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InfoComアイ
2005年12月掲載

従来型テレビ・モデルの終り

 ビジネスウイーク誌(注)によると、去る11月7日に、メディア革命の始まりを告げるいくつかの極めて重要な提携が米国で公表されたという。まず、NBCユニバーサルとCBSブロードキャスティングは、従来の方針を変更して、人気番組のショーをビデオ・オン・デマンド(VOD)でも視聴できるようにする。ヤフー!はテレビの熱心な愛好家が自宅を離れていても、TiVoのデジタル録画装置(DVR)をインターネット経由で遠隔操作して録画できるようにする計画を発表した。最大手のケーブル・テレビ会社のコムキャストは、CBSが放送したゴールデン・タイムのショーを、数時間後にはVODで配信するという。

 何故メディアの巨人達がオン・デマンドの世界に殺到するのか。その背後に起きている市場の地殻変動とは何なのかを考えてみたい。

(注)The end of TV(as you know it):BusinessWeek(November 21,2005)

■VODに殺到するメディアの巨人達

 何故メディアの巨人達がオン・デマンドの世界に殺到するのか。前掲のビジネスウイーク(BW)誌によるとその理由は以下の通りである。視聴者(の価値観)がバラバラになりつつある。また、メッセージに無関心な若い視聴者層が増加しており、販売の拡大を期待するスポンサーはいずれテレビ・コマーシャルにお金を払い続けるの止めるだろう、とメディアの巨人達は当惑している。視聴者は日々の放送番組表に対をする拒否感を高めている。それがDVRやiPodが急激に伸びている理由だとみて、メディアの経営者は大騒ぎしている。しかし、現時点では、テレビのエンターテインメント番組の制作者が、マスの視聴者を狙ったコマーシャルを売ることで得てきた収益を、どうしたら今後も獲得できるのか、そのビジネス・モデルが欠けているのが問題だ、とBW誌は指摘している。

 ヒントはインターネットにあるとメディアの巨人達は考えたようだ。既に、インターネットとハンドヘルド・デバイスを利用してあらゆる種類のエンターテインメントに、廉価な料金でアクセスできるようになった。インターネット広告の収入は、ネットワーク・テレビ(キー局が番組と広告を提携した地方局に流す仕組み)局の広告収入178億ドルのごく一部に過ぎないが、その伸び率は年40%である。一方、ネットワーク・テレビ局の収入の伸び率は僅か年2.6%である。しかも、この増収は広告単価の値上げによるもので、視聴者数が減少傾向にある中では、この伸び率を維持するのは困難とみられている。CBSのCEOによると、「我々は多くのコンテントを保有している。我々が必要としているのは新たな収入のチャンネル(streams)である。」と主張しているという。そこで次々に実験が開始されている。

 CBSはゴールデン・タイムのショーを放送数時間後に、提携したコムキャストのデジタル化した900万のケーブル・テレビ加入者にVODにより99セントで提供する。CBSはこれについて実験的な要素が大きく、利益に寄与するか分からないとしているが、CBSは自らを視聴者と広告主の態度の変化に適応させる必要があることを認識している。CBSの幹部は一つの仮説を示している。CBSの午後8時に放送される成功したショーの視聴率が20%とすると、残りの80%の世帯ではこの番組を視ていない。意欲的なネットワーク企業がこのショーをオン・デマンド版で販売することにトライしてくれれば、より多くの人達に視て貰えるようになると期待している。CBSはVODの視聴者の反応に注目して、料金を調整するかもしれない、と先行きを楽観している。

 ABCは10月に、ヒットしているショーの「Desperate Housewives」を放送翌日にはアップル・コンピュータのiPodに1.99ドルでダウンロードできるようにした。Wisteria Laneの風変わりなご婦人達に関するエピソードのシリーズは、毎回1,130万ドルの広告料を集めているという。これは視聴者1人当たり45セントに相当する。これに対しPodcastingでは、ABCは1ダウンロード毎に1.2ドル(アップルの取分を除く)を得る。例えショーの視聴者の20%が伝統的なテレビからPodcastingによる視聴にシフトしても、ダウンロードを利用したほうが、ネットで番組当たり180万ドルも多くの収入を手にすることができる、とABCは計算している。

 日産北アメリカのマーケッティング責任者は、衛星放送のディレクTVの番組メニューに載っているアイコンを、視聴者がクリックして視る350Zスポーツ・カーとタイタン・ピックアップ・トラック用の4分間のプロモーション映像に期待しているという。GMはケーブル・テレビのオン・デマンドのメニューに、短いプロモーション映像を載せるプログラムを拡大している。TiVoは30秒の広告上にアイコンを置き、興味がある消費者をさらに長いプロモーション・ビデオに誘導している。効果の数値化にこだわる広告主側の工夫も進んでおり、伝統的なゴールデン・タイムの30秒コマーシャルはいずれ衰退するだろうという。

オン・デマンドの国、アメリカ
−消費者に今までにないパワーを与える技術−

(資料出所)前掲BusinessWeek(November 21, 2005)
VOD DVRs Broadband iTunes Podcasting
2,400万世帯 1,000万世帯 3,800万世帯 1,000万人 30万世帯
CATVのVODサービスにアクセスする世帯数(05年末見込) デジタル・ビデオ・レコーダーを保有する世帯数(05年末見込) 高速インターネットにアクセスできる世帯数(05年末見込) Appleのビデオ及び音楽サ−ビスを常時利用する人数 Podcastingを聴くか視ている世帯数(05年末見込)

 コムキャストは数百チャンネルの番組を配信しているが、今年中に4,000以上のオン・デマンド番組を提供する予定である。特に、エンターテインメントのビデオは急速に成長するインターネットの呼び物の一つで、地上波テレビ局との競争が激しくなりそうだ。グーグルは他の如何なる企業よりも、メディアの名門企業に脅威を与えている、と前掲のBW誌は指摘している。同社の広告収入は2004年の60億ドルに対し、今年は100億ドルに急成長する見込みだ。特に、大手の番組制作会社や放送会社を悩ましているのは、グーグルがその検索技術の持つ能力のほんの一部しか活用していないことだ。同社はウェブ・サーファーが探しているものを見つけるのを手助けし、利用者の趣味に関連して利用できるあらゆるオンライン・ビデオを組織化するのに、多分そんなに長い時間を要しないだろう。伝統的なテレビを視る時間は、これらにかなり侵蝕されるのではないかという。

 ネットワーク・テレビ局にとってより恐ろしいのは、インターネット上の無料コンテントによる競争の拡大である。eDonkeyのようなファイル・シェアリングのウェブ・サイトは、既にウェブ経由で送信されるデータ(テレビ・ショー、映画及び音楽)量の半分を占めているという。eDonkeyは1日300万人が利用している。居間のテレビ受信機とワールド・ワイド・ウェブの一体化が、近い将来実現するのは間違いない。だから、ネットワーク・テレビ局は、最も儲かるビジネスをリスクに曝し、最上位に評価されるショーのいくつかを新しいチャンネルで利用しようとしている。明確な利益計画がなくても、ネットワーク・テレビ局は前進を止めるわけにはいかない。彼らにとって最悪のシナリオは、椅子に深く座って何もしないことだ、と前掲のBW誌も指摘している。

 視聴者がすぐにゴールデン・タイムのテレビを見捨てることはなさそうだ。しかし、有力企業は費用対効果の高い広告媒体を求めて、徐々にテレビから逃げ出すだろうとみられている。ラジオのパーソナリティのハワード・スターンは、2005年1月にInfinity Broadcastingを退職し、Sirius Satellite Radioに移って、VODフォーマットによる35時間ショーを1ヶ月9.95ドルで提供するという。iN DEMANDと呼ぶこの種のサービスは、2005年には7.5億ドルの売上が見込まれる。彼が成功すれば他もこれに倣うだろう。トップ・タレント達は仲介人(middleman)を省き、ブロードバンドに直接配信する番組を制作し、自力でお金を集め始めるだろう、と前掲のBW誌は書いている。

■資本統合なきネット戦略が加速

 米国の3大ネットワークを中心とするテレビ産業が、その収入源である広告でネット企業に追い上げられ、いずれ危機に直面せざるを得ない情況とそれを回避するための様々な取り組みを紹介した。ネット企業はコンテント・ターゲット広告(ウェブ・サイトの一つひとつのページに、その内容に即した最適なバナー広告を自動掲載する)、キーワード広告(検索エンジンの検索結果に掲示するコンテント・ターゲット広告)、アフィリエイト広告(ウェブ・サイト上に掲載されている製品の写真をクリックすると販売サイトにジャンプし、閲覧した人がそれを購入すれば手数料を支払う仕組み)など広告の技術革新で費用対効果を格段に高めている。

 一方、3大ネットワークは、自前のウェブ・サイトを保有しているものの、自社の番組情報を無料で流している程度の活用しかしてこなかった。ネット配信が本業の視聴率を侵蝕すれば、広告収入が減少しかねないと危惧したからだ。しかし、テレビ局の広告効果に疑問が出される一方、テレビ局の競争相手は、地上波から衛星放送、ケーブル・テレビ、通信会社、ブロードバンドと拡大している。有力企業はテレビ広告を絞り、広告効果が高く、しかも効果の検証が可能なネット広告を増やす傾向が次第に明らかになり、テレビ局も新たなネット戦略に踏み出さざるをえなくなっている。現時点で熱い市場となったのは、ブロードバンド経由で個々のユーザーの要求に応えて、見たいときに見たい映像を配信するビデオ・オン・デマンド(VOD)である。

 米国のテレビ産業における新たなビジネス・モデルの実験は、コンテント制作、番組編成、映像配信など放送の「要素」を切り出し、どう融合・再構成して新たな価値を創造するかが課題で、テレビ局側が危機意識を踏まえて積極的な役割を果たしている。日本では、ライブドアがフジテレビに業務提携を迫ったニッポン放送株争奪戦を契機に、民放キー局はようやく番組をネットで配信するなどの試みを始めたところだ。

 楽天とTBSのケースでは、TBSのネット戦略の加速が目につく。eアクセスとの資本提携による携帯電話向けテレビ配信事業への進出、インデックスや電通と相次ぐネット配信用共同出資会社の設立推進などである。「楽天と経営統合をしなくてもネット戦略は打ち出せる、特定のネット企業との経営統合は、むしろネット戦略の自由度を狭め企業価値を低める。」ことを実証するためだったのかもしれない。TBSは2010年までにネット配信など非放送事業の売上高を5年間に直近の3倍に拡大する目標を掲げている。

 楽天の真の狙いが両社の連携よりも、TBSの経営権である可能性は消えていない、と日経新聞(注1)が書いている。しかし、ネットとメディアの統合を唱える経営者は世界中に多いが、成功したものは誰一人いない、と一ツ橋大学の服部助教授は指摘している(注2)。その失敗例の象徴が2001年のAOLとタイム・ワーナーの合併だという。しかし、旧AOLの株主は、AOLが単独で存在していれば、株価は合併前と比較して19分の1になっていたはずだったが、タイム・ワーナーと合併していたおかげで4分の1への下落ですんでいる。旧AOLの株主はバブル破裂による損失を、タイム・ワーナーとの合併でヘッジしたことになる。同じことが楽天とTBSについても言えるのではないか、と服部助教授は指摘している。一般的にネット企業の株価は、実際の収益に裏付けされていない場合が多く、何かのきっかけで急落するリスクがある。楽天はTBSと提携強化によってネット戦略を打ち出すことができるが、楽天の株価の安定は経営統合がなければ実現しない。

(注1)メディア奔流 上(日本経済新聞 / 2005年12月1日)

(注2)服部 暢達 一橋大学助教授「大損のタイム・ワーナー株主 TBS株主も二の舞いになる」(週刊エコノミスト / 2005年11月29日)

特別研究員 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
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