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2006年4月掲載

欧米で高まる「ネットワーク中立性」の論議

 AT&Tを始めとする米国の大手通信会社が、通信インフラ「ただ乗り」論を主張して、大量のコンテンツをネット上で流通させて巨大な利益を上げているネット企業にも、負担を求める議論を展開し話題を呼んだ。この主張に反対する旗印が「ネットワーク中立性」である。次世代通信網(NGN)構築に巨額の投資を必要とする通信会社は、現在の負担の仕組みでは、相応の利益を上げる見通しが立たないとして、積極的な投資を逡巡している。問題は「誰が次世代ネットワークのコストを負担するのか」であり、インターネットの新秩序に関する早期の合意形成が不可欠である。以下に欧米におけるこの問題の動向をレポートする。

■欧州に拡大した「ネットワーク中立性」の論議

 欧州の巨大通信会社の何社かは、グーグルのようなコンテンツをインターネットで配信するネット企業に、新料金を課す権限を求めている。この動きは、通信会社が現在構築中の新高速ブロードバンド・ネットワークに対する何十億ユーロもの投資を回収するのを助けるだろう、と通信会社は主張している。テレコム・イタリアやドイツ・テレコムなどの通信会社は、米国で規制に関する検討事項のトップに浮上してきたインターネットの将来に関する異論も少なくない議論を欧州にも移入した。北米では「ネットワーク中立性」と称されているこの問題は、通信会社と、新料金体系はインターネット構築の基本原則である「公開性(openness)」を損ない、ネット企業による消費者向け料金の値上げを早めると主張するインターネット起業家とを戦わせることになった、とフィナンシャル・タイムズは指摘している(注)

(注)Move to levy online charges(Financial Times online / March 28 2006)

 グーグル、ヤフーおよびその他の成功したオンライン新興会社の背後にいる起業家達は、インターネットを利用している人(最近の数値では10億人以上)であれば誰とでも接続できる通信網に自由にアクセスできることが頼りである。このようなネットワークがあれば、アマチュアのポッドキャスター、ビデオ・ブロガーもしくはソフト・デベロッパー達は誰でも、例え注目してくれる人が自分以外に3人しかいないとしても、世界の視聴者を惹きつける夢を見ることができる。しかし、これらのネットワークをコントロールしているいくつかの企業は、このゲームのルールを変えたがっている。ビデオ、e-メールもしくは検索結果などを配信しているネット企業に一定のサービス・レベルを保証するため、通信会社は自らが課金する権限を持つべきだという議論を開始した。この議論は米国で始まり、欧州にも拡大している、とフィナンシャル・タイムズは別の記事で書いている(注)

(注)Why network operators are flexing their muscles(Financial Times online / March 28 2006)

 前掲のフィナンシャル・タイムズによると、「ネットワーク中立性」を主張するグループは、電話会社が決めた割増料金を払わない人達のサービスの質は切り下げられるか、そうでなければブロードバンド・インターネットをすべて止められるリスクがある、と主張している。また、ネット企業の起業家たちは、インターネットは広くオープンなメディアから、ケーブルや衛星テレビ会社によって運営されている、閉ざされたネットワークにより似てきて、このことは多方面のイノベーションをストップさせるだろう、インターネットに対する自由なアクセスがなければ、グーグルのような会社は生れなかっただろう、と指摘している。

 ネット企業に課金する権限を求める欧米の巨大通信会社の動きは、インターネットの精神についての闘いに他ならないという。研究機関を接続するためのネットワークとして開始されたことから、インターネットの基本的なアーキテクチャは「公開性(openness)」に基づいている。ネットワークを使うユーザーの能力を制限することは、最初の深刻なインターネットの原則に対する挑戦、つまり知的コモンズ(共同利用権)をフェンスで仕切ることになるのだという。

■米国で始まった「ネットワーク中立性」の議論

 AT&Tとその他の電話会社による問題提起によって、既にこの問題は米国におけるインターネットの検討課題のトップに押上げられている。「ネットワーク中立性」という旗印の下に、ネット企業と消費者グループは提携して、電話会社がネット企業に割増し料金を課すことを禁ずる立法を行なうよう議会や政府に働きかけている。最近のAT&Tによるベルサウスの合併提案は、反対者達に前述の特別な規制を推進する契機になっているという。「AT&Tとベルサウスの合併は、AT&Tにその条件として「ネットワーク中立性」を義務づける絶好のチャンスである。」と主張している。

 「ネットワーク中立性」に反対する人達は、現在の通信網をより徹底して「オープン」に維持するよう規制することは、新たな投資に対するインセンティブを失わせ、反生産的であると主張している。それよりも、「規制撤廃」の方向に早く動くことが、より良い選択であるとしている。「規制撤廃」は代替ネットワークの構築に刺激を与え、結局通信会社をケーブル、衛星、無線ネットワークおよび電力線によって提供されるブロードバンド・サービスと競わせることになる。この見解によれば、このような競争こそ、ベストな「コンテンツ」が視聴者を見つける確実な保証を実現するとしている。受け取るコンテントの選択肢の不足に満足しない利用者は、ライバルのサービスに容易に移行できるからだ。

 2つの巨大地域電話会社であるAT&Tとベライゾンは、ほぼ同様の野心的な光アクセス網に対する投資計画を発表している。しかし、それでも2010年までに、米国の家庭が本当の高速ネットワークに接続されるのは僅か40%に過ぎない、と投資銀行のStanford C.Bernsteinのアナリストは前掲のフィナンシャル・タイムズで予測している。「問題の核心は、誰がネットワークのコストを払うのか?にある。ウォール・ストリートは現在の制度の下では、通信会社に相応の利益を上げる能力があるかに疑問を持っている。」と彼は指摘している。

 米国で表面化したこれらの問題は、あちらこちらで沸き立ち始めている。「ネットワーク中立性」はグローバルな争点になりつつある、とルーター・メーカーのシスコ・システムズの技術および通信政策の責任者は前掲のフィナンシャル・タイムズで語っている。世界中の通信会社は、新ネットワークから利益を上げられると考えなければ、投資を行わないだろうからだ。このような観点からすれば、一律定額制のインターネット利用者料金の是非、インターネット・サービス・プロバイダー(ISP)間のコスト負担の問題およびコンテンツ・プロバイダーによるコスト負担の是非などが検討課題となるだろう。

■見解が分かれる欧州の「ネットワーク中立性」論議

 これまで、この議論を最も強力に欧州で行ってきたのはドイツ・テレコムのRicke CEOである。「ドイツ・テレコムのようなインフラストラクチャー・プロバイダーは常に投資を行なう必要があり、一方これを借りて使う企業はそれで利益を上げる、という現状はあるべき姿ではない。これらのウェブ・ベース企業は、彼等の新しいアプリケーションのためのネットワーク品質を将来保証するのは我々(電話会社)であることに気づくべきだ。」と彼は最近ドイツの有力経済誌 Wirtschftswocheに語っている。

 テレコム・イタリアの規制担当の責任者も「これらの新しいネット企業とサービスの出現によって、過去10年以上も規制されることを前提にしてきた伝統的テレコム・モデルとは異なるビジネス・モデルを導入せざるを得なくなっており、米国で提起された問題点は現実のものである。我々はすべて、この新たに出現しつつある競争を懸念しており、欧州委員会にこの問題を提起した。」と話している。欧州委員会は「通信の規制枠組み」の見直しを進めており、そのなかでこの問題を扱うよう働きかけているという。

 しかし、欧州の常として、欧州委員会で決まった通信に関する規制は、加盟各国レベルで異なって解釈され運用されるので、欧州の統一見解はない、と前掲のフィナンシャル・タイムズは指摘している。英BTはもっと慎重である。懲罰的な規制の一連の協議から抜け出したばかりの同社(注)は、ボートを揺するようなことはしたくないようで、現行の規制制度に満足していると主張している。「我々の原則は差別的取扱いの排除である。」とBTの企業戦略の責任者は語ったが、彼はまた変化の激しい通信産業では、この原則は将来変るかもしれないと示唆したという。 フランス・テレコムはこの問題を完全に否定している。同社は、「ネットワーク中立性の議論は米国の議論だと考える。欧州は規制および競争の環境がまったく異なり、米国と欧州の情況は比較できない。」と言っている。

(注)BTは、アクセス事業をより公平かつ客観的に運営し競争者との同等性を確保するため、BTの内部組織ではあるがより独立性の高い「アクセス・サービス事業部(Openreach)」を2006年当初から発足させて、相互接続などの卸売りサービスの提供に当たらせている。これと引き換えに、規制当局はBTの小売サービスの料金規制を撤廃することにしている

 インターネットによる事業構造の中で現れるかもしれない種々の大きな変化を正当化するため、コンテンツ・プロバイダーに費用の一部を負担して貰いたい通信会社は、ビデオのような広い帯域を必要とするサービスを伝送する新しい高速ネットワークの構築に、巨額の費用を要することを強調している。例えば、テレコム・イタリアは、欧州の既存通信会社は今後3〜4年間に、高速の次世代通信網(NGN)に約800億ユーロ(11兆3500億円)を投資するだろうと予測している。

■フィナンシャル・タイムズが提起する解決策

 フェンスの両側にいる人達の予測可能な掛け声―インターネット起業家はイノベーションを、通信会社は投資を叫ぶ―は、この問題は規制当局の手に余ることを示唆している、と前掲のフィナンシャル・タイムズは指摘している。しかし、現実にこの議論には二つの相互に関連性はあるが、性質の異なる問題が内在している。問題をこの二つに分けることが解決の最良の方法に至る糸口を与えてくれるだろう、と同紙はいう。

 第一に、回線帯域(bandwidth)に関連する問題である。より多くの利用者がブロードバンド接続のために料金を支払い、ビデオのようなマルティメディア・サービスが増加するにつれて、回線帯域にたいする需要は指数曲線的に急増し始めている。しかし、通信会社が新料金を正当化するためにこのことを利用する一方で、通信会社は既にネット企業が利用する回線帯域に応じて課金している。ISPなどは、我々は「ただ乗り(free ride)」をしていない、我々が送出しているすべてのビットに対価を払っている。」と主張している。

 回線帯域の不足が問題の核心であれば、通信会社の解決策はその足許にある、と前掲のフィナンシャル・タイムズは指摘している。オンライン企業に対し、インターネットに接続するための「ピアリング」料金を引き上げることである。このことは新興ネット企業の全般的な技術およびネットワークのコストを増加させることになるだろうが、直ちにイノベーションを殺すことにはならない。例えば広告やスポンサーシップでこれらのコストをカバーする方法を見つけることもできる。また、通信会社はビデオ・ストリーミングやオンライン・ゲームなどの回線帯域を最も激しく使う(bandwidth-intensive)サービスの利用者に高い料金を課すこともできる。このことはまた、通信会社の経営者がネット企業に料金を課すことを正当化する際に強調する、利用の少ないインターネット・ユーザーがアクティブなウェブ・サーファーに補助している、とするもう一つの苦情の解決策に道をつけることにもなるだろうという。

 「ネットワーク中立性」の議論に潜む第二の問題は、より異論が多い。インターネット上で伝送される情報のパケットのいくつかに対して特別待遇(例えば、目的地により早く到着する、滑らかに動くビデオ映像などより良いサービスを保証する)を与えることと引き換えに、通信会社がネット企業に割増料金を課すことを可能にすべきか、という問題である。この考えの支持者は、これは単に割増料金を払ったネット企業に、より高いレベルのサービスを提供するだけである、と主張する。このことは、現在のオープン・インターネットにアクセスしている割増料金を払わない利用者に何の影響も与えない。また、インターネットの無料サービスを妨害し、制限し、コントロールすることもない。

 この考えに対する反対者は、特定の情報のパケットに特別待遇を与えることは、必然的にそれ以外の利用者に対するサービスの質を下げることになる、と主張する。ネットワークが輻輳する時には、より重要なパケットを時間通りに到着させることを確実にするため、より重要でないパケットを無視しなければならない。ルーターは単純に、より重要でないと思われるインターネット上のパケットを捨ててしまう。

 ネット企業が最も恐れていることは、通信会社は当然のことながらこの力を自社が提供するブロードバンド・サービスで行使するだろうということである。特に、通信会社は自らのオンライン・サービスをできるだけ多く配信するよう計画している。例えば、大部分の通信会社は、自社のインターネット電話サービ(VoIP)を提供し、VonageやSkypeなどのスタンド・アロンのオンライン・サービスと競争している。VoIPがネットワーク品質の保証に頼る必要はないだろうが、ビデオの利用者の場合には問題となる事態がはるかに多く起きるかもしれない。AT&T、テレコム・イタリア、BTおよびドイツ・テレコムのような既存の通信会社は、IPTVとして知られる技術を利用して、自社の高速インターネット回線経由で、自前のマルチ・チャンネルのテレビ・サービスを配信する計画を発表している。受けるサービスのレベルに応じて負担する料金が変わるというのは、世の中でよく見かけることである。このことと今までのサービス・レベルが下がるということは本来無関係である。しかし、そうならないよう通信会社は努力すべきだろう。

 従来のサービスが低下するようなケースでも、利用者がライバルのブロードバンド・サービスにアクセスできる限り問題はない。現在利用しているネットワークが自分の欲しいコンテンツを、許容できるサービス・レベルで提供できないのであれば、衛星、ケーブルおよび電話サービスを選択できる利用者なら、誰でもネットワークをスイッチできる。携帯電話会社による今後10年に及ぶ高速の無線ネットワークの開発は、選択の範囲を一層拡大するだろう。そして、巨大通信会社が対決する市場では、新興ネット企業が活躍する余地が十分ある、と前掲のフィナンシャル・タイムズは書いている。

特別研究員 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
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