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InfoCom Law Report
2014年9月4日掲載

検索サイトに対して検索結果の表示の差止めを認めなかった地裁判決の紹介〜京都地裁平成26年8月7日判決について〜

(株)情報通信総合研究所
法制度研究グループ
研究員 中島 美香

1. はじめに

2014年8月7日に京都地方裁判所が、ヤフー・ジャパンの検索サイトで自分の名前を検索語として検索をかけると逮捕事実が表示されるとして、名誉毀損及びプライバシー侵害に基づき損害賠償及び差止めを求めたところ、そのような請求は認められないとする判決を下した。原告はその主張の中で、2014年5月13日にEU司法裁判所が、スペインにおける個人のプライバシー侵害を理由とするグーグルの検索結果の削除を求める訴えに対して削除請求を認めるべきであるとした、いわゆる「忘れられる権利」判決(※1)に言及した。原告の請求は、検索結果の表示の差止め(削除)を含むという意味では、EU司法裁判所判決の審理対象となったスペイン裁判所係属事件の原告の請求と同様の趣旨であると思われ、その点を中心に、京都地裁判決を紹介することとしたい。
なお、EU司法裁判所判決については、「グーグルの検索サービスと忘れられる権利〜最新のEU司法裁判所判決(スペインの事例)を題材に〜」にまとめているので参照されたい。

2. 京都地裁判決の概要

事案の概要

原告男性は、2012年11月にサンダルに仕掛けた小型カメラで女性を盗撮したとして、同年12月に京都府迷惑行為防止条例違反の疑いで逮捕され、その後、同条例違反につき2013年4月に執行猶予付きの有罪判決を受けた。原告男性がヤフー・ジャパンの検索サイトで自分の名前を検索語として検索を行うと逮捕された事実が表示されるとして、名誉毀損及びプライバシー侵害に基づき損害賠償及び差止めを求めた事件である。

また、原告は差止め請求を求める文脈において、「平成26年5月に、欧州連合司法裁判所において、検索サービス最大手の会社に対し、他人に知られたくない情報が掲載されているサイトへのリンクを削除することを命じる判決が言い渡された。本件においても、憲法上の幸福追求権に由来する個人の名誉、プライバシー保護の観点から、本件差し止め請求が認められるべきである」と主張している。

判決の概要

京都地裁判決の判決文は、毎日新聞社のサイトにほぼ全文が掲載されており(※2)、概要を抜粋すると以下のとおりである。

「1 争点1(本件検索結果の表示は原告の名誉を毀損するものとして、被告に不法行為が成立するか)について

(1)本件検索結果の表示による事実の適示
(中略)
 検索結果の表示は、原告の氏名を検索ワードとして本件検索サービスにより検索を行った結果の一部であり、ロボット型全文検索エンジンによって自動的かつ機械的に抽出された、原告の氏名の記載のある複数のウェブサイトヘのリンク、スニペット(本件逮捕事実が記載されたもの)及びURLであるから、これによって被告が摘示する事実は、『原告の氏名が記載されているウェブサイトとして、上記の複数のリンク先サイトが存在していること』及び『その所在(URL)』並びに『上記の複数のウェブサイト中の原告の氏名を含む部分の記載内容』という事実であると認めるのが相当であり、本件検索サービスの一般的な利用者の通常の認識にも合致するといえる。
(中略)
 エ したがって、被告が本件検索結果の表示によって原告の名誉を毀損したとはいえないから、被告に原告に対する不法行為が成立するとはいえない。

もっとも、上記判示のとおり、本件検索結果の表示のうちスニペット部分には本件逮捕事実を認識できる記載が含まれていることから、被告が本件検索結果の表示によって本件逮捕事実を自ら摘示したと解する余地がないではない。

また、被告が本件検索結果の表示をもってした事実の摘示(検索ワードである原告の氏名を含む本件逮捕事実が記載されている複数のウェブサイトの存在及びURL並びに当該サイトの記載内容の一部という事実の摘示)は、本件逮捕事実自体の摘示のように原告の社会的評価の低下に直結するとはいえないものの、そのような記載内容のウェブサイトが存在するということ自体が原告の社会的評価に悪影響を及ぼすという意味合いにおいて、原告の社会的評価を低下させる可能性があり得る。

そこで、後記(2)においては、仮に、被告に本件検索結果の表示による原告への名誉毀損が成立すると解する場合、その違法性が阻却されるかどうかにつき検討する。

(2)違法性阻却の可否
ア 民事上の不法行為たる名誉毀損については、(1)その行為が公共の利害に関する事実に係り、(2)専ら公益を図る目的に出た場合には、(3)摘示された事実が真実であることが証明されたときは、上記行為には違法性がなく、不法行為は成立しないものと解するのが相当である(最高裁昭和41年6月23日第一小法廷判決)。
イ 以下、本件検索結果の表示による事実の摘示につき上記ア(1)ないし(3)が認められるかどうかにつき、検討する。

(ア)(1)について
 本件逮捕事実は、原告が、サンダルに仕掛けた小型カメラで女性を盗撮したという特殊な行為態様の犯罪事実に係るものであり、社会的な関心が高い事柄であるといえること、原告の逮捕からいまだ1年半程度しか経過していないことに照らせば、本件逮捕事実の適示はもちろんのこと、本件逮捕事実が記載されているリンク先サイトの存在及びURL並びに当該サイトの記載内容の一部という事実の摘示についても、公共の利害に関する事実に係る行為であると認められる。

(「(イ)(2)について」、「(ウ)(2)について」は省略)

2 争点2(本件検索結果の表示は原告のプライバシーを侵害するものとして、被告に不法行為が成立するか)について

(1)被告が本件検索結果の表示によって原告のプライバシーを侵害したかどうかは、本件検索結果の表示によって被告が適示した事実が何であったかにより異なりうるが、仮に本件検索結果の表示による被告の事実の摘示によって原告のプライバシーが侵害されたとしても、(1)摘示されている事実が社会の正当な関心事であり、(2)その摘示内容・摘示方法が不当なものでない場合には、違法性が阻却されると解するのが相当である。

(2)これを本件についてみるに、争点1における違法性阻却につき判示したのと同様の理由により、本件逮捕事実の摘示はもとより、本件逮捕事実が記載されているリンク先サイトの存在及びURL並びにその記載内容の一部という事実の摘示も、社会の正当な関心事ということができ((1))、その摘示内容・摘示方法も、本件検索サービスによる検索の結果として、リンク先サイトの存在及びURL並びにその記載内容の一部を表示しているにすぎない以上、その摘示内容、摘示方法が不当なものともいえない((2))。

(3)したがって、本件検索結果の表示による上記事実の摘示に係る原告のプライバシー侵害については、違法性が阻却され、不法行為は成立しない。

3 争点3(損害及び因果関係)及び争点4(本件差し止め請求の可否)
 本件検索結果の表示による被告の原告に対する名誉毀損及びプライバシーの侵害については、成立しないか、または、その違法性が阻却されるというべきであるから、争点3については判断の必要がない。
  また、上記1及び2で判示したところに照らせば、本件検索結果の表示によって原告の人格権が違法に侵害されているとも認められないから、争点4に係る原告の本件差し止め請求については理由がない。
(以下、省略)」

3. 検討

京都地裁判決の評価

京都地裁は、検索サイトの特殊性(リンク、URL及びスニペットという検索結果の表示方法)を認めて、検索サイト事業者は検索結果内に含まれる記載内容について名誉毀損上の責任を負わないとした。

しかし、従来名誉毀損においては、私は「○○さんがこう言っているのを聞いた」というような伝聞表現について、原則として、責任を免れることはできないと解されている。また、単に記事の配信を受けて公表しているだけの新聞社がそれを理由として名誉毀損責任を免れることができるかとの問題に関して、最高裁平成14年1月29日判決(※3)は、新聞社に「配信サービスの抗弁」を認めなかった。これによれば、記事の配信を受けた新聞社が名誉毀損上の責任がないと主張するためには、配信を受けた記事だったかどうかという点ではなく、当該記事内容の真実性または真実相当性を証明しなくてはならない。

本判決が述べているような検索サイトの特殊性について、従来の名誉毀損判例との関係において妥当であるか検討する必要があると考えられる。

もっとも、京都地裁は傍論ではあるが、ヤフー・ジャパンのスニペット部分において逮捕事実が表示されることがあるため、ヤフー・ジャパンの検索結果内に含まれる記載内容について責任を負うべきと解される場合の違法性阻却事由についても検討しており、被告ヤフー・ジャパン社は違法性阻却事由におけるいずれの要件も満たし違法性が阻却されるとしている。特に本判決は、公共の利害に関する事実であるかについて、「原告の逮捕からいまだ1年半程度しか経過していないことに照らせば」公共の利害に関する事実に係る行為であると認められると述べている。

当該部分は、あくまでも傍論である点に注意が必要ではあるが、本判決が「わずか1年半が経過しているに過ぎない」と述べていることにより、逆を言えば、相当な期間が経過していれば、異なる判断がなされる可能性を示唆しているとも読むことができそうである。

また、京都地裁の事件では、原告は、EU司法裁判所判決に言及して「本件においても、憲法上の幸福追求権に由来する個人の名誉、プライバシー保護の観点から、本件差し止め請求が認められるべきである」と主張していたが、判決は、名誉毀損または伝統的な意味でのプライバシー侵害の成否を判断するにとどまり、差止め請求については「人格権が違法に侵害されているとも認められない」と述べているに過ぎない。

司法裁判所判決との比較

京都地裁判決とEU司法裁判所判決の共通点として、いずれも元々の記事の掲載は適法であると考えられ(いずれも元記事の削除は求められていない)、特に検索サイト事業者における検索結果の表示の削除等だけが問題となっている場合であるということが指摘できる。つまり、ある時点では検索サイト事業者が記事にリンクを貼ることが適法であると考えられたが、一定の期間が経過した後には、検索サイト事業者がその記事の存在を示すことが違法となることがあるかが問題となる。

両判決を簡単にまとめて比較すると下記の通りである。

(表)両判決の比較

4. まとめ

従来、表現者が責任(損害賠償または削除義務)を負う根拠としては、もっぱら表示される事実や内容それ自体が名誉毀損やプライバシー侵害にあたる場合が考えられてきた。「忘れられる権利」は、そうした伝統的ケースにも重畳的に問題となりうるが、しかし、特に意味を持つとすれば、表示される事実や内容それ自体の当否(権利または保護法益侵害性)の問題としてではなく、単に情報の経年性(古さ)ないし陳腐化を理由として、その削除、あるいは、検索サービスの提供の差止めが請求されるような場合であると考えられる。言い換えるならば、「忘れられる権利」とは、表現者または検索サービス事業者等が責任を負うべき場合を拡張するものと評することができるだろう。

EU司法裁判所がグーグルに対して下した判決のわずか17日後、グーグルは早速削除ページを開設して多数の削除申請が行われており、グーグルが実際に削除を開始したと報じられている(※4)。しかし、グーグルが実際に削除を行ったのではないかと報じられている事案を見ると、必ずしも「過去のもの」とは言えないような事例も含まれているように思われる。そうした事例は、どれくらいの期間が経過すれば、「忘れられる」権利が認められるのかという具体的な判断をすることの難しさを示していると言える。「忘れられる権利」の問題は、情報へアクセスする機会を飛躍的に高めるインターネットの時代だからこそ、顕在化したと言うことができるだろう。

※1 http://curia.europa.eu/juris/document/document.jsf; jsessionid=9ea7d0f130d508ccd8d1799c453695e5c526ac9083b5.e34KaxiLc3eQc40LaxqMbN4OaNmNe0? text=&docid=152065&pageIndex=0&doclang=en&mode= req&dir=&occ=first&part=1&cid=510634

※2 http://mainichi.jp/feature/news/20140823mog00m040003000c.html

※3 http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/567/052567_hanrei.pdf

※4 http://online.wsj.com/articles/google-starts-removing-search-results-under-europes-right-to-be-forgotten-1403774023

  • 名誉毀損
  • プライバシー侵害
  • 忘れられる権利

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