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2008年4月掲載

次世代通信網(NGN)のスモール・スタート

 去る3月31日、NTT東西の次世代通信網(NGN)の商用サービスが開始された。当日記者会見したNTTの三浦社長は、「無事商用サービスを開始したNGNは、地域的にもスモール・スタートだし、新しいサービスが多いわけでもない。夏から秋にかけて、サービス・エリアを急速に拡大し、サービスも追加していきたい。また、他のサービス・プロバイダーの方々ともコラボレートする『次世代サービス共創フォーラム』を本格的に立ち上げ、新しいサービスの開発に努めたい。」と抱負を語った。「フレッツ光ネクスト」と命名されたNTTのNGNは、世界に先駆けて商用サービスを開始したが、既存のフレッツ系サービスとほぼ同じ内容で、NGNならではの特徴は見えにくい、というのが大方の見方のようだ。スモール・スタートしたNTTのNGNの今後の課題について考えてみたい。

■サービスと料金

 「フレッツ光ネクスト」の料金(初期費用、月額利用料、通話料)は、高速インターネット接続やIP電話など現行サービスと同様の利用をする場合には、現行サービス「Bフレッツ」と同額に設定されている。NGNで可能になった、音声帯域7KHzの高音質電話の通話料は、標準電話と同じ3分8.4円(税込み、以下同じ)である。テレビ電話でもSD品質相当のサービスが新設され、帯域2.6Mbpsまでが15.75円/3分、それを超える場合は105円/3分である。しかし、ハイビジョン品質相当のテレビ電話は今後の提供予定となっている。映像配信サービスについても、従来のベストエフォート型サービスに加え、帯域を保証(QoS)したユニキャスト配信が月額200円で利用できる。地上デジタル放送IP再送信事業者向けサービスがNGNのサービス・メニューに加えられたものの、再送信自体はまだ実現していない。サービス開始時点における一般利用者向けのNGNならではの新サービスは、数が少ないだけでなくインパクトのあるアプリケーションも多くない。しかし、料金設定については、一般家庭へのNGNの浸透を意識したものになっているといえよう。

 「フレッツ光ネクスト」の新しいビジネス向けサービスとしては、最大通信速度1Gbpsのブロードバンド・サービスを提供する。NGNを活用して提供するサービスとしては、センター回線型のVPN(仮想閉域網)サービス「フレッツ・VPNゲート」と広域イーサネット・サービスの「ビジネスイーサ・ワイド」の2種類がサービスを開始する。「フレッツ光ネクスト」の加入者相互間で、簡易かつ安価にプライベート・ネットワークを構築可能な「フレッツ・VPNワイド」については、ベストエフォート型サービスを今後の提供予定としている。ユーザーが指定した優先順位でデータを送り出すQoS機能のあるサービスは、今後の検討となった。「ビジネスイーサ・ワイド」は、従来は県内に閉じたサービスだったのが県間にも拡大され、QoS機能も3段階から4段階へ拡充された。「フレッツ光ネクスト」のビジネス向け料金は概して既存サービスよりも安く設定されている。ビジネス向けサービスでも、NGNならではのサービスは多くなく、とくに大企業ユーザーにとっては、いまひとつだったようだ。

 サービス開始時点での利用可能エリアは、NTT東は東京都、横浜市、横須賀市、千葉市、さいたま市のそれぞれの一部地域、NTT西は大阪市の一部地域で、両社とも順次既存サービスのBフレッツと同じエリアまで拡大する予定である。

 総じて、サービス開始時点でのサービス・メニューやサービス提供地域から見る限り、NTTの三浦社長の言うとおり「スモール・スタート」だった。マスコミなどの評価も大方は「新味なし」というものだった。2008年度の「フレッツ光ネクスト」の販売目標も80万と控え目である。既存サービスの「Bフレッツ」からの移行を考慮すれば、目標達成は困難ではないだろう。しかし、問題はNTTが強調するように、今年の夏以降にNGNの新サービスと提供地域を一気に拡大して、この新しい通信基盤を軌道に乗せられるかだ。そのためにもNGNならではの魅力あるサービスの開発促進が課題である。

■IPによるネットワークの統合

 欧米と日本(とくにNTT)ではNGNの捉えかたに違いがあるようだ。NTTのNGNの特徴はアクセス網を光ファイバーに限定していることだ。高速大容量の光アクセス網のメリットを最大限活かすことのできるネットワークがNGNであり、「電話網の信頼性や安定性とIP網の経済性と柔軟性を両立させる」ことを基本理念としている。

 欧州では英国のBTが「21CN」と呼ぶNGNの商用化に取り組んでいる。その最重要課題は、サービスごとに展開された既存の16の通信網をIP網で統合することによって、投資および運営コストを節減することにある。この他、固定通信と移動通信の融合やIPTV(BT Vision)を視野に入れている。したがって「21CN」のアクセス網は当面メタリックのままであり(注1)、現在1万回線を設置して試行している光アクセス網の経済性などを確認しながら、将来「21CN」に取り込んでいく計画だ。

(注1)ADSL2+を利用した最大24Mbpsのブロードバンド・サービスを2008年4月から開始の予定。

 米国のベライゾン・コミュニケーションズは、光アクセス網の展開を急いでいる。その主な目的は、ケーブルテレビ事業者からブロードバンドの主導権を奪回するため、電話、高速インターネット接続および放送のトリプル・プレーで攻勢に転じようというものだ。同社のFiOS TVは13州に展開し加入数94万、FiOS インターネット(下り50Mbps/上り20Mbps)は16州に展開し加入数150万(いずれも07年末)となり、事業化は成功と見られている。しかし、同社はFiOSネットワークをNGNと位置づけていない。

 NTTのNGNは、既存の電話網およびこれまでのIP網とはまったく独立したネットワークとしてスタートしたが、これらの3つのネットワークを将来統合するとしても何時ごろなのかはっきりしなかった。この点について、去る3月31日の記者会見でNTTの三浦社長は次のような趣旨のことを語っている。「NGNのスタートで3つのネットワークが並存することになるが、このような状態はコスト的に見ても決して望ましくない。まずIP網を出来るだけ早くNGNに移行させたい。NGNを開始した地域の新規申し込みは原則NGNへ収容し、既存のIP網の顧客も希望があればNGNに移行していただく。移行のコストを安くするための技術開発を含め、移行のスケジュールを別途明確にしたい。既存の電話網のNGN移行(中継網のIP化)もいずれやらなければならない問題で、コストおよび技術面から検討しており、2010年までに明らかにすると約束しているところだ。」(注2)

(注2)NTTホーム・ページ 社長記者会見より(2008年3月31日)

 このことから、NTTも将来の課題としてではあるが、既存ネットワークのIP網による統合でコスト削減を目指していることが分かる。しかし、光ファイバーを軸とするサービス基盤の提供からスタートするNTTのNGNが、IP化によるコスト削減を重視する国際標準の動向と歩調を合わせられるのか疑問が残る。また、NGNの国際標準で重視されるのが固定/移動融合サービスであるが、NTT東の責任者は当社としては「全く検討していない」と明言している(注3)。さらに、NGNによるサービスとして需要が確実に見込めるのは映像伝送だが、日本では放送事業者によるコンテンツ支配と著作権の制約によって、市場がなかなか立ち上がらない。NTTのNGNは、先行したメリットを活かして成功する可能性もあるが、早過ぎた故に将来技術的に孤立するリスクもある。これらのリスクを如何に克服して、世界標準化を目指すかが課題である。

(注3)NTT東西のフレッツ光ネクスト、接続ルールの決着まで詳細を発表できず(http://itpro.nikkeibp.co.jp / 2008年2月27日)

■NGNに対する規制

 情報通信審議会は、NTT東西がNGNのサービスを開始する直前の3月27日に、NGNについての接続ルールを答申した。ここでの最大の問題点は、NGNの設備が「指定電気通信設備」にあたるのか、ということである。「指定電気通信設備」は、他事業者が事業を展開する上で不可欠の設備で、その設備を容易に自らが構築できないものに限られる。「指定電気通信設備」に指定されれば、原則として接続料規制の対象になる。

 NTTは、既に中継ダークファイバーや局舎コロケーションの開放等を行なっており、またルーター等の装置は市販品であり誰でも調達可能であることから、NGNは「指定電気通信設備」の指定対象外とすべきだと、と主張していた。NGNは、技術力を持ち投資リスクを負う覚悟があれば、誰でも構築できる設備だからだ。

 情報通信審議会はNTT東西のNGNを次のような理由で「指定電気通信設備」とした。「光アクセス回線のネットワークでは、他事業者がNTT東西のアンバンドルされた光ファイバー回線を調達し、自らのコア網を組み合わせてサービスを提供することは可能であるものの、現時点ではNTT東西のFTTHユーザーが他事業者のコア網に接続してサービス提供を受けることはできない。このようなコア網の選択可能性のないFTTHをアクセス回線とするNTTのNGNは、ボトルネック性のあるアクセス回線と一体化した設備と捉えることが適当である。」との見解を示し「他の事業者がNTT東西のFTTH加入者にサービスを提供するためにはNGNを指定通信設備とする必要がある。」と判断した。このほか、光電話網については、全体で500万番号まで拡大した0AB〜J番号を使えるIP電話市場で、NTT東西は75%のシェアを握り、ボトルネック性が高まっている、と判断して指定通信設備とした。

 NTT東西のFTTHユーザーが、他事業者のコア網に接続してサービス提供を受けることが出来ないのは、他事業者が現時点でそのようなサービスを提供していないという単純な理由からである。また、アクセスとコアの切り分けは可能であり、NGNはボトルネック性のあるアクセス回線と一体化した設備ではない。投資のインセンティブを損なわないよう、設備の不可欠性を厳しく解釈すべきで、審議会のロジックには無理がある。

 これらの設備のうち、接続料の設定が求められる「アンバンドル対象」として答申で指定されたのは、NGNの「ルーチング伝送機能」、「イーサネット・サービス」、「IP-IP接続サービス」(テレビ電話の相互接続)および「光電話サービス」の4つである。一方、NGNの特徴である帯域制御や回線認証といった新規のプラットフォーム機能については、他事業者のニーズが明らかでないとして、今後判断することにした。

 接続料の設定は、「ルーチング伝送機能」については、同等のサービスである地域IP網と同じ接続料が適用されるが、同等のサービスがないそれ以外の3つについては、2008年度末まで暫定的に「相対取引」が認められることになった。暫定措置とは言え、事業者間の協議に委ねられることは歓迎すべきだ。その一方で、情報通信審議会は、NTT東西に設備コストの配分方法を今年9月末までに提出することを求めている。

 技術的にも市場的にも不確定要素の多いNGNを、ボトルネック性のあるアクセス回線と一体化した設備といういささか無理なロジックで規制の網をかけるのは、NGNの発展の芽を摘むことになりかねない。NGNはかなりのリスクを内包したビジネスであり、一定期間規制を猶予するような配慮も必要ではないか。NGNの相互接続は事業者間の協議を基本に解決すべきだ。行政は当面支援役に徹して事態の推移を見守り、事業者間の協議が紛糾した際の調停などに活動を限定した方がよりよい結果が期待できる。

■NGNと2010年問題

 KDDIの小野寺社長は、「ユーザーに新たなサービスを提供できない現状を見ると、NGNをテコに(NTT)東西を一体化する目的の方が強かったのではないか。」と苦言を呈したという(注4)。2006年の大議論のあげく先送りしたNTTの経営形態問題について、政府・自民党は「2010年の時点で検討を行なう」ことで合意した経緯がある。この際、NGNはNTTを再統合するための理論武装の材料という意味があるというのだろう。

(注4)NGNでグループ一体化強化に強い懸念(http://itpro.nikkeibp.co.jp / 2008年3月24日)

  NTTの三浦社長は記者会見(3月31日)で、2010年以降のNTTのあり方を質問され、次のように答えている。具体的な考え方を整理するまでには至っていないが、先ずサービスや技術の変化を的確に捉えていきたい。顧客サービスの面から、今のままでやっていけるか、問題が何処にあるのかを検討する。その中から組織がどうあるべきか考えたい。最初から組織問題ありきで議論しても良い議論にはならない。顧客サイドに立ったサービスの在り方を基本に検討したい。NGNでNTTが一体化(強化を狙っている)、という議論について言えば、現時点の公正競争の考え方にのっとり、顧客サービスの向上に努めたいということだ。技術的には技術やサービスが融合する方向にあり、顧客サイドから見ればワンストップ(・ショッピング)で迅速に対応して欲しいという要望があり、公正競争の枠組みの中で、できるだけ要望に応えたいということで取り組んでいる。

 NTT東西がNGNの商用サービスを提供するために、「活用業務」の認可申請を行い認められた。NGNのサービスがNTT東西の本来業務である県内通信だけでなく県間に及ぶための措置である。NGNの代表的サービスは、ブロードバンド・インターネット接続であり、県内、県間はもとより全世界を対象に定額料金で無制限に利用できる。にもかかわらず、例外措置である「活用業務」の認可が必要というのは、現行制度がフィクションの上に成り立っているからではないか。インターネットの出現で、通信は県内、県間といった距離で区分し規制する仕組みは意味がなくなった。同様に、融合が進み、有線と無線、固定と移動、通信と放送といった区分で組織を構成する意味も失われた。

 翻ってNTTグループの組織を考えると、距離と時間で課金した電話時代の旧態依然とした組織を引きずったままである。NTTの組織は、地域事業のNTT東西、長距離事業のNTTコミュニケーション、移動通信事業のNTTドコモ、グループを統括する持ち株会社のNTTから構成されているが、インターネット接続が事業の主軸となり、サービスや技術が融合し、ネットワークがIPで統合されるNGN時代を迎え、適合不全を起こしていることはあきらかだ。組織は戦略に従うべきで、戦略に責任を負う企業が組織を自律的に決定できるような仕組みを考えるべきだ。

 NTT法で課されているNTTの2大使命はユニバーサル・サービスと研究開発である。ユニバーサル・サービスは基金が創設されて、NTTだけの義務ではなくなった。研究開発も情報通信分野の激しい競争の中で、企業の研究開発を超えて寄与を求めるのは非現時的だ。市場支配力が存在すれば規制を受けるのは当然で、その根拠をNTT法に求めるまでもない。これだけ激しい市場の競争の下で、政府がNTTの株式の3分の1を保有し、特殊会社とし存続させる意味があるのだろうか。NTTの民営化から23年も経過している。NTT法を廃止し、NTTの完全民営化に踏み切る時期に来ているのではないか。

特別研究員 本間 雅雄
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