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Global Perspective 2013
2013年7月26日掲載

チャイナユニコムの「WeChat」専用SIMカード提供から考える通信事業者の真価

(株)情報通信総合研究所
グローバル研究グループ
佐藤 仁

2013年7月、中国の通信事業者チャイナユニコム(中国聯通)が中国最大級のOTTプレーヤーTencentと提携したことが報じられた(※1)

チャイナユニコムとTencentの提携による専用SIMカード

中国の通信事業者チャイナユニコムはTencentが提供するメッセンジャーアプリ「WeChat(微信)」へ定額料金でアクセスするための専用SIMカードを2013年8月8日から広東省で提供する。データ通信費用は月に36元(約5.9ドル/590円)である。つまり、そのSIMカードを挿入することで、データ通信料金が月額固定で、「WeChat」にアクセスできる。「WeChat」の基本機能である無料通話、テキストメッセージの他に「WeChat」が提供する動画、ゲーム、音楽へのサービスにもアクセスが可能である。当面は広東省のみで提供する予定である。チャイナユニコムとTencentの提携は2011年にも行われており、その時はTencentが提供するサービスを500MBまで利用できるというプランだった。今回はデータ量の制限はないようだ。

(図1)「WeChat」アクセスのための専用SIMカード

(図1)「WeChat」アクセスのための専用SIMカード

(出典:51buy.com)

データ通信収入を確保したい通信事業者

「WeChat」のようなメッセンジャーアプリはアプリ間同士では無料での音声通話、無料でテキストメッセージ送受信が可能である。しかしデータ通信費用は別である。そのため多く若者は無料(または廉価)でWi-Fiが利用できるカフェやレストラン、学校などで利用することが多い。携帯電話事業者にとっても無料のWi-Fiスポットで利用されるよりも定額料金で利用してもらった方が、データ通信費用として携帯電話事業者の収入として期待できる。海外では日本よりもショートメッセージ(SMS)を頻繁に利用している。これは電話番号同士でテキストの送受信が可能であるが、1通毎に送信費用がかかる。メッセンジャーアプリの登場とスマートフォンの爆発的な普及によって、SMSよりもメッセンジャーアプリを利用する人が増加している。また日本と違って海外ではプリペイドのSIMカードを利用していることから頻繁に電話番号が変わる。そして電話番号が変わる度にSMSの送付先番号が変わることから、友人や知人に新しい連絡先を教えなくてはならないから面倒であるし、「SMSを送ったのに届かない」という友人・知人間でのトラブルは回避したい。そのような点からの電話番号が変わってもIDが変わらなければコミュニケーションができるメッセンジャーアプリの人気が若者を中心に高くなってきている。

つまり無料のWi-Fiスポットで無料のメッセンジャーアプリを利用する人が増加すると、通信事業者としてはデータ通信収入(パケット通信による収入とSMS送信による収入)が減少してしまうことになる。今回、チャイナユニコムは専用のSIMカードを提供し、利用してもらうことによって毎月固定のデータ通信費用が確保することが期待できる。

通信事業者のビジネスの基本は通信網

「WeChat」で無料通話やゲーム、動画などを利用する際には高速な通信速度が要求されることから、それらが動くだけの3G網の整備が求められることだろう。ユーザの立場からすると、固定のデータ通信費で「WeChat」を利用できるのに、回線が遅すぎてゲームや動画、音楽を楽しめないというのであれば、利用する価値は少なくなってしまい、今までのようにWi-Fi環境の整備されたカフェ、学校などで利用した方が良い、ということになりかねない。
このようなメッセンジャーアプリは「OTT(Over The Top)」と呼ばれている。そしてこれらOTTの台頭による「通信事業者のダムパイプ化」を懸念されるという議論がスマートフォンの普及しはじめた数年前は盛んだった。

しかし通信事業者の事業と収入源の中心で最大を占めるのは「通信」であり、それを支えているのが「通信網(インフラ)」すなわち「ダムパイプ」なのだ。ユーザがどのようなサービスを利用するのであれ、通信事業者は快適な通信環境を提供できない限りにおいては、ユーザはその環境で通信を行わないで、違う環境を選択することになる。これは当然のことであり、最近では「通信事業者がダムパイプ化する懸念」という議論は世界中で終息してきたように感じる。

繰り返しになるが、通信事業者のSIMカードでの3Gの通信網では通信が快適でなければ、ユーザは更に快適で安価なWi-Fiスポットを利用することになるのは当然のことである。チャイナユニコムとTencentの提携によって「WeChat」サービスを月額固定料金で利用できるSIMカードを販売開始するが、このSIMカードの利用者が増加するかどうかは、チャイナユニコムが提供する通信網が快適かどうかにかかっているだろう。通信網がどこででも快適であれば、利用者はわざわざ「Wi-Fiスポット」という特定の場所に行ってインターネットにアクセスしなくとも、どこででも快適な通信が可能な専用SIMカードで「WeChat」のサービスを利用することだろう。「WeChat」はあくまでもユーザを惹きつけるための呼び水であり、問われる真価はチャイナユニコムの「あらゆるところで快適な通信網の提供」である。

【参考動画】
カフェで若者らがスマートフォンを利用してインターネットにアクセスしている様子も垣間見られる。

*本情報は2013年7月26日時点のものである。

 

※1 Josh Horwitz “Tencent partners with China Unicom in Guangdong to offer new SIM card with WeChat data” (18, Jul, 2013) http://thenextweb.com/asia/2013/07/18/tencent-partners-with-china-unicom-in-guangdong-to-offer-new-unlimited-wechat-sim-card/

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