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Global Perspective 2011
2011年12月27日掲載

新たな市場としてのサイバー戦争

グローバル研究グループ 佐藤 仁
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2011年12月5日、英国調査会社のVisiongainが2012年の「サイバー戦争(Cyberwarfare)」市場規模が全世界で約160億ドル(約1兆2,800億円)に達するとの予測レポート(The Cyberwarfare Market 2012-2022)を発表した。
Cyberwarfareは「warfare」だから国家や政府をターゲットにした「サイバー戦争」の市場規模である。民間企業や個人をターゲットにした「サイバーセキュリティ(Cyber Security)」については約610億ドル(約4兆8,800億円)との予測レポート(レポート(The Cyber Security Market 2012-2022))を2011年12月12日に発表している。戦争とコストについて考えてみたい。

サイバー空間での攻撃、戦争

 2011年は多くの日本人にとって「サイバー攻撃」、「サイバー戦争」という言葉が一般的になってきた年だった。2011年8月には三菱重工業株式会社がコンピュータウィルスに感染した。同社は潜水艦や護衛艦の建造の行っている日本の軍事産業を担う会社である。また、2011年10月には、衆議院議員のパスワードが盗まれる、外務省の在外公館が標的メールを受ける等、国家の中枢が狙われるようになり、「サイバー攻撃」が日本でも現実味を帯びてきた。

 国際社会においても、「サイバー攻撃」、「サイバー戦争」の問題はもはや無視することができなくなってきている。防衛省では2010年(平成22年)5月に「防衛省・自衛隊によるサイバー攻撃対処について」という資料を公開している。同13ページに「報道ベース」として世界の国々での政府や軍事機関へのサイバー攻撃の事例を例示している。
 2011年7月14日には、アメリカでは国防省がサイバー空間における行動指針を発表した。サイバー空間における防衛はこれまでの海、陸、空、宇宙に続く「新たな戦争の場」と認識し、サイバー攻撃に対して国家をあげて立ち向うという意志があることを宣言した。国防省を中心にサイバー戦略も発表し、本格的にサイバー攻撃から国家をあげて立ち向かおうとしている。これはサイバー攻撃に対する大きな抑止力になるだろう。またアメリカには、アメリカサイバー軍(United
States Cyber Command; USCYBERCOM)アメリカ軍のサイバー戦を担当する統合部隊)が2010年5月より正式に始動され、軍部の任務として、陸・海・空・宇宙に続く「新たな戦場」としてのサイバー空間が重視されている。

戦争とコスト

 戦争にお金がかかることは周知の事実だ。昔から戦争は消費、経済活動と密接に繋がっている。戦争とコスト、国家の経済・消費活動との関係については多く議論され研究の対象にもなっている。ヴェルナー・ゾンバルトの「戦争と資本主義」の初版が出版されたのは、第一次大戦がはじまる直前の1913年である。筆者は戦争がいかに資本主義経済発展に貢献しているかを論じている。また冷戦後には政府、民間企業、軍で構成される「政治・経済・軍事の連合体」としての「軍産複合体」の登場も有名である。他には経済調整を目的として軍事費を大量投下することによって、資本主義の繁栄を続けていくことを「軍事ケインズ主義」がよく取り上げられる。
ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が2011 年4月に発表した世界の軍事費は2010年には全世界で約1兆6,300億ドルであった。(そのうちアメリカが約6,980億ドル(全体の約43%)と突出している。)
Visiongainが発表した「サイバー戦争」の市場規模は全世界で約160億ドルである。その比率は1%にも満たないから、軍事費に占めるサイバー戦争の市場規模はまだ非常に小さい。
非対称戦争であるサイバー戦争においては防御が重要であるから、防衛対策のセキュリティソフトや機器の増強が主な出費だと考えるから、ミサイル開発や戦闘機製造と比すると莫大な費用がかかるものではないだろう。

インターネット・ITと戦争

 インターネットの出自は冷戦期に核攻撃を受けても通信確保が可能なシステムの構築から始まっている。1961年にアメリカ・ユタ州で電話中継基地爆破テロがあり、軍用回線も停止したことがあった。そこから本格的に通信の確保の重要性が問われてきた。
そして冷戦が終結し1995年以降、一般の市民たちもインターネットにアクセスするようになった。冷戦期に開発されたインターネットが約半世紀を過ぎて「新たな戦争空間」になったのだ。
現在の近代兵器においてIT(情報技術)の活用は欠かせない。そしてIT化されるのは兵器だけでなく一般の人らもインターネットで戦争の状況を確認したりすることもできるようになった。さらにはソーシャルメディアなどを活用して戦況の情報発信、拡散も可能である。サイバー戦争は国家だけでなく、様々なアクターが登場し、境界線が曖昧である。

新たな市場としての戦争

 最近では、ソマリア海域での海賊対策の海賊保険に人気があり欧州を中心に新たな保険ビジネスになっている。また「Privatized Military Firm(PMF)」と呼ばれる民営軍事請負企業も台頭してきており、新たな傭兵形態、ビジネスとしての戦争として注目されている。様々な意見があるだろうが、戦争や紛争、テロと消費、経済活動が密接に関連していることは歴史が証明している。過去の歴史を見ても新たな紛争形態が登場するたびに、新たな産業と雇用を生み出してきた。サイバー戦争においても例外ではないだろう。

 サイバー戦争の要素は1990年代末から登場してきている。リアルな紛争と比するとまだ不明瞭な点も多いが2011年は国際社会において「サイバー戦争」が現実味を帯びてきた年であった。そして「サイバー戦争」は新たな市場としても注目されてきている。

*本情報は2011年12月25日のものである。

(参考)

  • 「戦争と資本主義」 ヴェルナー・ゾンバルト著 金森誠也 訳 講談社学術文庫 2011
  • 「軍産複合体制」 S.レンズ著 小原敬士 訳 岩波新書 1971
  • "Why the United States Really has Gone Broke" Chalmers Johnson, Le Monde diplomatique 2008
  • "The Economics of War " Paul Poast, McGraw-Hill 2005
  • "Corporate Warriors: The Rise of the Privatized Military Industry, Updated Edition" P. W. Singer, Cornell University Press 2007
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