグをケーブル・ボックス内に設置された電話のジャックを差し込むだけでよい。最初にサービスを開始するメイン州ポートランドでは、ケーブルテレビとのバンドル・サービスに合意した顧客は月額39.99ドルでよい。2004年にはコムキャストやコックスなどの大手のケーブル会社もIP電話に参入すると見られており、アナリストによれば、2003年末200万だったケーブル電話の加入者(回線交換方式)は、2004年末では300万超となると見込まれるという。

 タイム・ワーナーの発表から3日後に、AT&Tは2004年中に100市場でIP電話を開始すると発表した。長距離通信会社のIP電話への期待には、地域電話会社へ支払うアクセス料金(年間約100億ドル)を回避したいという狙いも含まれる。一方、地域電話会社のべライゾン、SBC、ベルサウスおよびクエストの各社も2004年には一般利用者向けのIP電話サービスを始める計画を打ち出すとみられている。ベル電話会社も、IPネットワークは現在のネットワークよりも効率的であり、我々もその導入の必要性を認識していると語っている。しかし本音では、彼らのコア・ビジネスである旧来の電話の収入をカニバリゼーション(共食い)で失っても、「すべての加入者を失うよりは、IP電話の加入者の方がまだましだ。」と考えている(注)

(注)American telecoms:If you canユtbeat ヤem,join ヤem(The Economist / December 20th 2003)

 しかし、米国で実際にIP電話で先行しているのは、ボネ−ジ(Vonage)やネット2フォーン(Net2phone)などの新興企業である。これらの企業は、無制限の市内および国内長距離通話の利用を、月額35ドルの料金で提供している。ボネ−ジのCEOによると、IP電話のメリットは低い運営コストと柔軟な新規サービスへの対応能力にあるという。例えば、ネット上で9人がテレビ会議を利用できることなどである。2004年にはDSLプロバイダーのコバッド、バックボーン事業者のグローバル・クロッシングやレベル3、インターネット・プロバイダーのアースリンクなども参入する予定で、IP電話も企業向けから一般利用者向けへ、プロバイダーもベンチャーから大手へと広がろうとしている。2004年末におけるIP電話の一般利用者は500万に達する(コンサルタント会社アドベンティスの予測)だろうという。

 結局、この新技術はネットワークの設計方法を根底から変えることになるだろう、と前掲のビジネスウイーク誌は指摘している。現在通信事業者は依然として、通常の電話、携帯電話それにデータ・トラフィックの各種の形態に対応する個別のネットワークを保有している。将来通信事業者は、音声、データおよびワイヤレス通話が伝送される単一のIPネットワークを保有することになるだろうという。これはネットワーク費用の大幅削減を可能にする。さらに、低廉なブロードバンドの普及(米国におけるブロードバンドの利用者は2003年末推定で2,200万加入、3分の2はケーブル会社が提供)がIP電話の進展を後押ししており、早晩通信産業の競争環境は大きく変わらざるを得ないだろう。

■IP電話をめぐる規制の在り方で議論

 これまで米国では、安い(通話品質の劣る)国際通話や企業内通信の分野でIP電話技術が余り目立たない形で利用されてきたが、ここにきて技術の進歩と低廉なブロードバンド・サービスの普及を背景に、一般利用者向けIP電話サービスを取り込んだ「トリプル・プレイ」がビジネスモデルとして定着しそうな気配である(注)

(注)ここでのビジネスモデルは、音声、ブロードバンドによるネット接続および放送(ビデオ・オンデマンドを含む)の「トリプル・プレイ」を一件の請求書に統合して一般利用者に提供することである。ケーブル会社と通信事業者などが顧客の争奪で激しい競争を展開することになるだろう。(Net phone start ringing up customers;BusinessWeek Online / December 29,2003)

 一方、ベル電話会社などの既存の地域電話会社は、適正な料金とサービスの提供を義務づけられており、通信会社相互の公正な接 続、僻地などにおける通信や緊急通話の確保などでも規制(負担をともなう)を受けている。インターネットの技術を利用するものの、電話(音声回線交換サービス)と機能的には同様のサービスが、規制と負担を負うことなく自由に事業を展開することを容認すべきかどうかで議論が起きている。

 IP電話の規制をめぐってはミネソタ州の公益事業委員会とボネージ社間の係争がよく知られている。2003年8月に、ミネソタ州の公益事業委員会はボネージ社が通信事業者として認可されなければ、同州において事業を行うことを認めないことを決定し、9月にはボネージは「電気通信サービス」を提供していると認定する決定を行った。これに対してボネージ社は同社のIP電話サービスを「情報サービス」であると主張し、この決定の取り消しを求めて連邦地裁に提訴した。10月に連邦地裁は同社のIP電話を「情報サービス」であると判断して、州公益事業委員会の決定を恒久的に差し止める判決を出している。カリフォルニア州でもIP電話事業者は「電気通信事業者」として事業を行うためには、所要の書類の提出を必要とする決定を行っている。

 このようなIP電話への期待の高まりと州レベルで混乱が拡大する傾向にあることから、連邦レベルでこの問題をどう扱うか明確にすべきだとの声が高まった。ことれ受けて、FCCは2003年12月1日に「VoIPフォーラム」を開催し、同時に「VoIP政策ワーキンググループ」を設置して検討に取り組むことにした。当研究所の政策調査グループによると、IP電話の規制論議には二つの側面があるという。一つは公共安全面の規制であり、緊急通報や法執行機関による通信傍受への協力などが含まれる。これに対しては、IP電話事業者は非規制の下における「自発的協力」を表明しており、大きな争点にはなりそうもないという。もう一つは経済面の規制で、適正な接続料金の支払いや、ユニバーサル・ファンドなどへの拠出の義務づけである。IP電話事業者は拠出反対の立場であるが、IP電話の普及が進めば既存事業者の公衆電話交換網(PSTN)やユニバーサル・サビス自体の維持が困難になるのは明らかで、議論が紛糾するのは不可避とみられている。

 FCCの開催した「VoIPフォーラム」における論議も、キック・オフ的な印象が強く議論が収斂に向かう状況にはなかった。注目されたパウエル委員長の発言は、「インターネットは政府規制の対象外であり続けるべきであり、IPベースのサービス(VoIPなど)も同様であり、規制当局は説得力のある理由無しに介入すべきではない。」というものだった。マスコミなどはこの発言を受けてIP電話に対する政府規制はライト・タッチにとどまるという観測を流している。民主党系のFCC委員は、この問題を放置してきたため混乱が起きている、FCCは個別の規制問題に回答を出すべきである、と発言している。共和党の上院商業科学運輸委員長のマッケイン議員は「フォーラム」に宛てた書簡で「VoIPの取り扱いに関する現在の規制面の不確実性、この分野における競争の展開と継続的な投資に対して、不健全な環境をもたらす可能性がある」ことを指摘して、今回の「フォーラム」がタイムリーだったことを強調している。

 いずれにしても、IP電話に象徴されるようなIPベースのネットワークと技術を再評価して、その発展を阻害することのないよう徹底的に検証し、必要最小限の統一的な規制体系を確立すべきだ、という点では合意が得られそうだ。しかし、それには1996年通信法の抜本的見直しは避けて通れないのではないか。欧米の諸国よりもIP電話の普及テンポが早いと思われるわが国でも、IPネットワーク時代における規制の在り方について、徹底的な検証とそれに基づく規制改革(対等な競争条件とするため既存ネットワークにも規制緩和を認め、また不必要な構造規制を廃止するなど)が必要ではないか。

特別研究員 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
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