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2007年2月掲載

ベライゾンの業績低迷脱却戦略

 NTTを含め、世界の既存の(incumbent)通信会社は、売上げの大部分を占めていた伝統的な固定電話サービスの衰退にともなう利益の減少を、携帯電話やブロードバンドなどの新市場への進出で補い、何とか成長を続けたいと懸命に努力している。しかし、これらの新市場は競争が激しく、通信会社相互の競争にとどまらず、ケーブル・テレビやネット企業など他市場からの参入も激しく、携帯電話事業を除いて、利益を上げるのが難しい状況である。しかし、米国第2位の通信会社ベライゾンが、2007年第4四半期の業績で、これらの低迷状況から何とか抜け出したのではないか、とみられている。今後もこの傾向が定着するのか、判然としないところもあるが、同社が取り組んでいる業績低迷から抜け出す(turnaround)戦略を紹介する。

■モバイル事業が牽引

 サイデンバーグCEOのもとで、米国第2位の通信会社ベライゾン・コミュニケーションズは、過去何十年間もやってきた生活必需品を供給する電話会社としての役割を薄め、プレミアム通信サービスのプロバイダーとしての新たなポジショニングにトライしている。この目標を達成するために、ベライゾンは180億ドル(2兆1600億円)を投じて、電話だけでなくインターネット接続およびありとあらゆるテレビとビデオの配信が可能なネットワークの構築を推進している。最大のライバルであるAT&Tも、ネットワークのアップグレードに取り組んでいるが、その投資額は遥に少ない46億ドル(5500億円)である。このような比較は、ウオール街の投資家の敏感なマインドを怯えさせていた。多くのアナリストと投資家は、ベライゾンの巨額投資がそれに見合った巨額な収益を生み出せるのか、疑問に思っていたからだ。しかし、1月29日に同社が発表した2006年第4四半期の業績は、サイデンバーグCEOの大胆な戦略が実を結びつつあることを示す新たな証拠を提供した、とビジネスウイーク電子版は書いている(注1)

(注1)Verizon's big bet starts to pay off(BusinessWeek online / January 30,2007)

 ベライゾンの第4四半期の業績は、資産の売却にともなう税金および事業の分離にともなう費用の計上で減益になったものの、ウオール街の予想を幾つかの点で上回った。同社の携帯電話事業であるベライゾン・ワイヤレスは同社を牽引する役割を果したし、法人向けビジネスは業績が改善に向かう徴候を見せ、ビデオおよびブロードバンドの新市場も勢いがついてきた。S&Pのアナリストも「堅実な四半期だった」と評価しており、株価も業績改善を織り込んで、昨年11月末から12%超値上りしている。

 ベライゾンの第四半期の売上高は、226億ドルで前年同期比26%の増加となった。増収の大部分は、2006年の早い時期に合併した長距離通信事業のMCIの収入が寄与したもので、これを除いた同社の売上高の増加率は前年同期比4%だった。当期の営業利益は34億ドルで、前年同期から11%増加した。純利益は、6.3億ドル(38%)減の10.3億ドル(1240億円)となったが、その主な理由は、ドミニカ共和国における通信設備の売却にともなう税金5.4億ドルおよび同社の番号帳事業のスピン・オフによって生じた費用1億ドルなどで、これらの特殊要因を除けば実質増益だった(注2)

(注2)ライバルのAT&Tの第4四半期における売上高は159億ドルで、前年同期比23%の増加だった。営業利益は26億ドルで128%増、純利益は19億ドルで23%の増加となった。旧AT&Tを合併したことが増収増益に大きく寄与したが、特に注目すべきは統合によるコスト節減である。AT&Tは、2007年の合併にともなうコスト節減額を、当初見込みを上回る8〜12億ドルと想定している。

 ベライゾン・ワイヤレス(ベライゾン55%、ボーダフォン45%の合弁事業)は、ここ数年間、低迷するベライゾンの他の事業に代わって注目を集めてきた。第4四半期には230万の顧客の純増を確保して、2006年末加入数を5910万とした。アナリストの予想は200万未満だった。なお、AT&Tの携帯電話事業(AT&Tによるベルサウスの買収完了にともなって、1月15日にシンギュラー・ワイヤレスから名称をAT&Tワイヤレスに変更した)は240万の顧客の純増によって2006年末加入数は6100万となった。

 第4四半期におけるベライゾン・ワイヤレスの顧客の純増は、シンギュラーのそれを下回ったもの、アナリストはベライゾンの方が、収入額およびロイヤリティという尺度からみて、「より高い質」の顧客を惹きつけているとみている。その証明としてアナリストは、ベライゾンの純増230万のうち88%は2年間の契約をした「ポスト・カード」顧客だったことを挙げている。これに対し、AT&Tの純増240万のうち「ポスト・カード」顧客は67%にとどまっている。その他の顧客のほとんどは「プリ・ペイド」顧客で、多くは18才未満の若者もしくは通常のコーリング・プランを契約するのに必要な手段(社会保険番号や預金口座など)を持たない人達である。この結果、ベライゾンの第4四半期の平均月額収入(ARPU)は2.9%増の50.8ドルとなり、アナリストの予想を1ドル強上回った(注3)

(注3)ベライゾンとAT&Tの携帯電話事業の加入者純増数が好調だったのは、第3位のスプリントの不振も影響している。スプリントは、合併したネクステルとのネットワーク統合が円滑に進まず、混迷している。

 ベライゾンの携帯電話事業は、成長力でも大手の競争企業を上回った。ベライゾン・ワイヤレスの第4四半期の売上高は、前年同期比16%増の101億ドル(1兆2100億円)となり、市場第1位を維持している(注4)。売上の増加に大きく寄与したのはワイヤレス・データでデータARPUは7.9ドル、売上に占める比率は16%となった。また、解約率(月平均)も大方の予想より低い1.1%(市場第1位)で、AT&Tの1.8%を下回った。

(注4)AT&Tのモバイル事業の2006年第4四半期における売上高は98億ドルで、前年度同期比10%の増加だった。AT&Tは加入数でトップだが,売上高はベライゾンに次いで2位である。

■光ベースのブロードバンド事業が成長

 ベライゾンの電話事業は、依然として加入者の減少が続いている。特に住宅用電話の解約が増えて、2006年末は2005年末に対し6%の減少となった。当然電話事業の売上高の減少するが、その減少を他の成長サービスで相殺できるかが課題になる。具体的には、DSLとインターネット接続、高速ブロードバンドおよびテレビ・ネットワーク、合併した旧MCIの企業向けサービスなどである。この結果、固定通信事業の第4四半期における売上高は、前年同期比3.5%減の127.3億ドル(1兆5300億円)となり、第3四半期の売上高減少率4.7%に対し若干の改善になった。アナリストの予想よりも落ち込みが少なかったとはいえ、電話事業の減収を補いきれなかった。

 電話事業の減収を補うのに貢献したのは、新高速ブロードバンドと企業顧客向けサービスだった。第4四半期に、ベライゾンは、16.5万の新しい光ファイバー・ベースのFiOSブロードバンド・サービスを含む、40.9万の新高速ブロードバンド顧客を増やした。ベライゾンによると、FiOSインターネットの加入者は2006年末現在で68.7万になったという。このことは、FiOSサービスが提供可能な地域では、14%の普及率となったことを意味している。アナリストは、これらの光ベースのサービスは顧客に反響を呼んでおり、市場浸透率は当初予想を上回っている、と期待している。

 第4四半期における最大のサプライズは、ベライゾンによるテレビ・サービスの新たな販売努力とそれに対抗するコムキャストおよびケーブルビジョンなどのケーブル・テレビ会社からの強い反撃(注5)だった、と前掲のビジネスウイーク電子版は指摘している。ベライゾンは、600万世帯に光ファイバーを敷設し、ケーブル・テレビ放送技術で受信できるよう設備の整備を進めている。

(注5)過去10年間におけるケーブル・テレビ大手5社のネットワークの高度化(デジタル化が主な目的)に対する投資額は、1100億ドル(13兆2000億円)にのぼった。2006年第3四半期末現在で大手5社の提供するネット・ベースの電話サービスは約600万となった。これに対しベライゾンとAT&Tが提供する光ベースのテレビ・サービスは2006年末で22.2万に過ぎない。(Lightspeedユs slow start / BuzinessWeek / Februry 12,007)

 第4四半期には、ベライゾンのテレビ事業はアナリスとの予想を楽々と上回った。2006年にベライゾンは20.7万の顧客とFiOSテレビの契約をした(注6)が、この数もアナリストが予想した18.1万を上回った。これに対してAT&Tは、同等のサービスであるU-verseの契約件数が1.5万件にとどまった(注7)。「ベライゾンは、市場をより早く獲得するため、証明済みの(ケーブル・テレビに使われている)技術を選んだ。今年は、もっとうまくいく予感がする。我々には勢いがある。」と同社のテレビ・ソリューション担当の上級副社長は語っている。(前掲BusinessWeek online / January 30,2007)

(注6)ベライゾンのFiOSテレビが受信可能な世帯は2006年末で240万、2006年末における契約率は9%である。

(注7)AT&Tは、現在11市場でIPTVサービスを提供しているが、マイクロソフト社製のソフトウエアに問題がって、展開が遅れていることを認めた。問題が解決するまで積極的なマーケティング活動を控えるという。しかし、解決できる見通しがあるとも述べている。(AT&Tユs delivery of TV hits a glitch / The Wall Street Journal /26 January 2007)

■ベライゾンが直面するリスク

 しかし、ベライゾンはもっとずっと大きな資金上のリスクに直面している。同社のネットワーク・システムは、直接各住居まで光ファイバー(住居内はメタリックの配線)を敷設する必要があるため、AT&Tの3倍以上のコスト(注8)がかかる。これに対してAT&Tは、各世帯の「近隣」まで光ファイバーを敷設し、そこから各世帯までは既設の銅線を使ってビデオを伝送するIPTVシステムを採用した。

(注8)1加入あたりの投資額は、ベライゾンの1750ドル(21万円)に対し、AT&Tは450ドル。AT&Tによると、「近隣」から加入者宅までの銅線ループの平均距離は3000フィート(1km弱)。通常数百フィートを超えると、減衰によって複数のHDTVの配信は困難と見られている。これに対してAT&Tは2ワイヤーをボンディングして伝送容量を2倍にすることを検討している。(前掲BusinessWeek / February12,007)

 ビデオ・サービスに対する投資が割高であるにもかかわらず、ベライゾンは2011年までにこの事業で利益を上げることができるだろうと、UBS証券のアナリストは期待している。ベライゾンの超広帯域ネットワークは、より高い料金でも、より多くのビデオ、インターネットおよび電話の顧客を惹きつけることができる、と確信しているからだ。ベライゾンのFiOSネットワークは、AT&Tのネットワークよりも4倍の売上げをあげることができるとみている。

 最近の数年間、企業顧客向け市場(売上げによる)の規模は小さくなっているにもかかわらず、ベライゾンの法人向け事業は安定しつつあるようだ。同事業の第4四半期における売上高は53億ドル(6400億円)で、前年同期比2.7%増加した。大部分のアナリストは売上高が若干減少すると予想していた。ベライゾンによると、コンサルティング・サービスとブロードバンド接続に強い需要があるという。さらに、同社はMCIの統合にともなう2007年の費用節減目標を、8.25億ドルから9億ドル(1100億円)に引上げた。ベライゾンのCFO(最高財務責任者)は、「我々は、第4四半期の成果は重要な方向転換だったと確信している。ベライゾンの法人向け事業には、今後も市場シェアを高め、効率を上げる多くの機会が存在している。」と語っている。(前掲BusinessWeek online / January 30,2007)

 AT&Tがベルサウスを合併し、携帯電話事業の完全支配を実現したことで、この市場での競争は一層激しくなるだろう。そのよう状況の中で、この「勢い」を継続するためには、ベライゾンは携帯電話事業で業績をさらに向上させる必要がある。特に、同社が今後数ヵ月以内に導入する新しいモバイル・テレビ・サービス(クアルコム社のメディア・フローのプラットフォームを使った)の成否が鍵になるだろうという。さらに、ベライゾンは、新たに進出したブロードバンドおよびビデオ市場で、攻勢を強めているライバルのケーブル・テレビ産業に対抗して、市場を獲得し続ける必要がる、と前掲のBusinessWeek online / January 30,2007は指摘している。他方、ベライゾンは去る1月中旬に、利益率の低い北部3州(メイン、ニュー・ハンプシャーおよびバーモント)の地域通信事業をスピン・オフしてフェアポイント・コミュニケーションズと共同で運営する会社を設立する計画を公表している。ベライゾンは、効率の低い市場からは撤退し、プレミアム通信事業に特化する戦略に踏み出したのではないか。

特別研究員 本間 雅雄
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