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Global Perspective 2011
2011年10月7日掲載

ジャマイカ:「モバイルテレビ」は新たな携帯電話のVASになるのか?

グローバル研究グループ 佐藤 仁
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 2010年12月9日に、ジャマイカの通信事業者LIMEが、モバイルテレビを開始した。(日本で言うワンセグサービスの開始である。)同社は、2010年8月に同サービス開始リリースの発表をしていて、クリスマス商戦に向けて予定通りのローンチであった。ジャマイカを含めたカリブ海地域では初めてのモバイルテレビの開始である。なお、LIME社は「モバイルテレビ」と呼んでいるので、本稿においては、そのように統一して明記する。

 LIME社は、1900年から2001年まで約100年間、独占企業だったが、現在はシェア約21%の2位。1位のDigicelジャマイカのシェアは約60%で大きく差を開けられているから、サービスの差別化が必要だったのだろう。サービス開始時は、首都キングストンとセントキャサリン地区のみで、2011年上期までには全土にサービスを広げると表明していた。

 今回、ジャマイカで採用された方式は、欧州で多く利用されているDVB-H(Digital Video Broadcasting)である。日本や南米で多く採用されているISDB(Integrated Services Digital Broadcasting)や北米、韓国で利用されているATSCとは異なる。
ジャマイカは1962年までイギリス領だったから、その影響だろう。
それぞれの技術的な詳細についてはここでは割愛する。

 LIMEのモバイルテレビについて以下の課題について考察を行う。

1.有料課金

今回LIMEでは、モバイルテレビを見るのに有料にした。
ユーザはプリペイドでもポストぺイドでも利用可能。

以下が利用料金である。

[プリペイドユーザ]

  • 7日利用;250ジャマイカドル(約500円) (200分無料視聴付)
  • 14日利用;450ジャマイカドル(約900円) (400分無料視聴付)
  • 30日利用;800ジャマイカドル(約1,600円) (800分無料視聴付)

[ポストぺイドユーザ]

  • スタンダードパッケージ:毎月800ジャマイカドル(約1,600円)
  • ディスカウントパッケージ:毎月400ジャマイカドル(約800円)

 2011年7月現在、日本ではワンセグ視聴は無料である。
日本でワンセグ放送がビジネスになっているかというと疑問である。通信事業者にとってはパケット代にもならない。ドコモでは、2006年にフジテレビと提携して「ワンセグサービスとおサイフケータイを連携させた取り組み開始」を発表した。また2007年には日本テレビと提携して「ワンセグを活用した新たなサンプリング広告手法の開発実験を実施」を発表したが、通信事業者として大きな収益の柱になっているとは考えにくい。これはドコモのように、おサイフケータイを通信事業者として推進したり、フジテレビの株式取得をしたり、日本テレビの株式取得提携している通信事業者だからできたことだろう。

 今回、ジャマイカでLIMEが有料でモバイルテレビを開始したことは注目に値する。
また、ただの放送視聴を超えた何らかの放送局との新たなビジネス創出されることも期待したい。

2.コンテンツ

ジャマイカLIMEのモバイルテレビでは、2010年12月末で以下の11チャネルを配信している。

 JICAの発表している2009年資料によると、ジャマイカでは地上放送局が4局あり、ケーブルテレビの普及率も目覚ましく、110チャンネルを月1,800ジャマイカドル(約3,600円)で視聴可能だ。
今回モバイルテレビに配信をしているチャンネルは全てケーブルテレビにも対応している。果たして、携帯電話で11局のみしか視聴できないものに、ユーザは費用を払うのだろうか。テレビにしろ、ネットであれユーザが費用を払うかどうかはコンテンツが重要であるのは言うまでもない。
今後、ジャマイカのLIMEがコンテンツで「モバイルならでは」の、差別化をしてくるのか注目していきたい。

 日本ではBeeTVが2010年12月に150万人を突破した。これもひとえにコンテンツが充実していることとモバイルに特化しているからだろう。さらに日本では、NTTドコモが主体となって、携帯端末向けマルチメディア放送「モバキャス」の実現に向けて株式会社mmbiを設立した。 現在ではパソコン、携帯電話ではYouTubeなどの動画は無料で閲覧が可能だ。今後、どのような差別化をしてくるのか此方にも注目したい。

3.端末

 ジャマイカのLIMEのモバイルテレビは現時点では、Nokia 5330ZTE N290の2機種のみが対応可能だ。Nokia N97N97 MiniNokia 5800もアダプターを取り付ければ視聴が可能である。

 当然ながら全てハイエンド端末であり、ジャマイカの一般市民にとってはまだ高嶺の花だ。ジャマイカでは国民の約15%が貧困線以下の生活をし、失業率も約15%と高く治安も良くない。完全に一部の富裕層をターゲットにしているのだろうが、非常にチャレンジングであろう。中古携帯電話端末が多く出回っている市場であることから新規にハイエンド端末をモバイルテレビ視聴目的だけのために購入するユーザがどの程度いるか疑問である。また、ジャマイカではモバイルテレビの規格がDVB方式であるため、アメリカや他の中南米諸国の異なる規格の端末では当然受信できない。
携帯電話端末メーカも今後、どの方式であるにせよモバイルテレビ対応した端末を出してくるか不明である。昨今の携帯電話端末メーカの動向はモバイルテレビ対応よりもLTEへの対応が時代の潮流ではないだろうか。

 参考に日本では電子情報技術産業協会の調査によると、携帯電話出荷のうち約85%がワンセグ対応であり、日本では当たり前になっている。かつてはP903iTV、D903iTV(ドコモ)や、AQUOSケータイ等のようにワンセグ機能をウリにした端末も多かったが、現在ではデフォルトでワンセグ対応しているために大きな差別化にもならない。しかし、世界では日本のように販売される携帯電話端末が全て放送受信に対応しているとは限らない。対応している端末の方が明らかに少ないし、ジャマイカの携帯電話の主流であるミドルエンド、ローエンド端末ではほとんど対応していない。サービス開始の2010年12月から対応端末は増加していない。

まとめ

 LIMEのモバイルテレビには、料金、コンテンツ、端末とまだまだ問題は山積みでチャレンジングである。しかし、このようなイノベーティブなサービスがジャマイカで導入される同国の携帯電話市場と今後の世界でのモバイルテレビの在り方には注目していきたい。

 また同社は携帯電話だけでなく、家庭のテレビ、PC向けテレビ配信も今後予定しているとのこと。こちらも重ねて注目していきたい。

 下記にLIME社長のプレゼンテーション動画を掲載する。(下記動画参照)当然ながら自信に満ち溢れたプレゼンだったが、1年が経った現在、端末もコンテンツも増えていない。加入者数も発表していない。今後これらの課題をどのように克服して差別化を図っていくのか刮目に値する。モバイルテレビは新興国の新たな携帯電話での差別化としてのVASとなるのだろうか。多くの新興国かつ小国の通信事業者も注目しているのではないだろうか。

 一方、日本ではどうだろうか。2011年3月11日に発生した大震災後やその後の計画停電による電車の運休、帰宅できなかった人らは最新情報入手の手段として「ワンセグ」放送を利用した人も多いのではないだろうか。日本では無料で利用できる「ワンセグ」だが、あのような大震災の際には料金を払ってでも最新情報を入手したいと考える人が多いのではないだろうか。

 最後に簡易ながらジャマイカと同国携帯電話事情について明記しておく。
ジャマイカというと日本人にとってのイメージは、レゲエ、ダンスホール、映画「クールランニング」、ドレッドヘアのラスタファリアン、ブルーマウンテンコーヒー、ジャークチキン、1998年フランスワールドカップでの日本との対戦等であろう。ブルーマウンテンの輸出の80%以上は日本であり、UCCのコーヒー農園もある。1962年の独立までイギリス領だった。中南米、カリブ海ではフランス、スペインの植民地が多い中では珍しい。そのため英語も全土で通じる。

(基礎データ)

  • 首都:キングストン
  • 人口:約270万人(広島県と同じくらい)
  • 民族:アフリカ系90%
  • 面積:約10,991km²(秋田県と同じくらい)
  • 公用語:英語
  • GDP:約209億ドル(一人あたり約7,700ドル)主要産業:ボーキサイト、農業(コーヒー、砂糖、バナナ)

携帯電話加入者数 約337万人。普及率 約125%。(2010年12月現在)
以下3社の携帯電話通信事業者が存在する。

1.Digicel Jamaica
 ・シェア:約60%
 ・中南米で展開している Digicel グループ会社 
 ・GPRSネットワーク上でモバイルテレビを1分20ジャマイカドルで提供している。(LIMEのモバイルテレビとは異なるインターネット上での動画サービスで、SymbianOS端末でアプリケーションをダウンロードして閲覧)

2.LIME
 ・シェア:約21%
 ・1900年から2001年まで独占企業
 ・英国Cable & Wirelessの子会社

3.Claro
 ・シェア:約19%
 ・America Movil(メキシコ)の 子会社

【参考URL】LIME TV

(参考)「マルチメディア放送を考える」

【参考動画:LIME Mobile TV:テレビ広告(2011年)】

【参考動画:LIME Mobile TV:発表時の社長プレゼンテーション(2010年8月)】

*本情報は2011年8月31日現在のものである。

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