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2008年12月掲載

今次景気後退が米通信産業にどんな影響を与えているか

 一般的には、景気後退が通信産業に与える影響は間接的とみられている。生活必需品である通信が加入契約の解除に至るケースは稀で、利用を減らして通信費用を節減するような影響や利用申し込みの減少などにとどまるとみていた。しかし、今次の景気後退では通信産業にも直接的な影響がでているという見方がある。固定網の契約を止め「iフォーン」などに乗り換えた「携帯だけ」世帯が08年末に全米世帯の2割を占めるという。そんな時に発表されたのが、これまでは経営にあまり問題がないとみられていたAT&Tによる1.2万人の人員削減であり、米国民にかなりの衝撃を与えたようだ。来年1月に発足するオバマ政権には、通信インフラに対する投資を促進して景気浮揚の一助にしようという構想もあるようだが、人員削減が相次ぐ通信産業に景気回復を主導するエネルギーは残されているのだろうか。

■AT&Tが1.2万人の従業員を削減

 米国最大のテレコム・サービス・プロバイダーであるAT&Tは、12月4日に、急激な景気後退および消費者の支出削減を理由に、全従業員(第3四半期末303,500人)の4%に相当する1.2万人を、12月以降09年にかけて削減することを明らかにした。同社は、今年の初めにも、縮小する固定電話事業を再編するため4,600人を削減しており、今回の人員削減も、固定網(landline)事業における顧客数や利用の減少に対応するためとみられている(注1)。また、同社はこの措置に伴う離職手当の支給などのため、第4四半期に6億ドルの特別費用を計上する。一方、携帯電話やテレビ事業など成長が見込まれる地域では、今後も人材確保に努めるとしている。さらに、同社は、09年における通信網高度化投資についても、08年のレベルよりも低く抑えることを検討しており、その規模などは第4四半期の業績を公表する09年1月に明らにかにするという。

(注1)AT&Tは人員削減の理由について「経済的プレッシャー、変わりつつある事業内容およびより効率的な組織構造」の3点を挙げている。(AT&T announces job reductions / AT&T.com /December 04 2008)

 米通信事業における従業員の削減はAT&Tだけにとどまらない。第2位のベライゾン・コミュニケーションズは、08年第3四半期に従業員2,700人を削減し、第3位のスプリント・ネクステルは4,000人以上を削減している。欧州ではテレコム・イタリアが、6月に従業員を5,000人削減すると発表したのに加え、12月4日にさらに4,000人を削減すると発表した。この影響は通信設備産業にも拡大している。ノーテル・ネットワークは11月に1,300人の削減を発表し、ノキア・シーメンス・ネットワークも11月に全世界の従業員の10〜15%を削減する計画が近く完了すると語っている。

 顧客が通信サービスに対する支出を抑制するにつれて、通信プロバイダーは多分、さらなる従業員の削減および資本支出の抑制を進めるだろう。また、この動きは、恐らく通信設備メーカーを痛めつけるだろう。テレコム産業は、他の技術産業よりも(景気後退による)被害が大きい経済部門の一つになるだろう、とコンサルタント会社のWinterGreen ResearchのCEOは語っている(注2)

(注2)AT&T layoffs: The tip of a Telecom Downturn (businessweek.com / December 5 .2008)

 米国人が職を失い、住宅ローンの支払いに苦しむにつれ、固定網、テレビ・チャンネル、それにインターネット接続ですら、止めようとしているという。調査会社のComScoreが、アップルのiフォーンの購入者のうち、最も早く増加しているセグメントは、年間所得5万ドル未満の人たちである、と指摘した10月の研究報告がそれを裏付けている。この層の多くの人たちは、固定網およびウェブ接続を代替する携帯電話を探している。(前掲businessweek.com / December 5 .2008)

■景気後退はワイヤレスへの移行を促進

 格付け会社のFitch Ratingsも、景気後退は、消費者が伝統的な固定網サービスから携帯電話へ移動するペースを加速させるかもしれない、と指摘している(注3)。これまでは、ビデオ・サービスからの収入の増加が、大手通信会社の加入電話(access-line)の減少を相殺し始めていた。しかし、08年第3四半期には、地域ベル電話会社3社(AT&T、ベライゾンおよびクエスト)は、合計280万の加入電話を失った。前年同期に対して53%の増加、前期に対して10%の増加となった。08年6月時点で、米国の総世帯数の17%は固定電話を解約し携帯電話に切り替えた。08年末には、20%の世帯が携帯電話だけになるとみられている。経済的なプレッシャーによって、消費者は支出の削減を余儀なくされ、固定網を解約する人たちが今後も増加しそうだという。

(注3)Fitch : Poor economy may boost pace of switch to wireless (Dow Jones Newswires/ December 8 ,2008)

 この傾向に歯止めをかけるため、地域ベル電話会社は、ブロードバンド、ビデオおよびモバイル・サービスをバンドルしたサービスを提供している。Fitchは、ベライゾン・コミュニケーションズのテレビ・サービス「FiOS」が稼ぎ出す収入の規模と成長が、同社の消費者小売セグメントの収入の安定と増加に寄与していることを指摘している。AT&Tの同様のテレビ・サービス「U-verse」サービス(IPTV)は、ベライゾンの「FiOS」ほどの効果を未だ上げていないという。

 一方、3大ケーブル・テレビ会社は、08年第3四半期に合計78.5万の電話加入者を増やした。これは、ベル電話会社が失った電話加入者の28%にあたる。1年前には、ケーブル・テレビ会社は、ベル電話会社が失った電話加入数の50%を獲得していた。

 一般的には、電話会社と同様に多様なサービスを提供しているケーブル・テレビ会社の方が、景気後退に耐えるのには好位置にあるが、AT&Tとベライゾンのワイヤレス事業は依然として強力である、とFitchは指摘している。

 直接衛星放送プロバイダーは、ますます競争的かつ挑戦的になる経済環境で事業を展開している。Fitchによると、質の高い加入者で顧客ベースを構築する戦略をとるDirec TV Group(DTV)の方が、Dish Networkよりも、現在の景気後退によりよく耐えることができるという。

■売上高はほぼゼロ成長、投資は大幅カット

 AT&Tは、景気後退の影響が09年の収入にどのような影響を与えるかを明らかにしていないが、アナリストたちは同社とその他のテレコム企業は、収入が伸びるとしても最低のレベルとなることに満足する必要があるだろうという。Stifel Nicolausのアナリストは、AT&T全体の売上高の成長を3%とした以前の予測は強気に過ぎるかもしれない、ベル電話会社の売上高予測が悪化し続けることは明らかにあり得ることだ、と語っている。予算をさらにカットしたいと考えている加入者を今後も繋ぎとめるためには、携帯電話会社ですら料金を引き下げる必要があるかもしれない。携帯電話の業界団体のCTIAによると、米国におけるユーザ当たりの携帯電話収入は、過去10年間増加し続けているという(注4)

(注4)AT&T layoffs: The tip of a Telecom Downturn (businessweek.com / December 5 .2008)

 売上高が急落する中で安定した利益を上げるため、通信キャリアはかなりの投資を削減したいと考えている。コンサルティング会社のオーバムは、北米の通信キャリアは、09年の固定網およびテレビ関連投資を34%削減し、230億ドルにすると予測している。景気後退の長さおよび深さによって予測も変わるが、この予測は最悪のケースではない。投資はセンチメントによって変わる。景気がどれだけ悪化するか分からないのに、企業は投資を固定化する約束をすることを好まない。オーバムは、北米の通信キャリアのワイヤレス・ネットワークに対する投資を、08年とほぼ同額とみている。

 UBSのアナリストは、AT&Tは資本的支出の全体を08年の200億ドルから、09年は10〜20%削減するとみている。このような状況は、北米の通信ネットワークに使用される多くの機器を製造しているメーカーであるノーテルとアルカテル・ルーセントや、インターネット機器を製造しているシスコ・システムズやジュニパー・ネットワークなどにとっては悪いニュースである。

■レイオフはこれからも続く

 レイオフ(一時解雇)は通信キャリアがコストを削減するもう一つの方法になり得る。Moody's Economy の推定によると、携帯電話、固定網および衛星事業で08年9月までに1.6万の仕事が失われたのに加え、10月から12月の間に1.5万の仕事が失われるという。また、AT&Tの今回の1.2万人削減では、年間7.2億ドルの経費節減となるとみている。AT&Tは08年第4四半期に600億ドルの特別費用を計上する。

 アナリストたちは、ベライゾン、スプリントおよびその他の通信キャリアでより多くの人員削減が行われだろうとみている。Wachovia Capital Marketのアナリストは「引き続きレイオフが行われるだろう。」と指摘している。AT&Tとスプリントは今後の戦略についてコメントしなかったが、ベライゾンのスポークスマンは、「通信産業はダイナミックで競争の激しい産業である。われわれは絶えず、このような競争の激しい市場に適合してわれわれのコスト構造を維持するため、必要に応じて人員を削減しもしくは雇用して、われわれの従業員の規模を評価し調整している。」と語っている。(前掲businessweek.com / December 5 ,2008)

特別研究員 本間 雅雄
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