ホーム > InfoComアイ2007 >
InfoComアイ
2007年6月掲載

「固定通信会社」BTの好調な決算

 英国の国有通信事業民営化によって誕生したBT(British Telecommunications plc)は、1990年代の後半にITバブル(特に第3世代携帯電話の周波数オークションに多額の投資をした)の影響を受けて負債が急増し、経営が危機的な状況に陥った。BTは債務を圧縮し経営を再建するため、2001年には携帯電話事業の分離に追い込まれ、固定通信会社として再出発した。移動通信という成長市場から撤退したBTの将来を悲観的に見る人たちが多かったが、2007年3月期の決算をみる限り、BTは成長路線を軌道に乗せることに成功し、見事に復活を果したようだ。株価もこの1年で50%ほど値上りしている。何がそれを可能にしたのかを検証することで、自立できないでいる日本の固定通信ビジネスの再建策が見えてくるかもしれない。
(参考)1ポンド=242円(2007年6月6日現在)

■小売ブロードバンド市場でトップの座に

 英国の固定通信会社であるBTグループは、去る5月17日に2007年3月期の決算を発表した。売上高は、同社がNew Waveと呼ぶデジタル・ネットワーク・サービスが好調で、前年度比3.6%増の204.6億ポンド(その他の営業収益を含む)となった。一方、営業費用(特殊要因を除く、以下同じ)は3.7%増の177.5億ポンドで、営業利益は27.1億ポンド(前年度比3.8%増、売上高営業利益率は13.3%)となった。税引き前利益は24.9億ポンドで、前年度比14.6%増加したが、主としてネットの金融費用(支払利子と受取利息の差額)が減少したことによる(注1)。税引き後の1株当り利益は前年度比16.4%増の22.7ペンスとなった。BTは2007年3月期通年の配当額を前年度比17%増の15.1ペンスに引上げる提案をしている。さらに、2009年3月末までに完了する25億ポンドの株式買戻しプログラムを開始するなど、株主に対する配慮を滲ませた。

(注1)2006年3月期の「ネットの金融費用」は4.72億ポンドだったが、2007年3月期には2.33億ポンドに減少した。改善のほとんどは支払利子の減少による。

 2007年3月期のBTグループの通信事業収入(注2)は、「伝統的なサービス」の売上高が2.9%減少し、一方「ニュー・ウェーブ」と称するデジタル・サービスの収入は17.7%増加し73.7億ポンドとなった。2007年3月期における売上高の構成比は、「ニュー・ウェーブ」の36.5%(前年度比4.3ポイント増加、第4四半期は売上高の40.0%)に対して、「伝統的なサービス」の売上高構成比は63.5%に低下した。2007年3月期における「ニュー・ウェーブ」の売上高の内訳は、ITネットワーク・サービスが 43.9億ポンド(前年度比7.9%増)、ブロードバンドが 20.2億ポンド(38.2%増)、移動通信が2.9億ポンド(0.7%増)、その他が6.8億ポンド(45.5%)で、ブロードバンドの伸びが目立つ。British Sky BroadcastingグループやCarphone Warehouseに追い上げられていたBTは、2007年度第4四半期にブロードバンドの小売市場で32%のシェアを獲得し、ヴァージン・メディア(ケーブルTV)を抜いて366万の顧客ベース(シェア34%)を擁する英国最大のプロバイダーとなった(注3)。

(注2)2007年3月期のBTグループの顧客別収入内訳:大企業72.4億ポンド(前年度比5.3%増)、中小企業23.5億ポンド(1.2%増)、住宅用51.2億ポンド(3.2%減)、卸売/通信事業者54.9億ポンド(9.8%増)

(注3)BT 4Q net profit up 16%,announces _2.5bn share buyback(Dow Jones Newswire / 17 May 2007)最近BTはプロバイダーのPlusNetを買収し、その加入数約20万を加えた。

■注目の「オープンリーチ」が業績好調

 BTには4つの事業部がある。「BTグローバル・サービシーズ」、「BTリテール」、「BTホールセール」、および「オープンリーチ」である。このうち、「オープンリーチ」は公正競争確保の観点から、BTのアクセス・ネットワークを社内分社化して、2006年1月に発足した。BTはこれと引き換えに、小売事業で料金を自由に決めることを認められた。

 「BTグローバル・サービシーズ」は、グローバルに活躍するマルチナショナル企業にICT(Internet & Communications Technology)サービスを提供する事業部である。2007年3月期の売上高(内部取引を含む)は前年度比3.8%増の91.1億ポンド、営業利益は1.7%増2.9億ポンドだった。4事業部の中で売上高が最大(BTの売上高の30.0%)の事業部であり、2007年3月期における受注累計は52億ポンド(うち34億ポンドは第4四半期に受注)に達した。この中には5年間6億ドルのCredit Suisseとの契約も含まれており、目覚しい成果を挙げたと評価されている。しかし、売上高営業利益率が3.2%と、他3事業部の営業利益率の平均12.2%と比較して著しく低いという問題がある。営業費用に占めるSG&A(販売および管理)コストの比率が18.8%と高いからだが、「新たにかつ真にグローバルなソフトウエア・ベースド・サービシーズ」を顧客に提供する組織を目指す(BT年次報告書)ためグローバル・ポジション、能力およびスキルを高める必要があり、米国のINS(コンサルティングおよびソフトウエア会社)を買収するなどM&Aを急いでいるという影響もあるようだ。

 「BTリテール」は、「BTホールセール」や「オープンリーチ」などから卸売ベースのサービス、LLU(Local Loop Unbundling)や相互接続サービスを購入して、それに付加価値を付けて再販売する事業部である。「オープンリーチ」の開設と引き換えに、料金設定の自由など規制の大幅な緩和が実現し注目されていた。2007年3月期における「BTリテール」の売上高(内部取引を含む)は、前年度比1.1%減の84.1億ポンドだった。BTの年次報告書によると、同事業部の第4四半期における「伝統的なサービス」の売上高は6%減少したが、ブロードバンドなどの「ニュー・ウェーブ」の収入が28%伸びて相殺できたのだという。一方、原価償却費を除く費用を4.5%圧縮し、営業利益を18.5%増の6.7億ポンドとした。なかでも、「ニュー・ウェーブ」サービスの積極的販売にもかかわらず、効率化によってSG&Aコストを増加させなかったことが増益に寄与している。

 「BTホールセール」は、アクセスを除くネットワーク・サービスをBT内外に卸売りする事業部である。2007年3月期の売上高は前年度比3.3%増の75.8億ポンドだった。BT以外への販売が伸びて53.5%を占めている。しかし、原価償却費やSG&Aコスト等の増加によって営業費用が4.2%増加し、営業利益は4.6%減の7.2億ポンドにとどまった。「BTホールセール」は、所要投資額100億ポンドと目されるBTの次世代通信網「21CN」の構築を推進しており、それが影響したと思われる。当期の設備投資額は前年度比4.3%増の10.2億ポンドだった。「21CN」が稼動を開始すれば、取り替えた新設備によるコスト削減効果が期待できる。また最近では、携帯電話会社のボーダフォンが去る1月から開始している「ボーダフォン・アット・ホーム」(固定通信回線による音声およびブロードバンド・サービス)向けに「BTホールセール」がマネージド・サービスを卸売ベースで提供して支えるなど、「BTリセール」と利益相反する分野にも積極的に進出している。

 「オープンリーチ」は前述したようにBTのアクセス・ネットワークを社内分社化した独立性の強い事業部である。売上高は前年度比0.6%増の51.8億ポンドだったが、BT内部への売上げが6.9%減少し、外部への売上げが2倍以上(115.4%)に急増した。ブロードバンド接続の需要が急増したことと回線料金の引き下げが影響したが、外部への売上げが急増した理由は、主にLLU(2007年3月末の外部向けLLUは190万回戦、うち第4四半期の純増は61.5万回線だった。この他外部向けWLR《レンタル》が420万回戦)利用の増加による。規制当局のオフコムが銅線とダクトの耐用年数を長くしたため、減価償却費が11.6%減少して7.1億ドルとなり営業費用の増加が相殺され、1.0%増の40.0億ポンドにとどまった。この結果、営業利益は0.5%減の11.8億ポンドとなったが、それでも「オープンリーチ」はBTの4事業部の中で最大の営業利益(BT全体の43.4%)を上げているだけでなく、売上高営業利益率でも最も高い22.7%を確保して、BTの財務の健全性維持に大きく貢献をしている。競争がないという理由で新たに設置された「オープンリーチ」が高い利益率を維持しているのは、意外な感じがする。

■トランスフォーメーションの必要を強調

 以上のような2007年3月期の業績に対し、BTのバーベーヤンCEOは次のような声明を出している。「我々は2007年3月期の事業年度を、全般的に素晴らしい業績を上げ終了した。数値はBTが大きくなったことを示している――売上高、EBITDA(利子、税金および減価償却前利益)、1株あたり利益およびフリー・キャッシュ・フローの数値が全部伸びており、今や「ニュー・ウエーブ」の事業がBTの売上高の40%を生み出している。
BTが英国の小売ブロードバンド・プロバイダーのトップとなったことを、私は特に喜んでいる。また、「BTグローバル・サービシーズ」は2007年1〜3月期に34億ポンドの受注と200社を超える顧客を獲得するという素晴らしい成果を上げた。我々のブロードバンド網を利用してソフトウエアが主導するサービスを提供する機会を掴むため、我々の変革(transformation)の次のフェーズに我々を導くBTの新たな構造(組織)について、既に公表している。我々はこの変革によって、我々の顧客が世界中のどこにいても、より高速でより柔軟な、コスト効果の高いサービスを提供することができる。」

 BTは去る4月に新組織についての考え方を示している。この動きは、BTをブロードバンド上でソフトウエアによって動かされる製品を提供する「ネットワーク化されたITサービス会社」に変革することを促進するために考えられた。また、このことはコスト節減の達成も促進するだろうという。デザイン、オペレーション、ITおよびネットワークのワールド・クラスの人材を、グループ戦略およびオペレーションの最高責任者であるアンディ・グリーン氏がトップとなって責任を負う2つのビジネス・ユニットに集めるというものだ。「BTデザイン」はBTのサービスをサポートするプラットフォーム、システムおよびプロセスのデザインおよび開発に責任を負う。もう一つの「BTオペレート」は「BTデザイン」による成果を展開し、オペレートすることに責任を負う。概ね2万人のBTの従業員がこれらの2つの新ユニットに移る計画だ。このような組織再編および変革にともなって、4.5億ポンドのリストラ費用(新プロセスとシステムの開発、スキルの再習得、退職金など)が必要になるとBTは予測している。しかし、この費用は変革の成果によって2〜3年以内に取り戻すことができるとBTは期待しているという。

BTグループの新しい組織図

[BTグループの新しい組織図]

 絶えざる変革が必要であることはもちろんであるが、固定通信会社であるBTは、今後も成長が可能であるとする強い確信を抱いている。翻って我が国の固定通信事業はどうなっているのだろうか。KDDIの固定通信事業は、2007年3月期決算で赤字額が減少したものの、売上高7143億円に対し490億円の損失を計上し、依然として赤字から脱却できないでいる。ソフトバンクは、ADSL事業を展開するBB(ブロードバンド)インフラ事業がようやく黒字を達成し、売上高2588億円に対し268億円の営業利益を計上したものの、音声通信を展開するSBテレコムは、3321億円の売上高に対し29億円の赤字となっている。

 我が国最大の固定通信プロバイダーはNTTグループである。NTT東日本、NTT西日本およびNTTコミュニケーションズの固定通信3社の2007年3月期決算を単純集計すると、営業収益は前年度比2.4%減の5兆1584億円、営業費用は2.3%減の5兆7億円、営業利益は4.7%減の1577億円となった。この結果NTTの固定通信事業の売上高営業利益率は僅か3.1%となった。これは到底事業の持続可能なレベルの利益ではない。因みに前述したBTグループの営業利益率は13.3%である。固定通信事業が、ビジネスとして自立できるレベルの収益をきちんと上げるようにしていくことが喫緊の課題ではないか。BTグループの取り組みでも分かるように、それは決して達成できない課題ではない。BTグループの好調な決算は、固定通信は成長可能性のあるビジネスであり、戦略と規制が適切であればそれが実現可能であることを実証しているように思われる。

特別研究員 本間 雅雄
▲このページのトップへ
InfoComニューズレター
Copyright© 情報通信総合研究所. 当サイト内に掲載されたすべての内容について、無断転載、複製、複写、盗用を禁じます。
InfoComニューズレターを書籍・雑誌等でご紹介いただく場合は、あらかじめ編集室へご連絡ください。