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InfoComアイ
2007年1月掲載

米国の電話会社のテレビ戦略と規制緩和

 AT&Tやベライゾンなどの米大手電話会社のテレビ事業進出が本格的に動き出した。一方、ケーブル・テレビ会社による電話サービス進出も進み、現時点で800万に達している。両陣営とも多額の投資を行ってネットワークの高度化に取り組み、激しくなる両者間の競争で優位に立とうと全力をあげている。特に、両電話会社は社運を賭けて加入者アクセス網の光ファイバー化を進め、サービスの差別化で生き残りを図りたいと意欲的である。しかし、大容量の光インフラを効果的に活用するには、オン・デマンドTVだけでなく加入方式のストリーミングTVへの進出が決め手になるが、それに向けた戦略は採用する技術を含め電話会社で異なっている。また、電話会社のテレビ事業進出をサポートして競争促進を図りたいFCCは、規制を緩和する新規則を制定したが、それを巡って再び1990年代末の訴訟合戦が起きるのではないかという懸念も広がっている。

■AT&T、U-verseにHDチャンネルを追加

 米国の電話会社第1位のAT&Tが、参入して間がない同社のテレビ・サービスに、大手のケーブル・テレビ会社が提供しているよりも多い27もの高精細(HD)チャンネルを追加し、ケーブル・テレビ産業との競争にスピード・アップしている、とウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙(注)が報じている。

(注)AT&T raises TV stakes with bigger HD lineup(The Wall Street Journal / December 19,2006)

 AT&Tは、その本社所在地であるテキサス州サンアントニオで、U-verseと銘打って2005年夏に開始した同社のテレビ・サービスの拡充を進めており、その中でHDテレビ・チャンネルの追加が計画されていた。この計画に詳しい同社のスタッフによると、AT&Tはヒューストン(テキサス州)でもHDテレビ・サービスを追加し、サンフランシスコ(カリフォルニア州)、ニュー・ヘブンおよびハートフォード(コネチカット州)でHDテレビを含むテレビ・サービスを開始しようと計画しているという。

(表)AT&Tのテレビサービス(U-verse)の料金

注:※の料金には1台のデジタル・ビデオ・レコーダーと2台のセット・トップ・ボックスを含む。
チャンネ数 月額料金
100+ 44ドル
190+ ※59ドル
240+ ※79ドル
300+ ※99ドル

 最近まで、AT&Tのテレビ・サービス、U-verseは標準(SD)チャンネルしか提供しておらず、HDテレビ受像機を購入した多くの米国の家庭から不満の声があがっていた。この時点でのHDテレビ27チャンネルの追加は、電話サービスの提供に素早く動いたケーブル・テレビに対して、テレビ・サービスの展開の遅れに苦しんできたAT&Tにとって画期的な動きであると前掲のWSJ紙は評価している。しかし、AT&Tは依然としてテレビ・サービスの遅れに直面している。同社は昨年末までに13市場でテレビ・サービスを提供するよう計画していたが、そのうちのいくつかは2007年早期になると見られている。

 AT&Tのテレビ・サービスの展開に疑問が持たれているのは、同社がテレビ信号を伝送する技術としてインターネット技術(IPTV)を採用しているからだ。最近では、他の電話会社でもこの伝送方式を使い始めているが、AT&Tのテレビ・サービス計画はその新サービスおよび規模の点で最もアグレッシブであり、今後未知の領域で極めて厳しいテストを経る必要があるという。因みに、AT&Tは2008年末までに、1,900万世帯で同社のテレビ・サービス、U-verse を利用できるようにするよう計画している。

 IPテレビの技術は、ウェブ・ページと同様一度に伝送するチャンネルは一つだけであり、この点でセットトップ・ボックスにすべてのチャンネルを一度に伝送する現在のケーブル・テレビ技術よりも優れている。例えば、IPテレビの技術では伝送できるチャンネル数には制約がない。既にAT&TはこのIPテレビ技術の強みを生かして、他のケーブル・テレビ会社が提供しているチャンネル数よりも多い27チャンネルのHDテレビを提供している。因みに、米国最大のケーブル・テレビ会社であるコムキャストが提供しているHDテレビは多くのシステムで約20チャンネルである。

 AT&Tは競争相手が提供できない新サービスも提供している。同社の高速インターネット・サービスを利用するU-verseの加入者は、彼らのAT&T Yahoo アカウント(口座)からデジタル‐ビデオ・レコーダーにプログラムすることができる。例えば、「Desperate Housewives」のような人気番組をインターネット経由で録画できる。

 米国の電話会社は、1990年代にテレビ・ビジネスへの参入を試みたが徒労に終わった。しかし、今日その必要性はさらに切迫している。ケーブル・テレビ会社はすでに何百万もの電話会社の顧客と契約を交わし、すべての通信サービスでドミナント・プロバイダーとなると脅している。AT&Tの最大の挑戦は、何百万もの世帯にU-verseを直ちに配信可能であることを実証することである、と前掲のWSJ紙は指摘している。AT&Tが今日までにU-verseサービスを提供しているのは、僅かにテキサス州のヒューストンとサンアントニオの一部である。AT&Tは昨年10月以降その加入数を公表していないが、昨年10月時点ではサンアントニオでU-verseサービスの提供が可能な世帯数は3万で、契約数は3,000ということだった。

 前掲のWSJ紙によると、AT&Tの幹部は、新しい市場の追加を開始する決断は、彼らのIPTV技術に対する自信を反映している、悪い製品で市場に出て行けば、評判は泥まみれになる、と語っているという。AT&Tがケーブル・テレビ産業との対決にインターネット技術を選択したことは、技術面からのイノベーションの重要性を浮き彫にした。多くの電話会社とケーブル・テレビ会社は、いずれそのネットワークに当初想定していた以上のことをやらせる方法を如何にして見いだすかで鎬を削ることになるだろうという。

 特に、AT&Tが展開しているアクセス・ネットワークはFTTN(Fiber To The Node)と称する、ノードまでは光ファイバー、ノードから加入者宅内までは在来の銅線を活用する方式(VDSL)であるため、音声伝送の100〜140倍の帯域を必要とするHDTV(前掲WSJ紙)を伝送するのに、ことさら困難をともなうと見られていた。そのため今回のHDTVの追加でも、同一世帯で同時に視聴できるのは1チャンネルに限られる。AT&Tは2007年には2チャンネルの同時視聴が可能になるとしている。

 一方、AT&T以外の電話会社は、IPTVは技術的成熟度が今ひとつで、現時点での導入は時機早尚と考えているようだ。例えば米国2位の電話会社ベライゾン・コミュニケーションズは、顧客の住居まで光ファイバー回線に取り替える(FTTP:Fiber To The Premises)プロジェクトを推進しているが、同社は標準的なケーブル・テレビの技術(セットトップボックスまで全チャンネルを伝送する)を使ってテレビ・サービスを開始した。

(注)ベライゾンのFTTPは1顧客当たり投資額が500~600ドルである。これに対し,AT&TのFTTNは250〜300ドルと約半分で、成功すれば投資効率の高い技術として評価されるだろう。(Your television is ringing / Turning in to the future(The Economist / October 14 2006)

 同じ時期にケーブル・テレビ会社は、住宅用の電話、広帯域インターネットおよびテレビ・サービスの提供(トリプル・プレイ)の競争で、ようやくテレビ・サービスを開始したばかりの電話会社をリードしている。ケーブル・テレビ会社は、AT&TがU-verseに使った同じインターネット技術を使って、現時点で約800万の加入者に電話サービスを提供している。

■べライゾンはFiOSサービスの販売体制の整備を急ぐ

 米国2位の電話会社ベライゾン・コミュニケーションズは、同社のFiOS(fiber-optic service)テレビ、電話および高速インターネット・サービスの販売を促進するため、メールボックスをメッセージで溢れさせ、戸別訪問を行ない、タダでアイスクリームを配ることまでやっている、とAPは伝えている。

(注)Verizon shows FiOS wares at its own shops(The Associated Press / 27 December,2006)

 FiOSは、顧客の住居まで敷設した新しい光ファイバー回線を使って、顧客の通信需要のすべてにワンストップ・ショプで対応できるようにする、ベライゾンの最も野心的なプロジェクトの一つである。しかし、FiOSのインフラストラクチャーを構築するコストは信じられないほど高く、同社はネットワークの更改に230億ドル(2兆7,600億円:前掲のAP電による、従来は180億ドルとしていた)の投資が必要と予測している。

 ベライゾンによると、現在全米7州でFiOSサービスを開始しており、同サービスを利用できる世帯数は約100万で、そのうち同社の加入数は11.8万である。特に競争が激しい地域はワシントンD.C.および北バージニアだという。ベライゾンは、アップルやその他のハイテク企業の後を追って、FiOSサービスを展示する店舗をショッピング・モールに開設した。ベライゾン・エクスペリエンスと称するこれらの店舗では、新しい機器を実際に試したり、コンピュータ・ゲームをしたり、HDテレビの受像機のまえで時間を過ごしたりして、これらのサービスがFiOSによって如何にその性能を高めているかを確かめることができる。FiOSは、同社の銅線の電話網を高速・大容量の光ファイバー回線に取り替える必要があり、多額の投資が必要である。

 電話会社の関連会社である携帯電話会社では、携帯電話端末の販売やサービスの契約のために、モールやその他の場所に小売直売店を開設し、運営してきた長い経験がある。しかし、プロバイダーが彼らの製品をBest BuyやCircuit City Storesなどの家電量販店で販売することを常態としているケーブルや衛星テレビ業界にあっては、ベライゾンはその直営店であるエクスペリエンス・ストアを新しいコンセプトだと考えている。前掲のAPによれば、ベライゾン・エクスペリエンス・ストアは、アップルがそのPC、ソフトウエアおよびiPodを展示販売する店舗(2001年以降全世界に147店舗を開設)に最も良く似ているという。エクスぺリエンス・ストアの第1号店は、昨年12月15日に5,000平方フィートの規模のFairfaxストア(バージニア州)を、Fair Oaks モール内に従業員20人でスタートした。

 ベライゾンの販売担当者は、FiOSが利用できるようになった近隣一帯を戸別訪問して、積極的に販売にあたっている。ダイレクト・メールによる広告も頻繁に送付し、さらに、FiOSサービが利用できるようになった近隣一帯にアイスクリーム・トラックを送り込んで、彼らの住所でサービスが受けられるかどうかをチェックしに訪れた人達に、無料でアイスクリームを振舞うことまでやっているという。

 電話会社のトリプル・プレー・サービスは高くつくかもしれない。しかし、電話会社にとっては、この市場は間違いなく次の主戦場になる。その時、光ファイバー回線が差別化に効果を発揮してくれること期待して、現時点における投資負担の重圧に耐えているのだろう。闘う主な相手は先行するケーブル・テレビである。ケーブル・テレビ側も同様な状況にあり、トリプル・プレーに進出しなければ生き残ることは困難だ。消費者にどちらを選ぶかを確信させるためのお金の支出は、今後3〜5年間に恐らく益々増加するだろう、と前掲のAPは報じている。しかし、多額の投資を必要とするにもかかわらず、競争激化で収益は逆に下降するというリスクもある。因みにFairFaxにおける支配的なケーブル・テレビ会社Cox Communicationsのブロードバンド・インターネット、電話およびテレビ・サービスのバンドル料金は月額79ドル(9,500円)まで低下しているという。

■FCC、通信会社のテレビ参入を促進する規則を制定

 FCC(米国連邦通信委員会)は昨年12月20日に、ケーブル・テレビ会社と競争している通信会社が、テレビ・サービスをより容易に導入できるようにする新しいフランチャイズ規則を採択した。競争促進によって消費者のコストを削減することを狙ったこの新規則は、ケーブル・テレビ会社と電話会社の双方が、多チャンネル・テレビ、高速インターネットおよび電話サービスのバンドル・サービスで顧客を勧誘するようになるにつれて、両ライバル間の前例のないレベルの直接競争が出現するなかで誕生した、とフィナンシャル・タイムズ(FT)は指摘している(注)

(注)Telecoms groups gain TV boost(Financial Times online / December 21 2006)

 FCCの新規則は、新規参入事業者からのフランチャイズ申請を、権限を持つ市町村当局が審査するにあたって、正当な理由のない遅延を制限することを意図している。新規則は、市町村当局に対して、競争事業者がその路線権(rights-of-way)へのアクセスを申請する場合は審査を90日以内に終了させること、そうでない事業者の場合は6ヶ月以内に審査を終了することを求めている。新規則にはこの他、市町村当局が新規参入事業者に既存事業者よりも早く新システムの構築を強制すること、新規参入事業者に5%を超えるフランチャイズ・フィーの支払いを求めることも禁じている。

 新規則は、現時点では米国内の限られた地域でしかサービスを提供していないAT&Tやベライゾンのような通信会社のテレビ・サービスの展開速度を、一気に早める効果があるかもしれないという。また、競争を促進することによって値上りが続くケーブル・テレビの料金の抑制とサービス・プロバイダーと放送番組の選択の拡大を実現しようとしている。

 新規則は委員の投票で採決された。賛成の3票は共和党系の委員によるもので、反対の2票は民主党系の委員によるものだった。反対票を投じた民主党系委員は、競争相手の新規参入に障壁があるとするFCCの証拠に疑念を表明している。ケーブル・テレビの業界団体であるNCTA(National Cable and Telecommunications Association)も、今日まで連邦、州および市町村レベルのすべてから支持されてきた「公平な競争条件」の確保は、新規則では担保されていないと批判し、そもそもFCCには既存事業者(ケーブル・テレビ)と新規参入者(通信会社)のために異なる制度を制定する法的権限があるのか、と疑問を呈している(注)。議会で多数派となった民主党が、次の下院エネルギーおよび商業委員会の議長に予定しているJohn Dingel氏も、規則制定以前から、FCCにケーブル・テレビ事業の競争者の新規参入を容易にする規則を制定する法的な権限があるのか、と疑問視していたという。

(注)Why the new FCC rules may bring lawsuits(BusinessWeek online / December 21,2006)

 いずれ、ケーブル・テレビ側が訴訟で争うのは確実と見られ、1990年代末の不毛の訴訟合戦が再び起きて混乱すると危惧する向きもある。しかし、値上りが続くケーブル・テレビ料金を抑制するために、新規参入の障壁を低くして競争を促進するという大義名分を、完全に否定するのは難しいのではないか。

特別研究員 本間 雅雄
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