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2008年3月掲載

世界移動通信会議(WMC)から読むモバイル・ビジネス・トレンド

 去る2月11日からスペインのバルセロナで、世界最大級のモバイル業界イベント「モバイル・ワールド・コングレス(WMC)2008」が開催された。世界中から業界のキーマンが集まって、講演会や円卓討論会、展示会などが3日間にわたって繰り広げられた。このWMCから読み取れる、グローバル市場におけるモバイル・ビジネス・トレンドとは何かを紹介する。

■欧米でも始まるモバイル・データ・ブーム

 第1のトレンドは、ようやく欧米でもモバイル・データ・ブームが始まったということである。その引き金となったのは、モバイル・ゲームでも、モバイルTVでも、いわゆるキラー・アプリケーションとして喧伝されたその他のサービスでもなく、AppleのiPhoneとそれに追随した多くの競争者によるPhone-likeの携帯電話端末および第3世代携帯電話(3G)網で利用できるノートブックPC用データ・カードだったという(注1)

(注1)Mobile data boom to dominate Barcelona congress (Dow Jones Newswires / 11 February 2008)

 電話、iPod音楽プレーヤーおよびインターネットをサーフィングする端末の組み合わせであるiPhoneは、昨年6月末に米国市場に鳴り物入りで登場した。アップルの崇拝者たちはiPhoneを入手するため長い行列に並び、アナリストたちはその長所と短所を詳細に分析した。iPhoneの真のインパクトは、操作が容易であれば一般利用者でも、携帯電話端末上で、インターネットをブラウジングし、音楽をダウンロードし、ウェブ上の情報を収集し編集することに意欲的であることを証明したことである。コンサルタント会社のAnalysysのアナリストによれば、iPhoneは人々にモバイル・データの可能性を示したのだという。

 市場でヒットした携帯電話端末、定額データ料金プランおよび新サービスの積極的なプロモーションの組み合わせがモバイル・データの認知度を高めるのに寄与した。これとほぼ同時期に、ノートブックPCから携帯電話網を経由してインターネットのブラウジングをできるようにする3Gカードに対する需要が高まった。世界最大(売上高)の携帯電話会社のボーダフォン・グループの昨年第4四半期のデータ収入は、前年同期比40%増加した。

 携帯電話業界が最も切望しているのは、音声収入の成長鈍化をデータ・サービスの需要増加で相殺することだが、それが実現できるかもしれないという。調査会社のGartnerは、グローバルなデータ・サービスの市場を、2007年の1,340億ドルから、2011年の2,910億ドルへ、2倍以上に成長すると予測している。今年のWMCで、データ・サービスは一躍主役の座に就いた。

 今年のWMCでは、常連である携帯電話機メーカー、携帯電話会社およびコンテント・プロバイダーなどのほかに、比較的新しい参加者であるマイクロソフトやグーグルに関心が集まった。特に検索エンジンの巨人グーグルは、オープン・ソースの携帯電話端末向けOS(基本ソフト)「アンドロイド」を無料で提供することによって、自らも携帯電話事業に足場を築くとともに、現在の携帯電話業界の仕組みを変えたいと考えている。グーグルは、携帯電話端末もパソコンを利用するのと同じように使えるようにすることに期待している。「アンドロイド」を搭載した携帯電話端末は、今年の下半期以降でなければ市場に登場しない見込みであるのに、業界のプレーヤーたちはグーグルがモバイル戦略をどうアップデートするのかに敏感になっている。特に、パソコンの巨人デルとの提携について憶測が広がっている。

 マイクロソフトはポータルの大手ヤフーを446億ドルで買収する提案を行っている。このような買収やグーグルによるモバイル市場への進出は、モバイルの世界でインターネットおよびデータ・サービスの重要性が高まったことを反映している、と前掲のDow Jones Newswire(11 February 2008)は指摘している。ようやく欧米でも、携帯電話端末からのインターネット接続が当たり前になってきた。

■スマートフォンのOSが出揃い競争が激化する

 第2は、データ・サービスを利用できるスマートフォンのOSがほぼ出揃い、端末のユーザ・インタフェースの飛躍的改善とアプリケーションの充実が実現し、利用者の選択の幅が広がることである。

 現在、携帯電話端末上でコンピューティングができるスマートフォンOSのグローバル市場は、英Symbian(ノキアが筆頭株主)が圧倒的に強く65%を占めている。次いで、マイクロソフト (ウインドウズ・モバイル)が12%、加RIM(ブラックベリー)が11%、アップル(Mac OS X)が7%、リナックス 5%である。2007年におけるスマートフォンとモバイル・ハンドヘルドの合計の出荷台数は前年比60%増の1億1,500万台だった。(Canalys社調べ)(注2)

(注2)2007年における携帯電話端末の出荷台数は11億5,300万台(Gartner社調べ)、スマートフォン比率は10%。

 ボーダフォンのサリーンCEOは、今年のMWCでモバイルOSに絞って問題を提起している。昨年アップルがiPhoneでモバイルOSの争いに加わっただけでなく、モバイル・リナックス・イニシアティブも今年のMWCに、LiMo Foundationによる18機種の携帯電話端末を出展した。グーグルのオープン・ソースの携帯電話端末プラットフォーム「アンドロイド」を利用した製品が、今年の下半期には市場に出てくる見通しだ。分裂したリナックス陣営がOSの細分化をもたらす恐れもある。サリーンCEOは、現在の30〜40もあるモバイル・オペレティング・プラットフォームを3〜5にすべきだとする主張を展開した。多過ぎるソフトウエア・プラットフォームは、新しいモバイル・アプリケーションの開発を遅らせるからだ(注3)

(注3)Mobile handsets : Open season (Total Telecom magazine / 01 March 2008)

 モバイル・リナックスはSymbianのような既存のOSを侵食する可能性を持っており、グーグルのアンドロイド・プラットフォームによるデモやLiMo Fundationの最近の成果が、今年のMWCでスポットライトあびた。アナリストたちは、モバイル・リナックスは遅いスタートを切ったとはいえ、今後数年間でかなりの市場シェアを獲得するだろうと期待している。しかし、当面は成熟段階にある非リナックスOSが先行すると見ている。

 アップルのiPhoneは、その商圏と製品の範囲を広げることによって、融合端末市場における持続可能なビジネスを確立可能であることを実証しなければならないとはいえ、世界のモバイル業界に大きなショックを与えた。アップルがスマートフォンのOSで既に7%のシェアを握っているという事実は、市場リーダーたちに「目覚ましコール」を送ったということである。Appleは、限られた国の特定の携帯電話会社に、ただ一つの製品(iPhone)を提供することで、明確な差別化ができることを示した、と前掲のTotal Telecom誌(2008年3月1日)は指摘している。

 2007年に出荷された携帯電話端末の10%がスマートフォンだったが、今後そのOS市場は急速に拡大していくと見られる。VodafoneのCEOが期待する3〜5になるかはともかくとして、競争というプロセスを経てスマートフォンのOSは次第に淘汰・統合に向かうだろう。

■次世代モバイル網の規格にLTEが支持を拡大

 今や、携帯電話の一般利用者はモバイル・データ・サービス、特にビデオのより高速化を求めている。また、携帯電話会社はコストを下げ、データ・サービスの導入を加速させる方法を探している。このような状況の下で、既存の通信会社も機会を窺う新規参入企業も同様に、それぞれ次世代モバイル網の一つの技術標準を結束して支持し始めている、とFinancial Times(注4)は指摘している。

(注4)Battle lines drawn for the future of 4G (Financial Times online / February 12 2008) 同紙はMobile WiMaxとLTE(Long Term Evolution)の両方を4G(第4世代モバイル網)としている。

 WMCが開催される数週間まえから、世界の有力な通信会社はLTE支持を明確にし始めた。米ベライゾン(今年試験を予定)に次いで、米AT&TがLTE支持を明確にした。加入数と株価総額で世界最大の携帯電話会社のチャイナ・モバイル(3Gの導入もこれからだが)もLTEを支持するものと見られている。ボーダフォンのサリーンCEOは、WMCで技術的に類似(80%は共通といわれる)しているLTEとMobile WiMaxの規格の統合を主張したが(既に走り始めたメーカーの反対で実現は困難と見られている)、最近、LTE支持を表明した。NTTドコモの「スーパー3G」はLTEに準拠しており、今次のWMCに受信用LSIを展示するなど、開発競争の先頭に立っている。NECはアルカテル・ルーセント(仏)とLTE開発の合弁会社立ち上げで合意し、2009年のLTE商用化を目指している。

 これに対して、Mobile WiMaxの導入を明確にしているのは、現在までのところKDDIと米スプリントである。ただし、スプリントは経営不振で具体的な導入計画は確定していない。前掲のFinancial Times紙によると、現在世界中でWiMaxの商用化および試行を行っているのは300(新興市場が多く含まれている)で、うち120がMobile WiMaxだという。WMCでは有力ベンダーが、基地局装置、ハンドヘルド端末、WiMax PC カードおよびノートブックPCに組み込まれるUSB モデムなどを展示している。

 Mobile WiMaxの規格が策定済みであるのに対して、LTEは現在標準化の途上にあり、規格のリリースは2009年と見られている。LTEはITUのIMT-2000プログラムの下での提案であり正確には4Gではないが、オールIP網で構成され、回線交換システムをサポートしないので、アクセスおよびコア・ネットワークの構成を単純化できるのが特徴であり(したがってコストも低い)、3Gからの技術的な飛躍がある。もう一つの標準で、クアルコムが推進するUMB(Ultra Mobile Broadband)には、これまでほとんど支持が集まっていない。

 モバイル・ブロードバンド、ゲームおよびSNSなどの利用によるデータ・トラフィックの増大は、携帯電話会社のネットワークの負担を増大させ、LTEのような新技術に対する投資を増やさざるを得なくなる、とネットワーク機器メーカーは期待しており、WMCでも大宣伝を行った。しかし、モバイル・インターネット対する関心が高まっても、携帯電話会社の現在のネットワークにはデータ・トラフィックの伝送容量に十分な余裕があり、また、低価格でアップグレードするオプションも持っており、2015年までは大部分の携帯電話会社がLTEの導入に動くことはないだろう、と専門家は語っている(注5)

(注5)4G tech takes back seat (Dow Jones Newswires / 22 February 2008)この記事の中で、2012年までにLTEの市場規模が44億ドルに達するというABI Researchの予測を紹介している。

■世界の大手通信会社、新興国のモバイル市場へ進出

 第4のトレンドは、世界の大手通信会社が、新興国のモバイル通信市場への参入に、強い意欲を見せていることである。先進国における成熟したモバイル・ネットワークに対するアップグレード投資は、確実に利益を生む保証はないが、音声需要中心の新興国のモバイル市場への投資は、確実な利益を期待できる。しかも、現在全世界の携帯電話利用者の60%は新興国に居住している。

 例えば、人口普及率25%のインドでは、毎月800万の携帯電話の新規加入がある。世界一の携帯電話大国の中国でも、携帯電話の普及率はまだ40%である。先進諸国のほぼ100%の普及率と比較するとかなり低いレベルで、市場拡大の余地が残されており、多くの携帯電話会社はこれらの新興国市場に改めて強い関心を寄せている。

 ボーダフォン・グループは、昨年インド4位の携帯電話会社だったHutchison Essarの過半数の株式を130億ドルで購入してインド市場に参入したが、今年は投資を加速する計画である。AT&Tも最近インドの携帯電話事業への進出を決めた。フランス・テレコムはアフリカ(具体的にはケニヤおよびニジェール)に進出する計画を明らかにしているが、ガーナ・テレコムの民営化にも関心を持っている。国内事業のリストラに追われるドイツ・テレコムも、従来から進出していた東欧以外の地域にも移動通信事業を拡大する意向を表明している。

 これらの大手通信会社は、エジプトを本拠にしているOrascom Telecomを含む新興国市場に、彼らのオペレーションを拡大したがっている。1998年設立のOrascomは、バングラデシュ、チュニジア、アルジェリアおよびパキスタンで携帯電話事業を運営しているが、最近では北朝鮮で携帯電話サービスを提供する権利を獲得したという(注6)

(注6)Mobile data boom to dominate Barcelona congress (Dow Jones Newswires / 11 February 2008)

 アナリストたちは、アフリカにおける携帯電話市場の成長は、2010年まで年10%と予測している。しかし、国ごとの格差は大きく、北および西アフリカは成長が最も早い。ナイジェリアは最大のアフリカ市場で、携帯電話の加入者数は4,400万である。アフリカの携帯電話は贅沢ではなく、旧いインフラ・システム(有線)を置き換えているのだという。アフリカの人々は、日常生活をより楽にするため、彼らの所得のかなり高いパーセンテージを通信に支出している。アフリカの携帯電話事業は丁度離陸しようとしているところで、市場は極度にバラバラのままだ。中東およびアフリカ地域には、100万以上の加入者を有する携帯電話会社が約70社あるという。

■"next big thing"に選ばれたフェムトセル

 WMCでは例年“next big thing”として祝福する新技術を選んでいるが、今年は、フェムトセル(femtocell)が選ばれた、とエコノミスト誌が報じている(注7)

(注7)Small,but disruptive (Feb 14 2008)femtoは10のマイナス15乗のこと、極めて小さいの意味

 フェムトセルは、家庭やオフィス内に設置する超小型・低出力の携帯電話基地局である。各家庭で契約しているブロードバンド回線にフェムトセルのアクセスポイント(AP)を接続し、通常の携帯電話機を使って、家の中からは固定ブロードバンド経由で外部の通信網を利用できるようにする技術である。家の中から外へ通話しながら移動した場合は、自動的に携帯電話基地局経由に切り替えられ(ハンドオーバー)、通話は途切れない。もちろん外出時には、携帯電話網を使った通信サービスを利用できる。屋内発信がブロードバンド経由のIP 接続になれば当然利用料金も安くなる。さらに、モバイル・オペレータはフェムトセルのAPにどのような機能を盛り込むかによって差別化が可能になる。これはモバイル主導の固定/移動通信の融合(FMC)であり、携帯電話会社の経営戦略上極めて重要な役割を担う可能性がある。2008年中の商用化が見込まれており、Airvana(米)、ip.access(英)およびUbiquisys(英)などの新興企業を含む世界中のベンダーが対応製品を準備中である。

 日本ではソフトバンクとNTTドコモがフェムトセルの実証実験を続けている。ソフトバンクの説明によると、フェムトセルが利用者にもたらすメリットとしては、1. 屋内のカバレッジの改善 2. 屋内での高速通信の実現 3. フェムトセルのホームサーバー化による新サービスの実現 だという。同社の総トラフィックの約8割を屋内からの発信が占めており、フェムトセルで屋内に基地局を作る効果は大きい、と強調している。

 ネットワーク・オペレータ側のメリットも大きい。フェムトセルは彼らのインフラストラクチャーの負荷を軽減するので、加入者の増加や高速マルチメディア・サービスの導入に際して必要となる基地局の増設を節約できる。また、フェムトセルは、ほとんどの通信サービスが消費される場所である家庭(home)内にネットワーク・オペレータの足場を築くことができ、加入者のロイヤリティを高めることもできる。

 前掲のエコノミスト誌によると、以上のようなメリットが期待できるので、アナリストたちはフェムトセルの早急な普及を予想している。調査会社のABI Researchは、2012年におけるフェムトセルの需要を7,000万としている。しかし、解決すべき課題もいくつか残されている。一つは、利用の容易さであり、ユーザーがフェムトセルを自らの手で設置できるようにすることだ。もう一つは干渉の問題であり、多過ぎるフェムトセルが近接して設置されれば、フェムトセル相互の干渉だけでなく、フェムトセルと既存携帯電話網との干渉が起きる。このほか、日本では法律改正が必要になる。

 しかし、最大のハードルは経済性にあるという。現在時点でフェムトセルのハードウエア価格は200ドルであり、携帯電話会社が容認できると考えている価格の約2倍である。また、携帯電話会社は魅力的な料金を工夫し、サービスをバンドル化する必要である。多くの携帯電話会社が実験の段階にとどまっている中で、米国のスプリントが唯一フェムトセルを商用サービスとして提供している。スプリントはフェムトセルを50ドルで利用者に提供している。また、ホーム・セルからの利用無制限の通話は月額15ドルである。(利用者は、フェムトセルを接続するブロードバンド回線を準備する必要がある。)

 フェムトセルの本格的普及は、早くとも2009年以降と見られている。しかし、フェムトセルが人気になれば、新しい可能性が拓かれる。前掲のエコノミスト誌によると、フェムトセルは「デジタル・フィリング・ステーション(digital filling station)」の役割を果たすという。例えば、利用者が家庭内からブロードバンド経由でビデオ、音楽およびその他の大きなファイルをすばやく携帯端末にダウンロードし、外出先でそれを観ることができるようになる。

 さらに、フェモトセルはネットワークの設計法を変えるかもしれない。導入の初期段階では、フェムトセルは既存のネットワークに付加するシステムであるように見えるが、新しいネットワークではフェムトセルはもっと中心的な役割を果たし、大きくて、値段の高い無線基地局の設置数を減らせるかもしれない。このことは、現在の携帯電話システムを製造しているメーカーにとっては悪いニュースである。だから、これまでフェムトセルの開発を推進してきたのは新興企業だったのだという。

 フェムトセルは、コンピュータ産業の構造を一変させたパソコンの出現を思い出させるという。しかし、パソコンがミニコンとメーンフレームを押しのけたように、フェムトセルが大きな基地局を押しのけるかどうかは、まだ分からない。モバイル産業の“next big thing”はこれまで期待はずれも少なくなかった、と前掲のエコノミスト誌は書いている。

特別研究員 本間 雅雄
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