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2008年1月掲載 |
欧州委員会、テレコム市場改革プランを採択
欧州委員会は昨年11月13日に、かねてから議論を続けていた(注1)欧州連合加盟各国に適用される通信制度改革に関する提案を採択した。この提案は「域内5億人の消費者のための単一欧州テレコム市場」を創設する改革だという。なかでも議論を呼びそうなのは、(1)市場支配力を有する既存大手通信会社の固定網アクセス部門を「機能分離」する権限を「最後の手段」として各国の規制機関に認める (2)欧州委員会に加盟国が競争評価に基づいて課す「是正措置」の承認を拒否し、修正を求める権限を追加する (3)域内で統一的な規制を推進するため「欧州テレコム市場庁」を新設する などである。早くも既存大手通信会社や加盟各国の規制機関からの強い反対意見が表明されているだけでなく、欧州委員会内部からも異論がでている。この改革案が実現するためには、加盟各国の通信担当大臣がメンバーとなる諮問会議の同意と欧州議会の議決が必要であり、欧州委員会が期待する2009年までの法律制定および2010年の施行が実現するか、予断を許さない状況にある。
(注1) 欧州委員会は2005年末に、EUの現行のテレコム・ルール(2002年制定、2003年7月25日施行)の改革は必要か、また、テレコムの単一市場化はどうしたら成し遂げられるか、を公開の場で諮問した。今回の改革案はこの諮問の結果に基づいていると、欧州委員会はプレス・リリースで述べている。 ■欧州で何故今テレコム改革なのか欧州委員会(EC)はテレコム制度の改革を提案した理由を次のように説明している(注2)。2002年に制定された現行のテレコム・ルールのお陰で、今日欧州は強いテレコム・セクターを保有している。しかし、持てる能力をフルに発揮することに失敗し、欧州外からの競争者に遅れを取るリスクに晒されている。確かに、欧州連合(EU)加盟27カ国のテレコム市場は次第に競争に開放され、今日消費者は10年前と比較すれば、より安い料金でより多くの選択を享受している。それでも、欧州はテレコムにおいて重大な障害に直面している。競争のボトルネックが存続しており、特に、重要なブロードバンド市場でそうだ。国境を越える競争および汎欧州のサービスが、27の部分的に一貫性を欠いた別々の規制システムによって妨げられている。最後に、すべての無線サービスの活力源である無線周波数は、競争を促進しブロードバンドのカバレッジを拡大し、市民により良質でより革新的なサービスを提供する強い可能性を持っているにもかかわらず、欧州においてはフルに活用されていない。欧州がその市民のために成長と雇用の促進を欲するのであれば、EUのテレコム・ルールの改革は不可欠である。 (注2)2007 EU Telecoms Reform #1The need for reform(European Commission: Information Society and Media) 前掲のニュース・リリース(注2)は、欧州のテレコム・セクターを円滑に発展させるために提起された今回の改革案は、以下の4つの主要課題に焦点を絞っていると述べている。 第1に、既に競争による成果があがっている市場では規制を減らし、競争の諸問題が今日まで十分効果的な方法で取り組まれなかったブロードバンド市場のような主要なボトルネックに規制を集中させるなど、より少ない規制でより多くの効果をあげる。第2に、各国のテレコム規制機関が、通信会社および政府(しばしば未だに既存電話会社の部分的な株主である)からの独立性を強める。第3に、急激に変化しつつあるテレコム市場において、消費者保護および利用者の権利を維持・強化する。第4に、迷惑メール、ウイルスおよびその他のサイバー攻撃に対する戦いを強化し、欧州の通信ネットワークのセキュリティと信頼性を高める。 このニュース・リリース(前掲注2)は、一昨年夏以来の携帯電話の欧州統一ローミング規制が、消費者に対する欧州の単一テレコム市場の欠如によってもたらされた最も分かり易い兆候(EU域内で国境を越えた際支払う過剰な通話料金)だったと指摘している。欧州委員会は、今般提起したEUテレコム改革案によって、今やこの問題の核心に迫ろうとしているとその意義を強調している。 欧州委員会のBarroso委員長も以下のようなコメントを発表している(注3)。本日(2007年11月13日)以降、欧州の通信会社と消費者のための国境のない単一市場は、もはや夢ではなくなった。テレコムは、携帯電話やブロードバンドであっても、欧州の単一市場がすべての市民により多くの選択とより安い価格を、確実にもたらすことのできる分野である。同時に、域内5億人の消費者を擁する単一市場は、欧州が効果的な競争を実現し、首尾一貫したゲームのルールを制定できれば、通信会社にとっても新たな機会が開かれるだろう。本日我々が行動をおこした理由はここにある。さらなる欧州の規制のアプローチは、とりわけテレコムにおいて正当化できる。電波に国境はなく、インターネットに国籍はないのだから。 (注3)Commission proposes a single European Telecom Market for 500 million consumers(EU Press Release / 13 November 2007) 通信政策に詳しい米コロンビア大学のノーム教授は、競争導入および民営化以降のテレコム市場に対する期待と現実の乖離について以下のような考察を行って、「通信2.0」の時代に国が市場に対する関与を強める可能性を指摘している(注4)。テレコム規制に関する従来の有力な考え方は、競争および自由な取引が進展すれば規制緩和が進み、国の役割は徐々に弱まるというものだった。しかし、最近における移動通信やブロードバンド・インターットなどの出現によって、このオールド・アプローチが適応できなくなった。競争の初期には新規参入も見られたが、その後は民営化によって活性化し、効率を高めた既存の大手通信会社への市場集中が進んだ。新規参入した通信会社の多くは、規制当局の保護の下で生き残っているに過ぎない。規模の経済と(接続相手が多いほど価値が大きくなるという)ネットワーク効果の結合が、既存の大手通信会社に優位を与えたのだろう。なかでも固定アクセス網市場にはほとんど新規参入がなく、市場支配力が高まった結果様々な規制が導入された。米国やオランダなどの例外を除き、世界のほとんどの国々におけるブロードバンド通信は、単一のインフラ(既存大手電話会社の固定アクセス網)上に構築されており、このトレンドが国の関与を強める根拠になっている。これらの力学は次世代通信網でより強く作用するだろう。光ファイバー通信網の持つ巨大な伝送容量とずば抜けた規模の経済が、次世代通信網の本質だからだ。 (注4)Eli Noam;Public Telecoms 2.0:The Return of the state(The Financial Times / April 25 2007) ■ECによるテレコム改革プランの内容ECのレディング委員(情報社会およびメディア担当)のテレコム改革に対するコメントは以下の通りである(注5)。本日(2007年11月13日)のテレコム改革の提案は、欧州の市民を主役にしようとするものだ。過去において欧州は、新規参入者にテレコム市場を開放することによって、また、より一層の競争を次第に確実にすることによって、顕著な発展を遂げてきた。しかし、市場支配力を持つ通信会社(未だにしばしば政府の保護を受けている)が、ブロードバンド市場のような決定的に重要な市場を依然として支配し、消費者の選択の自由を制約している。EUの市民の10%は、未だにブロードバンドにまったくアクセスできない。このことが、新しい消費者の権利、いくつかの新しい競争、独立テレコム規制機関の効果的システム、競争的インフラストラクチャーに対する新規投資および新しい無線サービスにより多くのスペースが必要な理由である。また、欧州のデジタル・エコノミーを軌道に乗せるためでもある。 (注5)Commission proposes a single European Telecom Market for 500 million consumers(EU Press Release / 13 November 2007) 今般ECが採択し欧州議会に提案した「テレコム改革パッケージ」は、2002年のEUテレコム・ルールを変更しようとするもので、2009年までに法律化することを期待している。前掲のニュース・リリース(注5)によるこの改革案の主要な特徴は以下の通りである。
欧州委員会は迅速かつ効果的に改革を実施するため、重要な通信サービス(ブロードバンド・インターネット接続、データ・ローミング、飛行機および船舶における移動電話の利用および国境を越えるビジネス・サービスなど)に対する規制が、加盟27カ国を通して首尾一貫して確実に行われるのを手助けする 欧州テレコム市場庁(European Telecom Market Authority)の設立を提案している。欧州テレコム市場庁は、現在の各国のテレコム規制機関(European Regulators Group;ERG)の機能とEuropean Network and Information Security Agency(ENISA)の機能をより効果的に結合することになるだろうという。 ■批判が高まるECのテレコム改革プランECが提起した「テレコム改革パッケージ」には根強い反対論がある。ボットルネック規制の強化によって、アクセス網が「機能分離」の対象となる既存の大手電話会社と、欧州テレコム規制機関の設置によって権限が大幅に削減される加盟各国の規制機関が反対するのは当然としても、EC内部からも強い批判がだされていた。 ECが欧州テレコム規制機関の設置を含む改革案に期待しているのは、欧州全体のテレコム市場を活性化するとともにクロス・ボーダー・ビジネスを複雑にしている継ぎはぎだらけの現行ルールを取り除くことである。この中で最もラディカルな提案は、フランス・テレコムやドイツ・テレコムのような市場支配力を有する既存の大手電話会社の「機能分離」である。ECのプランは、加盟各国が競争を促進するためにとった全ての事前規制が失敗した場合、加盟国に最後の「是正措置」として支配的事業者のアクセス網の「機能分離」を可能にするというものである。その狙いは、新規参入した電話会社が、民営化にあたって国営事業のインフラ資産を引き継いだ既存の大手電話会社と、接戦の競争をし易くすることにあるという(注6)。 (注6)EU in telecom industry shake-up despite opposition(EUbusiness.com /Telecoms/14 November 2007) ECの通信担当委員のレディング女史が、競争を促進するためのアイデアを得たのは英国BTのモデルからだという。BTは2006年1月にアクセス網部門の「オープンリーチ」を(企業内)分離した。このプランは、通信会社の(アクセス網)インフラ部門とサービス部門を別々の組織に分離する「機能分離」として知られている。BTの「機能分離」以降、英国の規制機関オフコムによれば、住宅電話利用者の平均月額料金は20%下がって、2004年のレベルを下回ったという。ブロードバンドについても普及率の向上と料金の低下がみられたと評価されている。レディング委員は、ボトルネック・ネットワーク資産に対する公正で同等なアクセスを保証することによって、「機能分離」が競争を促進し投資を刺激するための有用な方法になりうると信じている、と語っている(注6)(注7)。 (注6)EU Telecom plan draws fire (The Wall Street Journal / November 12,2007) (注7)スウエーデンおよびフィンランドをカバーする通信会社TeliaSoneraは、2008年1月1日にアクセス網事業を完全子会社のTeliaSonera Skanova Accessに分離した。また、テレコム・イタリアでは「機能分離」の手続きが進行中。 批評家は「オープンリーチ」の経験が他の国ですべて成功するとは限らないといっているが、何社かの通信会社は同様のアプローチの必要性を先取りして、この案を前向きに検討しているという。例えば、フランス・テレコムは去る10月に、同社の地下管路の空きスペースに、競争相手の光ファイバー・ケーブルを収容すると申し出た。フランス・テレコムの規制担当副社長は、「これが、会社をバラバラにせず、投資のインセンティブを失わせることなく、真の競争を促進するための方法である」と語っている。また、「ECは間違った方向に向かっており、これまで取り組んできた競争促進にブレーキをかける危険すらある。」とも指摘している(注8)。既存通信事業者で組織するThe European Telecommunications Network Operatorsユ Association(ETNO)も、「機能分離」は投資意欲を阻害すると警告している。 (注8)前掲The Wall Street Journal / November 12,2007 「機能分離」はEC内部でも厳しい批判に晒されていた。フェアホイゲン企業・産業担当委員は、「『機能分離』を導入する論理的根拠は未だ弱い。アクセス網が小売市場から分離されてしまったら、投資へのインセンティブ、品質、そしてコスト効率性が失われてしまうかもしれない。」と指摘していた。クルース競争担当委員は、「分離され、規制されたアクセス網部門は、実は公認の永久的独占である」、「分離を選ぶことは、インフラ競争の展望を諦めることを意味している」、「『機能分離』は、過剰であるばかりでなく有害である。『機能分離』は、特に、次世代ネットワークへの投資を阻むものである」と主張して反対していた。レディング委員と前記の2委員は、欧州統合規制機関の設立の問題でも対立していた(注9)。しかし、今回欧州議会に付議された改革案は、既定事実(fait accompli)とみられていた案とかなり異なっており(例えば、事前規制の対象候補の市場を大幅に削減するなど)レディング委員と最強硬のクルース委員の間で、事前に妥協が成立したのはないかとみられている(注10)。 (注9)情報通信総合研究所 所内資料(Financial TimesおよびTelecom Market紙などの記事による) (注10)Telecoms groups attack shake-up plan(The Financial Times / November 14 2007) フランスのテレコム規制機関ARCEPのシャンソール委員長は、「ネットワーク部門とサービス部門の分離を決定することは、ネットワーク、すなわち加入者と接続するローカル・ループが自然独占であることを認めることである。これはこれまで欧州を導いてきた哲学、新規参入者によるインフラへの投資に競争を依拠させるという哲学に反している。」と語っている。彼はまた、「欧州規制機関の創設は、加盟国とECの関係を大きく修正するものだ。EUは加盟国と欧州機関が密接な協力によって機能する。しかし、それは国を代替するものではない。代替する場合もあるだろうが、テレコム市場は極めて国内的な側面を持っている。」と欧州規制機関の設置にも否定的見解を述べている(注11)。英国のテレコム規制機関Oftelのトップも「ニュー・スーパー・レギュレータ」の設置には否定的で、現在の仕組みでも同様な職務の遂行は可能であると述べている(注12)。 (注11)ARCEP委員長へのインタビュー(Les Echos / 2007年11月14日)情報通信総合研究所 所内資料 (注12)前掲The Wall Street Journal / November 12,2007 ECは、欧州全域に無線周波数の権利の取引範囲が拡大する一方で、テレコム改革によって、周波数の利用に対するいくつかの制約を撤廃し、新しい汎欧州サービスの展開が促進されることを期待している。現在、特定の技術によって一定の周波数が利用されることを要求しているいくつかの国があり、ECはこのことが革新的な新技術の導入を遅らせていると信じている。レディング委員は、無線周波数を効率的に利用していないのに、動こうとしない国が多過ぎると嘆いているという。彼女は「将来は、誰が周波数を利用できるか、何のために利用するか、をより多く勘案して市場が決められるようにしたい。」と語っている(注13)。 (注13)EU in telecoms industry shake-up despite opposition(EUbusiness.com /Telecoms/14 November 2007) これに対し、フランスの規制機関ARCEPの委員長は前掲Les Echo 紙のインタビューで、欧州のハーモナイゼーションが最も遅れているのは無線周波数についてであると批判している。2007年にジュネーブで開催された世界無線通信会議のため、テレビのアナログ停波で不用になる周波数の利用について、EU加盟27カ国が共通の立場を決めるべきだったのに、それができなかったのは異常というほかない。それ(周波数に関するハーモナイゼーションの推進)こそECの役割ではないかと指摘している。 ECが提案した「テレコム改革パッケージ」の制定には、加盟各国の通信担当大臣が出席する諮問会議の同意および欧州議会の議決が必要になる。ECが期待するように、法律が2009年に制定され、2010年から施行できるかどうかは、予断を許さない状況にある。 |
特別研究員 本間 雅雄 |
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