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2006年9月掲載

FMC(固定/移動融合)対FMS(固定/移動代替)の行方

 昨年世界初の固定/移動融合(FMC)サービスを開始した英国最大手の固定通信会社BTに続いて、北欧の通信会社テリア・ソネラもスウェーデンで今年の8月にFMCサービスを開始した。今年中にはフランス・テレコムなども参入する予定だという。携帯電話と無線LAN(WiFi)のデュアル・モード端末の供給が軌道に乗り始めたこともFMCの動きを加速している一因である。一方、携帯電話専業のボーダフォンなどは、住居などから発信される携帯電話の料金を固定電話と同程度に割り引く固定/移動代替(FMS)サービスなどで対抗し、固定通信市場の顧客を奪おうとしており、このような動きは米国市場にも波及している。通信業界には新市場開拓の期待が高まる反面、競争の激化によって料金の低下と定額料金化への動きが加速しかねないという危惧もある。以下にFMC対FMSの行方をレポートする。

■欧州で相次ぐ固定/移動融合(FMC)サービス

 英国の通信専門誌トータル・テレコム(注)のレポートによると、既存電話会社にとっての現時点での課題は、いくつかの市場で代替サービス・プロバイダーがアンバンドルされたローカル・ループ(LLU)を利用して、既存電話会社とその顧客の関係を断ち切り、既存電話会社のブロードバンド市場を侵蝕するのに、如何に対抗するかであると指摘している(注)。携帯電話会社も、回線の高速化とかってない低料金で固定通信市場に攻勢をかけている。これらの動きに対して、既存電話会社は顧客をより多くのサービスをカバーするパッケージに結び付けるために、融合およびバンドル化で対抗する動きを強めている。

(注)Product launches:All for one(Total Telecom magazine / July 2006)

 最初に動いたのは英国最大手の固定通信会社のBTである。2005年9月に「BT ヒュージョン(Fusion)」を開始した。同サービスは、住居内の携帯電話端末からブルートゥース経由で固定網のIP電話を発信できる。また、固定網着信の通話を携帯電話端末で受信することもできる。住居外では通常の携帯電話(GSM/GPRS)として利用できる「ワン・フォン」サービスで、サービス開始当初は世界中の通信関係者の関心を集めた。

 しかし、「BTヒュージョン」はサービス開始後8ヵ月の時点で、加入数は2.5万、月間の申し込み数は3,100に過ぎない(注)。ウェブ・サイトによる申し込み受付けだけで、積極的な販促活動も行っていない。また、住居内に無料で設置される「BTハブ」の通信方式をブルートゥースからWiFi(無線LAN)に切り替える予定も遅れて、今年末になるという。

(注)FMC or FMS? Operators place their bets(Total Telecom online / 21 August 2006)

 「BT ヒュージョン」の利用者が増えないのは、利用者をBTのADSL契約者に限定したサービスであること、対応可能な携帯電話端末が1機種しかないこと、「BTハブ」の通信方式がブルートゥースで通信範囲が狭いことなどのほか、「BT ヒュージョン」のメリットが利用者に十分理解されていないことや採算性の問題もありそうだ。一旦は撤退したモバイル市場に、「BT ヒュージョン」で再参入するというBTの当初の目論見が、成功するかどうかは現時点では分からなくなった。なお、BTは今年5月から「BT ヒュージョン」の法人向け展開を開始している。

 北欧最大手の通信会社であるテリアソネラ(TeliaSonera)は8月末に、携帯電話(GSM)とUMA(Unlicensed Mobile Access)技術を使って無線ブロードバンドを統合した商用FMC(Fixed-Mobile Convergence)サービスを提供する最初の通信会社となったと宣言した(注)。同社は、GSMの携帯電話をホーム・ワイヤレス・ブロードバンド(WiFi)接続経由で固定電話を利用出来るようにする「ホーム・フリー(Home Free)」サービスを、デンマークで開始した。当初は、UMAコンパチブルの「サムスンP200 GSM / EDGEフォン」1機種しか利用できない。

(注)TeliaSonera launches FMC in Denmark(Total Telecom online / 29 August 2006)

 「ホーム・フリー」サービスの利用者は499クローネ(1万円)でハンドセットを購入し、セットアップ料金199クローネ(4,000円)を支払う必要がある。毎月の使用料は、利用者が2人の場合は149クローネ(3,000円)、家族の場合は189クローネ(3,800円)である。このサービスは、通常の固定網番号と携帯電話番号の両方を持つが、利用者が何処にいても固定網番号で呼び出すことが出来る。

 同社は、現時点で「ホーム・フリー」サービスを他市場に拡大する計画はなく、最初にデンマーク市場で需要やそのパーフォーマンスを評価すると説明している。なお、BTがワイヤレス・ブロードバンド・ハブとの接続にWiFiを利用するまでは、同業の通信会社は「ヒュージョン」を「真の」UMAベースのFMCサービスとは認めない、と前掲のトータル・テレコム(8月29日)は書いている。

 欧州第2位の既存通信会社フランス・テレコムは、ブロードバンド・インターネット、IPTVおよびビジネス向けサービスのブランド名を、去る6月から携帯電話事業のオレンジに統一した。従来、別々に運営していたポータル・サイトや料金請求書を一本化するほか、顧客管理の効率化をはかるためサービス窓口も一つにする。そのうえ、インターネットを運営する「ワナドゥー」やグローバル企業に国際通信サービスを提供する「イクアント」などの子会社もオレンジに統合し、フランス・テレコムは固定電話だけのブランドになった。

 同社は、このような固定と移動通信サービスの再位置付けを実施したうえで、この9月からFMCサービス「Uniq」を開始する。「Uniq」はオレンジのブロードバンドに接続することで、自宅や事業所では無制限に利用できるIP電話として、屋外では携帯電話(GSM)として利用できるワン・フォン・サービスである。

 ドイツ・テレコムは携帯電話(GSM)/WiFiのデュアル・モード端末を利用するサービスとブロードバンド(DSL)をバンドル化したサービス「T-ワン」を7月から開始した。「T-ワン」は、他の携帯電話会社の料金プラン同様「長時間の通話分数(buckets of minutes)」を提供する。顧客は基本ブロードバンドのために月額16.99ユーロ(2,500円)、利用無制限のIP電話に月額9.95ユーロ(1,400円)を支払う必要があるが、ドイツ・テレコムの携帯電話子会社であるT-モバイルの6,500ヶ所にのぼるWiFiのホット・スポットが利用できる。

 「T-ワン」は固定回線に着信した通話を、不在時には自動的に外出先のモバイル端末にルーチングするサービスを提供する。同社によると「固定回線の番号をポケットに入れて外出するような」サービスだという。また、ドイツ・テレコムは「T-ワン」のデュアル・モード端末に、T-モバイルが自社の顧客に行っていると同様の端末補助を行う予定であり、「T-ワン」の利用者を2007年までに50万、2010年までに300万とする目標を掲げている。

■FMS(固定/移動代替)サービスの成功

 FMCを導入する主な狙いは、最近市場に出回るようになったUMA端末を活用して固定/移動の融合を促進し、国内市場における巨大な固定回線の顧客ベースを囲い込むというものだ。既存大手通信会社の融合およびバンドル戦略の一翼を担うという役割がある。これに対し、モバイル通信の資産を守り、固定網市場を侵蝕したい移動通信会社は、移動通信による固定網サービスの代替(FMS:Fixed Mobile Substitution)を鍵に対抗しようとしているという(注)

(注)Product launches:All for one(Total Telecom magazine / July 2006)

 現時点でFMSが最も普及しているのはドイツの通信市場である。FMCのパイオニアであるO2は「Genion」、ボーダフォンは「Zuhause」と呼ぶFMSサービスを提供しており、住居もしくはその周辺(ホーム・ゾーン)から発信するモバイル通話料金を固定電話と同程度とするFMSサービスを推進している。現時点で、ドイツにおける「Genion」の利用者は370万、「Zuhause」の利用者は63万である。E-プルス・ドイツなどもFMSサービスを提供している。ボーダフォンはドイツ以外の市場にもFMSを拡大する計画で、すでにイタリアでは「Casa」と呼ぶFMSサービスを提供している。

 微妙な立場にあるのがドイツ・テレコムの移動通信部門であるT-モバイル・インターナショナルで、ドイツ市場ではすでにO2やボーダフォンと同様、住居内からの携帯電話発信を固定電話と同程度の低料金にするホームゾーン・サービス、「@ホーム」を開始しているのに、これとは別にドイツ・テレコムが「T-ワン」でFMCサービスに参入したからだ。ドイツ・テレコムはFMCをFMSに対する重要な長期的な対抗戦略と定義しているが、同一グループ内でのFMCとFMSの競合が戦略上の混乱を招いているようだ。一方、T-モバイルは、「@ホーム」のサービス・コンセプトを海外で展開することを検討していた。

 去る8月10日に、米国第4位の携帯電話会社T-モバイルUSAは、利用者宅内に特別のルーター装置を設置して、住宅内から発信されるモバイル通話を月額定額料金で提供するサービスの試行をオレゴン州などで開始した。ビジネス・ウイーク(電子版)(注)は、米国で携帯電話しか持たない電話利用者の比率は現在7%であるが、この「T-Mobile-At-Home」サービスが成功すれば、固定電話を解約して携帯電話へ移行する動きが一気に高まるかもしれないと指摘している。また、この特別のルーターの設置によって、建物内に発着する携帯電話の通話品質の向上や通話不能場所の解消にも役立つという。同誌は噂であるがと断っているが、料金は月額5ドル(580円)だと報じている。

(注)T-Mobile's trial balloon(BusinessWeek online / August 14 2006)

 AT&Tも2006年末か2007年に、安い「アット・ホーム」モバイル通話を2つのサービスで提供することを検討しているという。(前掲ビジネス・ウイーク電子版)1つは、携帯電話(GSM)/WiFiのデュアル・モード端末によるサービスで、住居もしくは企業の構内ではWiFi網経由で固定電話発信が可能な「BT ヒュージョン」と同様のサービスである。AT&Tが計画しているもう1つのサービスは、子会社のシンギュラー・ワイヤレスの顧客に対し、特定のAT&Tの住宅用電話(番号)からの発信および着信通話を、月額2.99ドルの定額料金で可能にする「Mobile2Home」と呼ばれるサービスである。コネチカット州で行われている試行では強い需要が見られ、AT&Tの責任者も「関心の強さに驚いている」と語っている。

■携帯電話をめぐる新経営戦略の模索

 世界最大(株価総額で)の通信会社であるボーダフォンは、従来「Mobile only」と「Go global」においてきた経営戦略の軸足を、固定網のブロードバンドを含む「総合通信ソリューション」の提供に移すことを、去る5月に表明している。モバイル・サービスの提供だけでは顧客の要望に応じられないと認識したこと、市場の成長率の鈍化にともない脆弱化した同社の「モバイル・オンリー」の事業ポートフォリオの再構築に踏切ったものと受けとめられている。当面、モバイルが同社のコア・ビジネスであることに変わりはないが、再販ベースで(ドイツでは固定通信子会社のArcorを活用)ブロードバンド(DSL)を顧客に提供するなど、FMSだけでなくFMCを視野に入れた事業展開を計画している。しかし、アナリストなどは“too little,too late”と概して厳しい評価をしている。

 ブランド統一に合わせてフランス・テレコムのインターネット子会社ワナドゥーをオレンジに統合したのを契機に、オレンジUKは、契約期間18ヶ月以上で月額30ポンド(6,600円)以上のモバイル料金プランを契約している顧客に、ライブボックス・モデム(ブロードバンド終端装置)とブロードバンドを無料で提供する。狙いはブロードバンドの顧客ベースの拡大と高利用の携帯電話利用層の維持である。オレンジのアプローチは、サービスを提供している国ごとに競争および料金設定の自由度のレベル、オレンジの当該市場におけるポジションおよび資産の差異を反映して決定するという方針によるものだ。

 オレンジUKのこのケースは、長期契約顧客の拡大を狙ってブロードバンドの無料提供に踏切ったカーフォン・ウェアハウスに対抗するのが狙いだった。当初は携帯電話の販売会社だった同社は、2003年2月に再販ベースの固定電話事業に進出し、現在そのサービス「TalkTalk」は260万の顧客を獲得している。去る4月に同社は、契約期間18ヶ月以上で月額20.99ポンド(4,600円)以上の料金プランを契約した顧客に、ブロードバンドを「無料」で提供するキャンペーンを開始して大きな反響を呼んでいる。現時点までに予想を上回る約60万の申し込みがあったという(注)

(注)BT considers cheap telephone calls(Financial Times online / July 19 2006)
  ブロードバンド・インターネットによるデータ利用は1ヶ月40Gバイトを超えると超過料金が必要。

 英国を本拠に衛星テレビ放送を提供しているBSkyB(British Sky Broadcasting)は、最近、有料テレビ受信契約をしている顧客に、ブロードバンド(DSL)を無料で提供することを明らかにした。同社の双方向ビデオ・サービスの普及促進を狙っていると見られている。所要投資額は今後3年間で4億ポンド(880億円)と見込まれるが、同社は激安電話事業にも進出する。料金は国内利用無制限の通話パッケージが月額5ポンド(1,100円)とライン・レンタル料9ポンド(2,000円)である。

 テレコム・オーストリアは、今年6月にモバイル・サービスと電話サービスをともなわない「裸の(naked)DSL」によるインターネット接続だけのバンドル・サービスを開始した。顧客は競争相手の音声およびビデオ・アプリケーションを契約することも可能だが、テレコム・オーストリアの狙いは顧客の音声ニーズを同社の携帯電話に誘導することだ。同社の携帯電話と「裸のDSL」のバンドル・サービスは月額29.9ユーロ(4,400円)から(別々に契約すれば58.9ユーロ(8,650円))の料金である。これに月額3ユーロ(440円)をプラスすれば携帯電話から国内の固定電話へ無制限の通話ができる。さらに、5ユーロ(735円)の追加で国内モバイル番号への無制限の通話が可能になる(注)

(注)これらの戦略には、既存通信会社のテレコム・オーストリアがモバイルに強みを持つ一方で、ブロードバンド(DSL)ではケーブル・テレビ会社が70%のシェアを占め「トリプル・プレイ」を提供するなど、テレコム・オーストリアが劣勢にある状況が反映されている。

■FMC(固定/移動融合)対FMS(固定/移動代替)

 「裸のDSL」(DSLを提供する通信会社による固定回線の音声サービスの提供を受けることなく、ブロードバンド・サービスだけを利用できる)が定着したことが、FMS(固定/移動代替)市場を広げる原動力になった、と前掲のトータル・テレコム誌(2006年7月号)は指摘している。テレコム・オーストリアの事例に見るように、携帯電話と「裸のDSLだけのバンドル・サービスで「トリプル・プレイ」が実現する。現時点で、FMSは固定網市場を侵蝕して成功しているように見える。しかし、問題は「ホーム・ゾーン」サービスを固定電話と同等の料金にしたことによる減収をカバーして、固定網市場の侵蝕による成長を何時まで続けられるかではないか。

 前掲のトータル・テレコム誌(2006年7月号)によると、オレンジの幹部は「長期的に見れば、FMC(融合)はFMS(代替)よりもチャンスがある。しかし、FMS(代替)にもなお多くのチャンスが残されている。例えば欧州におけるモバイルの普及率は、住宅用市場の70〜100%に対し、法人市場は20%と低い。」と語っている。当面は、先行するFMS(代替)に対しFMC(融合)が巻き返しに出るという両者のせめぎ合いが続くのではないか。その間、モバイル料金の低落傾向は止らないだろう。

 FMC(融合)が長期的に優位にあるとしても、モバイル・コールの70%は屋内から発信されており、融合の進展は、屋内のWiFiネットワーク内からの通話がモバイル価格(欧州平均15ユーロ・セント/分(22円))から固定電話価格(同3ユーロ・セント/分(4.4円)へ値下りすることを意味し、移動通信会社の音声料金に重大な影響を及ぼすことになる、とメリル・リンチのアナリストは指摘している。(前掲ト−タル・テレコム誌/2006年7月号)

 調査会社のオーバムは、通信会社は長期的にはIPをベースとする「融合されたエンド・ツー・エンドのネットワーク」の構築に向かって進んでいるが、真の融合はもっと先になるのではないかと次のように指摘している。「OECD加盟国は、次世代ネットワーク(NGN)の固定網部分については2012年までに完成するとみられるが、次世代モバイル・インフラストラクチャーは2020年まで完成しないだろう。」2つのネットワーク・インテリジェンスの統合は、長期間かつ大規模な作業となるだろうという。その間、通信会社はその組織構造、ブランドおよび料金請求システムなどの融合に努力すべきだ。恐らく最も重要なことは、顧客にとって理解し易く、また利用し易い融合サービスのための基盤作りであろう、と指摘している。(前掲トータル・テレコム誌/2006年7月号)

 このような視点からは、モバイル通信、ブロードバンド・インターネット、IPTV、ビジネス向け通信サービスなど固定電話以外のブランドと組織をオレンジに統合したフランス・テレコムの決断が、高く評価されているのはもっともだと思われる。

特別研究員 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
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