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2005年4月掲載

日本の携帯電話機メーカーは好機を生かせるか

 世界の市場でようやく第3世代携帯電話(3G)の本格普及が視野に入ってきた。国内市場が成熟化するなかで、高騰する開発費をカバーし競争力を維持していくためには規模の拡大が必要であり、日本の携帯電話機メーカーも海外市場に進出するしかない。国内市場にひしめく10社の携帯電話機メーカーは、日本における経験の蓄積をもとに、このグローバルな3Gの需要拡大という好機を生かせるか、岐路に立っているのではないか。

■パンテック(韓国)の挑戦

 香港のコングロマリット、ハチソン・ワンポアが世界で展開する第3世代携帯電話(3G)事業の加入数が、05年3月末で800万となったと発表した(注)。特に、イタリアと英国における加入数が、夫々356万、302万と突出している。この3G携帯電話機のトップ・サプライヤーは韓国のLG電子だった。

(注)同社の04年における3G事業の純損失は32億ドルと予想を超える結果だったが、事業は順調で05年にはEBITDAベースで収支均衡、06年にはキャッシュ・フローで黒字の達成が可能としている。同社は、イタリア事業を05年に、英国事業を06年に上場したい意向である。なお、同社は2003年からサービスを開始しているが、3Gに対する投資総額は250億ドルである。(Hutchison Whampoa profits take 3G hit:FinancialTimes online / March 31 2005)

 世界市場における韓国の携帯電話機メーカーの活躍は目覚しく、市場シェアはサムスン電子が2位、LG電子は5位である。しかし、今年3月に北ドイツのハノーバで開催された家電商品見本市のCeBIT に、第3の携帯電話機メーカー、パンテック(Pantech)が出展し、前記の2社同様注目を集めたという(注)。パンテックは、テレビ放送が受信できる端末から歩行中に消費するカロリー計算の出来る端末まで、29の特色のある新機能を搭載した携帯電話機を展示した。そのうち2つがデザイン賞を獲得した。一つはカムコーダー・フォンであり、もう一つはMP3プレーヤーを搭載した携帯電話機でありネックレスとしても使える。42歳のパク社長は、今こそ我々がグローバル市場に飛躍する時である、と宣言している。

(注) Another Korean cell-phone power?(BusinessWeek / April4,2005)

 パク社長の目標は、3年以内に世界市場のシェア5位の携帯電話機メーカーとなることである。彼は1991年にペイジャーのメーカーとしてパンテックを創業し、98年から携帯電話機の製造を始め、01年には現代電子の携帯電話機製造部門キュリテルを買収した。この組合せによって、同社はサムスンよりコストが10%低いにもかかわらずデザインが良いという評判を確立することに成功した。今年は前年比6割増の2,800万台の携帯電話機を生産し、9割を米国、中国、ロシアおよびラテン・アメリカなどに輸出する計画である。売上高は47%増の43億ドル、利益は80%増の2.1億ドルを見込んでいる。

 しかし、この目標達成には克服すべき課題がある。同社の昨年の売上は、自社ブランド製品によるものが31%しかなく、残りはモトローラとオーディオボックス(Audiovox 北米の卸売り会社)に対する製品供給だった。しかし、昨年11月にUTStarcomがオーディオボックスを買収し、モトローラも昨秋保有していたパンテックの株式16.4%を売却した。両社は従来通りパンテックの製品を購入する計画であるが、パク社長はこのビジネスが永久に続けられないことを知っている。彼は売上の80%を自社ブランド製品とすることを目標に、マーケティングを拡充しその費用を昨年の4倍の2億ドルに増やした。また、業界平均である売上高の7%を今後も確保しR&Dの充実に努めるとしている。因みに、自社ブランド製品はOEMのおよそ倍のマージンが期待できるという。

 パンテックの韓国における成功は、パク社長が必要としている経験を積ませたという。韓国人はおよそ18ヶ月毎に携帯電話機を買い換えるので、彼は益々パンテック製品を利用して貰えるだろうと確信している。同社が携帯電話機に参入したのは02年だが、03年には国内シェアの12%、昨年には20%を獲得し、サムスン及びLGに次ぐ第3の地位にある。
パク社長は「国内の競争市場で生き残り成長を遂げれば、海外に進出できる。」と語っている。

■アウトソーシング・イノベーション

 今年の2月にカンヌで開催された3GSM世界会議で、陰の主役を務めたのはHTC(台湾)、Flectronics(シンガポール)やCellon(米国)だった,とビジネスウイークがレポートしている(注)。会場に展示ブースを持たない彼らは、携帯電話機のメーカーや携帯電話会社の幹部などの限られた顧客に、会場周辺の別の場所で最新の製品見本を実演してみせ商談を進めたという。これらのODMs(Original−Design Manufacturers)と呼ばれるアウトソーシング受託会社は、今や電子機器産業には欠かせない存在になったようだ。

(注)Outsourcing innovation (BusinessWeek / March 21,2005)

 前掲のビジネスウイーク誌によると、携帯電話機を手がけるODMsは前記の3社のほかにも、Compal(台湾)、BenQ(台湾)などが知られている。05年に世界で販売される携帯電話機は約7億台で、その20%はこれらのODMsが供給するとみられている。この傾向は携帯電話機だけでなく、PDAの70%、ノートブック型PCの65%、MP3プレィヤーの65%、デジタル・カメラの30%はODMsが供給するという。04年におけるODMsの出荷額は600億ドルに達したとみられている。

 1980年代から90年代にかけて、効率を高めエネルギーを集中するために、先進国の企業は工場を売却し製造の外注に踏切ったが、その当時ほとんどの経営者はすべての重要な研究開発(R&D)は企業内に残すと考えていた。しかし、今日ではデル、モトローラやフィリップスなどは、アジアのODMsからデジタル機器の完成品を自社の仕様に合わせて微調整して購入し、自社のブランド・ネームをつけて出荷している。それは携帯電話機に限らない。アジアの契約製造企業と独立デザイン・ハウスは実力をつけ、高精細TVを含むほぼすべてのハイテク機器をカバーしている。

 モトローラによると、低価格の携帯電話機をODMsから購入しているが、同社のRazr シリーズのようなハイ・エンド端末の開発は、同社がすべてをコントロールしているという。重要なことは、最新の技術、新製品の形とフィーリング、顧客との関係などをコントロールして持続可能な競争優位を護れるかどうかである。そのためには、コアとなる知的財産とコモディティ(日用品)技術の間に線を引く必要がある、というのがモトローラの考え方である。しかし、線を何処に引いても、ミッション・クリティカルなR&Dとコモディティ・ワークの間の境界が年々動いていることに疑問の余地はない。

 製品のライフ・サイクルが短くなって、高機能の電子機器を低価格で早く市場に供給しなければ利益を上げられない。しかも、これらの機器の開発コストに占めるソフトウエアの比率が年々高まっている。そこに新しいグローバルな分業体制が出現する必然性があるのではないか。先進国は高度なレベルの製品の企画・開発に集中し、これらのコンセプトを実際の製品やサービスとして実現する仕事はアウトソースするという分業である。

 今やODMsは電子機器の設計と製造だけでなく、R&Dの分野にも進出し始めている。Flextronicsはソフトウエア、チップ、通信、メカニカル・デザイナーなど7,000人のエンジニアをインド、シンガポールからフランス、ウクライナに分散配置し、インターネットを活用しタスク・フォースを随時編成して機動的に問題解決にあたっている。同社は既に、携帯電話機のための自社の基本プラットフォームを開発し保有している。同社の目標は、コンシューマー・エレクトロニクス及びハイテク機器の低価格かつ一貫したデベロッパーとなることであるという。

 携帯電話機製造の国際分業の仕組みが発達した結果、この仕組みを上手く使いこなせるかどうかで勝負が決まってくる可能性がある。そのうえでマーケティングやデバイスの調達の巧拙なども成否に影響する。技術力だけで競争優位を勝ち取ることはできない時代に来ていることに思いを致すべきだ。

■海外市場で存在感の薄い日本メーカー

 日本のトップメーカー5社が昨年11月に発売したNTTドコモ向けの3G携帯電話機、901iシリーズは顧客を失望させなかった、とビジネスウイーク(BW)誌は書いている(注)。ビデオがダウンロードでき、ゲームが楽しめ、コンビニで買った食料や雑貨の支払ができ、テレビやその他の機器のリモコンとしても使える。電話の送受信ができるのは言うまでもない。日本のその他の携帯電話会社も、音楽のダウンロードから高精細なカラー・ディスプレィ上の国際テレビ電話まで、考えられる限りの高機能を搭載した端末の開発を推進しており、それが最終段階に入っていると驚嘆している。

(注)The coolest phones−and skimpiest profits (BusinessWeek / December 13,2004)

 日本には世界で最も先進的な携帯電話市場とその端末を供給する世界でトップ・クラスのエレクトロ二クス・メーカーが存在する。日本では、世界で初めてという素敵な一連の携帯電話機を確実に見出すことができる。しかし、その電話機を製造している会社が繁栄しているとはとてもいえない、と前掲のBW誌は指摘している。およそ10年前、日本の消費者は我先にと第2世代の携帯電話機にとびついたため、携帯電話機メーカーの売上高営業利益率の平均は10%に近かった。しかし、現在は4%にまで落ちている。一方、海外の競争相手であるノキアやサムスンの昨年における営業利益率は20%だった。

 日本の携帯電話機メーカーの低い利益率は、結局2つの問題に行き当たる。1つは国内市場の成熟化であり、もう1つは海外市場への進出の欠如である、とBW誌は指摘している。普及率が70%を超えると、新規加入者を見つけるのが困難になる。如何に新機能が素晴らしくても、加入者はなかなかアップグレードに応じない。最新の携帯電話機の原価は500ドル超であり、デジタル・テレビの受信機能が加われば700ドルになる。しかし、日本の顧客が新しい携帯電話機に100ドル以上を支払うことは滅多にない。3G端末の原価は2Gのそれよりも2割高いが、販売価格は変えられないという。

 一方、日本の携帯電話機メーカーの海外における販売は、奇妙なことにいずれも成功していない。日本メーカーの全世界における販売シェアの合計は16%(ソニー・エリクソンは含まず)で、ノキア単独の33%に遠く及ばない。日本メーカーの海外市場でのシェアは合計で6%でしかなく、モトローラの14%、サムスンの11%に及ばない。(シェアの数値は04年第2四半期) 日本の第2世代の規格はGSMでもCDMAでもない特殊な規格だったため、日本メーカーは自国市場に特化し、海外に進出に消極的だったからだ。

(表)日本の携帯電話機メーカーの市場シェア

会社  日本市場   世界市場 
 NEC 22.2%  2.2% 
 松下 15.2   2.4  
 シャープ  14.3   1.6  
 サンヨー 10.7   1.6  
 東芝 8.8   n/a  
(注)2004年第2四半期の実績
   ガートナー・リサーチ調べ
    BusinessWeek(December 13, 2004)より引用

■3Gの経験をグローバル市場に生かせ

 しかし、4年前に世界に先駆けて導入した3Gで状況は変わりつつある。日本には世界で最も進んだ3G市場が存在しており、日本メーカーは世界のライバルの一歩先を行くべきだ、日本メーカーはモバイル・インターネット事業にも通じており、成功のチャンスに恵まれている、とBW誌は書いている。

 日本の携帯電話機メーカーは、オーディオとビジュアル技術にも精通しており、このことは3Gの開発促進に役立っている、と前掲のBW誌は評価している。NEC、シャープ及びサンヨーではデジタル・テレビ放送を受信する携帯電話機の原型が既に完成しており、東芝は携帯電話機に組み込む0.75インチのディスク・ドライブの開発を進めている。松下は中国、ロシア及び北米を含む海外市場での成長に熱心で取り組んでいる。NECは海外市場の比率を02年の10%から40%に高めるため、06年に3G電話機を欧州と中国に売り込む計画だ。シャープも06年3月期には海外市場での販売比率15%、台数1,000万台を目指している。今年末には欧州で最初の200万画素のカメラ付き携帯電話を発売する計画である。サンヨーは64%の電話機を海外(ほとんどが米国)で販売する計画を立てており、フランスのオレンジ向け3G端末の出荷が近く始まる予定である。

 しかし、BW誌は2つの問題点を指摘している。第1は、日本の携帯電話機メーカーは歴史的に国内の携帯電話会社と密接な関係を築き、マーケティングを彼等の手に委ねてきた結果、海外でもマーケティングに不慣れでトラブルになったことである。しかし、欧米市場でも携帯電話会社を通じて携帯電話機を販売するケースが最近増加しており、状況は改善の方向に動いている。第2は、10社がひしめく国内市場における過当競争である。原価を回収できない価格競争、資格のある技術者の不足、R&Dの重複などが起きているにもかかわず、BW誌の記事に引用されたドイツ証券の調査によると、日立とカシオが新しくジョイント・ベンチャーを設立して生産を移管した以外は、撤退の計画は一切ないという。

 成熟化する国内市場にこだわっている限り成長は見込めない。一方、韓国を除けば、日本ほど3Gについての経験を持っている国はない。日本の携帯電話機メーカーが海外販売を開始しなければ、これらの素敵な携帯電話機は、従来長い間そうであったように日本国内に閉じ込められてしまうだろう、とBW誌は書いている。3Gの時代には海外に進出して規模を拡大しない限り、高騰する開発費用を吸収するのは益々困難になる。いずれメーカーは海外に進出するか、撤退するかを選択せざるを得なくなるのではないか。先に紹介したパンテックの挑戦を参考にして欲しいものである。

特別研究員 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
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