ネット社会のさまざまな問題を考える −シンポジウム− (最初のページ)

II. パネルディスカッション

2.パネリストの発表
橋本大也 さん
石井尚美 さん
井口耕二 さん

 

橋本大也 さん

パネルディスカッション/橋本

【自己紹介】
 大学に在学中の1996年頃、大学で毎日チャットをしているうち自己紹介のページが欲しくなり、ホームページを作りました。そうすると今度はアクセス数が欲しくなり、アクセス数を多くするにはどうしたらいいんだろうと思い、Yahoo!の人気サイトや、日経のホームページ・ランキングという人気サイトのランキングの上位120人ぐらいに、1通1通メールを書きました。アクセス数をふやすにはどうしたらいいか、みんなで考えようと呼びかけたところ、25人が集まり、「アクセス向上委員会」をメーリングリスト形式で始めました。その後、毎日10人ぐらいのペースで参加者が増え、現在は1,300人ぐらいです。

 それからメールマガジンを始めました。メーリングリストの仲間に出していた僕自身が考えたインターネット上のアイデアとかノウハウを外部の人にも、希望者には登録したら無料で配信しますというふうに始めたところ、現在は購読者が約33,000人おり、広告運営でやっています。

 学生の最後の年には、それまでの活動成果をまとめて、毎日コミュニケーションズから「アクセスをふやすホームページ革命術」という本を出版しました。それをきっかけに、講演会やコンサルタントの仕事が入るようになり、卒業後も就職せずそのまま独立で、コミュニティの運営と、コンサルタントとしての仕事や研究、シンクタンク向けの調査レポート作成等の仕事をしています。また、幾つかベンチャー企業の立ち上げにも参加し、インターネット・ベンチャーについても一通りの経験をしてきました。

 今年の4、5月には、ナレッジマネジメントに関する会社を自ら立ち上げる予定です。これまでいろいろインターネット上でリサーチをやってきて、情報発信のノウハウだけではなくて、リサーチのノウハウも集まり始めたので、その知識を収集・分類して価値づけ、Windowsアプリケーション、Webサービス、データベース・コンテンツといったビジネスを提供していきます。

【意見発表】

(1)インターネットの多様性
インターネットには、ボランティアもあれば、ビジネスのプロジェクトもあり、いろいろな側面があると思います。

◆自己表現の場としてのインターネット
最近おもしろいと思うものに、ドット・コム・ガイ(DotComGuy;ドットコム野郎)というサイトがあります。これは26歳のテキサスの青年が、24時間365日、インターネットだけで暮らすという、言わば「なすびの懸賞生活」の世界バージョンです。企業からの賞金目当てに、1つの部屋に1年間閉じこもって、インターネット・ショッピングやウェブ・サーフィンをしながら暮らします。途中、ガールフレンドを作るためのお見合いをチャットだけでやったりするイベントなどもあります。

また、インターネットには、感覚器官や運動器官の延長としての面もあると思います。既にインターネットでビデオを見たり、カメラのアングルを操作するものがありますが、今後そういったインターネット上で操作できるデバイスが増えていくと思います。

そうした中で、Webマスターというホームページを作っている個人や企業の担当者たちの間で自己表現が始まっています。今まで個人が自己表現するというと、ミニコミ誌や自費出版などがありましたが、たくさんの人に読んでもらうのは困難でした。僕もインターネットのホームページの作り方というのをメールマガジンで32,000部ぐらい出していますが、インターネットがなかったら、32,000部印刷して全国とか全世界に配ることになり、膨大なコストがかかってしまいます。インターネットがなかったら、僕自身、それを生活の糧にして生活していくこともできなかったと思います。

数年前に始まった「まぐまぐ」というメールマガジンを配信するサイトは、もともと友人同士で使うために作っていたものを一般公開したものですが、今やユーザー数が延べ千数百万人、2,000以上のメールマガジンが配信されています。また最近、「楽天市場」という、Webショップが月約5万円で開店できるというサイトが、ECの成功例として取り上げられています。主にSOHOの個人商店が1,800店舗ぐらい集まっています。インターネットのそういった場がなかったらできなかった人たちがたくさんいるわけで、明らかに自己表現というか、自己実現の場としてのインターネットというのが絶対あると思います。インターネットは、それぞれの人生を、相当数の人数を変え始めていると思います。だから、リアルかバーチャルとかといったような区分けは、ほとんど意味がないのではないかとも思います。

◆コミュニケーション手段としてのインターネット
ミラリビスというイスラエルのベンチャー企業が開発した「ICQ」という、リアルタイムにチャットするインスタント・メッセージのソフトがあります。2カ月ぐらいの前の数字で、1日7億5,000万通超メッセージが配達されており、これはアメリカの大手電話会社の1日の通話件数の3倍に当たるそうです。これを見ても、今やインターネットはあらゆる通信手段の上に立っているのは確かです。

◆コミュニティとしてのインターネット
「eグループ」という、インターネット上で掲示板、メーリングリスト、ファイルのやりとり等を行うために、グループウェアのような機能を無料で提供してくれるサイトがあります。日本でも最近法人ができましたが、世界中で1,500万ユーザーが使っており、1日5,000通ぐらいのメッセージングが行われています。それら1つ1つがコミュニティであり、コミュニティを通じて、いろんなプロジェクトが実際に動いています。最近渋谷で話題になったビットバレー(後述)もその一つです。

 

(2)ネット社会に育ちつつある新しい価値観
マスコミは何かというと、インターネットの悪い面ばかり取り上げますが、僕は、以上のようなインターネットの新しい動きが重要だと考え、新しい価値観がインターネットを使って生まれているとポジティブにとらえています。
 僕自身のこれまでの経験から学んだこととして、ネット社会には次の3つの新しい価値ができつつあると感じています。

◆オープンソース
1つが、最近よく取り上げられるLinuxに代表される「オープンソース」という考え方です。UNIXでいう「GNUライセンス」*1、いわゆるフリーソフトの理念です。プログラムのもとになるソースコードをインターネット上で公開する、しかも無料で、改編してもよいという条件で配るというもので、著作権を事実上全部放棄してしまうやり方です。最近は「オープンハード」というのもあります。「MORPHY ONEプロジェクト」いう日本のプロジェクトがそれで、HP200LXという小型コンピューターが生産中止になり、それを嘆いたヘビーユーザーたちが、ならば次世代機を僕らで作ろうということで始まりました。設計書を公開し、自由に改編して、人類の共有の知的財産を作っていこうという趣旨です。このような新しいモデルができつつあると思います。

*1:GNU(グヌー):FSF(フリーソフトウェアの普及促進団体)が進めるUNIX互換ソフトウェア群の開発プロジェクトの総称。フリーソフトウェアの理念に従った習性・再配布自由なUNIX互換システムの構築を目的としている。

◆新しいビジネススタイル
友人の松山太河君がやっている「ビットバレー」*2という集まりが渋谷にあります。4,000人ぐらいのメーリングリストがあり、六本木でパーティをやると2,000人ぐらい集まります。もともとは、単にベンチャーの交流の場として始まったものですが、その後、IT、店頭公開して億万長者になるというのが1つのフラッグシップのモデルのようになり、一部には批判の声も聞かれるようですが、そればかりではなくて、大きなメーカーではできないから僕らが作るとか、単におもしろくて技術を手がけているうちにこんなのができちゃった、それをビジネスにしたらおもしろいなとか、会社をやめて、自由な時間を多くして…、そういった考えを持ったベンチャー起業家が経済効果をもたらすモデルというのがあると思います。

*2:ビットバレー:99年2月、ネットイヤーの小池聰社長とネットエイジの西川潔社長がインターネット関連のベンチャー企業が集中する渋谷区周辺地域を、米国のシリコンバレーにならってBitter Valley(=渋い谷)と命名、3月にネット系ベンチャーの底上げにつながる地域密着型コミュニティを目指す「Bitter Valley構想宣言!」を発表した。その後、Bit Valleyと改名したが、瞬く間に知名度が高まり、99年12月末にはメーリングリストの参加者が3000人を突破、活動支援団体「ビッドバレーアソシエイショイ(BVA)」による交流会「ビットスタイル」にも参加者が殺到した。しかし、東証マザーズの始動等を契機にベンチャー企業への投資熱が加速し、"ネットバブル"などと呼ばれて、ビッドバレーに対する批判が高まったことから、BVAも過熱気味の活動を見直すと発表、ビットスタイルを一時休止し、マーケティングやEコマース等をテーマとする分科会を中心にした活動に重点を移すとしている。

僕は神奈川県藤沢市に住んでいますが、「ビットビーチ」というビットバレーの湘南版も考えています。湘南は住みやすい所なんです。湘南で海を見ながら、別荘みたいなところで毎日暮らしながら、ときどきコンピューターでプログラムを打って、東京の本部へ送って・…、そんな暮らしができたらいいじゃないですか。ITしたり、何十億円稼いでも取り返せない、一度しかない人生です。人生の中で一番重要な時期を毎日、通勤生活でプアなところで暮らすのでは、ひょっとしたらロスかもしれないと思うのです。そういうライフスタイルやビジネスの新しいモデルを「ビットビーチ湘南」として考えようとしています。これは実は、シリコンバレーの技術者たちも考えています。向こうは緑が豊富でサンフランシスコが近く、知的な環境としてスタンフォード大学もあったり、環境に恵まれています。

◆ネットワーク・ボランティア 「エクスパート・エクスチェンジ(Expert Exchange)」というシステムがあります。これは、コンピュータ技術に関する掲示板で、質問に答えるとポイントがもらえる仕組みになっています。自分が質問して誰かが答えてくれたら、自分のポイントを誰かに上げることもできます。ポイントがたまるにつれて、分野ごとに専門家をランキングしたリストができあがります。ある分野に関して一番詳しい人がわかれば、その人に優先的に仕事が回るようになるかもしれません。さらに、そのポイントとお金を兌換しようというシステムも考えています。知識があればネット上で質問に答えるだけで、お金が稼げるようになります。そういった新しいボランタリーなモデルができつつあります。

石井尚美 さん [資料参照]

パネルディスカッション/石井

【自己紹介】
 結婚後、退職して地方転勤したり首都圏に戻ったりする中、思うように就職先が見つからず、女性が働きつづけることの難しさを感じていました。その後妊娠したので、当時の勤めをやめて出産の準備に入りました。そのときインターネットで情報交換できることがすごく便利だと思いました。母親に聞けばいいのでしょうが、新製品をどうやって使ったらいいのか、妊娠中車を運転してもいいのかなど、新しい生活形態については母親でもさっぱりわかりません。そういうことを誰かに聞きたくても相手を見つけるのが大変です。そこでインターネットにアクセスして、「子育てフォーラム」というところに参加して、いろいろと質問すると、非常にたくさん答えが返ってきました。
 そうした経験から、妊産婦だけに特化したネットワークを自分で始めようと思いつき、「ぷれままクラブ」を1997年12月に開設しました。以下、概要を説明します(
資料参照)。

 参加者は、妊娠中もしくは出産から2ヶ月までの女性のみです。女性のみの会員制とすることにより、オープンな環境では話しづらい話題にも触れることができ、気軽に何でも話しあっています。
 会員数は、有料の正会員が700名。正式な入会前に2週間無料の仮会員期間を設けており、その無料会員が3,500名います。無料会員から正会員への加入率は65.8%です。年齢的には、全国平均に比べて高めです。インターネット・ユーザーということで、現在仕事をしている、あるいは長らく仕事を続けて今はリタイアしているような女性が多く、「たまごクラブ」のような雑誌は幼稚っぽくて読めないというような人が、インターネットによりよい情報を求めてアクセスしてくるようです。

 運営スタッフは、私1名と、サブ管理者7名、医療専門者として助産婦が2名入っています。運営は会員制のメーリングリストとホームページ上の掲示板によって賄っています。ホームページは、掲示板やオンライン・ショップ、アンケート、出産体験記などから成っています。メールマガジンは月2回発行しており、主な活動はオンラインでの情報提供と情報交換です。メーリングリストのメールは1日100通ほど届きます。オンラインだけではなくて、各地で交流会なども盛んに行われています。

 「ぷれままクラブ」で医療行為は行われているのですか?という質問をよく受けます。これに関して1つの例があります。会員の妊婦が病院から薬をもらってきましたが、飲まなくてもいいのではないかと勝手に自己判断しそうになりましたが、ネットで会員に聞いてみたたところ、アドバイザーの助産婦さんや他の会員から二重三重にアドバイスが届き、最終的に、自己判断はよくない、飲んだ方がよいと納得したということです。一人だと自己判断で行動しそうなところを質問することによって、第三者の冷静な目で細かいアドバイスが得られます。判断材料は皆から提供されますが、最終的に判断するのは自分です。そういうことで医療行為ではありませんが、セカンド・オピニオンをもらえる場所になっています。

 私たちの目標は、妊産婦同士のコミュニケーションや情報交換の場を提供することです。そのために、専門家(助産婦)が参加する妊産婦への保健指導をオンラインで提供しています。今後は、妊婦の声(ニーズ)を集めて、妊産婦に適した製品開発を進めていきたい、製品だけではなくて、社会制度も妊産婦がより快適に生活できるようなものにしていきたいと考えています。

【意見発表】

(1)共感を求めるネットワーク・コミュニケーション
妊産婦だけを対象にしたネットワークを始めようと考えた理由として、自分の今のこの気持ちを誰かと共有したいという部分がありました。誰かに話を聞いてもらって、質問に対して答えが欲しい、ただ一方的なコミュニケーションではなくて、自分が今こういう風に思っているということに共感してほしいという気持ちがありました。そこで、自分と全く同じ状況の人たちだけを集めて会話する方がおもしろいのではないかと思い、産後のママは2カ月でさようならというようなネットワークをつくりました。実際に会員が産後2カ月で卒業していくとき、「こういう場があって、妊娠中の悩みや嬉しいことなどを共有できてありがとうございました」というようなメールが届き、私自身はこの仕事をサービス業としてビジネスでやっていますが、サービスだけではないものが皆さんの中に受け入れられているんだなということがわかってきました。

(2)オンライン・コミュニケーションのメリット
マタニティだけの情報交換の場にオンライン・サービスを利用することには次のようなメリットはがあります。
  • 自分が納得するまで質問できる、自分のわからないことを何度でも聞くことができます。
  • 匿名性が保たれる:話題にしづらい内容でも質問することができます。
  • 情報の母集団が大きく多彩:ふつうは知合いの1人に質問すると、返ってくる答えは1つですが、メーリングリストに質問すると、30〜40の回答が得られます。
  • 時間・空間の制約がない:自分の都合のいい時間と場所で利用できます。会員のうち有職者が38%いますが、平日の日中は職場からと思われるアクセスが非常に多く、夕方になると自宅からのアクセスが多くなります。

(3)家庭を持つ女性が自己実現を目指すビジネスチャンス
この仕事は今年3年目で、これからはこの仕事専門でやっていこうと思っていますが、続けているうち、これが経済性につながることがわかってきました。今、出産して子どももいるような女性が、どこかの企業に再就職するとすれば、パートぐらいの仕事しかありません。パートの仕事をするより、こういった運営母体を、ある意味ベンチャーでやっていく方が非常におもしろい。少し社会的ハンディを背負っていても、場所にもとらわれない、時間にもとらわれずに仕事ができることが非常におもしろいと思います。

私は現在、神奈川県茅ヶ崎に住んでおり、橋本さんと同様、非常に住みやすい環境です。そういう環境の中で子育てをしながら、なおかつ自分の仕事がこういった形になっていくことが非常におもしろい。女性たちの中では、会社に入って年功序列の中ではなかなか生き続けていくのが難しい、でも自分のパワーを試してみたいということで、こういったインターネット・ビジネス、SOHOビジネスに、何かチャンス、自分の自己実現のためのチャンスを目指している人は非常に多くいます。

井口耕二 さん [資料参照]

パネルディスカッション/井口

【自己紹介】
 いわゆるSOHOの形で、技術・実務系の翻訳をしています。独立したのは2年ほど前、それまで十何年間、大企業で典型的なサラリーマン生活をしていましたが、子どもが生まれたことがきっかけで退職しました。妻も働いているので、保育園に預けても、2人とも組織勤めではどうにもならぬということで、検討した結果、私がやめることにしました。

 独立前も独立後も、翻訳の仕事を軌道に乗せていく過程において、@nifty(当時はNifty Serve)の中にある「翻訳フォーラム」を最大限に活用し、今もお世話になっています。会社員時代、フリーの翻訳関係の人たちが集まる場所に出ていきたいと思っても、たいてい平日の昼間なので、会社を休んで行くわけにはいかず、情報も集められない状況でしたが、ネットならいろいろな情報を集めることができます。朝晩アクセスして、大体電車の中で膝にノートパソコンを置いてアクセスした結果を見ていました。独立後も、周りでやりとりをしている様子を見たり、私自身で相談を持ちかけたこともあり、非常に短期間で、いわゆる一人前の翻訳者になることができました。

 「翻訳フォーラム」は、橋本さん、石井さんの場合とは異なり、私が自ら立ち上げたものではなく、私が翻訳を始めるはるか以前、10年ほど前からあります。私も一ユーザーとして、あれこれ発言をしているうちに運営の一員になり、その後、前任者の後を継いでフォーラムのマネージャーを務めるようになりました。私で6代目ぐらいだと思います。

 @niftyの「翻訳フォーラム」は、基本的にプロの翻訳者及び翻訳学習者が集まっている場で、様々な情報交換が行われています。各自バラバラのフリーランスの世界なので、こういった形の情報交換は非常にありがたいのです。会議室は現在30幾つかあり、それぞれテーマを決めて情報交換をしています。全体は「アドバンスメント館」と「エントリー館」の2つに分かれ、「アドバンスメント館」が基本的にプロ向け、「エントリー館」はどちらかというと勉強中の方向けです。

 @niftyの他のフォーラムと同様、アクセス自体は基本的に無料です。電話代やプロバイダー料はかかりますが、アクセスしたらお金がかかるとか、会費を払った方でないとアクセスできないというような場ではありません。基本的に出入り自由です。フォーラムは@niftyのアドレスがないと入れませんので、完全なオープンではありませんが、アドレスさえあれば、誰でも入れますし、基本的には発言もできます。居つくか居つかないかは、その人の自由です。

【意見発表】

今回、実際の現場にいる人間として、現場の報告と問題点を挙げてほしいということでパネリストのお話をいただいたのですが、ふだんは使うことしか考えていませんので、どうやったらよりよく使えるかとか、また管理者の立場から、どうやったらより多くの人に便利に使ってもらえるかということは考えていますが、それに関連しての問題点は、実はほとんど考えたことがありませんでした。改めて考えても、基本的に問題らしい問題は私の周りでは起きていません。

(1)匿名性の問題:コミュニティが形成されていれば問題にならない
テレビの報道などで、よくインターネットの匿名性の問題が取り上げられますが、実際には特に匿名性の問題は感じられません。「翻訳フォーラム」は、実名でも参加できますが、ハンドルという、いわゆるペンネームを名乗って発言できる仕組みになっています。私自身もハンドルを使っています。発言結果、通信ログに出てくるのはハンドル名だけですので、読んだ人は、発言者の本名がわかりません。実名で参加することもでき、実際実名の人もいますが、むしろハンドルを推奨して、匿名性を高めてもらっています。

石井さんのお話にもありましたが、匿名だからこそできることがあるのです。翻訳の場合、二足のわらじをはいている人も結構います。会社に内緒で翻訳のアルバイトをしているわけです。発言内容や知識から、人となりが見えてきます。実名があって人となりがわかると、「あいつかもしれない」となる。場合によっては会社の人が見ているかもしれない、下手すれば懲戒免職かもしれません。本当にないとは言いきれません。こうなると怖くて発言できなくなります。発言できないと、自分が本当に知りたいことが聞けなくなってしまいます。そういうわけで、基本的にハンドルを推奨するという立場をとっています。もちろん強制ではなく、実名でも構いませが、基本的にはハンドルを使って匿名性をより高めた形にしてください、その方がいいことがありますよ、と推奨しています。

こういう形で匿名性を高めていても、なぜか問題らしい問題が起きてきません。なぜなのか考えてみました。ネットワーク上にコミュニティができているわけです。アクティブで参加している人もいれば、常時読んでいるだけの人もいます。そのうち、アクティブな人たちは、書くとき、読むとき、コンピュータの画面の向こうに人間を見ているように思います。相手を見据えた上で書いたり読んだりしていることが、匿名でも問題が起きない最大の理由ではないかと思います。

それに対して、Webサーフィンは、大勢の人が群れているような、都会の雑踏のようなイメージです。新宿の駅前にぽつんと1人でいる自分が、インターネット上であちこちのWebをチラチラのぞいて歩いているときの状態ではないかと想像します。周りに人がいっぱいいますが、隣にいる人も全然知らない、お互いほとんど顔も知らないという状態です。それに対して、何がしかのコミュニティができていて、そこに人が入ってきて、その中で何かをするというのは、雑居ビルのイメージです。ビルの中には会議室もあれば、図書館もある、喫茶店もある。繰り返し繰り返しそこに来て何か利用する。隣に座る人の名前は知らないけれど顔は知っていて、たまには話もしているうちに、だんだん人となりがわかってくる。本名がわからないという意味での匿名性は確かにありますが、どういう人かという人となりは自然とわかってきます。それがわかってしまえば、(相手がわからないという意味での)匿名性は実は非常に低いように思います。「旅の恥はかき捨て」式なことをするのにも、精神的に抵抗を感じるのではないでしょうか。

要するに、ネットワークの社会も人間の社会なのだということに尽きます。コンピュータと電話線を通してやるものですから、何となく目の前に人間がいるのではないかと錯覚する人が一部にいて、そういった人が場合によっては問題を起こすこともあるのかもしれません。妻が偶然職場で一緒になった人で、一時期インターネットにはまり、あちこちのサイトでいろいろな人と交流したけれど、ある日、「結局、コンピュータの向こうで人が書いているんだ」と気づいた途端、興ざめしてパタッとやめたという人がいます。少々人付き合いの苦手な人だったようですが、実に当たり前のことを気づかずに何カ月かやっていたわけです。そういう人も現実にいます。

そういうわけで、基本的には集まる人、コミュニケーションをとる人の資質の問題が一番大きいと思います。それさえしっかりしていれば、きちんとしたコミュニケーションが成り立ち、いい面だけが出てきます。電話は相手を電話口に呼び出してしまいますが、メールなら都合のいいときに読んでもらえばいいので、急がないならメールの方が相手に迷惑をかける心配がありません。そういうわけで、コミュニティの中での匿名性は基本的に問題になりません。

(2)文字によるコミュニケーションにおける日本語教育が不十分
普通のコミュニケーション、人間の社会だといっても、普通とやっぱり違う面、特性がやはりあります。コンピュータを通じたコミュニケーションは、基本的には文字によるやりとりになりますが、これがきちんとできる人とできない人の差が問題だと思います。日本では、学校教育でもどこでも、日本語を書く訓練がされていません。他人が読む、自分と違う前提条件を持っている人が読んで理解できるのかどうか、そういう観点でどういうふうに文章を書いたらいいかというような訓練が全くされていません。私はアメリカの大学院を出たのですが、アメリカではそれがよく行われています。我々のような外国人留学生は、訓練がされていないということで、専門のクラスを取らされます。取らないと卒業の要件を満たさないということで、かなり厳しくやられます。それで大分うまくなったと思います。日本ではそういった場が残念ながらありません。そのあたりが多少問題の種となることがあると思います。

(3)接続時間を気にしたせわしない対応はトラブルのもと
インターネットが普及してきていますが、まだまだツールや通信環境の面では問題があるような気がします。
通信環境についてですが、普通はダイヤルアップでやるので、つないで読んでいる間は電話代がかかります。場合によってはプロバイダーへも従量制でお金がかかることがあります。そうすると、じっくり発言を読んで、それに対する回答をじっくり書いて発言をする形になりません。パッパッと斜め読みをして、パッと思ったことを書く。書き終わったらポンと送信してしまう。これがトラブルの種になることが多いのです。ちゃんと理解せず、誤解して、「何それ?」と言うと、相手も「おまえこそ何を言うか」となり、結構トラブルになるパターンが多いような気がします。