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2007年11月掲載

グーグル、携帯ソフトを無償で提供

 インターネット検索最大手の米グーグルは、かねて携帯電話市場に参入する意向を明らかにしていたが、11月5日に、基本ソフト(OS)やブラウザー(閲覧ソフト)など携帯電話サービスに必要なソフトを統合し、無償で提供すると発表した。同時に、携帯電話メーカー、半導体メーカー、携帯電話会社およびソフトの開発企業など33社と提携して開発を進め、2008年下半期にこれらのソフトを搭載した携帯電話端末の導入を目指すという。携帯電話会社にとって、インターネット接続ができる携帯電話端末のコストが10%程度下がる(グーグルの責任者の発言)というメリットはあるが、統合プラットフォームがオープン・ソースの形態をとることによる問題や、モバイル広告の収入をグーグルとどうシェアするかなど、かつて経験したことのない課題に直面することになる。

■グーグルが携帯ソフトを無料提供する狙い

 11月6日に行われたグーグルの記者会見で、同社のモバイル・プラットフォーム「アンドロイド」(注1)の開発責任者Rubin氏は、「アンドロイド」の開発・提供の狙いを次のように説明している。世界の携帯電話利用者は30億人もいるが、現在そこからインターネットにアクセスしているのは僅かである。OS、ミドルウエア、ユーザー・インターフェース、アプリケーションなどが統合化され、しかも完全にオープン・ソースのプラットフォームを提供することで、携帯電話機の迅速な開発や低コスト化を促す。携帯電話端末メーカーは、「アンドロイド」の採用によってライセンスの負担が軽減され、製造コストは10%程度削減できるとみている。

(注1)2005年にグーグルが買収したシリコンバレーの新興企業Android Inc.に因んでいる。「アンドロイド」の開発責任者Rubin氏は共同創業者だった。(androidは人造人間の意味)

 また、垂直統合型の携帯電話向けソフトウエア・プラットフォームとは異なるオープン・ソースの形態をとることによって、新しいビジネスが生まれるという期待もある。ソフトウエアはモジュラー構造になっていて、機能を取捨選択できるようになっている。例えば、一部のモジュールのみを使って低価格の携帯電話端末を開発できる。さらに将来的には、デジタル家電、セット・トップ・ボックス、メディア・プレーヤ、カーナビなどにも使えるようになると考えている。

 グーグルと33社によるモバイル・プラットフォーム、「アンドロイド」の開発・普及のための業界団体「Open Handset Alliance(OHA)」について、Rubin氏は次のように説明している。重要な点は、半導体メーカーが参加していることである。携帯電話端末のアーキテクチャーを標準化し、命令セットを共通化していきたい。特定のチップを利用するドライバーなどもオープン・ソース化して、プラットフォームに取り入れていく。もちろん、ソフトウエア・メーカーはプラットフォームに準拠したソフトウエアを開発することによって、それぞれ持つ独自の技術をソフトウエア・スタックに統合することが可能だ。これらの結果として、利用者の選択肢を増やしていくことがOHAの狙いである。

 「アンドロイド」がグーグルの収益に与える影響については、Rubin氏の説明は次のとおりである。オープン・ソースなのでソフトウエアの提供によってグーグルが収益を上げることはない。(「アンドロイド」に準拠した)携帯電話端末から継続的にグーグルのサービスを利用できる環境が整えば、結果として(モバイル)広告などが増えると見ている(注2)

(注2)http://techon.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20071106/141879/

 グーグルが無償で提供するモバイル・プラットフォーム、「アンドロイド」は、携帯電話のためのソフトウエアのいくつかのレィヤーを含んでおり、基本ソフト(OS)、ユーザー・インターフェースおよびウェブ・ブラウジング・ソフトウエアのようなアプリケーションなどがある。グーグルが主導する「Open Handset Alliance(OHA)」に参加する携帯電話メーカーは、台湾のHTC Corp.、サムスン電子およびモトローラである。携帯電話会社では、スプリント・ネクステル、T-モバイル、NTTドコモ、チャイナ・モバイル、テレコム・イタリア、テレフォニカおよびKDDI、半導体メーカーでは、インテル、クアルコム、テキサス、インスツルメンツ、ブロードコムなどが参加する。この他に参加するのはソフトウエア開発企業である。

■「アンドロイド」で何が変わるのか

 携帯電話会社の従来の仕事の進め方は、どんなアプリケーションを消費者が望んでいるかを決定し、ルールを定め、ソフトの開発企業とソフトの利用料について協議することなどだった。こういった仕事の進め方がグーグルのモバイルOS「アンドロイド」によって大きく変わることになる。グーグルは近年、グーグル・マップ、Gメールおよびサーチ・エンジンなどの同社の製品を、携帯電話でも容易に利用できるようにするために苦心してきた。一方、ソフトウエア・メーカーは「アンドロイド」の登場によって、理論的には「アンドロイド」対応の携帯端末であれば、どの社の端末でも共通に利用できるアプリケーションを書けるようになる。また、消費者はウェブを自由にブラウジングできるようになる。

 しかし、「アンドロイド」に準拠した新携帯端末が実際に市場に出回らなければ、グーグルの願望であるオープン・モバイル・ソフトウエアに、携帯電話会社がどれだけ満足するかは分からない。何社かの携帯電話会社は、「アンドロイド」はユーザーのセンシティブな情報が、ろくでもない第三者のデベロッパーの手に渡って、プライバシーを侵害しセキュリティ・リスクを生じさせないことを明確にするよう求めている。このことはオープン・ソースに共通する問題で、AT&Tやベライゾン・ワイヤレスが、グーグル主導のアライアンスへの参加を見送った理由の一つであるという(注3)

(注3)Google,bidding for phone ads,lures partners(The wall Street Journal / November 6 2007)
スプリントの製品開発の責任者によると、オープン・ソフトウエア・プラットフォームのセキュリティに関する潜在的な脆弱性の故に、「アンドロイド」を企業の技術部門に販売するのは難しいという。

 グーグルのアライアンス、OHAに参加していない世界最大の携帯電話端末メーカーのノキアは、「アンドロイド」は大きなブレークスルーを意味するのかと疑問を呈している。(前掲ウオール・ストリート・ジャーナル紙)ノキアは、シンビアン(ノキアが過半数の株式を保有する英国の携帯電話の基本ソフト開発会社)のOSを使う同社のハイ・エンド携帯電話端末で、既にオープン・アプローチを取り入れ、アプリケーション・デベロッパーの大きなコミュニティを持っている。ノキアが先鞭をつけた試みを、他の人たちがフォローするのを見るのは素晴らしいことだ、とノキアの幹部は語っている。

 グーグルが主導するアライアンスOHAは、「アンドロイド」・プラットフォームを、Apacheオープン・ソース・ライセンスのもとで、携帯電話会社と端末メーカーに無料でリリースするよう計画している。また、デベロッパーには11月12日に、ソフトウエア・デベロッパー・キットを提供する計画だという。豊富な新サービスと低価格の携帯電話端末に惹かれて、いくつかの携帯電話会社もOHAに参加している。

 「アンドロイド」・プラットフォームに準拠した携帯電話端末を、2008年下半期に市場に投入したいT-モバイルUSAは、新しいソーシャル・ネットワーキングのアプリケーションを求めており、当初は自社開発でスタートするもの、いずれはOHAに参加している一群の独立系デベロッパーの協力を得て、開発することを考えている。同社の開発責任者によると、「アンドロイド」は革新的技術だという。「アンドロイド」はソフトウエア・デベロッパーに、利用者の位置、通信履歴、コンタクト・リスト、プレゼンス(通信先端末のon、off情報)を含む彼らが今まで持っていなかった情報を供与するからだ。

 スプリント・ネクステルは現時点で「アンドロイド」携帯端末の導入に合意していないが、OHAには参加しており、話し合いを続ける。同社の製品開発責任者は、携帯電話端末に「アンドロイド」を搭載することによって、消費者が種々のアプリケーションを簡単に利用できるようになることに期待している。

 グーグルは「アンドロイド」それ自体からお金を取ることはしない。しかし、グーグルはそれが同社にモバイル広告を販売する新しい機会を作り出すだろうと確信している。少なくともグーグルは、携帯電話端末からインターネットに簡単にアクセスできるようになることは、同社のサービスをより多く利用することになると考えている。そうなれば、通常利用者がウェブをサーフするときと同様に、モバイル広告は携帯電話端末の画面に掲載される。グーグルは、その広告収入を携帯電話会社とシェアしたいと考えている。携帯電話会社も新たな収入源を得ることになる。また、グーグルは広告以外でも収入を上げることができるかもしれない。恐らく、携帯電話会社と月額収入をシェアするか、もしくはグーグル・アプリケーションのパッケージの使用料だろうという。OHAに参加するチップ・メーカーのクアルコムは、消費者が利用する先進的な「スマートフォン」を、メーカーが200ドル以下で製造できるようにする支援策にトライするという。

■ワイヤレス・ゲームのルールが変わるか

 「アンドロイド」はリナックス・ベースのモバイル・ソフトウエア・プラットフォームで、グーグルは将来携帯電話のOSとしての地位を確立することを期待している。しかし、携帯電話のOSとしては、既にシンビアン(ノキアが株式の過半数を所有)、アップルのOS X (iフォンで使われている)、ブラックベリーOS(RIM)、Windows Mobile(マイクロソフト)およびPalm OSがある。この他にも、リナックスをベースに携帯電話のOSを開発・提供している企業がある。「アンドロイド」にはオープン・ソースと無償提供という他社にない利点があるものの、ミドルウエアやアプリケーションは日進月歩であり、これらとの競争激化は避けられない。

 これらの中で、シンビアンは7割のシェアを占める(注4)。しかし、携帯電話端末の9割はOSを使わない。したがって、全携帯電話端末に占めるモバイルOSトップのシンビアンのシェアは7%である。年間台数にすると7,000万台で、1台あたりのコストを抑えることができる。グーグルは「アンドロイド」を無料で提供するとしているが、コストをカバーするためには規模が必要であり、その規模を早期に確保できるかが課題になるだろう。

(注4)2007年第3四半期におけるシンビアンOSの出荷数は、前年同期比56%増の2,040万だった。

 11月5日のグーグルの発表では、期待されていたグーグル・フォン(gフォン)は含まれておらず消費者を失望させた、と前掲のウオール・ストリート・ジャーナルは書いている。それでも、グーグルの試みは、パソコンによるインターネットの利用と同程度のサービスを無料のオープン型OSで携帯電話に提供し、携帯電話を魅力的な広告手段に変えようというものだが、問題は参加するパートナーが、ワイヤレス・ゲームのルールを変える動きについていけるかどうかだと指摘している。

特別研究員 本間 雅雄
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