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2005年3月掲載

SBCによるAT&Tの買収から何を学ぶか

 去る1月31日に米国第2位の地域電話会社SBCコミュニケーションズが、長距離通信の最大手AT&Tの買収を発表して大きな反響を呼んだ。AT&Tは、21年前の1984年に分割される以前は、100万人の従業員を擁し世界最大の電話会社だった。Ma Bell(ベルお母さん)の愛称で親しまれたAT&Tは、分割で自ら生んだ地域電話会社(Baby Bell)の一つであるSBCに160億ドルで買収されるという運命の皮肉を迎えることになった。M&Aが日常的に行われている米国でも、電話の発明とほぼ軌を一にして歩んできた名門AT&Tの終焉は、さすがに種々の感慨をもって受け止められたようだ。一時の興奮も収まり、米国のマスコミにもこの一連の経緯に関する冷静な報道がみられるようになった。これらの議論を紹介しつつ、そこから我々が何を学ぶべきかを考えてみたい。

■何処で何を間違えたのか

 AT&TがSBCとの合併に踏切ったのは、端的にいえばAT&Tが最早単独で経営を続けることが困難な状況にあると判断したことによる。価格戦争と競争の激化によってAT&Tは急激な売上高の減少に直面しており、2004年は12%の減少、今年は16%の減少を見込んでいる。このような状況から、AT&Tはここ数年来自らの売却先を探していたとみられており、2003年には地域電話会社のベルサウスと合併合意直前まで話しが進んだが、条件が折り合わずまとまらなかった。

 一方、SBCはどうだったのか。ウオール・ストリート・ジャーナル(WSJ)によると、SBCとAT&Tの話し合いは昨年の11月末頃に開始され今年にかけて数回行われたが、SBCのウィテカーCEOが強く望んでいた第3位の地域電話会社ベルサウスとの合併が、現時点では不可能と結論をだして以降話し合いが再開され、数週間で合意に達したという(注)。ベルサウスはSBCが60%の株式を保有する携帯電話会社シンギュラー・ワイヤレス(昨年10月にAT&Tワイヤレスを410億ドルで買収した)の残り40%の株主である。SBCはシンギュラーを100%子会社にして成長部門を本体に取り込むべくベルサウスの持ち株の買収を交渉したが拒否され、それならば親会社のベルサウスをまるごと買収する話し合いを進めていたようだ。こういった経緯からすれば、SBCによるAT&Tの買収はセカンド・ベストの選択だったことになる。

(注)Behind AT&T's vote:diligence and dissenter(The Wall Street Journal online / February 1,05)

 AT&Tが単独で経営を続けることが出来なくなった理由は、市場の急速な変化に適切に対応できなかったことである。しかも、その多くはAT&Tの経営判断の誤りによるもの、というのが大方の見方である。AT&Tは1913年、1949年の反トラスト法による訴訟を何とか切り抜けたが、1974年の訴訟がその10年後に独占企業AT&Tの分割につながった。AT&Tの当時の幹部や通信の専門家は、分割当時(1984年)のブラウンCEOが、AT&Tの地域(local)事業の分離と携帯電話(wireless)事業の放棄を選択するという致命的なミスを犯したと主張している(注)

(注)Boards of SBC and AT&T approve $16 billion deal(The Wall Street Journal / January 31,2005)

 ブラウンCEOは、発展性のない眠ったような地域電話事業とAT&Tのベル研究所で開発されたが当時は非実用的と思われた移動電話のライセンスを放棄し、利益率が高い長距離通信事業と通信設備製造部門であるウエスタン・エレクトリックを残すという選択をした。当時政府が狙っていたのは通信設備メーカーの分離であり、地域通信事業ではなかったという。ブラウンCEOは、新AT&Tを通信とコンピュータが融合する会社としたいと考え、通信設備メーカーはどんな犠牲を払っても残しておくべき事業(crown jewel)と認識していた。コロンビア大学のエリ・ノーム教授によると、当時情報社会の将来はコンピュータに参入するAT&Tと通信に参入するIBMという二つの巨人の競争によって特徴づけられるだろうとみられていたという(注)。しかし、両方とも失敗に終わった。

(注)End of the line for Ma Bell(Washingtonpost online / Feb 01,2005)

 IBMは、自らをビジネス・サービス企業に作り変え、劇的な復活を遂げた。AT&Tは対照的に、急速にコモディティ(日用品)化し、熾烈な価格競争に突入した長距離通信の減収を補う新たな収益源を見つけ出すことが出来なかった。思い切って進出したコンピュータ、携帯電話およびケーブル・テレビ事業も結局失敗した。これに対してベライゾン、ベルサウス及びSBCの3つの地域ベル電話会社は1984年の分割以来、音声、データ及びビデオ・サービス(現時点では衛星放送の再販)の利益をあげられるバンドル・サービスのプラットフォームとして地域サービスを活用するという反対の方法を最後までやり通した。その差は地域電話会社とAT&Tの資産価値(株価総額)の差として歴然としている。SBCの株価総額約800億ドルに対し、AT&Tの買収額は僅か160億ドルである。これは昨年10月にシンギュラーに買収されたAT&Tワイヤレスの買収額410億ドルに較べても著しく小さい。

 初手を間違えたAT&Tが次々と打った手も適切とはいえないものだった。MCIやスプリントなどの進出で長距離通信市場のシェアを失いつつあったAT&Tは、1991年に74億ドルでNCRの敵対的買収を実施し、通信とコンピュータの融合を目指したが成果があがらず、1996年にはNCRと通信設備製造部門(現在のルーセント)の分離独立を余儀なくされた。その後のインターネットの隆盛を考えれば、通信とコンピュータの融合はコンピュータ会社を買収しなければ出来ないというものではなかった。

 1994年にAT&Tはマッコウ・セルラーを115億ドルで買収し、AT&Tワイヤレスと名前を変え携帯電話市場に参入した。自社の研究所で開発した技術の将来性を見誤り(注)、そのライセンス取得を見送ったAT&Tは、高いコストを払うことを余儀なくされた。相次ぐ合併で大きくなった継ぎはぎのネットワークの整備にも多額の投資が必要だった。さらに、1998年に導入したAT&Tワイヤレスの「デジタル・ワン・レート」通話プランは、一定通話時間までの定額制料金プラス夜間・土日利用無制限というもので、AT&Tのコアビジネスである長距離通信事業に少なからざるダメージを与えただけでなく、地域通信と長距離通信料金を別々に払うという従来の考え方を否定するものだった。2000年に650億ドルに達したAT&T本体の債務を圧縮するため、同年AT&Tワイヤレスの分離独立を余儀なくされ、結局昨年10月にはシンギュラー・ワイヤレス(持株比率SBC60%、ベルサウス40%)に買収された。現時点の米国の通信市場は、固定通信の縮小を移動通信の成長で何とか補っている状況で、数少ない成長分野の分離をAT&Tはなんとしても避けるべきだった。

(注)連邦通信委員会(FCC)が携帯電話サービスのガイドラインを作成した1983年に、AT&Tの依頼でマッキンゼーが行った携帯電話の需要予測は、2000年末に90万だった。実際の加入数は1,085万。(AT&T inventions fueled tech boom,and its fall :The Wall Street Journal /February 2,2005)

 地域通信会社と長距離通信会社相互の競争促進を目指す1996年通信法の成立にともないAT&Tはエンド・ツー・エンドで自社設備を持たなければ、新サービスの開発・高度化競争に対応できないとしてCATV大手の買収を推進し、1998年にはTCI,1999年にはメディアワンを合計100億ドル超で買収し、AT&Tブロードバンドを創設した。しかし、買収したCATVの設備が予想以上に老朽化していてネットワークの維持に多額の投資を必要とするなど採算の見通しが立たなかった。結局AT&Tブロードバンドも債務の削減のために大手CATV会社のコムキャストに買収された。通信バブルの最盛期ではあったが、自社の体力を考えれば、エンド・ツー・エンドの設備保有を目指すことが適切な選択であったとは思えない。

 この他、BTとの企業向け国際通信のコンソーシアム「コンサート」の立ち上げからその解消に至るまでの混乱など、AT&Tの経営判断には首を傾げたくなるものが少なくない。前掲のWJS紙(2005年1月31日)は「後から考えて言えることだが、大事な局面を迎える都度、AT&Tが如何に間違った選択をしたかは信じがたいほどだ。」という大学教授のコメントを載せている。

 しかし、AT&Tは2004年の売上が12%も減少する中で、114億ドルの資産削除や従業員の20%解雇などコストの削減に努め、第4四半期には前年同期を上回る利益を計上したほか、フリー・キャッシュフローを11億ドル増加させ、期末有利子負債も前年末比で26%減の107億ドルまで圧縮している。それでも、同社は2005年の売上高を16%減と予測しており、企業通信部門の売上の減少はやや落ち着いてきたものの、この売上の縮減傾向が何時底を打つかは現時点では判断できないとしている。

(注)AT&Tの2004年第4四半期の売上高は前年同期比10%減の73億ドル(企業通信部門は7.4%減の55億ドル、消費者部門は18%減の18億ドル、消費者部門の減収が大きかったのは規制の変更にともない「大幅な割引料金による市内アクセス」の提供が受けられなくなることから、同社は消費者向け地域電話サービス顧客の新規募集中止を表明したことによる)、純利益は6.25億ドル。

■SBCはAT&Tの合併で利益をあげられるか

 2004年の売上高はSBCが527億ドルで、AT&Tが305億ドルだった。両社の合併が完了するとみられる2006年には売上高850億ドルの巨大総合通信会社が誕生する予定である。しかし、両社の合併が成功するためには、「規模」以外の多くのことが必要だとビジネス・ウイーク(BW)誌は指摘している(注)。AT&Tでは売上高の減少が続いており、所期のコスト削減を実現するためには、事業運営を混乱させずに複雑なシステムの円滑な統合を進めなければならない。一方、SBCの経営陣は子会社のシンギュラー・ワイヤレスによるAT&Tワイヤレスの買収(410億ドル)が昨年10月に完了したが、その統合作業に追われている。ここで最も大事なことは、SBCがAT&Tの減収トレンドを反転させ、それ自身のオペレーションから新たな成長を搾り出すことである。失敗につながる問題点は数多く存在している、とスタンダード&プア−ズ(S&P)のアナリストは語っている。

(注)Commentary:Can the SBC‐AT&T combo make money?(BusinessWeek online / February 14,2005)

 前掲のBW誌によると、AT&Tの売上高は2005年に15%減(AT&Tの見通しは16%減)、合併が完了すると見込まれる2006年には9%減少し236億ドルとなる。一方、SBCは2005年に売上高を16%伸ばす(AT&Tワイヤレスの合併効果)ものの、2006年には1%の増にとどまり613億ドルとなると見込んでいる。SBCは合併が完了する2006年の売上高を850億円と想定しているが、合併効果をこのような厳しい売上高の予想に集中させるよりは、統合により得られるコスト削減を強調しようとしている。統合の効果は、それがフルに期待できる2008年の20億ドルから始まり、2011年までに150億ドルを見込んでいる。そのうちの6割は従業員の削減による効果だという。現在両社の従業員の合計は21万人であるが、既定計画に基づき2005年末までに1.2万人を削減し、さらに合併後の2006年に1.3万人を削減するというものだ(注)。この記事の中でS&Pのアナリストは、この合併を比較的効率性の低い2つの企業が、2008年まで狙ったレベルに達しないと思われる節約に彼らの期待を託した組合せである、と評して疑問を呈している。

(注)SBC-AT&T savings rely on job cuts(The Wall Street Journal online / February 2,2005)

 しかし、AT&Tを買収したSBCが成功するかどうかは、SBCが如何に早く確実に新たな収入源を確保できるかにかかっている、と前掲のBW誌は書いている。そして、そのことは依然として大きな謎である。SBCは合併後の収入見通しを未だに公表していない。SBCのウィテカーCEOは、AT&Tのネットワークが合併後のSBCに成長をもたらすことに確信を持ち、将来の売上の成長に楽観的だという。SBCが定めた利益目標を達成するためには、売上の増加が鍵になる。ドイツ証券のアナリストによると、2008年にはAT&Tの売上高は約200億ドルまで減少すると見込まれるが、もし売上が10%下方に振れれば、合併によるシナジー効果は帳消しになってしまうと指摘している。AT&Tの売上の4分の3を占める企業向け長距離通信事業の減収傾向に、何時になったら歯止めが掛かるのか、誰も確信が持てないところにこの問題の本質があるのではないか。

 SBCがAT&Tを買収したことは、AT&Tの多くの従業員の救済になる、という見方もある。AT&Tの最大の労働組合であるCWAの1150地区の議長(AT&Tの技能者でもある)は、AT&Tがなくなるのは悲しいが、多くの従業員はSBCとの将来を明るいと見ている、このままではAT&Tに未来はない、組合員はこの合併に前向きだと思う、これは一つの時代が終るシグナルではないか、と語っている(注)

(注)Boards of SBC and AT&T approve $16 billion deal(The Wall Street Journal / January 31,2005)

■この合併で通信事業の競争環境はどう変わるか

 SBCによるAT&Tの買収合意が公表されたのは1月31日だったが、2月14日には地域電話会社第1位のベライゾン・コミュニケーションズが長距離通信会社第2位のMCIを67.5億ドルで買収することで合意した。携帯電話会社のスプリントは第3位の長距離通信会社でもあるが、すでに昨年12月に携帯電話会社のネクステルと合併することで同意しており、長距離通信部門もそれに参加することが決まっている。(スプリントの地域通信事業はスピンオフの予定)これは米国の大手の長距離通信会社が消滅するだけでなく、長距離通信市場そのものの消滅を意味している。しかし、これは新しい時代の幕明けでもある。

 「強力な長距離通信会社が、競争相手である地域ベル電話会社によって合併されたことは、通信の長い傷つけ合う闘いが終りに近づいている歴史的な変化を示している。今やベル電話会社は、以前親会社だったMa Bell(AT&T)と当時は新興企業だったMCIの両方を征服した。しかし、これはベル電話会社対AT&TとMCIの第一次世界大戦の終りであり、次の時代が始まろうとしている。現在始まろうとしているのは、通信、ケーブル及びハイテク新興企業間の闘いである第二次世界大戦である。」とBW誌は書いている(注)

(注)The shifting Telecom landscape(BusinessWeek / February 28,2005)

 SBC-AT&T及びベライゾン-MCIの合併が実現すれば、デジタル技術へのシフトがさらに加速され、通信産業の全面的な変革の始まりになるだろう。また、電話会社、ケーブル会社及びハイテク新興企業間のバリヤーも急速に取り除かれようとしている。ベル電話会社は、市場支配力を持っていた住宅電話市場から、無線、データ、ビデオ及び企業向け通信サービスなどのデジタル事業への進出を目指している。有線電話による通話はコモディティ・サービスとなり、携帯電話、e-メール、ケーブル会社の回線を使ったIP電話などの攻撃に曝されている。これに対しベライゾンやSBCは、光ファイバー網を住宅地域に設置してテレビ・サービスを提供するという野心的な計画を発表している。

 前掲のBW誌によれば、2つのスーパー・ベル(SBCとベライゾン)のために、AT&TとMCIは企業顧客ベース及び消費者市場に対するいくつかの支援を提供できるだろうという。例えば、長距離通信会社の広範囲なインターネット・バックボーンは、スーパー・ベルのIPテレビの展開スピードを早めることが出来る。恐らくもっと重要なことは、スーパー・ベルの消費者向けに特化した携帯電話事業にとって、企業はほとんど未開拓の市場であることだ。外出中は携帯電話機として、事業所ではWi-Fiのネットワーク上のVoIP内線電話機として二重に機能する電話機を、スーパー・ベルは販売することができる。

 しかし、ベル電話会社がテレビ放送に進出するといっても、それは容易なことではない。まず、番組を扱う専門家が不足している。次ぎに、ベル電話会社はようやく光ファイバー網の構築に着手したばかりだが、ケーブル会社はすでにテレビ放送、ブロードバンド及び電話サービスの「トリプル・プレィ」を9,900万世帯に提供できる準備を終えている。しかも、ウォーレン・バフェットやジョージ・ソロスなどのカリスマ投資家がケーブル産業にスマート・マネーを投じているという。「トリプル・プレィ」の競争では、ケーブル産業が有利なスタートを切っている。

 一方、規制当局は、ラスト・マイルの接続で競争が欠如する事態が起きないか懸念している。消費者が誰でも利用できる比較的安いオプションでブロードバンド接続を提供できるのは、現時点ではベル電話会社とケーブル会社しかないからだ。特定の地域では、価格競争を避け「居心地のよい複占に安住する」可能性もある。規制当局は、さらなる料金競争が起きるためには、無線界の実力者クレーグ・マッコウ(シンギュラーに買収されたAT&Tワイヤレスの前身マッコウ・セルラーの創始者)のClearWire社(WiMax無線技術で安価なブロードバンドを提供することを目指している)のような新興企業の台頭を強く望んでいる。

 消費者向けブロードバンドにおける競争は、電話会社とケーブル会社が基本となる高速ウェブ接続に加えて、各種のサービスを提供するうえで極めて重要である。両者とも顧客当りの売上げを増加させるためには、この食物連鎖の構築が不可欠と考えており、そのことが同じブロードバンドへのアクセスを必要としている新興企業との間で紛争となる可能性がある。例えば、VoIPサービスを販売しているボネージ・ホールディングスは、現在ケーブル会社のブロードバンドを利用してVoIPを提供しているが、ケーブル会社も同じサービスを手がけ始めている。ブロードバンド網を支配している電話会社や大手のケーブル会社が、競争相手のサービス・プロバイダーを差別することのないよう、規制当局は保護規程(safeguards)を定める必要がある、というのが前掲のBW誌の指摘である。

 AT&TやMCIが合併されたことは、以前から予告されていたインターネット時代の到来を正式に告げるものだ。プレイヤーがこの大変動に自らをうまく再適合させようとしているのだから、議会及び政府も独占力の徴候に関する警戒を続けていくことが必要だ。しかし大勢としては、自らのビジネスに勝利するために激しく闘う一連のプロバイダーが提供する新サービスの利用を、消費者や企業は次第に増やして行くだろう、と前掲のBW誌は通信事業の前途を楽観的にみている。

表 グッドバイ、ロング・ディスタンス

■AT&TやMCIの消滅から何を学ぶか

 AT&Tの経営上の重大な判断誤りやMCIの不正経理問題によって、両社が買収される時期を早めたかもしれないが、本質的な問題は「長距離通信市場」や「長距離通信会社」が、インターネットの時代にその存在意義をすでに失っているということではないか。AT&TやMCIの消滅で「長距離通信市場」はAT&Tの分割以来21年間で事実上消滅してしまった。しかし、そのことに誰も痛痒を感じないのではないか。通信はもともとエンド・ツー・エンドで成り立つているビジネスだから。

 かつてAT&Tの株式は「未亡人や孤児」が持つものとされ、安定株の代表だった。しかし今日では、「通信産業は“ユティリティ”(公益事業)から“ボラティリティ”(激しい変化)に移行した、このビジネスのコモディティ部分は生き延びることが難しい。」とコロンビア大学のエリー・ノーム教授は語っている(注)。AT&TやMCIはまさしく通信の「コモディティ」部分を主たる事業領域とする企業だった。

(注)Telecomglomerate(The Economist / Feb 17th 2005)

 通信会社の主たる事業領域を法律で強制的に定める例は日本以外に見当たらない。一方、今後の通信の基盤を担うインターネットは、定額料金制で距離や時間に制約されない。事業領域を県内通信に限定されている東西NTTも、IP通信については県間通信を「例外」として認められるなど規制が現実に合わなくなっている。AT&Tの消滅を待つまでもなく、「距離」で通信会社の事業領域を規律しようとする考え方はすでに合理性を失っているだけでなく、事業領域の重複による非効率などの弊害を生んでいる。どのような組織にするかは、経営に責任を負う企業の判断に委ねるべきだ。

 そのうえでボトルネック設備があれば、その部分に限って開放を義務づければよい。日本テレコムの「おとくライン」やKDDIの「メタルプラス」に見られるように、東西NTTの提供するメタルのフル・アンバンドル回線(ドライ・カッパー)を自社のネットワークに直接接続して、通信料はもちろん東西NTTの基本料よりも安い料金でサービスを提供することが可能になり、世界に例のない新しい固定通信の競争がすでに始まっている。それでも東西NTTの「交換」や「伝送」設備は開放義務を負う不可欠設備なのか、合理性を失った「距離」を基準とする「構造分離」を続けなければ「公正な競争」が確保できないのか、IPネットワークの時代に対応して「規制の在り方」を全面的に見直すべき時期に来ているのではないか。

特別研究員 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
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