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2008年2月掲載

NTT東西の次世代通信網(NGN)に対する規制を考える

 NTT東西は今年3月から次世代通信網(NGN)サービスを商用化する予定である。これに対して総務省情報通信審議会は去る1月29日に「次世代ネットワークに係わる接続ルールの在り方について」の答申(案)を公表した。全体としては、従来の接続ルールを援用するもので、NGNの持つ機能の「オープン化」を推進するとともに、NTT東西の市場支配力が競争を阻害しないよう、接続約款を認可制にするというものだ。しかし、世界に先駆けて導入するNTTのNGNにはかなりのリスクが存在し、投資のインセンティブを維持するためにも規制は最小限度にとどめ、事業者間の協議によって接続条件や料金を決められるようにすべきだ。また、移動通信との融合型サービス提供などNGNの能力をフルに発揮できるようにするため、NTTの経営形態への見直しを急ぐ必要がある。

■現時点でのNGNは高リスク・ビジネス

 NTT東西は今年3月から次世代通信網(NGN)サービスを商用化する予定である。両社は06年12月から07年12月までの1年間、NGNのフィールド・トライアルを実施してきた。光ブロードバンド・サービスや光電話サービスは、3月の時点では、これまでのトライアル実施エリア(東京、神奈川、千葉、埼玉の一部)で商用化を開始する。同年第2四半期には、東京23区およびその周辺の政令指定都市に、同年第3四半期には札幌、仙台、新潟市などの県庁所在地級都市にサービス・エリアを広げる。遅くとも2010年末までに、現在のBフレッツの展開エリアにNGNを拡大する予定である。

 予定されているNGNサービスとしては、Bフレッツの既存サービスと同等のサービス(ベストエフォート型の光ブロードバンド・サービス、ひかり電話、テレビ電話、VPN、ユニキャストおよびマルチキャスト・コンテンツ配信サービス)のほか、QoSを利用した帯域保証型サービス(高品質《7KHz》ひかり電話、高品質《SD、ハイビジョン品質》テレビ電話、帯域保証ユニキャストおよびマルチキャスト《地上波デジタル再送信を含む》・コンテンツ配信サービス)およびイーサネット・サービス(全国;従来は県内)などを予定している。なお、帯域保証型のVPNは今後の提供予定となった。

 NGNが何かについて、現時点で明確な定義があるわけではない。ITUでは 1.広帯域でQoS(品質制御)が可能 2.パケット・ベースのIP統合網 3.パケット転送機能とサービス制御機能の分離 4.オープンなアクセス 5.固定網と移動網の融合と規定している。しかし、まだネットワークの設計思想の段階にあって、具体的なサービスやネットワークの構成について標準化されたものは存在していない。

 そのため、通信会社などが描くNGNの姿も様々である。欧州ではBTが「21CN」と呼ぶNGNの商用化に取り組んでいる。サービスごとに展開された既存の16の通信網をIP網で統合(注1)することによって、投資および運営コストの削減を目指すほか、固定と移動(注2)通信の融合サービス(FMC)を視野に入れている。21CNの先行導入地域であるサウスウェールズの3拠点で、今春までに35万顧客の移行を計画しているが、実際に移行を完了できたのは現時点で100回線に過ぎないという。21CNは当初06年から移行を開始し11年に完了する計画で、08年には50%の移行を目標としていたが、昨年この目標を15%に下方修正した。この遅れは技術的問題によると見られているが、今後さらなるスケジュールの延期の可能性もあると見られている。

(注1)「21CN」のアクセス回線は当面メタリックを利用する。なお、ADSL2+を利用した最大24Mbpsのブロードバンド・サービスを08年4月から開始の予定。光ファイバーについては1万回線のFTTH網の試行に着手する予定。

(注2)BTは移動通信事業をスピンオフした。現在はボーダフォンの再販サービスを購入し、MVNOとして移動通信サービスを提供している。

 米国のべライゾン・コミュニケーションズはオール光ファイバー網の展開を急いでいる。
主な目的はケーブルテレビ会社による脅威に対抗するためであり、FiOS TV(07年末13州に展開、加入数94万)、FiOSインターネット(同16州に展開、下り50Mbps/上り20Mbps、加入数150万、)および高品質音声サービスを提供している。AT&TのU-verse(IPTV、12州に展開)も07年末で23万加入を獲得した。しかし、これらの光ファイバー網をNGNとは呼んでいない。

 NTT東西が計画するNGNの最大の特徴は、アクセス網を光ファイバーに限定していることだ。これは世界に例がない。NTTにとってブロードバンド需要の掘り起しとサービスの差別化が経営上の最優先課題であり、それを実現するのが光アクセス網(2007年9月末シェア70.5%)であると考えたのだろう。この光アクセス網(2007年秋、2010年度末目標を3000万回線から2000万回線に修正)(注3)のメリットを最大限生かすことのできる効率的な高速・大容量のネットワークが「NTTのNGN」であり、「電話網の信頼性や安定性とIP網の経済性や柔軟性を両立させる」ことを基本理念としている。

(注3)08年1月9日にNTT東西は、光ファイバー接続料を夫々値下げし、東日本4713円、西日本5048円とする認可申請を行った。しかし、直近の06年度の実績原価は8915円だったという。原価に影響する最大の要素は設備の使用効率で、現時点での芯線の使用率は約3割(通信興業新聞08.1.21)で、料金算定の前提となった使用率を大きく下回った。この差額は全額NTT東西(利用者と株主を含む)の負担となって収益を圧迫している。今回の認可申請では算定期間の最終年度に当たる2010年の需要を2000万(芯線使用率約6割)と想定しているが、それに達しなかった場合のリスクの負担を、光アクセス回線を利用する他事業者にも求めている。

 一方、BTが目指すネットワークの統合(既存電話網の巻き取りなど)によるコスト削減や固定/移動の融合などは、どの程度「NTTのNGN」が視野に入れているのか良く分からない。NGNによるサービスにしても、当面は既存のIP網で提供されているサービスの延長という印象が強い。目新しいのは帯域保証型の各種サービスであるが、料金が示されていない(NTTは利用しやすい料金にすると表明している)ので現時点での評価は難しい。NTTはパートナーとの協力によって、NGNの基本コンセプトを生かしたサービスの創生に期待しており、そのためのインターフェースを公開するなど「オープン化」を推進していく考えである。

 結局、見切り発車した「NTTのNGN」は、世界に先駆けて成功する可能性もあるが、将来技術的に孤立し早すぎたツケを支払うリスクもある。当面NGNでなければ提供できないサービスはそれほど多くなく、ベストエフォート型のIP網サービスは今後も存続するので、帯域保証型の各種サービスにどれだけの需要が見込まれるのかも不透明である。日本メーカーの製品が世界で売れるよう、NTTもNGNの世界標準の動向と歩調を合わせていくべきだという意見もある。「NTTのNGN」は、確実な需要に裏付けられたかつての電話事業とは異なり、高いリスクを内在したビジネスである。

 総務省情報審議会答申(案)「次世代ネットワークに係わる接続ルールの在り方について」(08.1.27)において、「NTT東西のNGNは、わが国における基幹的な通信網としての性格を有することになることが想定される。競争事業者が、NGNを利用して創意工夫を活かした多様なサービスを遅滞なく提供可能な環境を整備することは、公正競争の確保や利用者利便の向上を図る観点から重要な課題」(第1章 はじめに)であると指摘している。

 ここで重要なことは、「NTTのNGN」といえども、わが国の基幹的通信網として100%成功する保証はないということだ。後発のKDDIのCDN(電話網をソフトスイッチで置換)や「ウルトラ3G」が優位を占める可能性もないとはいえない。それ故、リスクの高いNGNビジネスに敢て挑戦する通信事業者が、インセンティブを高めていけるような配慮と仕組みが必要である。競争促進とそのための規制がすべてという通信政策は、グローバル市場での競争の現実から目を背け、国内市場に閉じた内向きの発想に傾きがちだ。NGNに遅滞なく開放の規制を課すのではなく、試行錯誤を経て運営が軌道に乗る見通しが得られるまでの間、規制を差し控えてもよいのではないか。リスクを避け先行するNGNに依存しようとする事業者にハンディを課し、設備での競争を促すという意味もある。IP環境下では、有用な新アプリケーションを開発する能力を持つパートナーとの提携は、NGNを提供する通信事業者にとって不可欠の戦略である。行政の関与がなくても、NGNの「オープン化」は自律的に進まざるを得ない状況にある。

■不確定要素の多いNGNとの相互接続は事業者間協議で解決を

 前掲の総務省情報通信審議会の答申(案)は、NTTのNGNが光アクセス回線と一体化して設置される設備であり、(中略)、当該設備との接続が、他の電気通信事業者の事業展開上不可欠であり、また利用者利便の確保の観点からも不可欠であることから、第一種指定電気通信設備に指定することが必要である。」としている。第一種電気通信設備に指定されると、NTTは他事業者がNGN設備を借りる際の具体的な条件を示した接続約款(認可が必要)と、設備構築に要した費用や収入の明細を明記した接続会計の作成・公表が義務付けられる。

 NTT(東西)はこれまで意見募集に対して、1.柔軟なネットワーク構築や新サービス開発阻害等の観点から、基本的に各事業者の自由な事業展開に委ねるべきだ。2. 既に中継ダークファイバーや局舎コロケーションの開放等を行っており、またルーター等の装置は市販品であり誰でも調達可能であることから、他事業者も同様のネットワークを構築可能である、ことなどからNGNは第一種指定電気通信設備の指定対象外とすべきだと主張している。

 情報通信審議会の答申(案)では「他事業者網の選択可能性」がないことを問題にしている。メタル回線をアクセス回線とするネットワークでは、基本料はNTT東西に支払うが、GC接続によって通話は他事業者のネットワークに接続する、といったサービス形態が可能である。しかし、光アクセス回線のネットワークでは、他事業者がNTT東西のアンバンドルされた光ファイバー回線を調達し、自らのコア網を組み合わせてサービスを提供することは可能であるものの、現時点ではNTT東西のFTTHユーザが他事業者のコア網に接続してサービス提供を受けることはできない。このようなコア網の選択可能性のないFTTHをアクセス回線とするNTTのNGNは、ボトルネック性のあるアクセス回線と一体化した設備と捉えることが適当であるとして、第一種指定電気通信設備の指定の方針を盛り込んでいる。

 一方で、NGNの特徴である帯域制御機能を利用したQoS(品質制御)サービスについては、具体的なサービス提供が明確ではなく、技術的に実現可能かどうかの判断が困難という理由から、現時点でアンバンドルの必要性の判断をするのは時期早尚として検討を先送りした。

 NGNになったからといって、IP電話が他社のサービスと接続できないというのでは困る。
しかし、NGNによって可能となるすべての新サービスが他社網に接続することを義務付けられれば、ネットワークのコストが限りなく膨らんでしまう恐れがある。接続料が高ければ自社網にその機能を追加する選択もあり得る。どんなサービスを、どこで、いつ頃までに相互接続するか、それに要するコストの負担をどうするか、NGNのリスクを誰がどのように負担するか、などの話し合いは原則として業界主導でなされるべきだ。他社の魅力あるアプリケーションを利用できることは、当該通信事業者のユーザにとってメリットになるはずで、NGNの事業者間協議が常に対立するということではないだろう。

 技術的にも、市場的にも未確定要素の多いNGNに、将来市場を支配する可能性があるという理由だけで事前規制の網をかけるのは、NGNの発展の芽を摘むことになりかねない。そもそもリスクを賭けた先行者には、一定期間先行者利得が認められてしかるべきだ。行政は当面支援役に徹して事態の推移を見守り、事業者間協議が紛糾した場合の仲裁などに活動を限定した方がよいのではないか。情報通信審議会の答申(案)が指摘する光アクセス回線に関する「他事業者網の選択可能性」がないという問題にしても、いきなり規制というのではなく、まず事業者間で話し合い解決すべき課題である。アクセス網の光ファイバー化の進展が、メタル・アクセス回線によるローカル・ループ・アンバンドル(LLU)などの物理インフラの開放による競争を困難にすることは明らかで、代替案の早急な検討が必要である。

 英国の通信放送事業の規制を担当するオフコム(Ofcom)は、BTはNGN(21CN)においても市場支配力を持ちうる事業者と見られているが、NGNについては多くの不確実性が存在し、オフコムも何が正しい解答になるのかについて現時点では分かっていないとし、事業者間の話し合いを通じて問題点が解決されていくことを期待しているという。(当研究所研究員からの聞き取り)既に、コアNGNの相互接続の商業的ルールについてはNGNukを、技術的問題についてはNICC(Network Interoperability Consultation Committee)を夫々設置して検討を進めており、音声についてはメトロノード(全国に約100箇所)で接続するなど一定の合意に達している。

■急がれるNTTの経営形態の見直し

 NTT東西は07年10月25日に、同社のNGNの商用サービス提供するために必要な「活用業務」の認可を総務省に申請した。「活用業務」の申請は、NGNを使うサービスが、NTT東西の本来業務である県内通信だけでなく、県間を越えることにともなう措置である。総務省が「活用業務」申請を認可するのに4ヶ月程度必要な期間を見込んでいる。そもそもIP網による代表的サービスはインターネット接続であり、県内、県間はもとより全世界を対象に定額料金で無制限に利用できる。NGNでもブロードバンド・インターネットは看板サービスである。にもかかわらず、例外的な業務を行うための「活用業務」の認可がなければ、NGNによるサービスが提供できないというのは、現行制度が破綻していることを意味している。インターネットの出現で、通信は県内、県間といった距離で区分し規制する意味がなくなった。さらに、有線と無線、固定と移動、通信と放送の区分についても同様である。

 しかし、NTTについてだけ、これらの区分が規制と関連づけられて残っている。そのため、NTT東西のNGNをどう接続するかが問題になる。接続する根拠が「活用業務」として認められたとしても、NTT東西がNGNを直接接続することも、県間通信を「本来業務」とするNTTコミュニケーションズが接続することもできない。公正競争を担保するためNTTグループ外の事業者を対象に、入札によって中継事業者を決める予定だという。ネットワーク構成を複雑にし、余計なコスト負担を強いる、世界で例のない規制である。

 この点について、総務省情報通信委員会の答申(案)は次のように述べている。「現行の接続ルールにとらわれずに、NGNに係わる接続ルールを検討する考え方もあるが、現時点では、現行制度で対応できない状況も特段認められないことから、本件では、現行の接続ルールを前提に検討することとする。なお、指定電気通信設備制度については、「新競争促進プログラム2010」において、IP化の進展に伴う市場統合の動き等を踏まえて包括的な見直しを行う」こととしている。(第2章 第一種指定電気通信設備の指定範囲)しかし、NTT東西のNGNの直接接続を認めないという不合理な規制を課している現状は、「現行制度で対応できない状況も特段認められない」ということになるのだろうか。NTTの経営組織を県内、県間、あるいは固定、移動で区分する考え方では、ネットワークのIP化で市場が統合に向かうNGN時代に適合できないことは明らかだ。

 NTT東西のNGNは、「現行フレッツ網を高度化、大容量化したもの」という位置づけになっているという。したがって、NGNによるサービスも、現行のBフレッツ網を使ったサービスが主体で、NGNの機能を活かしたサービスも、いくつかの帯域保証型サービスに限られている。この消極的とも見える対応は、規制による制約を意識してのことではないか。森川博之東京大学教授によると、(注4)NGNがインターネットに追加する機能のうち特筆すべきは、「アクセス回線の認証」と「通信セッションの管理」の2点であるという。

(注4)森川博之 NGNのすべて
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20070709/277045/

 「アクセス回線の認証」(通常のインターネットは端末認証)により、端末を識別でき加入者情報が得られれば、通信事業者やサードパーティなどは強固なセキュリティを確保できる。利用者は特別な装置を必要とせず、第三者がアクセスできない閉域網を構築できる。NTTは、現在のインターネットに比べセキュリティ性能の高いNGNを使い、ITシステムを貸し出し方式(SaaS)で企業に提供する事業に年内に参入する。

 「通信セッションの管理」によって、PCで行っていた音声通話を、セッションを維持しながら携帯電話に切り替えたり、PC上のテレビ電話を携帯電話上の音声通話に切り替えたりするシームレス・アクセスが実現できる。NTTのNGNでは固定/移動の融合サービスについては具体的な言及がない。

 NGNに盛り込まれた機能を活用して、従来の技術では実現できなかった革新的なサービスが提供可能になる。しかし、NTTの経営形態が現状のままであれば、県内固定通信を本来業務とするNTT東西のNGNで、固定通信と移動通信の融合サービスなどを提供するのは難しいのではないか。同様に、他の放送会社のコンテンツを伝送することはできても、NTT東西が本来業務でない放送事業を手がけることも困難だろう。現状の経営形態のままでは、効率的でない経営を余儀なくされるばかりでなく、NGNの持つ機能をフルに発揮するサービスを提供することも困難で、宝の持ち腐れとなる恐れがある。NGNはいずれ厳しいグローバルな競争に曝される。スタートでのリードを維持するためには、NGNの能力をフルに発揮できる経営形態への見直しを急ぐ必要がある。

特別研究員 本間 雅雄
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