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Global Perspective 2013
2013年6月27日掲載

インドとイスラエルでのサイバーセキュリティ協力

(株)情報通信総合研究所
グローバル研究グループ
佐藤 仁

2013年6月、インドとイスラエルの期待される協力関係にサイバーセキュリティ分野も追加された、とイスラエルのTIMES OF ISRAELが報じた(※1)。インドとイスラエルのサイバーセキュリティ分野での協力から今後のサイバースペースにおける同盟について見ていきたい。

イスラエル「Israel-Asia Fellowship」による人材育成

イスラエルでは「Israel-Asia Fellowship」というプログラムで8カ月の研修があり、生徒はアジア各国からイスラエルに来てテルアビブ大学などで特定の分野を学習し、将来にわたってイスラエルとその国とのパートナーシップにおいてリーダを育成するものである。サイバーセキュリティの分野でインドからの学生がイスラエルに来て学習をしている。
 インドの学生は「イスラエルにはインドが必要としているサイバーセキュリティに関する洗練された技術があり、インドにとってサイバーセキュリティは終わりのない市場である。この分野で協力していくことはインド、イスラエル両国にとって大きなメリットになるだろう」とコメントしている。また「India-Israel Cybersecurity Connect」というワークショップをテルアビブ大学で開催し、インドとイスラエルのセキュリティの会社、専門技術者や外交官などが集まった。さらに政府レベルだけでなく2か国の民間企業同士での協力関係の重要性も強調した。

インド出身のアメリカのジャーナリストであるファリード・ザカリアは『アメリカ後の世界』において、インドではIIT(インド工科大学:Indian Institutes of Technology)のようなインドを代表する優秀な大学を卒業したとしても大学院教育の質が非常に低いことから数多くの学生たちが留学のためにインドを離れてしまっていると指摘している(※2)。インドではIT(Information Technology:情報技術)が発展しており、多発しているサイバー攻撃から自国のサイバースペースを防衛するために独自OSの開発を推進しているとも報じられている(参考レポート)。それでもサイバーセキュリティについてはイスラエルの方が、技術力が高いのかもしれない。今回のイスラエルでの研修によるサイバーセキュリティ技術に関するノウハウの習得はインドにとっても非常に重要であろう。

周囲諸国と緊張関係にあるインドとイスラエル

インドもイスラエルも周辺諸国と緊張関係を持っている国である。それにともなって近隣諸国からのサイバー攻撃も後を絶えない。インドではかつてはパキスタンからのサイバー攻撃が最も多かったが、最近では中国からのサイバー攻撃も増加しているとTIMES OF ISRAELでは報じられている。またインドではバングラディッシュからのサイバー攻撃も多く社会問題になっていた時期もあった(参考レポート)。イスラエルも同様に周辺国からのサイバー攻撃が多く、国家をあげてサイバースペースの防衛および人材育成に取り組んできている(参考レポート)。

サイバーセキュリティにおける協力の重要性

インド、イスラエルの両国にとってサイバー攻撃を仕掛けてくる相手は異なるかもしれないが、サイバースペースの防衛という観点からは2国間での協力は非常に重要であろう。インドもイスラエルも世界有数の軍事大国である。サイバー攻撃によって社会インフラが麻痺、混乱することも回避しなくてはならないが、最も恐ろしいのは軍事施設などにサイバー攻撃を仕掛けられ、情報窃取および、それらが誤作動やシステム破壊されることであろう。サイバー攻撃とはシステムの脆弱性を突いて攻撃をしかけてくることであり、サイバー戦争とはプログラミング戦争である。すなわち、いかに速くシステムの脆弱性を発見し、それらを修復することによって相手の攻撃から自国のサイバースペースを防衛することである。そして現在のシステムはオープンなプラットフォームを基盤として構築されていることが多いので、諸外国との情報交換、人材育成などで連携が容易な分野である。またシステムの多くは民間企業が構築、保守運用を行っていることから、民間レベルでの協力や情報交換も非常に重要である。

サイバー攻撃はすぐに脅威が顕在化しないことが多い。どこからの攻撃か特定することが難しいこともある。情報窃取の場合、窃取されていることに気がつかないこともある。とはいえ、現在は情報通信技術を基礎としたサイバースペースに依拠して社会は成り立っており、そこを防衛することは重要であり不可欠である。

サイバーセキュリティと仮想同盟

サイバーセキュリティ分野は安全保障論における仮想同盟と類似性があるのではないだろうか。仮想同盟について福田保氏は以下のように述べている(※3)。

仮想同盟は「共通の戦略的論理に基づき、安全保障協力が漸進的に進展することで形成される公式ないし非公式な安全保障取極めネットワーク」と定義される。(略)脅威が顕在しない、すなわち潜在的な場合、共同軍事行動を行う対象国が特定できないため、同盟を形成する必然性はない。しかし、その潜在的な脅威が顕在化しないよう、および顕在化した際に諸国間で軍事的に対応できるよう、国家はあらかじめ備えておく必要がある。(略)仮想同盟と同盟が異なる1つの重要な要素は、脅威ないし敵国が潜在的か顕在的かという点にある。(略)敵国が潜在的であれば諸国間の安全保障協力取極めも同様に「潜在的な同盟」(仮想同盟)に留まるが、敵国が顕在化すればそれは同盟へと発展しうるのである。

サイバーセキュリティについては敵国を「サイバー攻撃の脅威」と置き換えて議論することが可能だろう。サイバー攻撃はまさに「潜在的な脅威」は非常に多いが、それらが顕在化してから(サイバー攻撃の被害に遭ってから)では手遅れになる可能性が高い。実際に被害に遭ってからどのように対処するのかは事例と国によって異なるだろうが、潜在的なサイバースペースでの脅威に対して国家間で協力しあう体制は今後も国際社会の中で増加するのではないだろうか。今後もインドとイスラエルのように「サイバー攻撃の脅威」という共通の敵(脅威)がある国家間の協力は重要になってくるだろう。どちらかが多大なサイバー攻撃の被害に遭った時に、どのような協力体制、すなわち同盟体制として対処するのかは動向を注視していくしかない。

【参考動画】
イスラエルの学校でのサイバーセキュリティ教育に関する報道(2013年)

*本情報は2013年6月25日時点のものである。

※1 TIMES OF ISRAEL (2013) Jun 24, 2013, “Cybersecurity projects next on Israel-India agenda”
http://www.timesofisrael.com/cybersecurity-projects-next-on-israel-india-agenda/

※2 ファリード・ザカリア著・楡井浩一訳『アメリカ後の世界』(徳間書店 2008年)p249
同書によると、インドのIITの一番の優位性はきわめて知能の高い生徒を選抜するためのよくできた入学試験にあり、教師と施設の質という面ではアメリカの月並みの工科大学の足元にも及ばない、と指摘している。なお同書はオバマ大統領が持参していたところをテレビで放送され有名になった。

※3 福田保「東南アジアにおける米国同盟:提携の多角化と仮想同盟の形成」(『アメリカにとって同盟とはなにか』日本国際問題研究所 監修、中央公論社、2013年)pp243-276
仮想同盟とは米国防大学のフィリップ・ソンダーズ氏が提示した概念。

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