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2005年1月掲載

米国の通信事業は今年どう動くか

 通信事業は2005年も激動の年になりそうだ。最近では通信事業の変化は、まず日本や韓国で起きるとされ注目を集めている。しかし、米国や欧州における通信市場の動きも見逃せない。本レポートでは、米國の通信事業に何が起きているのか、また何が起きようとしているのかを、最近のビネスウイーク記事(注) に沿って紹介し、問題解決のために通信会社はどう対処しようとしているのかを解説する。

(注) Industry Outlook <Telecom> The Merger is the message(BusinessWeek / January 10,2005)

■相次ぐ合併は新たな時代へのメッセージ

 米国の経済誌「ビジネスウイーク」(以下BW誌)は、1月10日号に恒例によって「インダストリー・アウトルック」を掲載している。その中で通信産業については、2つのトレンドを指摘している。1つは、インターネットの技術が旧来の技術に置き換わり、高度なサービスの時代が到来するというもので、もう1つは、アウトサイダーの進出によって、通信産業内の区分がはっきりしなくなるというものだ。このような状況を踏まえて、同誌の今年の通信産業に関するアウトルックには「合併がメッセージである」という見出しがついている。

 米国の通信事業で久々の大規模合併の動きが昨年に2つあった。シンギュラー・ワイヤレスによるAT&Tワイヤレスの買収(410億ドル)の合併が完了し、スプリントによるネクステルの買収(350億ドル)計画が公表された。買収や合併は大きな変化が進行中であることのサインであり、通信産業全体を考え直す好機だ。統合するにしても、分離するにしても、企業は通信を変革するイノベーションをきらめかせる、と前掲のBW誌は書いている。

 音声通信主体だった携帯電話は、今やeメール、音楽やビデオ・クリップの交換に利用され、次第にそのウエイトを高めている。同様に、インターネットの技術は旧来の電話機器に取って替わり、高度なサービスの時代の到来を告げている。消費者は自分のパソコンで音声メールを聞くことが出来る。固定電話は、全米どこへでも、いくら使っても月額25ドル以下で利用できる。企業も外で仕事をする従業員に携帯端末を配っており、従業員は事務所内にいる時とほぼ同様の環境で電話やeメールを受けたり発信したり出来る。2005年は変革(transformation)の年となり、従来のサービスの境目がはっきりしなくなるだろうという。

 同様に、産業の区分もまた曖昧になってくるだろうという。前掲のBW誌によると、地域電話会社の大手であるベライゾンやSBCはケーブル・テレビの免許取得を狙っている。AT&Tは企業顧客向けにセキュリティ・ソフトの販売を計画している。コムキャストなどのケーブル・テレビ大手は住宅用電話市場への参入を開始しており、スポーツ放送専門のESPNは携帯電話事業に乗り出すとみられている。低料金の新サービスが市場に登場するにつれて、これらの騒動は産業を融合させる触媒の役割をはたすかもしれない、というのが前掲のBW誌の見方である。

 前掲のBW誌が引用する調査会社のガートナーの予測によると、05年における米国の通信サービス全体の収入は3,475億ドルで対前年比6%増となる。しかし、伝統的な固定電話収入は1,311億ドルで対前年比2%減となる。一方、携帯電話の収入は対前年比11%増の1,255億ドルであり、ブロードバンド及びその他のデータ収入は12%増の939億ドルである。

 しかし、これらの市場における競争は一層厳しくなりそうだ。コムキャストは、携帯電話事業に参入する方法を探るケーブル・テレビ会社のコンソーシアムで主導的役割を果たしている。この動きには戦略的な理由がある。すなわち、ケーブル・テレビ会社はIP技術をベースとする電話サービスを提供しようとしているが、携帯電話サービス無しでは通信の「バンドル・サービス」の基本的要素を欠くことになるからだ。ケーブル・テレビ会社は住居の中ではIP電話として機能し、外では携帯電話に切り替わる「デュアル・モード」電話を消費者に販売するため、スプリント・ネクステル(合併後の予定新会社名)もしくは恐らくT-モバイルUSAと提携することを模索しているという。このケーブル・テレビ会社の結束はさらなる企業の合併・買収に向かわせるだろう。提携に失敗すれば、ケーブル・テレビ会社は携帯電話会社の買収に走るかもしれない、と前掲のBW誌は書いている。

■大手電話会社は買収・合併で対抗

 これに対し携帯電話陣営でも、最大手のベライゾン・ワイヤレスは、買収で規模を拡大したシンギュラーやスプリントに対抗するため、中規模事業者であるオールテル(Alltel)の買収に踏切る可能性があるという。しかし、オールテル(840万加入、全米6番目、併営する固定通信事業の比率40%)についてはウエスターン・ワイヤレス(140万加入)を買収する計画が進行中と報じられた(注) 。米国では携帯電話の約20%は地域携帯電話会社が提供しており、この市場にも買収・合併の動きが及んでいる。

(注)Alltel is said to be suitor for carrier in Northwest(The New York Times online / January 6,2005)

 一方、地域電話会社大手のSBCとベルサウスは、共同で買収したAT&Tワイヤレスと、共同子会社であるシンギュラー・ワイヤレスとの統合促進を支援しているが、SBCはこれで終りとは考えていないようだ。SBCのホイットエィサーCEOはBW誌のインタビューで、SBCによるシンギュラーの完全所有についての願望を、隠すことなく率直に語ったという。このことは、SBCによるシンギュラーのベルサウス保有株式(40%)の買収、またはベルサウスの丸ごと買収の可能性があるということだ。これに対しベルサウスは、買収されることに関心を持っておらず、このような買収を規制当局が承認するか疑問だと反論している。

 過熱化するM&Aの背後には単純な命題があると前掲のBW誌は指摘している。それは、移動通信の端末機が仕事や遊びを上手にやるための主要なツールに進化するだろうということだ。米国における携帯電話の加入数は、2004年末には1億7,500万となったとみられている。そして調査会社のIDCは、写真とビデオ・クリップの送信、ネット検索およびeメールの利用などで今年は8,300万ドル(04年に対し28%増)の売上を見込んでいる。

 移動通信サービスの革新も加速している。前掲のBW誌によると、AT&Tが05年中に導入すべく試験中のサービスは、企業ユーザーがハンドヘルド・コンピュータを取り出して企業内のデータベースに接続し、オフィスにあるスプレッドシートを送るよう操作し、eメールを送り返し、テレビ会議を開催することなどが、無線基地局から50キロメートル以内であれば、セキュリティのリスクなしで出来るというものだ。AT&Tのチーフ・ストラテジストは、「真に生産性を高めることが出来る極めてパワフルなサービスだ。」と強調している。

■通信会社の戦略的対応

 通信会社間の競争は、同時に値下げ競争でもある。このことは、ボネージ(Vonage)・ホールディングスのインパクトを考えてみるとよい、と前掲のBW誌が書いている。低廉な電話サービスを提供するためVoIP(Voice over Internet Protocol)を開発し事業化した同社は、1年前には無名だったが、現在では米国で最も成長性の高い電話会社になった。毎月3万の加入数を加え、04年末の加入数は30万となった。しかし、同社は思わぬところから競争を仕掛けられている。

 長距離通信最大手のAT&Tが新興企業との料金競争に乗り出したのだ。その結果、両社の米国内無制限利用の定額電話料金が04年末には月額25ドルを割り、今後さらに下がる可能性もある。ケーブル・テレビ会社のケーブルビジョン・システムズは毎月3万の電話サービス利用顧客を増やしている。タイム・ワーナー・ケーブルも毎月4万の電話顧客を増加させている。これらを合計すると、現在米国では約100万人がVoIP技術を利用している。確かに、米国の住宅用固定電話1億1,300万回線からみると、その比率は現時点では小さいかも知れない。しかし、調査会社のヤンキー・グループは2008年には1,750万に増加するとみている。

 自分達の領分である音声通信の浸食に対抗するために、大手地域電話会社は新たに気のきいたビデオ・サービスを始める予定だ。例えばSBCは、200万以上の世帯にビデオ・サービスを提供するために、05年に8億ドルを投資する計画である。ベライゾンもテレビ番組に惜しげもなく金を注ぎ込むだろうとみられている。一方、SBCのインターネット・ベースの技術は、フットボール試合のカメラ・アングルを視聴者が選択することを可能にし、大画面でeメールを読んだり聞いたりできるようにし、テレビ・メニューをスクリーン上で完全にカスタマイズできるようにする。これらは科学小説における作り話ではない、とSBCは強調しているという。将来もサービス会社がイノベーションを維持している限り、顧客や投資家が離れていく危険は小さい、と前掲のBW誌は書いている。

 従来のネットワークがIPの技術に置き換えられれば、顧客の望む高度なサービスが低廉な価格で実現する可能性がある。しかし現実の市場では、高度なサービスの導入による収入の増加よりも、従来の売上の過半を占める固定電話など伝統的サービスの価格低下の方が上回る可能性が高い。このミスマッチをどう凌ぐのかが通信事業経営の今後の最重要課題になるのではないか。米国は、日本や欧州に比べると、携帯電話やブロードバンドの市場で未だ成長の余地が残されている一方で、ケーブル・テレビからの強力な挑戦に直面している。もちろん、IP技術の導入によるコストの削減は共通の最重要課題である。そのうえで、米国では買収・合併によって規模の利益を確保する一方、競争圧力の緩和を狙っているのだと思う。通信バブルの崩壊にともなう価格破壊に、ここで何とか歯止めを掛けたいという思いが強く出ている。

(注)欧州では、大手通信会社による上場子会社の吸収合併が続いている。フランステレコムが携帯電話子会社のオレンジとインターネット・サービス・プロバイダー(ISP)のワナドゥーを本体に吸収し、企業向け国際通信会社のイークアントの吸収合併を進めている。ドイツテレコムはISPのT-オンラインを吸収合併して本体と一体化した。なお、携帯電話子会社T-モバイルの株式公開は行っていない。イタリアテレコムは携帯電話子会社のテレコム・イタリア・モバイルの本体吸収を検討中と報じられている。この動きは、成長分野を本体に取り込みグループ全体の収益力を高めること、固定と移動通信の融合などに備えてグループ内の利益相反を抑え、迅速かつ柔軟な意思決定を統一的に行うことを担保するためとみられている。

■通信機器メーカーは再浮上の可能性

2000年に通信バブルが崩壊して以来、通信機器メーカーを襲った下降気流は現在も終わっていない。しかし今日では、通信会社が幾つかの新サービスを展開するようになり、ようやく一息入れられるようになった。前掲のBW誌が引用するシナージー・リサーチ・グループによる米国通信機器メーカーの出荷額の合計は、05年には前年比11%増の846億ドル、07年には1,024億ドルとなる見込みだ。この成長は明らかに、伝統的な電話市場は何も寄与せずにもたらされるものだ。電話会社が過去何十年もの間、電話の通話を接続してきた機器類に関する需要は急激に減少し、00年の550億ドルが04年には150億ドルになったが、今後さらに減少が続くだろうという。

 それならば成長を引っ張るものは何か。「インターネットを信じよ」だという。ケーブル・テレビと携帯電話会社からの攻勢をかわすため、何としても新しい市場に進出したい電話会社は、インターネットで使っている機器を採用し始めた。どのようなデジタル・トラフィック(例え音声通話やeメールであっても)にも対応でき、電話会社が新ビジネス網を構築する一方で伝統的なサービスを維持する場合、VoIP機器はコストが最も安い。

 最新のIP機器は、従来の伝統的な機器に比べ、信頼性も高く、新サービスにも柔軟に対応できる。例えばVoIPは長い間、基本的な電話サービスを伝統的な技術による場合の何十分の一かのコストで提供できる方法だと期待されていたが、これまで音が途切れたり、しばしば接続されなかったりする不具合に苦しめられてきた。しかし、最新のVoIP機器は、音声品質や新サービス対応で、伝統的な電話サービスよりも優れている。AT&Tは、これらのVoIP機器を使って米国内無制限利用の電話サービスを月額20ドルという低価格で提供している。前掲のBW誌が引用したメリル・リンチの予測によるとVoIP機器市場の規模は、04年に8億ドルだったが、08年には40億ドルに達するという。

 もう一つの期待できる通信機器分野は、伝統的な銅の電話線上にビデオを伝送する、またその他の高速広帯域が必要なメディアを伝送する機器である。BW誌の指摘によると、中小規模の電話会社ですら、ライバルのケーブル・テレビ会社に対抗するため、ビデオ・オン・デマンドの提供を推進しようとしているという。BW誌は「我々の有線ビジネスに、これ以上の成長を期待することは出来ない。それ故我々は、それ以外のビジネスを発見する必要がある。」というリングゴールド電話会社の副社長の発言を紹介している。

 通信会社に設備投資の機運が高まっており、この上げ潮に乗って浮上する企業が多く出るかもしれない。その中には新興企業のほか、通信バブルが破裂して以来低迷を続けているルーセント、アルカテル、ノーテルなどの大手サプライヤーが含まれ、通信会社の新サービスの展開を取り仕切るプライム・コントラクターになる可能性もある。通信会社、携帯電話会社、ケーブル・テレビ会社間の競争激化が、バブルの破裂以来苦しんできた通信機器メーカーの再浮上を助けることになるかもしれない、とBW誌は書いている。

■規制改革が投資拡大に寄与

 ベライゾンやSBCなどの大手の地域電話会社は、住宅市場向け光アクセス網のアンバンドル提供義務を撤廃させることに成功した。連邦通信委員会(FCC)は04年10月に規則の具体的な適用基準を明らかにしたが、それによれば新FTTC(Fiber To The Curb:Curbは歩道の敷石)網は、顧客構内のファイバー引き込み点から150メートル以内については、既存の銅線の加入者回線のようなアンバンドル提供義務はないことが明確になった。(150メートル超をどう扱うかは今後決定する)(注)

(注)FCCが発表した04年6月末の米国の高速インターネット接続回線(上りか下りの一方が200Kbps超、事業用を含む)数は3,246万回線、対前年同期比38%増。(上り下り共に200Kbps超は2,350万回線)
CATV;1,859万回線(36%増) ADSL;1,140万回線(49%増) 光ファイバー;64万回線(11%増)

 この規制改革を受けてベライゾンは、05年に同社のFTTP(Fiber To The Premises)網の展開に8億ドルの投資を行う予定だ。SBCは同社のFTTN(Fiber To The Node)網の展開に40億ドルを投ずる計画だ。プロジェクト・ライトスピードと名づけられたこの計画は、20〜25Mbpsのブロードバンド・サービスを3年間で約1,800万の世帯に提供するというものだ。アクセス回線の光ファイバー化の投資を促進させるために、銅線の加入者回線に課していたアンバンドル義務を撤廃することを明確にしたのは米国が最初で、その効果が期待される。

 因みに、英国の規制機関のOfcomはIPベースの次世代通信網(NGNs、BTの提起する21CN(21世紀ネットワーク:a new single multi-service network)を意識している)に対応したアクセスと相互接続に関する規制の在り方は如何にあるべきかを、その諮問文書Strategic Review(04年11月25日)の中で問題提起し、意見を求めている。Ofcomは、現在の相互接続の仕組みは、NGNsにおいては完全に再整理されるだろうと指摘している。さらに現在の電話を念頭に置いたアクセスや相互接続の仕組みを前提とした場合、NGNsは「マルチサービス・アクセス・ノード」上に構築されるIPシステムにおける物理的ポイントもしくはノードとして、存在することすら出来ないだろうという。しかし、米国及び英国以外の規制当局は、明らかに当面この問題を無視することを選んだ、と英国の通信業界誌のトータル・テレコムは書いている(注)

(注)Next gen regurator (Total Telecom / January 2005)

特別研究員 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
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