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2007年12月掲載

携帯電話市場で今、何が起きているのか

 最近の携帯電話市場では、ソフトバンク・モバイルの躍進が目立つ。契約数の純増では7ヶ月間首位を続けている。白い犬のお父さんがでてくる「ホワイト家族24」のテレビCMも好感度トップである。携帯電話端末の割賦販売、自社の携帯電話相互間の通話を無料にする一連の「ホワイトプラン」の導入などによる積極策が功を奏している。これに対抗するため、KDDIおよびNTTドコモは、従来の料金プランを残しながらも、販売奨励金による端末割引はないが月額料金を低く抑える新料金プランを相次いで導入した。わが国の携帯電話市場は、今までの「ガラパゴス現象」から脱却して、開かれた新しい競争の局面を迎える予感がする。

■ソフトバンク・モバイルの躍進

 電気通信事業者協会が12月7日に発表した11月末時点の携帯電話の契約総数は9997万件で、年内に1億件を超えることが確実になった。携帯電話市場が成熟化しつつあると云われて久しいが、それでもこの1年間で契約数は5.8%伸びた。携帯電話大手3社の2008年3月期の売上高の合計も、2.2%増加して9兆2000億円に達すると見込まれている。

 携帯電話市場ではソフトバンク・モバイルの躍進が目立つ。新規契約から解約を差し引いた純増数は、11月までソフトバンクが7ヶ月連続で首位を占めている。07年4月以降の純増は、ソフトバンクが149万件、KDDIは123万、NTTドコモは41万件だった。番号継続制度の利用でも、ソフトバンクの転入から転出を差し引いた「転入超過」件数が11月で3.3万件となり、KDDIに替わって初めて首位に立った。因みにKDDIはこの制度が始まった07年10月以降最低の2.5万件の「転入超過」、一方NTTドコモはこの制度開始以来最小の5.8万件の「転出超過」だった。

 ソフトバンクの躍進は、07年1月から導入した「ホワイトプラン」が好調だったことによる。「ホワイトプラン」は基本使用料980円/月(税込以下同じ)で、1〜21時はソフトバンク携帯同士の国内通話が無料となり、それ以外の国内通話は一律21円/30秒というシンプルな料金プランである。第3世代(3G)の携帯同士であればメール通信料も無料になる。

 また、「ホワイトプラン」専用の割引サービスとして、定額料980円/月の追加で国内通話料が半額の10.5円/30秒となる「Wホワイト」を07年3月から提供を開始した。さらに「ホワイトプラン」用の家族割引サービスとして、家族間国内通話が24時間無料となる「ホワイト家族24」を07年6月利用分から追加料金無しで提供している。

 ソフトバンクは07年10月29日に「ホワイトプラン」の申し込み件数が900万件を、「Wホワイト」が270万件を夫々突破したと発表している。「ホワイトプラン」は9月17日に800万を突破してから、1ヶ月強で900万件突破を実現したという。また、「ホワイトプラン」の顧客のうち家族がある顧客の70%が「ホワイト家族24」を契約しており、「ホワイト家族24」の顧客の料金満足度は49%と高い。料金満足度が高いのは、同社の端末相互間の通話を無料にするなど使い方によっては料金が安くなり、かつ料金の仕組みがシンプルで分かりやすいからだろう。

 ソフトバンクは06年に、携帯電話端末の販売でも初めて割賦販売方式を導入し、端末の販売と利用料金を切り離したビジネスモデルを創設した。この新販売方式では、新スーパーボーナス用販売価格で端末を購入した顧客が、端末の代金を分割払い(一括払いも可)で負担する一方、月額基本使用料や通話料・通信料から一定額が割引される。割賦販売方式のもとでは、多く顧客がソフトバンクとの間で最長26ヶ月の立替払い契約を締結するため、端末利用期間の長期化と解約率の低減が見込める一方、販売奨励金の減少が期待でき、特別割引による減収があったとしても、将来的な収益の改善が期待できるとソフトバンクは述べている。

 ソフトバンク・モバイルの08年3月期中間決算における電気通信営業収益は、携帯電話加入数が11.4%増加したにもかかわらず、前年同期比5.2%減の5159億円となり、同営業利益は前年同期の422億円の黒字から84億円の赤字となった。一方、携帯電話端末の販売収入が主体の付帯事業営業収益は85.7%増の2987億円となり、同営業利益は13倍の939億円となった。結局、ソフトバンク・モバイルの今期中間決算における営業利益は15.6%増の854億円となり、営業利益率も前期中間決算の7.0%から今中間期は10.5%に改善され、ソフトバンクの主張が裏づけられる結果となった。

■KDDIとNTTドコモの対抗戦略

 業界2位のKDDIは11月12日以降新規契約もしくは機種変更した顧客から順次適用する新料金プランを発表した。新料金の目玉である「シンプルコース」は端末代金と通信料の完全な分離プランで、端末代金に販売奨励金による補助はないが、その分通信料、基本料を安くする。顧客は通信料を安くしたプランと基本料を抑えたプランを選択できる。同社は同時に、従来型料金を拡充した「フルサポートコース」も用意した。料金は現行通りだが端末補助金を2.1万円と明示して値引きする。ただし、2年以内の解約には解約金の支払いが必要となる。

 しかし、11月のKDDIの携帯電話の純増数が、前月に比べ半減し6.5万となった。また、番号継続制の「転入超過」数でもトップの座を初めてソフトバンクに譲った。KDDIは「11月は新製品が少なかった(新料金プランに合わせて投入する予定だった3機種の開発が遅れ、発売が年明けにずれ込んだ)ことが響いた。新料金の影響ではない。」(日本経済新聞07年12月8日)と説明しているが、KDDIの新料金プランが影響した可能性がある。同社は従来通り販売奨励金で端末を割り引く「フルサポートコース」を主力に考えているとみられているだけに、これまでのKDDIの「一人勝ち」に陰りが見えてきたとの見方もでている。同社は冬商戦本番の年末年始に向けて新製品を投入するが、新料金が消費者に受け入れられるかどうかがポイントになりそうだ。

 NTTドコモが11月26日に発表した販売奨励金を使わない新料金プラン「バリューコース」は、多くの契約者にとって評判は悪くないようだ。「バリュープラン」は新発売の携帯電話端末「905i」以降の機種が対象になる。従来の料金プランから月額基本使用料を一律1,680円安くし、さらに「家族割」や「一人でも割」などの割引を申し込めば、一番安い基本使用料は1,050円分の無料通信分がついて1,050円になる。購入する携帯電話端末の価格は上がったが、頭金なしの割賦販売(最長24ヶ月)を導入したため、「端末代」は気にならないという顧客も少なくないという。最先端の携帯電話端末(905i)の品揃えに合わせて料金の仕組みを分かりやすくし、安くなったことが実感できる料金にしたことで、顧客に受け入れられそうだ。このほかに、従来型の料金プラン「ベーシックコース」も用意されており、2年間同一機種を利用することを条件に携帯電話購入代金を15,750円割り引く。

 NTTドコモは08年3月期の中間決算で、営業利益を前年同期比21.0%減らし4,085億円とした。営業収益が2.4%減少したにもかかわらず、営業費用が2.7%も増加したことによる。内訳としては投資の増加に伴う減価償却費の増加、基地局の増設による保守運営費の増加、販売促進による広告宣伝費の前倒し、販売関連経費の増加などである。問題の端末機器原価は前年同期に対し172億円増の5,695億円、これに対し端末機器販売額は143億円減少して1,948億円にとどまり、逆ザヤは315億円拡大して3,746億円となって営業収益を悪化させた。この結果、NTTドコモの07年度上半期の営業収益率は17.6%(4.1ポイント悪化)となり、KDDI(移動通信部門)の19.8%(0.9ポイント改善)に逆転された。NTTドコモは規模における優位を収益に反映できなかった。端末代金と通信料金を完全に分離する「バリューコース」の普及は、NTTドコモの経営悪化に歯止めを掛ける救世主になるかもしれない。

 NTTドコモの08年3月期中間決算の数値から推定すると、同社は平均仕入原価4.5万円の端末を1.5万円で販売店に卸したことになる(注1)。しかし、携帯電話会社はこの差額の3万円を通信料金に含めて回収する。このため、利用者は自分の支払う料金の一部で端末コストを負担しているという認識が薄くなり、透明性が不足する。また、頻繁に端末を買い換える利用者と端末を長期間使う利用者間で、コスト負担の公平性を欠くという問題も生じていた。

(注1)NTTドコモの08年3月期中間決算の数値は次の通り。端末機器販売(収益)1,948億円 端末機器原価(費用)5,695億円  代理店手数料+ポイントサービス経費 2,760億円 期中総販売数 1,280万

 携帯電話会社は、「1円端末」による販売競争などの行き過ぎた販売奨励金を「何とかしなければ」という認識を持ちながら、解決に踏み出さなかった。総務省は07年9月に公表した「モバイルビジネス研究会報告書」で、販売奨励金の仕組み自体は一般的商慣習であることを認めたうえで、利用者利益確保の観点から早急な改善を求めた。NTTドコモやKDDIによる「分離プラン」の導入は、これらの行政指導に応えたものだ。

■日本の携帯電話端末メーカーは「ガラパゴス現象」から脱却できるか

 前掲の総務省の報告書によると、携帯電話会社はこれまで、端末1台当たり平均4万円の販売奨励金を販売店に支払ってきた。販売店はこれを原資に端末代金を値引きし、高機能端末の需要を顕在化させ、先端市場の拡大に貢献してきた。概ね2年ごとに買い替え需要を創出して、端末市場の規模を維持し、新端末の開発資金の確保を可能にし、第3世代携帯電話への移行が円滑に進んだ主因の一つとなったという。

 総務省の報告書が指摘するように、携帯電話端末の高機能化競争を展開できたのは、販売奨励金によってコストよりも大幅に安い価格で端末を顧客に提供して、比較的規模の大きい高機能端末市場を国内に確保できたからである。日本の携帯電話の第3世代(3G)比率は82%、IP接続サービス契約率は87%(07年11月末現在)で、世界の最先端にある。因みに、携帯電話先進国とされるEU諸国の3G比率は10%程度で、依然としてGSMとSMS(ショート・メッセージ)の世界である。世界から突出した日本市場だけで携帯電話の高機能化競争が繰り広げられた結果、世界ではまだ需要の少ない技術が発展し、需要のある市場に対する能力(たとえば、デザインやコスト競争力)は十分育たなかった。伊丹敬之一橋教授はこれを「ガラパゴス現象」と呼んでいる(注2)。日本の携帯電話メーカーは世界で十分通用する技術力をもちながら、当面の国内競争に負けないことに専念している間に、大きな世界市場では意義の少ない技術開発をしてしまっている。それでも国内市場がある程度の規模であるために、なんとかみんな生きてこられたのだという。国内への対応を超えて世界へとメーカーの目を向けるようにするためには、通信事業者との「くびきの構造」から企業を解放する必要がある、と伊丹教授は書いている。

(注2)伊丹敬之 哲学なき経営者の危険(Voice 12月号)

 携帯電話会社が販売奨励金に依存しない料金を新たに導入したことによって、携帯電話市場の構造変化が一気に加速する可能性がある。販売奨励金による端末の値引きがなくなれば、メーカーが端末を直接市場で販売することも可能になるし、利用者は自分が使いたい端末の機能と価格の関連を、より厳しく評価して購入するようになり、使わない機能を搭載した高価な端末を購入するようなこともなくなるだろう。他方、端末価格が高くなれば利用者は長く使うようになるので、携帯電話端末の国内需要は減少するかもしれない。そうなれば、端末メーカーの再編が始まり、生き残ったメーカーは海外市場に目を向けざるを得なくなる。「ガラパゴス現象」の崩壊は、日本メーカーが世界市場に進出する契機であるが、同時にノキアやサムスンなどのグローバル・メーカーが日本市場にアクセスしやすくなることでもある。太平洋の真ん中にあって、ほかの大陸から隔離された状況で独特な進化を遂げたガラパゴス諸島の生物にとって、他大陸からの天敵の襲来にどれだけ対抗力があるのだろうか。

特別研究員 本間 雅雄
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