ネット社会のさまざまな問題を考える −特別講演会− (最初のページ)
Surveillance in an Information Society: Monitoring Everyday Life

講演会<ハイライト版>

  • 「監視(サーベイランス)」というと、盗聴や政府機関等による特定個人の監視といった否定的な印象が強いが、本質的な意味はそうではない。監視には二面性があり、否定的な意味合いだけではなく、個人が社会的生活を営む上でメリットを享受できる肯定的な面もある。情報技術の発達によりさまざまな事柄が遠隔から行われるようになり、「生身の身体が消える」時代になっている現在、取引において本人に代わり個人の認証を行う「信頼の証」が必要となる。それはカードや暗証といった抽象化されたコードであり、それが個人の識別子になっている。信頼を保つためには個人生活を追跡する必要があり、信頼の証が同時に個人の追跡手段にもなっている。

  • 情報インフラストラクチャーが監視を可能にした。監視とは情報化社会の特殊な一部分ではなく、情報化社会の必要不可欠な要素である。そして監視は社会的関係に大きな影響をもたらす。このことをよく理解しなくてはならない。一つにはリスク管理の問題がある。保険会社の策定した保険料算出のための基準が個人や社会のカテゴリー化、分類をもたらす。情報インフラストラクチャーにより、大がかりなカテゴリー化が人々の目に触れないところで行われている。また情報インフラストラクチャーは他の技術と接続することで、多様で広範囲な監視を可能にする。また監視は、現時点の状況把握だけでなく、将来の予測にも利用されるようになっている。一個人が偶々カテゴリー内の条件に合致すれば「あやしい」とされてしまう。その結果、従来の「推定無罪」という前提が崩される可能性がある。

  • 監視とは特定の目的をもって特定の個人を監視することではなく、システマチックで常時行われるルーチンなものである。そしてカテゴリー化によって新しい秩序が生まれつつある。カテゴリー化による新しい社会分類は非常に強力で、一個人の生活に強い影響を与え、また新しい社会秩序を確立する手段ともなりうる。カテゴリー化が自動システムに組み込まれると、ランダムな活動の中で社会秩序が固定されてしまう危険がある。監視の問題は、技術設計や情報政策、公民権という分野において、21世紀に向けての最大の課題として積極的に取り組まなくてはならない。

  • コンピュータ社会における自動化された監視システムでは、本来倫理的に判断すべき事柄が非倫理的な保険統計原理によって判断されることが増える危険がある。監視の持つ多大な影響力を考慮すると、これからは監視や情報インフラストラクチャーに対してモラルや倫理をベースにしたアプローチを組み込むべきである。それによって、従来の概念的で非倫理的なアプローチとのバランスを取る必要がある。

  • 日本のデータ保護法は自己防衛しか念頭に置いておらず、監視に対する意識を促進させる積極的な保護は行われていない。これからは様々なレベルで「技術的公民権」を考えるべきである。教育分野においても、子供たちにキーボード操作を教えるだけでなく、もう一歩踏み込んで、倫理的な問題意識を高めるようにすべきである。