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InfoComアイ
2005年9月掲載

固定通信の新たな競争環境

 米国第2位の地域電話会社であるSBCが推進するトリプル・プレーのインフラである「Lightspeed」につい、エコノミスト誌(注)は次のように書いている。「IP(インターネット・プロトコル)を利用して、TV、映画及びその他の娯楽を、強化されたブロードバンド接続を経由して消費者に配信するSBCのプロジェクトは、技術的及び制度的な障碍に突き当たって、今年末のサービス開始予定が遅れる恐れがある。しかし、世界中の電話会社がIPTVに賭けようとしており、そのことからだけでもIPTVは遅かれ早かれ実現するだろう。今や、何時始まるかだけが問題である。多方面から仕掛けられた熾烈な攻勢に対処するため、電話会社がとろうとしている必死の防衛戦略の中心的な役割を果すのがIPTVだからだ。」固定通信会社はこれらの包囲網を突破し、競争優位の市場を確立できるのだろうか。

(注)Telecoms,television and the internet−The war of wires(The Economist / July 30th 2005)

■3方面から攻勢を受ける固定通信会社

 前掲のエコノミスト誌によると、既存の電話会社に対する第1方面のライバルは、米国のコムキャストのようなケーブル・テレビの巨人である。コムキャストはTV、ブロードバンド及び電話サービスを一括して提供する魅力的な「トリプル・プレー・バンドル」で顧客を誘っている。第2方面のライバルは携帯電話会社である。特に若い顧客は携帯電話の利用を増加させ、彼らの固定通信会社の回線を契約解除するまでに至っている。しかし、ほぼ間違いなく最も危険なのは第3方面のライバルのVOIPプロバイダーである、とエコノミスト誌は指摘している。伝統的な電話経由で音声通話を提供している既存通信会社は、音声通話を伝送するのにインターネットを利用するVOIPプロバイダーの攻撃をもろに受けている。

 調査会社のTeleGeography社によると、VonageのようなVOIPプロバイダーの契約顧客数は、米国だけでも今年当初の180万から今年末には400万に増加し、2010年には1,700万を超えるだろうという。しかし,これには世界最大のVOIPプロバイダーであるSkypeの利用者は含まれていない。Skypeは小さく簡単なソフトウエア・アプリケーションを使って、インターネットに接続されているパソコン相互間及びパソコンと既設の電話との間で通話を可能にするもので、これまでに1億4,100万回ものソフトウエアのダウンロードが行われ、登録済みの利用者は4,600万にのぼっている。

 「トリプル・プレー・バンドル」はブロードバンド時代のサービス・コンセプトである。有線テレビ放送は本来ブロードバンドの共用サービスであり、このコンセプトに最も近いところにいるのが第1方面のライバルであるケーブル・テレビ会社である。米国のケーブル・テレビ事業では、コムキャストのように合併などで規模を拡大し、経営も安定している事業者が少なくなかったこと、ケーブル・テレビ会社の提供するブロードバンドに規制がなかったこともあって、ケーブル・モデムによるブロードバンド・サービスが過半のシェアを確保している。しかし、欧州や日本などにおけるケーブル・テレビ事業では、小規模事業者が多く「トリプル・プレー・バンドル」を実現するための投資はリスクが大き過ぎると考えられていた。北米以外の地域でケーブル・テレビ会社がブロードバンドとそのアプリケーションの競争で主導権を握る可能性は小さい(注)

(注)日本における2005年6月末のブロードバンド利用数は2058万で、内訳はDSL68.4%、FTTH16.6%、 CATV14.9%だった。

 第2方面のライバルである携帯電話会社は、確かに既存通信会社の音声通信の顧客を奪っており、固定電話による通話時間は目立って減少している。しかし、固定電話を解約し携帯電話しか持たないという人達は僅かにとどまっている。現時点ではブロードバンドに関する限り、料金も高く周波数の制約もあり携帯電話会社は大きな影響力を持っているとはいえない。また、携帯電話会社の多くは固定電話会社の傘下にあることも留意しておく必要がある。それでも、第3世代携帯電話(3G)システムを利用したモバイル・ブロードバンドの利用料金が下がれば、携帯電話会社の影響力が高まるかもしれない。

 米国第2位の携帯電話会社のベライゾン・ワイヤレスは去る8月29日に、ラップトップ・パソコンに挿入して利用するCDMA2000 EV-DO(最大2.4Mbps)のデータ・カード(注)の月額定額料金を従来の80ドルから60ドルに値下げすると発表した。サービス品質に不安が残るものの、固定・移動のいずれのローケーションでも利用可能なサービスとしては割安と評価されるかもしれない。同社は年末までに米国の人口の半分が利用できるようサービス提供地域を拡大するという。最近合併した第3位のスプリント・ネクステルも60ドルに値下げする意向を表明している。アナリストは3年後には40ドルまで値下がりすると見込んでいる。

(注)このサービスの利用資格は、同社の携帯電話に加入し音声プランを利用していること及び契約期間2年以上のビジネス向け利用者である。

 第3方面のライバルであるVOIPプロバイダーは、前掲のエコノミスト誌が固定通信会社に対する最も危険な存在と書いている。既存の通信会社は、自らがインターネット技術を取り入れることよって、これらの脅威に対処すべく最善を尽くしている。規模の大きな電話会社はすべて、旧式の回線交換方式のネットワークから、新しいインターネット・ベースのネットワークに移行するために投資を続けている。なかでも最も素早く動いているのはBT(英国)である。VOIPプロバイダーからの脅威は、既存の電話会社が自らVOIPを提供することで中和されるかもしれない。例えそうだとしても、VOIPの導入はは既存の電話会社の厳しい収入予測を、将来さらに一層引き下げることになるだろう。多方面からの挑戦を受けている既存の電話会社は、結局IPTVに活路を見出さざるを得ない状況に追いつめられている、というのが前掲のエコノミスト誌の見方である。

■IPTVは電話会社にとってリスキーな戦略

 IPTVは追いつめられた猛獣(電話会社)の反撃の類ではないか、と前掲のエコノミスト誌(2005年7月30日)は書いている。新しいインターネット・ベースのネットワークに切替えることによって、既存の通信会社もまた彼らのネットワーク上で、娯楽、インターネット接続及び音声サービスを提供できるようになり、彼らのライバルであるケーブル・テレビ会社に追いつけるようになるからだ。さらに好都合なことには、既存の電話会社の多くは携帯電話子会社を保有しており、「トリプル・プレー」に携帯電話を加えた、「クヮドループル・プレー・バンドル」(注)を実現し、ライバルのケーブル・テレビ会社などを打ち負かせるかもしれないと期待している。

(注)“quadruple-play bundle”quadrupleは、四重の、4部分から成るの意味。

 しかし、IPTVは極めてリスキーな戦略である、と前掲のエコノミスト誌は指摘している。電話会社はテレビを配信するため、まず顧客まで広帯域の回線を準備しなければならない。加入者回線である既存の銅線の性能を高めて対処しようというBTのような電話会社もあるが、これはコストが高くつく。一方、米国のベライゾンやSBCは新規に光ファイバーを地下に敷設しているが、これも膨大な額の投資になる。さらに、電話会社は「residential gateway」と称する小さな箱をガレージや地下室に設置する必要がある。これは、宅内に設置されたパソコン、電話機間で高速のデータを送受し、テレビに接続された「セット・トップ・ボックス」に大量のデータを送り込むための装置である。これによって家族のメンバーは、1本のパイプ経由で、電話で話し、ウェブを検索し、映画を観ることが同時にできるようになる。

 IPTVのリスクはこれだけにとどまらないという。技術的な故障が起きる可能性があり、帯域が不足するかもしれない。著作権や映像圧縮のフォーマットの扱いが面倒過ぎることも明らかになるだろう。しかし、通信業界はこれらのリスクを軽視している。エコノミスト誌によると、問題は技術的なことよりは、規制や文化的なところに存在すると指摘している。同誌は、これまでハリウッドとまともに付き合ったことのない電話会社が、映画の権利を買うことも、本当に顧客が観たい映画を見せることもできないだろう、というコンサルタント会社のコメントを紹介している。これに対して電話会社は、そのような考えは明らかに間違いだと怒っている。SBCの広報担当は、コンテントを取得するのに障壁は存在しない。唯一問題があるとすれば値段だけだと反論している。

 ネットワークのIP化に何十億ドルもの投資をしている電話会社は、将来この投資から相応の利益をあげる必要がある。しかし、彼らの「悪夢のシナリオ」によれば、顧客は電話会社の大容量のブロードバンドを利用するために契約するだけで、電話会社が売り込むサービスを買わずに、音声通話ではSkype、映画のダウンロードではNetflix(サービスが開始されれば)のような独立系もしくはウェブ・ベースの企業のサービスを入手するかもしれない。電話会社にこれをストップできる妙案はあるのか、と疑問を呈している。

 エコノミスト誌はこの他にセキュリティの問題を提起している。ビールスもしくはインターネットのその他の猛毒を新しいサービスの世界でも感知されるようになれば、いずれかの時点で、世界のVOIP市場は大規模なセキュリティの恐怖を経験するだろうという。その時点で、利用者はBTやSBCのような自社でネットワークを保有する巨大通信会社に群れをなして戻ってきて、SkypeやVonageのような公衆インターネットを利用するプロバイダーを見捨てるだろう、と予言するアナリストもいる。

 電話会社が設置しようとしているパッケット・モニタリング技術は、セキュリティの強化と通信品質の向上のために合法的に利用可能である。しかし、それはまたライバル達の提供するサービスの品質を低下させるために利用することもできる。しかも、このことを証明するのは極めて困難だろうという。この問題に対する唯一の正しい防御法は、ブロードバンド・アクセス・プロバイダー(ケーブル・テレビ会社、電話会社、WiMaxや電力線利用のブロードバンドのような新技術企業)間の競争をより一層促進することであり、それを確実に推進するのが規制機関の役目である、と前掲のエコノミスト誌は書いている。

■グーグル・トークの衝撃

 前掲のエコノミスト誌は、固定電話会社に対する最も危険な存在はVOIPプロバイダーであるとし、具体的な企業としてはVonageとSkypeを取り上げている。両社は夫々斬新な経営モデルでVOIP市場に参入して成果をあげているが、両社とも非上場の企業である。最近、新聞等で両社が株式公開を検討中と報じられているが、他社からの買収や合併の動きもあるなど、両社とも経営基盤が安定しているとはいえない状況だ。これに対して、インターネット検索サイトのトップ企業(米国内シェア47%)であるグーグルがインスタント・メッセージング(IM:メッセージングのオンライン・チャット)とVOIPに進出することを8月24日に明らかにし(注)、通信業界に衝撃を与えている。

(注)グーグルは去る8月中旬に、株式売却により40億ドルの資金を調達する計画を明らかにしたが、その使途についてはSkypeのような新興成長企業の買収に充てられるのではないか、など種々憶測を呼んでいた。グーグルは昨年8月に上場以来株価が3倍強に値上がりし、9月6日現在の株価総額は802億ドル(因みにNTTの株価総額は676億ドル)である。2005年上半期の売上高(99%はネット広告収入)は26.4億ドル、同純利益は7.1億ドルである。現在グーグルで検索可能なページ数は82億。米ヤフー!の半分以下だが、検索精度が55.6%と業界トップで、顧客満足度が高い。

 グーグルのグーグル・トークと称する新しいサービスは、同社のコア・ビジネスであるサーチ・エンジンを超えて、新たな事業領域である通信サービスに踏み出したものだ。同社は04年4月からウェブ・ベースの無料eメール・サービス、Gメールを開始していた。Gメールはメールを保存するため無制限の容量を提供することで知られているが、利用には既にユーザーとなっている人の紹介が必要だった。また、サービス開始以来ずっと公開ベータ・テストを続けていた。現時点でのGメールの利用者は200万超である。

 今後はGメールの新規の利用に他の利用者の紹介は不要になる。ただし、正当な利用者であることを証明するために、テキスト・メッセージを受信できる携帯電話を利用していることが必要だ。利用者がGメールにサインした際、グーグルは利用者の携帯電話にテキスト・メッセージを送信し、本人確認をする。これは完全な安全装置ではないかもしれないが、この方策はスパム・メールの濫用を最小限にするための努力の一つである、とグーグル社の幹部は語っている。

 パソコン・ユーザー間でメッセージの交換や通話ができるグーグル・トークの利用は、既に上記のGメールを利用している人に限られる。グーグルは利用者を惹きつける音質の良さに期待している。グーグルのオンライン・ボイス・サービス(VOIP)は、他社と同じように大部分の通話は公衆インターネット経由で接続される。しかし、計画した接続水準を確保するため、同社のサーチ・サービス用に構築された広範なデータ・ネットワークを、ラスト・リゾートとして利用するという。

 グーグルがアッピールしているもう一つのポイントは、オープン・プラットフォームを構築して、既存の有力クローズド・ネットワークに挑戦することである。米国ではインスタント・メッセージングをAOL、MSN、Yahoo!などのほかTrillian、iChat(アップル)、GAIM(Linuxユーザー向け)などが提供しているが、利用はいずれもグループ内に限られている。グーグル・トークのIMは、これらの先行するIMネッットワークのすべてとインターオペラブルにしようというものだ。グーグルによると、既にAOLとYahoo!にグーグル・ネットワークとのインターオペラビリティを無料で提供し、オープン・コミュニケーションを実現する。MSNとも近く話し合うという。

 グーグルはIMだけでなく、インターネット・ベースの音声通話(VOIP)の成長市場につても重視する計画である。最近IMとVling(VOIP)のソフトウエアのダウンロードを開始した米国のISP第2位のアースリンクと提携して、両社のソフトウエアをインターオペラブルにすることで合意した。米国のVOIPプロバイダー第2位のSIPPhoneとも「深い話合い」を行っているという。

 検索サイトのグーグルが通信市場に進出することには、極めて重要な意味がある、と調査会社ガートナーのアナリストは見ている。ウェブ・ポータルか新メディア企業となるためには、このレィヤ―の通信やメールは不可欠である。人々はコンテントにアクセスしシェアするために通信を利用する。グーグルのブランド力にもかかわらず、同社が他のIMに対抗するネットワークを早急に構築するのは困難ではないかと見られていた。Yahoo!、AOL及びMSNは夫々何千万ものIMユーザーを持っており、それに加えて音声や場合によっては無料のビデオ会議などのサービスを追加している。

 グーグルは、この出遅れをオープンな技術標準をベースとするネットワークによって、取り戻したいと考えている。オンライン・ゲームのオペレーター、ISP、さらに大規模ウェブ・サイトのオペレーターにまで、グーグル・トーク上に彼等自身のサービスを構築できるようにして、インセンティブを与え仲間にすることを狙っているという。

 しかし、8月31日にマイクロソフトは、VOIPサービスのTeleo社を買収し、MSNの利用者に対してパソコン相互に加えて固定電話や携帯電話との間のVOIPサービスを提供することを明らかにした。Yahoo!やAOLもこれに追随すると見られており、これらのポータル会社や検索サービス会社と電話会社の競争激化が俄かに現実味を帯びてきた。

(注)Web giant takes on telecoms rivals(The Financial Times.com /August 24 2005)
Now,Google is tackling talk(BusinessWeek.com / August 24,2005)を参考にしました。

特別研究員 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
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