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2008年6月掲載

NTTの新中期経営戦略

 NTTは去る5月13日に開催した2007年度決算説明会の席上で、2008年度から2012年度までの5年間の新たな事業戦略を「サービス創造グループを目指して」のタイトルで公表した。

 NTTは、2004年11月に中期経営戦略を策定し、最終年度の2010年に光ユーザーを3,000万件(当時の加入電話数の約半数)とする目標に取り組んできた。しかし、昨年(2007年)11月に、この目標を実際の需要に即して見直し、2,000万件に下方修正した。それでも、現時点での光サービスの利用者数は900万に達し、同社のブロードバンド・サービスの中心に位置づけられるようになった。一方、今年3月に次世代通信網(NGN)の商用化が開始され、2010年までに現在のBフレッツ(既存の光ブロードバンド・サービス)のサービスエリアまで拡大する計画である。

 このように、2004年に策定した中期経営戦略の2つの大きな柱に、一定の方向性を与えるところまできたことを受けて、今後はこれらのインフラを基盤とし、既存のネットワーク・サービスはもちろん、上位レイヤを中心にした新しいサービスを創造していくことがNTTの重要な課題となるとしている。NTTはこのような考え方にたって、固定・移動の融合が本格化する2012年を展望した新中期経営戦略を策定することにした。

 新中期戦略では、光ユーザー2,000万件達成の節目になる2010年度に、固定網だけでなく移動網もフルIP化して、サービスの融合の基盤を確立することを目指す。そのうえに本格展開する「ブロードバンド・ユビキタスサービス」の需要を喚起し、IP系、ソリューション及びノントラフィックビジネスなど新分野の収入の比率を、2007年度の約半分から、2012年度には4分の3に引き上げるなど、事業構造の転換を進めることにしている。

 既存の地域IP網からNGNへの移行は、NGNが整備される2010年度からユーザーの収容替えを開始して、2012年度末までに完了させる計画である。その間、IP系サービスの拡充による収入増とユーザー拡大による設備稼働率の向上によって、2011年度には「光サービス事業」の単年度黒字化の達成を目指す。

 目標とする新たな財務指標として、NTTは連結営業利益を重視している。2010年度には2004年の中期戦略で目標としていた1.2兆円、2012年度には1.3兆円の達成を目指している。それには事業構造の改革が不可欠で、なかでも設備投資の規模が課題であり、新たに設備投資規模を売上高に連動させて管理する方式を導入する。2007年度における売上高に対する設備投資の比率20%から、2012年度には15%程度まで引き下げることが目標である。

新中期戦略では新たな重点分野として、NGNや第3世代携帯電話(3G)を活用したビジネス(固定・移動の融合サービス、SaaSの利用に適したデータ通信系サービス、映像配信等上位レイヤ・ビジネスの拡大など)、ソリューション・ビジネス(海外を含むデータ・センター事業の展開など)、エネルギー・環境等の新分野ビジネス(研究所の成果の活用など)及びグローバル・ビジネス(グループ・トータルのICTサービスの提供などにより、2007年度の収入2,000億円を2012年には4,000億円とする)の4つを挙げて取り組みを強化する。

 既存の固定電話網(PSTN)をどうするのかという問題については、2010年度までに一定の考え方を公表する予定であることを明らかにした。今後、D70や「新ノード」といった交換機が実効上いつまで使えるのかといった点や、光化エリアにおいて仮にメタルのままNGNに収容した場合と、光でそのサービスを実現した場合のコストの比較なども検討して判断する必要があるとしている。

 新中期戦略で注目すべきは、既存の地域IP網を2012年度までにNGNへ移行させること、2012年度におけるグループ売上高の4分の3をIP系やソリューションなどノントラフィックビジネスの収入で確保すること、「光サービス事業」の単年度黒字化達成を2011年度とすること、及びグループの設備投資規模を売上高の比率で管理し2012年度には15%程度に引き下げること、などを目標に掲げたことだ。これらの目標を明示したことによって、新中期戦略が単なる通信ネットワークのオールIP化計画ではなく、一歩踏み込んだ「経営戦略」になっており評価できる。しかし、目標をどうして達成するかについてのロードマップが必ずしも十分に示されていないのは残念である。例えば、「光サービス事業」の単年度黒字化達成にしても、収支に最も影響を与える設備稼働率(芯線使用率)を何%まで、如何にして引き上げるのか、接続料のレベルをどう想定したのかなどは分からない。

 現在までのところ、通信網のIP化は売上高の増加に直接結びついていない。既存の固定電話事業の減収が、ブロードバンド・サービスなどによる増収を上回っているからである。欧米の大手電話会社が売上高を増加させているのは、携帯電話顧客数の増加と海外への事業進出によるところが大きい。唯一の例外は米国のベライゾン・コミュニケーションズで、光ファイバーによるブロードバンド・サービスとTV配信を組み合わせて、CATVに奪われた失地の回復に努めている。しかし、TV配信はようやく100万加入を超えたところで、黒字化にはほど遠い状況にある。

 むしろ通信網のIP化は、事業の運営コストの削減や設備投資の効率化に寄与する効果が大きい。新中期戦略では、このような観点からのアプローチが十分だったのだろうか。「サービスの融合」だけでなく、既存のメタリックのアクセス網のNGNへの収容もしくは巻き取り(新旧2つの通信網を維持するコストを回避できる)、地域・長距離および固定・移動のコアネットワークやポータル・サイトの統合(規模の利益による効率化が期待できる)など、「インフラの融合」にも踏み込む必要があったのではないか。

 2007年度のNTTの連結決算によると、営業費用に占める「販売費及び一般管理費」の比率は32.5%と高い。さらに、通信端末機器販売収入と同原価の逆ザヤ(実質的な端末補助金)を販売費に加えれば、営業費用に占める「販売費及び一般管理費」の比率は40.5%になる。事業構造の改革には、収益構造の改革だけでなく費用構造の改革も重要であり、そこでの問題は設備投資規模だけにとどまらないのではないか。オーバーヘッド・コストの効率化も取り組むべき課題だったと思う。

 NTTの組織の在り方については、2010年度に議論することになっている。その問題と新中期経営戦略とは直接関係がない(注)、というのがNTTの考え方である。少なくとも2010年までは現行の枠組みを前提に考え、その中で顧客のニーズに沿ったサービスをどのように提供するかで知恵を絞るということだろう。しかし、地域・長距離といった組織区分が、通信網のIP化で合理性を失っているのは誰が見ても明らかだ。しかも、固定と移動、有線と無線、通信と放送の融合が、インフラとサービスの両面で急速に進展する状況を考えると、新中期戦略で掲げる事業構造の改革を「電話時代の枠組みの中で知恵を絞る」ことで達成できるのか疑問が残る。              

(注)組織問題については確かに2010年度に議論することになる。しかし、私共から見れば、単に組織問題だけを議論するということではないと思っている。(中略)技術やサービスの動向を十分論議し、ユーザーニーズに沿うようなサービス展開をしていくことが私共の使命でもある。(中略)そういうことの中で、結果として2010年の組織問題についても論議がなされるであろうし、またなされるべきだろうと思っている。(NTT三浦社長記者 会見模様 / 2008年5月13日 / NTTホームページ)

特別研究員 本間 雅雄
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