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Global Perspective 2013
2013年5月1日掲載
 

世界の通信事業者はどうしてNFCモバイルペイメントに積極的にならないのか

(株)情報通信総合研究所
グローバル研究グループ
佐藤 仁

2013年4月29日のオーストラリア・フィナンシャル・レビュー紙においてマスターカードでGlobal head of emerging payments を担当するJorn Lambert氏のインタビューを掲載して、通信事業者のNFCを活用したモバイルペイメントでの取組みがベンダーに比べると遅いという記事が報じられた(※1)。
どうして世界の通信事業者はNFCモバイルペイメントに積極的にならないのか、その背景を探っていきたい。

なかなか浸透しない海外でのNFCを活用したモバイルペイメント

同氏は自身の立場上、モバイルペイメントが広く普及するためにも通信事業者が積極的に取り組んで欲しいと訴えている。ベンダーの方がNFC対応端末を開発し積極的であるとコメントしている。ベンダーはNFC機能を搭載したスマートフォンなどの携帯端末を開発、製造することであり通信事業者とは立場が異なるから、同じ土俵で比較するものではないだろう。

NFCを活用したモバイルペイメントの普及に向けて世界各国で小売店、チェーン店、銀行、クレジットカード会社、端末ベンダー、通信事業者らが協力、提携を行い推進しようという取組みは多数見られるが、実際に商用化で成功している例はまだ少ない。NFCを活用したモバイルペイメントのトライアルは多数実施されるが、市場に広く浸透しない。

日本ではFeliCaチップではあるが、フィーチャーフォンの時代から「おサイフケータイ」が活用され「Edy」、「モバイルSuica」、「iD」、「QUICPay」など多数のサービスが登場してきた。おそらく日本が携帯電話でのモバイルペイメントに関しては世界で一番進んでいるのではないだろうか。

通信事業者にとって収益にならないNFCモバイルペイメント

ではどうして同氏が指摘するように世界の通信事業者がNFCを活用したモバイルペイメントに積極的ではないのか。理由は簡単である。儲からないからだ。

現在世界の通信事業者はLTEの導入や導入計画がひと段落し、スマートフォンの普及によってデータARPUが向上している。またスマートフォンの販売拡大、顧客獲得に向けたキャンペーンを多数実施しているためマーケティング費用が嵩んでいることによりARPU向上で増収しても減益に陥る事業者も少なくない。
 またLTEの次を見据えた世界の通信事業者は次の分野として、通信量はLTEのデータ通信と比すると小さいが、顧客離れが少なく中長期的な利益確保が期待できるM2Mに注力しようとしている(参考レポート)。

LTEによるデータ通信収入、M2Mによるシステム構築やデータ通信収入と比較するとNFCによるモバイルペイメントは通信事業者にとって収入の見通しが立ちにくい。NFCに対応したSIMカードを導入してモバイルペイメントを導入しても顧客の繋ぎ留めや付加価値サービス提供として収益面での貢献が小さい。上述のようにスマートフォンやSIM販売による顧客獲得競争が激しいため、海外のユーザは日本のように通信事業者に対して愛着心が少ない。すなわちNFCによるモバイルペイメントを提供しているから、その通信事業者のSIMを使い続けよう、というユーザは決して多くない。

さらにモバイルペイメントの場合は、データ通信のように簡単に収入にならない。小売店、チェーン店、銀行、クレジットカード会社、端末ベンダーとの協力が必要である。店舗には専用の読み取り機を設置する必要があり、ユーザや店員に対して使い方の説明を行い、銀行やカード会社とのシステム連携が必要である。また通信事業者からすると、ユーザがモバイルペイメントで買い物をしても収入が入ってこないというケースが多い。
 日本ではNTTドコモは自社で独自のクレジットブランド「iD」を立ち上げて、ユーザの利用に応じて手数料収入が入る。しかしNTTドコモ、KDDI、ソフトバンクでも例えば「モバイルSuica」など他社のサービスをユーザが利用しても通信事業者の収入にはならない。せいぜいチャージする際にパケット費用が発生する程度である。

これは世界の通信事業者でも状況は同じである。そのようなモバイルペイメントに世界の通信事業者は積極的になれるはずがない。日本のようにモバイルペイメントがコンビニ、小売店や自動販売機、鉄道など生活インフラとして普及しているわけではないから、対応していなくともユーザが自社から離れていくこともない。

すなわちモバイルペイメントが通信事業者にとって「ユーザ繋ぎ止めの要素にもならない」、「自社の収益にもならない」のでは積極的に導入していこうとはしないだろう。世界の通信事業者は2000年代後半からNFCを活用した様々なトライアルや実証実験を実施してきたが、現在でも収益の大半は音声通話、SMS(テキスト)とデータ通信収入である。

通信事業者にとってのプライオリティ

モバイルペイメントに関しては世界の通信事業者は、世界に先駆けて「おサイフケータイ」を推進してきた日本の通信事業者(特にNTTドコモ)の動向とビジネスモデルに注目している。
但し、注目はしていても同じように自社で独自のクレジットブランドやサービスを立ち上げてモバイルペイメントを提供しようとする通信事業者は少ない。モバイルペイメントの普及には資本力に代表されるリソースが必要であり、現在の世界の通信事業者はそれらにリソースを割くよりもスマートフォン販売やLTEネットワーク構築といった大きな収益に直結する対策がプライオリティである。
 また国や事業者によっては規制や同業他社、他業界との調整など外部要因も本格的なモバイルペイメントのサービス展開に繋がらない理由としてもあげられる。

それでも少しずつではあるが、世界でもモバイルペイメントが小売店やクレジットカード会社などが主導して普及しつつある。これから、そのようなエコシステムの中に通信事業者がどのような位置付けで入るのか注目していきたい。

(参考)

  • 佐藤 仁 『通信事業者が取組むNFCを活用したモバイルペイメント:動向と課題』, InfoCom REVIEW 56号(2012年3月、NTT出版)pp13-26

*本情報は2013年4月30日時点のものである。

※1 The Australian Financial Review(2013)Apr 29, 2013 “Telcos risk being left behind in contactless payment race”
http://www.afr.com/p/technology/telcos_risk_being_left_behind_in_kNVC5swyZDfSo0vvziOatM

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