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2007年3月掲載

ICT国際競争力懇談会の「中間とりまとめ」を考える

総務相の諮問組織、ICT(情報通信技術)国際競争力懇談会が、去る1月22日に「中間とりまとめ」を公表した。「中間とりまとめ」の提言の内容を要約すれば、わが国のICT産業を国内志向の「鎖国」状態から、再び海外志向のマーケット体制を持った「開国」に向けて誘導し、競争力を強化することにより日本の稼ぎ頭産業に変革し、我が国の経済成長に寄与するというものだ。提言は、4月に予定している「最終取りまとめ」を踏まえ、政府は新たに設立する「ICT国際競争力会議(仮称)」のもとで早急に「ICT国際競争力強化プログラム」を策定し、政策資源の集中と選択、産学官の連携強化などにより、我が国が完全デジタル元年を迎える2011年までに、ICT産業の国際競争力強化を実現すべきである、としている。以下に、「中間とりまとめ」における問題意識、提言のポイントおよびその問題点について考える。

■我が国のICT産業は何故「惨憺たる状況」に陥ったか

 ICTの国内市場は、先進的なICT環境が整備されつつある一方で、情報通信機器市場は成熟し、今後、大きな成長は見込めない。他方、グローバル市場は飛躍的な拡大を続けており、その中心は欧米から中国やインドを始めとするアジア地域やBRICs諸国に移行しつつあり、その市場を巡って競争が激しさを増している。わが国のICT産業(注1)が生き延びていくためには、自動車産業の様にこのグローバル市場を先導し、貢献していく環境を整える必要があり、「中間とりまとめ」はこのような観点から提言を行っている。

(注1)ICT産業とは、通信業、放送業、情報通信関連製造業、情報通信関連サービス業など「情報の生産・加工・蓄積・流通・供給を行う業並びにこれらに必要な素材・機器の提供等を行う関連業」(中間とりまとめ)

 「中間とりまとめ」は我が国のICT産業の現状について、極めて厳しい見方をしている。1980年代には情報通信分野でも、日本企業に「技術力」と「価格」に裏付けられた「自信」と「輝き」があったが、現時点におけるICTの世界市場では、一部の機器を除き日本企業は「惨憺たる状況に陥っており、復活の兆しさえ見えない」と評価している。

 「中間とりまとめ」で例に挙げられているのが、携帯電話機やパソコンなどの情報通信機器である。これらの市場では、日本の主要メーカーの売上高を全て合計しても、海外主要メーカーの売上高に及ばない。半導体では、米国や韓国に大きく差つけられている。第2世代携帯電話では日本方式を採用している国はない。第3世代携帯電話(3G)では標準化に成功したものの、特許の多くを海外企業が保有したため、端末製造にあたって多額のライセンス料の支払を余儀なくされている。テレビ受信機のシェアは高いが、デジタル放送における日本方式採用国は、現時点でブラジルだけである。コンテンツ分野では、韓国等アジア諸国が輸出を増加させる中で、我が国は輸入超過が続いている。ベンチャー企業がイノベーションにより世界を代表する企業に育っていく状況にもない。そして、このような「惨憺たる状況」について、産学官が認識を共有し抜本的に現状を打破するような取り組みが十分に行われていない。これが我が国のICT産業の現状である、と総括している。

 我が国のICT産業がこのような「惨憺たる状況」に陥った原因について「中間とりまとめ」は以下の3点を挙げている。第1に、ITバブルの崩壊などで多くの企業が体力を消耗し、海外市場開拓にリソースを振り向けることが難しくなったこと、また、国内市場がICT製品やサービスに関心の高い消費者を持ち、その中で利益を得られる程度の十分な規模があり、キャリアの市場戦略を中核においた高機能化志向が強かったことから、日本企業は国内市場に偏重した活動を行ってきた。さらに、情報通信分野における競争環境が十分でなかったことや通信・放送の関連制度が技術革新に十分対応できていなかったことも大きな要因だったとしている。

 第2に、ICTのように、技術革新(モジュール化、オープン化、ベストヱフォート等)が激しく、ネットワーク化が不可欠で、ネットワークインフラの特性に製品・サービスが規定され市場については、国際競争力が著しく低下した。

 第3に、トータルな戦略性・政策の欠如と韓国等の台頭である。相対的に日本の国際競争力が低下する中で、国際展開に関して将来に向けて官民が共有するビジョンの不在も、国際競争力の低下を長年放置する結果につながった。1980年代までの国を挙げての「集中豪雨的」な海外進出に対する批判もあって、1990年代以降は政府が積極的に支援できなくなったが、企業が同時期におけるリストラの重圧の中で、標準化戦略としての国際的な学会や国際会議、トレードショウ等におけるプレゼンスを落としてきたことも大きな要因となったとしている。

■提言のポイント、「産学官の連携」

 第1は、基本戦略の必要性である。ICT産業はネットワーク型の産業であり、相互接続性を確保するための規格など技術の規格が果たす役割が非常に大きく、個々の企業の努力だけでは国際的な競争力の強化が難しいという特性がある。そこで、官民が連携して「ICTの国際競争力に関する国家的な基本戦略」の策定を行い、危機感と基本戦略(ビジョン、ストーリー、シナリオ)を共有し、国を挙げての取り組みを行うべきだとしている。

 第2は、基本戦略の中心となる4つの基本的考え方である。(1)は、「国内における通信放送・通信分野の改革を通じた国際競争力の強化戦略」である。国内市場を技術革新に対応したより競争的でグローバルな市場環境となるよう制度整備を行う。(2)は「可視化でき、官民で共有できる国際競争力強化の基本シナリオを策定し実行すること」である。この中で、産学官が連携して基本シナリオにコミットし、連携の下で具体的プログラムを国内で実行し、次いで国・地域ごとの戦略を実行し、各企業が競い合って創造性を発揮していくという4つの基本サイクルを想定している。

 (3)は、「我が国に優位性のある分野への集中と選択により日本の『強み』を最大限に生かす戦略」である。IP化によるグローバルな価値観の定着する方向が、現実には我が国が得意とする統合化、高い信頼性、ハイスペックではなく、オープン化、ベストヱフォート、フラット化という我が国が苦手な方向に向いていることを指摘して、それをどう克服するかが大き課題だとしている。(4)は、国際競争力強化の戦略構築にあたって、国内市場における戦略と国際市場における戦略が相互に連携し、「Win-Winの関係を構築できること」が国内市場偏重の考え方を打破する上で重要な視点だとしている。

 第3は、官民連携強化と役割分担である。我が国のICT産業は危機的状況に陥っているが、その大きな要因は、官民とも海外進出に対する意欲や海外展開においてリスクをとることに消極的になったことだとしている。このマインドを見直さない限り、国際競争力の強化はありえない。現状は、一企業だけでこれに対処することは不可能な状況にまで至っており、新たな官民連携方策の構築とともにキャリアとベンダーの関係など民間企業間における関係も見直さざるをえない状況にあると指摘している。

 以上の基本的考え方を踏まえて、「中間とりまとめ」は取り組むべき具体的施策として提言しているのは以下の通りである。

  1. 「ICT国際競争力会議」(仮称)の設置
  2. 通信・放送分野の改革の推進(政府与党合意に基づく「通信・放送分野の改革に関する工程プログラム」の着実な実施)
  3. 国内志向打破のための取り組み
  4. 「ナショナル・プロジェクト」の推進
  5. 「プラットフォーム開発」への注力
  6. 国際展開に備えた実証実験のできる「ユビキタス特区」の創設
  7. 「技術外交」政策の創設・展開

■「中間とりまとめ」に対する疑問

 「ICT国際競争力懇談会」は、竹中前総務相による少数の学者を中心にした「IPの進展に対応した競争ルールのあり方に関する懇談会」と異なり、ICT関連の国内有力企業のトップも参加しており、危機意識を共有しつつ広く意見を求める姿勢を示したことは評価すべきだ。しかし、「中間とりまとめ」は、新設する「ICT国際競争力会議(仮称)」を中核に、「国家プロジェクト」を推進するよう提言しているが、既に「IT戦略本部」や「知的財産戦略本部」が設置されており、司令塔ばかりが増えるのは疑問だ。それよりも、情報産業は経済産業省、通信・放送産業は総務省という縦割り行政が、情報と通信の技術が融合して新しい市場が展開される現在では、機能不全(注2)を起こしているのは明らかだ。国際展開の官民連携強化を主張するのであれば、まずは官の無策もしくは不作為が何故長期間見逃されてきたのかを総括し、その改革を提言すべきだった。

(注2)日本のICT産業が「惨憺たる状況」にありながら、「国際展開に関して将来に向けて官民が共有するビジョンの不在も、このような国際競争力の低下を長年放置することにつながった」(中間とりまとめ)

 「中間とりまとめ」は、国際競争力の強化戦略は国内の公正有効競争条件の整備とグローバルな競争環境への適合が不可欠であることを強調している。この考え方に異論はないが、この他にも考慮すべき課題が存在する。例えば、国内携帯電話市場で3社による実質的な寡占体制が続いたのは、新規参入を認めるのが遅れたからだ。周波数に制約があるとしても明らかに遅過ぎた。近く新規参入するイー・モバイルは、利用無制限のパソコン用HSDPAデータカードを月額5,980円で利用できるようにする。この料金にはインパクトがある。モバイルWiMAXの周波数割り当ても、できる限り早期に行うべきだ。より根本的には、我が国も欧米で広く採用されている周波数の競売制を導入すべきではないか。公正有効競争の推進にあたっては、設備ベースでの競争促進を基本に考えるべきだ。グローバルな競争環境の整備にあたっては、電話時代の名残である相互接続規制やNTTの業務範囲規制などから脱却し、設備ベースの競争を促進することが不可欠だ。光アクセス回線の開放義務などを課して、設備投資意慾を減退させないのがグローバルな競争環境である。

「中間とりまとめ」を読むと「懇談会」が我が国のICT産業の競争力について極めて厳しい見方をしていることがわかる。我が国は、第3世代携帯電話(3G)や光通信の技術には強いが、世界のICT機器市場のシェアは低い。例えば、携帯電話の世界市場シェアは、国内市場を含めて15%程度で、トップのノキアの半分にも達しない。IPネットワークの中核機器であるサーバーやルーター/スイッチのシェアは夫々8%、3%に過ぎない。

一方、DVDレコーダー、ビデオ・レコーダーおよびデジタル・カメラなどは国内のデジタル家電メーカーが世界市場で圧倒的なシェアを占めている。薄型テレビも、国内(ISDB-T)と異なる放送の方式を採用している北米(ATSC)および欧州(DVB-T)市場で日本メーカーは健闘している。これらの製品が「懇談会」の定義するICTではないかも知れないが、デジタル家電が国際競争力を持ち、同じデジタル製品である携帯電話に国際競争力がないのは何故なのか(注3)。国内携帯電話機メーカーの中には、松下電器のようにデジタル家電で国際競争力を持つメーカーも含まれているのに、携帯電話ではどうしてそのノウハウが生かされなかったのだろうか。

(注3)日本の携帯電話メーカーで、唯一国際競争力をもっているのはソニー・エリクソンだろう。ウォークマン携帯電話がヒットして、2006年に世界市場シェア第4位になった。同社が国際競争力を持てたのは、ソニーの技術およびブランド力とグローバル企業としてのエリクソンのノウハウのシナジー効果によるもので、海外企業との合弁は国際競争力強化の一つのソリューションになり得るのではないか。

 我が国の携帯電話機メーカーは、「おサイフケータイ」のような高機能端末を生産できる高い技術力を持っている。しかし、国内市場には10社ものメーカーがひしめき、各キャリアは2〜3ヶ月毎に新製品を出している。メーカーはその対応に手一杯で、人材および資金に余裕を失っていて、海外展開にまで手が回らずにいる(注4)。2006年における国内出荷台数は4,800万台で、1機種当りの生産台数が少なく、開発費の回収もままならない。このような状況から脱却するためには、「冷えたマインドを奮い起こすための動機付けが不可欠」(中間とりまとめ)かもしれない。

(注4)日本の携帯電話部品メーカーの国際競争力は強く、世界市場で30%のシェアを占めている。

 日本は世界でも数少ない3G大国の一つである。欧州のキャリアは3G免許の取得に巨額を投じたため資金不足に陥りその展開が遅れ、米国のキャリアは3Gの採算性に疑問を抱き躊躇していた。だから、2006年に世界で生産された携帯電話機10億台弱のうち、日本メーカーが得意とする3G電話機は日本市場を含めて数%に過ぎず、各メーカーとも採算が取れない状況だ。世界の携帯電話機メーカーが利益をあげているのは、大量に生産する100ドル未満のGSM/EDGE端末からである。GSMを手がけない日本メーカーは、これまでは高い技術力を持ちながら、国際市場で必ずしも競争優位とはいえなかった。 しかし、ここにきて3Gの高速データ・バージョンHSDPAが登場し、状況が変わってきた。欧米のキャリアも3G/HSDPAの展開には積極的である。HSDPA端末で特に優位とはいえないが、3Gの経験の長い日本メーカーが国際市場に再参入するチャンスである。

 この動機付けの一つとして「中間とりまとめ」が提起しているのが、「キャリアによる従来からのインセンティブ措置など携帯端末市場の在り方」で、「関係者間で議論し一定の方向性を出すことが望まれる」、としている。2年程度の長期契約が条件とはいえ、平均原価5万円もする端末を、代理店などが1万円で販売し(差額の4万円が実質的な販売インセンティブである)、キャリアが差額を毎月の料金から回収するという現在の仕組みに問題があることは確かだ。だからといって、「関係者間で議論し一定の方向性を出す」となれば、形を変えた談合と見られても仕方がない。

 この問題は競争を促進する中で市場の原則によって解決すべきだ。それには、先ず端末コストを引き下げる工夫が必要だ。KDDIが推進している端末の共通プラットフォーム化(KCP)などは効果が期待できそうだ。メーカー・ブランド端末や海外メーカーの端末を国内で販売することも視野に入れるべきだ。NTTドコモが手がけたモトローラの超スリム端末「MOTORAZR」の販売が好調だという。ノキアなどは100ドル未満の廉価な3G端末の市場投入を今年の課題にあげている。価格が下がれば業界再編は避けられない。再編が進めば1機種当りの生産台数も増え、コストがさらに下がり国際競争力もついてくるのではないか。

 しかし、国際市場への進出は大変骨の折れる仕事でリスクも高い。生産・開発基地の立上げ、人材の確保・育成、販売網、サービス網、物流網の整備などその地に腰を落ち着けた活動が必要であり、時間と金もかかる。自動車や家電メーカーは、半世紀に及ぶ努力の結果今日の成功があることに思いを致すべきだ。官民連携や「技術外交」に過大な期待を寄せるのは慎むべきだ。

特別研究員 本間 雅雄
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