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2007年7月掲載

バブル期を越えるか、復調する米国の通信産業

 米国の有力経済誌、ビジネスウイーク(6月25日号)が「死から蘇った通信産業」を特集(注1)し、米国の通信産業の利益がバブル期に並び、復調の足取りが確実なものであることを報じている。米国の通信産業の復調は、成長する携帯電話事業だけでなく、ビデオ・シェアリングのユーチューブやSNSのマイスペースなどの出現でインターネットのトラフィックが急増し、それにともなって固定通信回線に対する需要が増加したことによるという。一方、バブルの崩壊によって参入企業の淘汰と業界再編が進み、その過程での人員削減などによって生産性が向上したことも、復調に大きく寄与している。再編は過当競争の抑制にも寄与し、需給がタイトになったことで通信回線料金も反騰に転じた。一方、日本の通信産業は、米国ほどITバブルの崩壊の影響を受けなかったが、いずれも携帯電話事業の利益で固定通信事業の赤字もしくは極端な低収益を補填しているのが現状である。ビジネスウイーク誌の記事を紹介しつつ、米国の通信産業の復調がどうして実現したのか、通信会社は今後何をなすべきなのか、などを考えてみたい。

(注1)Telecom:Back from the dead(BusinessWeek / June 25,2007)

■大恐慌以来の最悪の市場崩壊

 7年前、電話からルータやスイッチに至るコンピュータ・ネットワークまでのすべてを提供する企業から構成される通信ビジネスは、1929年10月の大恐慌(the Great Depression)以来米国の産業を直撃する最悪の市場崩壊に打ちのめされた。光ファイバーの構築および電子商取引ブームは今後長く続くと期待して関連企業を買収するため、膨大な借入れを行ったグローバル・クロッシングやワールドコムのような野心的な会社は、さしたる前触れもなくあっという間に、破産に追い込まれた。AT&Tのような巨大会社も、急速に悪化する売上高および利益を急いでリカバーするため、いくつかの事業の分割もしくは売却を余儀なくされた。その結果、何十万人もの従業員が職を失った。

 ドット・コム企業の倒産が始まったのは2000年春からだが、その際ドット・コム企業の多くは、インターネットのトラフィックが3ヶ月毎に倍増するという合理性のない予測を前提に、事業計画を策定していたことが明らかになった。テレコム・バブルを実需と誤認して、既存の電話会社同様、新興企業にも潤沢に資金を供給していた金融会社は、突然資金の蛇口を閉めてしまった。他方、落ち込む需要に多過ぎる通信プロバイダーが殺到したため、卸売インターネット接続の価格はそれ以来1年ごとに50%下落したという。

 最初の連鎖倒産は、ブロードバンド・プロバイダーのウインスター・コミュニケーションズと360ネットワークスが連邦破産法11条の申請した2001年から始まった。引き続く3年間で、655の通信会社(その資産の合計は7490億ドル)が破産申請を行った。2001年7月21日には、ワールドコムによる何10億ドルもの利益を水増しするという会計スキャンダルが発覚した。同社は、合併に次ぐ合併で短期間に巨大化を実現し、テレコム・ブームの象徴のような存在だったが、結局米国史上最大の破産申請を行った。

 最も極端なケースではPER(株価収益率:株価が1株当り利益の何倍かを示す指標)が400倍をこえて高騰した株価は、5%もしくはそれ以下に暴落した。2兆ドルほどの株式の市場価値が2年も経たないうちに消失したのを、投資家は目撃することになる。この通信産業の市場価値消失は、これと同時に起きたインターネット・バブルの破裂によるダメージの2倍にあたる。この市場崩壊の最中に何人かのアナリストは、通信産業が元に戻り、夢を追った経営者が地中および海底に埋設した未利用の伝送路が完全に利用されるまでには、10年もしくはそれ以上の時間がかかると予測していたという。

■動き出した通信産業の再生

 通信産業の崩壊の規模は息をのむような状況で、1980年代に米国で起きたセービング・アンド・ローンの危機と対比された、と前掲のビジネスウイーク誌は書いている。しかし、通信産業の崩壊で損失を受けたのは私的投資家であって政府ではなかった。それ故、創造的破壊のスピードは、再生に向けての利点の一つとなった。2004年の早い時期までには、リカバリーが進行したという。同年2月にはシンギュラー・ワイヤレスがAT&T ワイヤレス・サービシーズを410億ドルで買収したが、これは通信産業再生の鍵となる取引だった。すぐに買収・合併は過熱状態になり、同年12月にはスプリントがネクステル・コミュニケーションズを350億ドルで買収、その1ヵ月後にはSBCがAT&Tを160億ドルで買収、さらにその1ヶ月後にはベライゾンがMCI(前のワールドコム)を84億ドルで買収した。

 昨年(2006年)来、通信産業は轟音をたてて本格的に動き出した、と前掲のビジネスウイーク誌は書いている。飼い猫を監視するビデオ・クリップ、iPodの音楽ファイルおよび無料のインターネット電話など、ウェブが触発するサービスを容易に利用できるようにする広帯域インターネット接続に対する欲求の高まりが確実になってきた。実際、今年は成年米国人のブロードバンド利用率は、重要な(それを越えると何かが生じる)閾値である50%を超えるとみられている。企業も高速ネットワークの構築に投資するので、設備投資も増加している。通信産業に対しては投資ファンドが特に熱心で、6月5日にはネットワーキング機器メーカーのAvayaに、85億ドルの投資を行うことで同意している。

 前掲のビジネスウイーク誌によると、2002年時点ではインターネットの伝送容量の約半分は未利用だった。現時点では、伝送容量が約2倍に増加したが、未利用部分は約3分の1に減少している。その結果、米国のいくつかの地域では、帯域当りの料金は、これまでの連続6年間の下落から上昇に転じたという。デンバーに本拠を置くクエスト・コミュニケーションズの幹部は、インターネットのアプリケーションとビデオの成長をサポートするため、すべての通信会社がバックボーン網の拡張を計画している、と語っている。(注2)

(注2)米国商務省調査による通信産業に対する07年の設備投資は1100億ドルと見込まれ、00年と並びピークだった01年に迫る勢いだという。(「米通信、バブル期並み復活」日本経済新聞 2007年7月6日)

 2007年における通信産業の利益は史上最高の720億ドルに達する見込みであり、バブル期の1998年における利益650億ドルを上回る見込みである。これが通信産業の復活を示す最良の指標である、と前掲のビジネスウイーク誌は指摘している。ことさらに通信産業が復調したと投資家に知らせる必要もない。過去18ヶ月間、通信産業株は米国の株式市場で最もホットなセクターだった。大手通信会社の株式を中心に運用する投資ファンドのTelecom HOLDRSの取引価格は、2005年に10%の値下りだったが、2006年には34%値上がりした。2007年においても現在まで14.8%値上りし、ダウ・ジョーンズ産業株平均の値上り率7.7%を上回っている。

■変わるバランス・オブ・パワー

 前掲のビジネスウイーク誌によると、通信産業の再生は、ウオール街を超える意味を持ち、通信インフラに対する投資は、全体として米国経済に大きなインパクトを与える。通信に対する投資は、経済成長および生産性を刺激するにあたって、道路、電気もしくは教育への投資よりも効果が高いことが調査機関の研究で分かってきたという。通信の資産は、経済全般にわたるビジネスのコストを削減することで大きな利益を生み出す。高速データ網は従業員が各種の注文を出すのを、より簡単に、より低コストで一挙に可能にする。

 現時点で9000億ドル規模の通信産業は、バブル時期の2000年のそれとは大きく違っている。バランス・オブ・パワーが、7年前に設立されたばかりのユーチューブやマイスペースなどのウェブ新興企業にシフトしている。一方、合併を繰り返し、彼らが期待する新サービスを猛烈な勢いで開発している旧ベル電話会社は、新しい高速ネットワークを構築するために投資した何10億ドルもの資産を、フルに活用しようとしているという。

 しかし、これらのネットワークから流れ出る価値のうち、どれだけが旧ベル電話会社によって捕捉されるかは明らかでないという。大電話会社には、競争市場で「ゲームを変える」ような技術を開発した歴史がない。「彼らは登るべき高い丘に到着した。」とハント元FCC委員長は語っている。一方、グーグルのようなウェブ企業は、無線産業により一層の競争を導入し、ベル電話会社のインターネット配信の支配を弱めるべく圧力を掛けている。

■倒産の危機から復活したLevel 3

 通信産業の広範なカムバックには、いくつかの顕著な方向転換がみられる、と前掲のビジネスウイーク誌は指摘して、その一例としてLevel 3を取り上げている。同社ほどバブルの破裂で、苦難にさいなまれた会社はないからだ。世界最大で、最も進歩した光ファイバー網を構築する夢を実現すべく、1998年にCrowe氏が30億ドルの資金を集めて同社を設立した。同社は、猛烈な勢いで光ファイバー・ケーブルの敷設を推進し、市場もそれを評価して、2000年3月には株価は130ドルの最高値をつけた。資金は水のように流れ込む状況だったが、2000年末には少なくとも50社がインターネット・バックボーン・サービス市場に参入した。そして、Level 3のネットワークがエンド・ユーザーよりも、競争相手がより多く利用していることが判明した時点で、同社の株価は急落し破産寸前の状態に追い込まれた。同社の株価は2001年10月に1.98ドルの最安値をつけ、投資家は数百億ドルの損失を蒙った。

 Level 3は現在も存続しており、再び成長している。最近の3年間に、強い債券市場に支えられ、同社はその巨額な債務を低率で借り換えることに成功し、40億ドルを超える価値のある10件の企業買収すらやってのけた。同社によると、現在同社のネットワークを流れるトラフィックの半分以上がウェブ・ビデオだという。2000年にはこのトラフィックはゼロだった。多額の債務が残っているため、現時点では同社は赤字である。アナリスト達は、今年末までにキャッシュ・フローがプラス化することを期待していないが、Level 3の株価は上昇して6.41ドルまで回復し、株式時価総額も100億ドル(7月9日現在)になり、一種の「生存者プレミアム」を獲得したという。同社は今や、米国における卸売通信ビジネスの最後の1社になっている。

■変わる通信市場の環境

 合併などで通信会社やケーブルテレビ会社が伝送路などの通信インフラへの支配力を強める一方で、ネット企業はそれらをトラフィックで満たすように動き出した。前掲のビジネスウイーク誌は、オンライン・ビデオの急増と通信産業の再生が同時期に起きたのは偶然ではないと指摘している。オンライン・ビデオは音声ファイルの1000倍の伝送帯域を必要とする。同様に、HDビデオはノーマル・ビデオの7〜10倍の帯域が必要であり、ネットワークの成長における次のうねりの引き金を引くかもしれないという。

 2000年にはほとんど存在しなかったウェブ・ビデオだったが、今日ではインターネット・トラフィックの3分の1を占めるまでになった。TeleGeogaphy社によると、ユーチューブのような伝送帯域を多く消費するサービスのお陰で、2003〜2006年におけるグローバル・インターネットのトラフィックは年率75%で増加した。これらの数値を考慮すれば、どんなに多くの在庫(未利用の伝送容量)があってもいずれ消滅するだろう、とLevel 3のCrowe CEOは語っている。

 ビデオエッグ(VideoEgg)はユーチューブほど有名ではないが、設立後2年も経たない同社が、ソーシャル・ネットワーキングのウェブ・サイトで、最大のビデオ・サービス提供者になったという。大手のオンライン事業者であるBeboやhi5などは、自前設備を構築する代わりにビッグエッグの技術を使って、メンバーが自作のビデオをウェブ上で放送できるようにしている。現在、同社は1日1500万のビデオを提供している。そのため、通信事業大手のAT&Tおよびベライゾン、またウェブ・コンテント・デリバリー・サービスのアカマイ・テクノロジーズと提携しているが、前掲のビジネスウイーク誌によると、同社は今年末までに、現在のトラフィックは3倍に増加すると確信しているという。ビデオがウェブ上で優勢になっていくスピードはこれほど速い。

■通信キャリアは何をなすべきなのか

 通信の旧世界は肥大した地域独占企業によって支配されていたが、新世界は多くの強力なプレーヤーが参入して競争が激しくなるだろう。そのことは、通信産業がどれだけ生産性の高い産業になれるかを鏡に映すことになるという。米国の通信事業の売上高は、バブル期の2000年に対し現在は19%増加した。一方、110万人の従業員に支払う人件費は当時から約30%減少した。AT&Tのステフェンソン新CEOは、「我々は、ブロードバンド、有線、ワイヤレスのいずれの分野においても、強い競争力を持てるようになった。」と語っている。

 AT&T、ベライゾンおよびクエストのような巨大通信キャリアにとって、挑戦すべき主要な課題は、携帯電話、インターネット・サービス、有料テレビおよび広告のような新市場において収入のより早い成長を実現しつつ、伝統的な有線顧客の流出を遅らせることだ。通信キャリアは、「dumb pipe」だとする彼らへの評判を克復し、彼らのネットワークを、顧客を魅了するような革新的な一群の製品およびサービスで満たすことが出来ることを証明しなければならない。しかも、その間ずっと、何百万もの電話顧客を横取りしようとしているケーブル・オペレーターと闘い、グーグルやアップルのような攻撃的な新しい参入者を払いのけるか提携するか、しなければならないと前掲のビジネスウイーク誌は指摘している。

 電話会社が自らを最初から作り直し始めたと信ずる根拠があるという。例えば、ベライゾンは消費者が写真、ビデオ、その他のコンテントを携帯電話、パソコンおよびテレビの間で、個人が占有もしくは他の人達と共有するサービスを近く提供する。(注3)5年前にベライゾンは、社外で開発した製品をインストールすることを主たる職務とする約100人のソフトウエア開発者を雇用したが、現在では1000人以上に増強されている。この7月には、ベライゾンのテレビ・サービスであるFiOSTV向けの「双方向メディア・ガイド」の提供を始める。さらに同社は将来、ユーチューブからページをもち込んで、ベライゾンのテレビ顧客が彼ら自身のパーソナル・ビデオ・チャンネルを創れるようにするサービスを始めるという。ベライゾンのサイデンバーグCEOは「すべてのサービスを我々が保有する必要はないが、多くのサービスをパッケージ化して、顧客が望むサービスを自ら見つけるのを手助けしなければならない。」と前掲のビジネスウイーク誌で語っている。

(注3)AT&Tも同様の融合サービスを計画している。同社は去る6月から、携帯電話で通話中に、相手と片方向のライブ・ビデオを共有できるサービス「AT&T Video Share」を、3都市の3G網で開始した。7月末までには160都市まで拡大する予定である。このサービスは同社の新世代IMSネットワーク技術によって実現したもので、将来は、携帯端末、パソコンおよびテレビのディスプレイ上でビデオを共有できるようにする。

 米国の電話会社は最早、以前のようにその成長をワイヤレス事業に頼ることは出来ない。携帯電話は今や成熟市場である。今年は米国における携帯電話の新規加入者の増加率が初めて前年を下回る見込みだ。2桁の収入増加率を続けるためには、携帯電話会社は他社から顧客を奪うか、より多くの消費者にゲーム、音楽やビデオも楽しめる第3世代携帯電話(3G)端末とそのサービスを購入して貰うよう説得しなければならない。すべての携帯電話会社は、ワイヤレス・コンテントのアップロードもしくはダウンロードのため、そのネットワークをより高速にするアップグレードを進めている。しかし、米国の携帯電話端末のうち3Gに対応できるのは僅か15%に過ぎないという。

 このことは、面倒な疑問を提起させる、と前掲のビジネスウイーク誌は指摘している。それは「通信変革(telecom transformation)の輝くイメージを買った投資家に、もう一つの不愉快なサプライズが待っていないのか。」ということだという。新しい携帯電話ビジネスに関するいくつかの予測、特にビデオのダウンロードに関しては、1990年代の終りに起きたバブルの再来のように思えるという。しかし、通信に対する投資家を駆りたてて崖から突き落した、無限の期待のような感じは現在どこにもなく、最近における好調な業績にもかかわらず、AT&T、ベライゾンおよびシスコ・システムズの株価は、2007年予想利益の15〜20倍にとどまっている。シスコの2000年における株価は、当期の利益の145倍だった。米国の通信産業に関する限り、バブルの再来を憂慮する必要はなさそうだ。

特別研究員 本間 雅雄
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