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2007年9月掲載

欧米における電気通信事業規制の課題

 米国では、通信規制の関心は、アナログ・テレビ放送の終了で使われなくなる700MHz帯の周波数62MHzの競売方針に集中していた。しかし、7月末の連邦通信委員会(FCC)の決定でようやく決着したことから、その他の課題についても関心が戻りつつある状況だ。そこで提起されたのが、司法省(DoJ)による「ネット中立性」に対する反対の意向表明である。また、ベライゾンが光ファイバーによるアクセス網の整備を急いでいるが、不用となる旧い銅回線の設備の扱いを巡っても議論が続いていたが、年内には同社が提出した請願にFCCが結論を出す見込みだ。欧州でも、通信会社の反対を押し切って携帯電話のEU域内国際ローミング料金の大幅値下げに成功したEU(情報社会およびメディア担当)は、公正な競争を促進するためその余勢を駆って、加盟各国の大手電話会社にアクセス網資産をサービス・レイヤーから分離する組織変更を求める構えだ。さらに、域内の電気通信規制を統一するため、EUに規制機関を設置する構想の具体化に取り組んでいるという。欧米において直面している電気通信事業の規制に関する課題を取り上げる。

■米司法省が「ネット中立性」に反対の意向を表明

 去る9月6日に米司法省(DoJ)は、連邦通信委員会(FCC)が検討を進めている高速インターネットに関する規制の在り方について、すべてのインターネットのサイトはウェブの如何なる利用者に対しても、平等にアクセスを認めなければならないとする「ネット中立性」に反対する意見を提出した(注1)

(注1)US justice department against net neutrality(The Associated Press / 07 September 2007)

 大手電話会社のAT&Tやベライゾン・コミュニケーションズ、ケーブル・テレビ大手のコムキャストなどは、従来から、高い料金を支払う利用者には、一般利用者よりも高速でウェブ・サイトにアクセスするオプションを提供したがっていた。しかし、昨年AT&Tがベルサウスを860億ドルで買収した際、FCCはAT&Tが合併後2年間は「ネット中立性」を維持することを約束させた後、合併を承認した経緯がある。これに対して、ネット企業の多くは、AT&Tやベライゾンのような大手電話会社およびコムキャストのような大手ケーブル・テレビ会社の能力を制限するため、「ネット中立性」を実現すべく努力してきた。

 DoJは、「ブロードバンド・プロバイダーが、より高速もしくはより高い信頼性のサービスについて、コンテントおよびアプリケーション・プロバイダーに直接課金することから排除されれば、ネットワークの拡張および改善を実行するための高額の費用を、そのまま消費者全部に転嫁するだろう。このような結果は、ネットワークの拡張と改善の規模を縮小するか延期することになり、インターネットの発展を阻害する。」と指摘している。

 またDoJは、「ネット中立性」規制の提唱者は、政府の介入を正当化するかもしれない方法によって、多くの消費者の利益を損なう結果となることを示していないと批判し、サービス・レベルおよび料金を差別化することは広く行われており、多くの場合希少資源の配分および消費者の要望を満足させる効率的な方法であると指摘している。その具体例とて、米郵政公社(U.S.Postal Service)は、小包の配達をバルク・メールから翌朝配達まで、異なる保証と速度によって顧客に提供していることを挙げている。同様のタイプの差別化された製品やサービスがインターネット上で伸びるか否かは、規制による介入によってではなく、市場力によって決定されるべきだ、とDoJは主張している。

 DoJのアンチトラスト部門の責任者は、「消費者および経済はインターネットのイノベーティブかつダイナミックな特性から利益を得てきた。規制当局は、ブロードバンド施設における消費者の選択および投資を制限する恐れのある規制を課すことのないよう、慎重でなければならない。」と語っている。これらのDoJのコメントは、「ネット中立性」に対する同様の見解を表明し、規制当局はこのような提案には慎重に対処することを推奨するレポートを6月に出した連邦通商委員会(FTC)のアンチトラストの専門家によるレポートに続くものである(注2)

(注2)Net neutrality hopes hit by DoJ criticism(The Financial Times online / September 6 2007)

 この問題は、昨年連邦議会でも熱心に議論が行われた。何人かの議員は、いわゆる「ネット中立性」原則を盛り込んだ法案の議会通過にトライしたが、成功しなかった。それ以来、FCCはこの問題の研究を続けているが、現時点では5人の委員の見解は大きく分かれていると見られている。

 ブロードバンド・インターネット・プロバイダーが彼らのネットワーク上で、どのようにインターネット・トラフィックを伝送・配信するかについて、新しい規制を課すか否かの最終的な決定権はFCCにあるが、DoJの今回のコメントは、グーグル、マイクロソフト、アマゾンおよびeベイなどのコンテント企業にかなりの打撃となった、と前掲のフィナンシャル・タイムズ紙は書いている。

■銅線のアクセス回線撤去を巡る問題

 現在、米国における大手の電話会社は、1世紀以上も続いた銅線に替えて、遥に多量のデータを送ることのできる光ファイバー・ケーブルの敷設に注力している。業界2位のベライゾン・コミュニケーションズなどは、銅線の旧システムをこれらの新しい回線に置き換えるために、数十億ドルを支出していることもあって、徐々に旧い銅線のネットワークの運用を止めようとしている(注3)

(注3)Telecom changes put competition on the line(Washington Post / September 6,2007)

 しかし、より小さな規模の競争会社は、これまで利用してきた銅線設備が消滅すれば、自分達はビジネスを止めざるを得なくなると主張している。XOコミュニケーションズやCovadコミュニケーションズのような新興通信会社は、ベライゾンやAT&Tから銅線のアクセス回線を借りられることを当てにして、事業を運営している。アクセス回線が借りられなくなれば、これらの新興通信会社はより高価な回線の利用を余儀なくされ、料金も引上げざるを得なくなるという。

 大手電話会社(かつて電話事業を独占的に運営していたMa Bellの一部で、1800年代の終り頃から銅線の敷設を始めた)は、競争を促進するため、現時点では彼らの所有する銅線のアクセス回線および限られた光ファイバー網の部分を、競争相手に貸すことを義務づけられている。しかし、彼らが新しい光ファイバー網に投資するにつれて、ベライゾンは規制当局に、いくつかの大市場では、競争相手と彼らのネットワークを共用する規制要件を撤廃することを要求しようとしているという。AT&Tとクエスト・コミュニケーションズも銅線の更改を進めているが、新しい光ファイバー回線と一緒に利用するため銅線の一部を残している。

 ベライゾンの法務担当は、ケーブル・テレビ会社やその他の競争会社がインターネットと電話サービスを展開している特定の大都市では、最早ネットワーク共用要件は不要であると主張している。競争相手が求めているのは作為的に低い料金であり、争点は結局料金のレベルになるというのがベライゾンの理解である。

 しかし、9月初旬に、XO、Cavalier Telephone、RCNなどを含む22の競争会社はFCCに書簡を送り、ベライゾンの論拠に反撃した。自社の通信網を6大都市におけるより小さな競争相手に貸さないとするベライゾンの要求が正当化できるほど競争は十分でない、というのがその論拠である。彼らはFCCにベライゾンの要求を拒否するよう要請した。

 今年の初めに、同じ競争会社の多くが、ベライゾンが光ファイバーによるブロードバンド・サービスであるFiOSを展開したことにともなって不用なった銅線の住宅用アクセス回線の撤去にも抗議している。競争会社の中には、ベライゾンから借りた銅線で基本音声サービスを提供しているだけでなく、高度サービスを提供している会社もある。例えば、既存の銅線上でXOはブロードバンド・サービスを、Cavalierはデジタル・テレビを提供している。新しい光ファイバー回線へのアクセスから排除される一方で、旧来の銅回線が撤去されれば、競争は酷く損なわれることになる、と競争会社は主張している。

 一方、ベライゾンは競争相手が同社の新ネットワークを引続き利用できるようにしてもよいが、料金については交渉で決めたい。そうしなければ、ネットワークに投じた何十億ドルもの投資を、競争相手も負担することにはならない、と主張している。また、顧客が旧来の電話サービスを望むのであれば、銅線を残し家庭に接続できるようにしてもよいが、ベライゾンはビジネスの多くを維持費の安い光ファイバー網に移行させることによって、2010年までに年間10億ドルを節約したいと期待しており、コスト節減計画の達成に影響すると語っている。

 米下院の電気通信小委員会のマーキー議長(マサチューセッツ州選出民主党)は、前述のベライゾンの主張に基づく請願および旧い銅線の撤去の実施は、ブロードバンド・インターネットを全米に拡大する努力を徐々に弱らせると私は考える、これは単に大会社と小企業間の戦争ではなく、我々のブロードバンド政策の必要不可欠な一部と見られるようになるだろう、とインタビューの中で語っている。

Infoneticsのアナリストは、ベライゾンはネットワークの高度化を完了したケーブル・テレビ会社からの強力な競争に直面しており、消費者がいくつかの選択肢を持っている限り、これらの会社が多額のネットワーク投資に対するリターンを確保することは正当化できる、と語っている。

 FCCは12月初旬にベライゾンの請願に結論を出すものと見られている。そこでの最も重要な目標は、大企業、小企業それぞれに、より重要な技術的な開発に対し投資のインセンティブを与えることだという。「中心となる政策課題は同じである。より良い、より大きい、より速いネットワークに、投資を駆り立てるのは何か?電話会社がこれらのネットワークに投資することを我々は望んでいる。それ故、その行動を助長するためのベスト・ポリシーは何か?である。」と前掲のワシントンポスト紙は書いている。

■EU、大手電話会社のアクセス網分離を提起

 欧州連合(EU)のメディア担当のレディング委員は、去る8月末の週に、国営電話事業を引き継いだ電話会社の可能性の高い将来モデルとして、BTのアクセス網部門とサービス部門を分離する決定を引き合いに出した。彼女の提案は、欧州のビジネスおよび消費者の超高速ブロードバンド・ネットワークに対する強い渇望に応えるため、如何に投資を促進するかについての議論の核心に及んでいる、とフィナンシャル・タイムズ紙が報じている(注4)

(注4)Reding dropsabroadband bombshell(The Financial Times online / August 30 2007)

Editorial comment:Broad battles((The Financial Times / August 29 2007)

Brussels seeks to spur telecoms competition(The Financial Times online / August 27 2007)

 EUのブロードバンド加入数は2002年から急増した。現在では10世帯中3世帯がブロードバンドを利用しており、料金もグローバル平均より早く下がっている。それならば、何故ドイツ・テレコムもしくはテレフォニカのような会社のアクセス網分離を提起するのか?

 モデルとされる英国のケースは、BTが2005年に規制当局であるオフコムとの間で、競争相手に対しBTのネットワークにアクセスを与える責任を負う独立部門を新設することを合意したものだ。この部門(BTは「オープンリーチ」と呼んでいる)はBTの内部組織であるが、BTのサービス部門と同様の条件で競争相手を扱うことを義務付けられている。

 「分離」はオフコムが英国における通信事業の競争が十分でなく、ブロードバンドの普及率が他のEU諸国よりも遅れているという判断に基づいて行われた。現在ではオフコムは、この「機能分離」が英国におけるブロードバンドの最高速度が当時の2倍になった理由の一つであるとしている。BTの競争相手も、英国におけるブロードバンドの普及は、世界をリードする北欧諸国のレベルに近づきつつあると言っている。

 欧州における多くの新興通信会社はこの変化の見通しを歓迎している。イタリアのインターネット・プロバイダーFastwebのCEOは、「我々はMsレディングの姿勢を完全に支持している。さらなる透明性と投資が必要だ。」と語っている。EUの幹部は今もなお、通信会社のこのような行政による強制分割は、そのドミナントな市場のポジションを克復するあらゆる他の試みが失敗に終わった後の、最後の手段であると主張している。それでもやはり、多くの疑問が残る。

 第1に、大手通信会社の強制的な組織分離は、新超高速ブロードバンド網に対する支出を遅滞させるのではないか?強制的な組織分離は、電話会社によるインフラ構築のためのインセンティブを損なうのではないか、と評論家は指摘している。投資に対する適正なリターンを保証しようとすると、オープン・アクセスを制約せざるを得ないケースもある。例えば、ドイツ・テレコムが30億ユーロを投じて構築する新ブロードバンド網への投資に対して、適正なリターンを保証するため、新ブロードバンド網で提供するサービスを、当面競争相手に売らなくてもよいとドイツ政府は決定した。しかし、Msレディングはこの決定を覆すため、現在訴訟で争っている。

 第2は、近く公表予定の欧州委員会の調査報告書は、英国モデルの経験はかなり限られたものであることを認めているという。第3は、市場の状況はEUの中でも、国によって大きく異なるという懸念である。イタリアの規制当局は、テレコム・イタリアのアクセス網部門の分離に期待する一方で、フランスやオランダの規制当局は「機能分離」が夫々の市場で効果を発揮するどうかに疑問を持っていることを、前記の報告書は明らかにしている。

 大手通信会社はMsレディングの提起を攻撃している。彼らのロビー活動グループであるEtnoは、「小売料金は一貫して値下りし、市場は益々競争的になった。強制的な機能分離は、欧州の大企業の高価で長期間かつ元に戻らない組織再編を引き起こすかもしれない。」と語っている。

 年間2890億ユーロ規模のEUのテレコム産業を統治するルール・ブックを、徹底的にオーバーホウルしたがっているMsレディングを、Etnoはストップできるのか。彼女は去る6月には、EU内の国境を超えて携帯電話を利用する際のローミング料金の大幅値下げを実現した。彼女によれば、市場にこの問題を解決する能力がない以上、EU委員会が介入する必要性があったのだという。

 Msレディングは、各国のドミナント事業者に対して、アクセス部門の「機能分離」を統一的に推進することを狙っているが、その先には、欧州各国の電気通信規制を統一的に扱う規制機関をEUに設置することを構想している。このための法案は今年の10月か11月に正式に発表されるとみられている。法案の成立には、加盟国および欧州議会の過半数の賛成が必要で、成立を危ぶむ声もある。

 かつてジャーナリストで欧州議会の前議員だったルクセンブルグ出身のMsレディングが、狙い定めた獲物を捕まえるために使ういつもの手は「爆弾投下(bomb-dropping)」のテクニックだ、と前掲のフィナンシャル・タイムズ紙(8月30日)は書いている。最初に突飛なアイデアの概略を示し、次ぎにその余波がおさまるのを待って、テーブルに戻り取引に応ずるのだという。次も同じ手法が通用するのだろうか。

特別研究員 本間 雅雄
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