ホーム > InfoComアイ2004 >
InfoComアイ
2004年9月掲載

ソフトバンク・グループの通信事業新戦略

 ソフトバンクBB(ソフトバンクの子会社でブロードバンド・サービス「ヤフー!BB」を提供している)の7月末における「ヤフー!BB」の接続回線数が436万、BBフォン(ヤフー!BBのネットワークを利用したIP電話サービス)の利用者数が411万となった。7月に買収が完了(予定時期を11月から繰り上げた)した日本テレコムを含めると、ソフトバンク・グループのADSL加入数は日本最大の480万、顧客ベースの合計は1,100万に達し、日本第2位の固定通信会社となったとも言える。ユビキタス・ネットワークを基盤とする総合通信会社を目指す同グループは、かねてTDD方式による第3世代携帯電話事業への参入を目指しているが、800メガヘルツ帯での携帯電話事業参入にも意欲を見せている。7月には無線LAN端末としても使える新型携帯電話機を開発することを表明し、固定と移動通信の融合に一歩踏み出す姿勢を示した。さらに8月末には、買収した日本テレコムの固定通信事業の資源を活用し、新たなビジネス・モデルによって年内にも固定電話事業にも参入し、NTTが独占してきた電話基本料の壁に挑戦する。矢継ぎ早に打ち出される同社の新戦略は何を狙っているのか、またそれは既存の通信業界にどのようなインパクトを与えるのか。ソフトバンク・グループの通信事業新戦略を検証してみたい。

■「ブロードバンド市場でNTTを抜く」

 現時点で、日本のブロードバンド・サービスの料金が世界で一番早くしかも安いことは疑いのない事実である。ビジネスウイーク誌(注)によればソフトバンクの「孫氏は遂に、日本の既存の通信企業に彼特有の強引なやり方で挑み、世界で最も優れた消費者向けブロードバンド通信サービスを生んだ。」と評価している。

(注)ソフトバンクの真価(BusinessWeek / August 9,2004 日経ビジネス8月23日掲載)

 日本のADSL接続サービス市場(注)は、04年7月末でソフトバンクBBが436万で断然トップの地位にあり、次いでNTT東の253万、NTT西の203万で、この3社のシェア合計は72.3%である。しかも、NTT東西が提供しているブロードバンド・サービスはアクセスに限られるのに対し、ソフトバンクBBはプロバイダー・サービスやコンテンツ提供を含む垂直統合型のサービスを提供している。さらに、同社が提供するADSLモデムには、IP電話と無線LAN(Wi-Fi)の機能が予め組み込まれている。

(注)7月末におけるわが国のブロードバンド接続回線数は、ADSLが1234万、FTTHが151万、CATV回線利用が274万、合計1,657万回戦である。ヤフー!BBを利用する顧客は,IP電話(BBフォン)を基本料なしで利用できる。通話料は日本全国一律3分7.5円、米国へは1分2.5円と格安(BBフォン利用者相互は無料)である。現在利用している電話番号や電話機もそのまま使える。Wi-Fiはモデムの使用料が月額980円かかるが、ソフトバンクBBの設置したホットスポットを無料で利用できる。

 孫社長は「遅かれ早かれ、すべてがブロードバンドに収斂する。」(前掲ビジネスウイーク誌)と予言しており、そのために競争相手に先制する必要があることは理解できるとしても、問題は何時になったらソフトバンクがブロードバンドで持続して利益を挙げられるようになるかである。「世界で一番早くて安い」ブロードバンドは、その裏で巨額の赤字を垂れ流している。同社のブロードバンド・インフラ事業は、02年度は売上高398億円に対し損失960億円、03年度は売上高1,288億円に対し損失873億円、04年度第1四半期は売上高461億円に対し損失183億円となっている。現在までの損失額の累計はすでに2,000億円を超えている(注)

(注)ニューズ・ウオッチ(日経コミュニケーションズ / 2004.年9月1日)

 孫社長はこれに対し、ソフトバンクBBが現加入者へのサービスで満足していれば、年間1,000億円のプラスのキャッシュフローが生れると主張する。しかし、顧客基盤を広げれば、最終的な収益力は飛躍的に高まる。ソフトバンクBBは2005年秋までに加入者数600万達成を目指しており、今は将来のために投資する時だという。いったん同社のブロードバンド・サービスを行き渡らせれば、IP電話やWi-Fiサービス、スポーツ中継や音楽のダウンロードといった付加価値サービスで収益をあげることが出来るからだ。(前掲ビジネスウイーク)

 しかし、競争の激しい通信市場では顧客は常に入れ替わっており、顧客数を現状で維持するためには、新たな顧客獲得のためのコストがかさむ状況にある。ソフトバンクBBの赤字は減少傾向にあるが、顧客の純増数とそのシェアも低下傾向にある。04年7月における全体のADSL回線の純増数は25.7万回線で、そのうちソフトバンクBBの純増数は7.3万にとどまりシェアは3割を下回っている。目標達成は予断を許さない状況にある。

 ソフトバンク・グループの目標は、今後通信事業の競争力の中核になる「ブロードバンドでNTTを抜く」ことである。そのためには資金を惜しむことなく投じてきた。日本テレコムを3,400億円で買収したのもその戦略の一環である。ソフトバンクはこの買収で60万のブロードバンド顧客だけでなく、従来のソフトバンクに欠けていた法人顧客17万と潜在的なブロードバンド顧客である500万を超える固定電話の顧客、1.1万キロに及ぶ光ファイバー網、それに03年度に850億円あったキャッシュフローなどを手に入れた。ソフトバンク・グループにとって日本テレコム買収の戦略的価値は大きかったようだ。

 それでも、「ブロードバンドでNTTを抜く」という同社の目標を達成するめには十分ではない。収益の改善を別にすれば(注)、ソフトバンク・グループの今後の課題は移動通信市場やファイバー・ツー・ザ・ホーム(FTTH)などの光アクセス分野への進出、日本テレコム買収で獲得したビジネス向け通信事業の再構築(ソフトバンク・グループとの一体化)と固定電話資産の活用などではないか。

(注)孫社長によると、ソフトバンクのブロードバンド部門は今年(04年)後半にも営業利益ベースで黒字となり、日本テレコムとの合併で来年(05年)は約500億円のコスト削減効果が生れる。これによって、2006年3月期には黒字化できるという。一方、ソフトバンク・グループの04年度第1四半期の連結決算は、傘下のヤフー・ジャパンやイー・トレード証券の経営が好調で収益が大幅に改善されたが、38億円の営業損失(売上高は1,473億円)だった。しかし、同社には5,500億円の現預金と、米ヤフーやヤフー・ジャパン、通信機器の米UTスターコムなどの保有株式の含み益が1兆8,700億円 ある。(前掲ビジネスウイーク / 2004.8.9)

■固定通信との融合を目指して携帯電話事業に参入

 ユビキタス・ネットワークの構築に移動通信は不可欠である。しかも、現在の日本における携帯電話事業の市場規模(売上高)は8兆円で、未だに成長を続けている。それに、この巨大市場をNTTドコモ、KDDI、ボーダフォンの実質3社で分け合い、トップのドコモの営業利益は1兆円を超える。「ブロードバンド市場でNTTを抜く」ことを目標にかかげるソフトバンク・グループにとって、次の課題は総合通信会社として「いつでも、どこでも、誰とでも」「楽しくて便利な」ブロードバンドでつながる「ユビキタス社会」の実現に貢献する(注)ことであり、サービス・ポートフォリオの面からも、収益力確保の面からも、携帯電話事業参入は欠かせない選択である。

(注)ヤフー!BB社の意見広告「いま声を上げなければ、この国の携帯電話料金はずっと高いままかもしれません。」(日本経済新聞 / 2004年9月6日)

 ソフトバンクは去る8月11日に、04年度第1四半期の決算を発表した。その席上、孫社長はFTTHや携帯電話など新サービスの参入時期を再三質問されたが、「FTTHはいずれかの時期に参入」、「携帯電話は免許をいただければすぐにでも」と終始慎重な答えに終始したという(注)

(注)ニューズ・ウオッチ(日経コミュニケーションズ / 2004.年9月1日)

 ソフトバンク・グループが参入を目指す携帯電話事業は、TD-CDMAと呼ばれる第3世代移動通信(3G)システムで、既存のIP網を活用できるのが特徴といわれている。総務省はこのTDD方式の実用化に向けて2,010〜2,025メガヘルツの周波数を確保しており、ソフトバンクBBやイー・アクセスなどが実験を進めている。周波数を割当てる企業や時期は、総務省が今後詰めるが2006年内にはサービスが開始できるとみられている。

 ソフトバンクBBは15メガヘルツすべての割当を求めているが、同社の試算ではそれでも利用者は最大1,000万加入程度にとどまり、採算はかなり厳しいという。このような背景もあってソフトバンクの孫社長は9月3日に、KDDIと同じ方式(CDMA 2000)によって800メガヘルツ帯での携帯電話事業への参入の意向を表明する意見書を総務省に提出した(注)。過密対策として周波数の再編成を進めている800メガヘルツ帯を巡って、総務省はKDDIとNTTドコモに3Gに対応した周波数を割当てる方針案をまとめていた。孫社長は「経緯が不透明」であるとして、公正で自由な競争を実現するためこの周波数帯を新規参入事業者に割当てるよう意見書を提出した。

(注)携帯電話参入800メガヘルツ帯で (日本経済新聞 / 2004年9月4日)

 前掲の日経新聞によると、この問題に関する孫社長の主張は以下の通りである。「日本の携帯電話は既存事業者3社による寡占で、料金も海外に比べ割高だ(注)。基地局コストの安い800メガヘルツ帯に我々も参入できれば、独自の基幹網(IP網)と他の無線技術(無線LANなど)との併用により、携帯料金を今の何分の一かに下げられる。」、「携帯電話も移動網だけでなく固定通信網を使った無線接続を組み合わせればコストはもっと安くできる。」というものだ。

(注)公平のため付記すれば、メール料金や携帯電話機の購入価格は日本がかなり割安である。

 この考え方に沿ってソフトバンクBBは、無線LAN端末としても使える新型の携帯電話機を開発する、と去る7月17日に発表している。同社が参入を目指す3G向けの端末で、新興企業の米アイピーワイヤレスなどと提携して年内にも試作機を開発する予定である。周波数に限界のある携帯電話(移動通信)網と、街中に設置した同社の無線LAN(固定通信)との間をシームレスにハンド・オーバー可能な無線ブロードバンド技術を開発し、サービス開始時から大量の加入者獲得を狙うという戦略である。

 NTTドコモも今秋から、事業所内における内線通話を無線LAN上でIP電話によって提供するよう計画している。いずれの固定・移動融合サービスが利用者に受け入れられるのか、今後の動きに注目したい。

■NTTが独占する電話基本料の市場に挑戦

 日本テレコムの買収後に、ソフトバンクがブロードバンドや法人向け事業の強化以外にどんな手を打ってくるか注目されていたが、日本テレコムは8月30日に、NTT交換網に依存しない同社独自の通信網と通信設備を使用して、基本料や付加サービス料金の割安な固定電話サービス「おとくライン」を12月から (予約販売は9月1日から) 提供すると発表して競争企業に衝撃を与えた。

 「おとくライン」の特徴は、NTTの固定電話サービスとほぼ同等のサービスを、月額基本料を200円安く、新設の場合必要な施設負担金72,000円や開通工事費を不要とし(注)、料金支払い手続きを日本テレコムに一本化(これまで基本料はNTT、通話料は日本テレコムと分かれていた)し便利にするなどである。

(注)正確には「おとくライン」の開通工事費用としてNTTに支払う負担金が、月額100円で5年間必要。

 日本テレコムのプレスリリースによると、「おとくライン」の事業目的は以下の5項目である。(1)日本テレコムが自前の通信網を使用し、基本サービスを提供し、基本料金を回収する。(2)自前交換機を設置することにより、従来日本テレコムがNTTに支払っていた発信接続料金を不要とする。(3)日本テレコムの自前交換機を経由して着信する他社の通話に着信接続料金を確保できる。(4)プッシュ電話や、発信番号通知、ダイヤルインなどの付加サービス収入が見込める。(5)NTTの固定電話とほぼ同等のサービス・レベルを実現する。
というものだ。

 これがどうして実現できるかといえば、「日本テレコムがNTT局舎内に設置した自前交換機とお客様宅内とをタイプ2メタル回線(ドライ・カッパー)で接続し、それをNTT局舎間に構築した同社の自前通信網と接続し、NTT通信網に依存しない独自の通信網を構築・保有する」からだ。これは従来から「直収電話」として存在しており(例えば平成電電)、特段新しい考え方ではない。しかし、日本全国をサービス対象(注)とし、緊急通報などを含めNTTの固定電話とほぼ同等のサービス・レベルを確保し、同番移行も可能とするとなれば影響は小さくない。

(注)サービス開始時(04年12月)1,000局(人口カバー率50%)、2005年中をめどに3,500局舎まで拡大を目指す(人口カバー率94%)。

 IP電話への流れが強まる中で、敢えて固定電話に回帰する戦略を打ち出したソフトバンクの狙いはどこにあるのだろうか。第1に法人需要を意識したものだ。信用を重視する法人顧客の多くは、現時点では通話品質に不安のあるIP電話よりも、技術的に安定した固定電話の方を選ぶ傾向が強い。第2に、NTTの基本料は事務用の方が住宅用に比べて5割程度高く設定されている。例えば加入数40万以上の都市では住宅用月額1,750円(税別、以下同じ)に対し事務用2,600円である。「おとくライン」の基本料金はNTTよりもそれぞれ200円安く設定してある。一方、ドライ・カッパー料金には事住の区分はなく1,385円(NTT東の場合)であり、事務用の方が収益性は高い。第3に、日本テレコムを含めソフトバンク・グループは1,100万の顧客を既に抱えており、顧客獲得コストはヤフー!BBの場合よりもかなり抑制できるとみられている。モデムの設置工事など加入者宅内での工事の必要もない。

 第4に、「おとくライン」で利用者を囲い込めれば,次の段階で同社のブロードバンド・サービス(ADSLプラスIP電話)へのグレード・アップが容易になる。第5に、NTTが独占している4,000億円もの付加サービス市場への参入が可能になることである。プッシュ電話(月額390円)、着信番号通知(月額 住宅用400円 事務用1,200円)、ダイヤルイン(1番号月額800円)などの使用料は、事実上競争がなかっただけに割高感は否めず、参入者にもチャンスがある。第6は、料金が日本テレコムに一本化するため、基本料金を含めた料金設定が自由に出来る(完全定額料金制など)ようになることだ。

 しかし、疑問も少なくない。第1に、固定電話の市場が縮小しIP化が進む中で、3〜5年しかもたないビジネス・モデルではないのかという点である。IP電話の通話品質の改善も著しく、いまさらの感もある。第2に、1,000億円超とみられる新サービスのための投資(未公表)は本当に回収できるのかという問題である。「販売代理店が一部を負担する」と説明されたが詳細は明らかになっていない。それに「おとくライン」販売キャンペーン期間中の割引(注)の影響も無視できない。いずれにしても、収益性の高い法人顧客の獲得が黒字化の鍵を握っていることは確かだ。

(注)(1)顧客が指定した3つの電話への通話料を1年間無料 (2)事務所向け:平日19〜23時まで、住宅向け:土日祝日19〜23時の通話を1年間9割引 (3)付加サービスの工事費無料、使用料3ヶ月間無料 (4)新規申し込みの際の日本テレコム工事料無料

 ソフトバンクは「マイライン」から「おとくライン」への民族大移動を期待しているが、その場合競争企業の中で最も影響を受けるのはもちろん東西NTTだろう。失うNTTの基本料と受け取るドライ・カッパー料金の差は、加入数40万以上の場合、事務用1,215円、住宅用365円で、この額が減収となる。このほか付加サービス料金と相互接続料の減収が加わる。この影響は無視できず、NTTは少なくとも事務用の基本料や付加サービス料金の見直しを余儀なくされるのではないか。価格に敏感な顧客を抱えるKDDIも「おとくライン」同様の「直収電話」を検討せざるを得ないだろう(注)

(注)KDDIはソフトバンク・グループに対抗して,割安の固定電話サービスを来年3月までに開始する。「おとくライン」と同様の方法により、NTTよりも基本料を250円程度安くするほか、同社のIP網を活用して市外通話料金を全国一律3分20円程度とする方針。(NTTと日本テレコムは距離によって3分20〜80円)(日本経済新聞 04年9月9日の記事)

 現在情報通信審議会で相互接続料につての議論が続いている。審議会の答申(7月17日)では、総接続コストの4割を占めるトラフィックに比例しないコストを、4〜5年かけて段階的に接続料コストから除外して、通話量の減少にともなう接続料の値上がりを避けるよう求めている。一方、その額だけNTTの基本料コストが増加することになるが、それを一段のコスト削減と基本料の見直しで吸収することを提案している。今回のソフトバンクの「おとくライン」は、むしろ基本料の値下げを促進するもので、「答申」の期待に待ったをかけるようなものだ。NTTにとって、いわば最後の独占的安定収入(加入数の減少が続いているが)である基本料や付加サービス料金が、競争の場に曝される新たな競争の段階を迎えようとしている。

 日本テレコムのプレスリリース(8月30日)を読むと、「自前設備」による「独自の通信網」といった字句がやたら目立つ。「おとくライン」は、ドライ・カッパーと自前交換機を設置する局舎スペースはNTTから借りるものの、「自前交換機」を設置し、NTT通信網に依存しない「独自の通信網」を構築・保有することが特徴だ。「自前交換機」を設置することは、より多くのリスクを取って競争を挑むことである。その分料金設定の自由度が広がり、相互接続料金の支払いを減らす(発着通話が同数なら接続料の支払いは不要になる)ことが出来る。従来の日本における新規参入事業者は、NTTの通信網に全面的に依存しながら、接続料金値下げの大合唱でNTTに迫る、というパターンが定着していた。この点ソフトバンクは、ヤフー!BBや「おとくライン」でも、また参入を計画している携帯電話でも、一貫して自前の基幹通信網を構築・保有することによって競争優位を確保しようとしており、これは本来の競争の在り方により近い。迎え撃つ側も相当な覚悟を決め、戦略には戦略で対抗することを考えるべきではないか。

特別研究員 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
▲このページのトップへ
InfoComニューズレター
Copyright© 情報通信総合研究所. 当サイト内に掲載されたすべての内容について、無断転載、複製、複写、盗用を禁じます。
InfoComニューズレターを書籍・雑誌等でご紹介いただく場合は、あらかじめ編集室へご連絡ください。